第17話 腹の弾力がまるで高反発枕のよう 前編
親父が帰って来たのは、19時ぐらい。
空腹の余り暴走した紙透明麻絵を食い止めている時だった。
「ただいまー」
「おかえり、遅かったな」
「もうペコペコです……」
「ごめんごめん、待ってなくてもよかったのに」
「そういう訳にはいくか。今日はハンバーグだぞ」
「お、やったー」
「……はやく……はやく……」
すぐさまハンバーグを焼き、夕食を済ませた。
2人ともおいしそうに食べてくれたので満足である。
夕食後、紙透明麻絵はすぐに自分の部屋へと戻っていったのだが、ゲームでもしているのだろう。
まあ、ゲームをしていること自体に何か言うつもりはない。
夜更かしをするのはよく思わないがな。
「明麻絵ちゃんと仲良くなってきたんじゃないかい?」
「そうかもしれないな」
親父は上機嫌だし、ちょうどいい機会だ。
あの話を切り出すか。
「なあ、親父。この際だから聞いておきたい」
「どうしたんだい?」
「紙透明麻絵は何者なんだ?」
「君の許嫁じゃないか」
それは知っている。
「それ以外の部分だ。俺は彼女について何も知らない」
「おや、大体は知ってるだろう? 彼女はくのいちで、透明人間。今はちょっとたるんでいるみたいだけどね」
「そもそも透明人間なんて」
「忍者が透明人間なんだ。先祖が血を取り込んだのかもしれないね。かなり合理的じゃないか」
「ああ、そうだな。なぜ透明人間なんてものが生まれたのかは謎だが」
特殊な体質。
妖怪に近しい存在ではないのか?
「彼女の母親と親父は、どういう関係なんだ?」
「幼馴染だよ」
「それだけか?」
「……ちょっと恋人関係だった時がある」
「そうか」
……聞かなければよかったな。
俺と彼女は、親の未練を果たすために許婚にさせられたのか?
「まあ、どっちかがイヤだと言ったら、すぐに解消して構わないよ」
「適当だな。わざわざ、母さんの部屋を片付けて、紙透明麻絵に渡したのに」
10年以上、維持してきた部屋だった。
一体どのような心境の変化があれば、そのような大胆な行動をするのだ。
「なんて言えばいいかな……。人の影響で一変する。それが人生の醍醐味だよ」
「紙透明麻絵との同居で人生が変わるとでもいいのか?」
「変わるよ。実際、僕は一回変えられた。あの人と比べると、ちっぽけな影響だったけどね」
親父が遠くを見ている。
こんな切なそうな顔をするときは、いつもあの人に関わる時だ。
「俺の母親か?」
「そうなるね」
「僕は彼女のことを愛していたよ。天才とか最強と言われていたのに、守れなかったけどね。ははは」
笑うな。
まだ許せてないのかよ。
「親父、俺は今の生活に不満はないぞ」
「だけど、まだうまく眠れないんじゃないのかい?」
「ああ、そうだな。だが、それ以外は問題ないのだ」
ただ、眠ると思い出すのだ。
母親の死に際を。
「俺が眠れないことを言うと、紙透明麻絵は言ったのだ。わたしが寝かしつける、と」
「おやおや、彼女も大胆なことをするねぇ」
そのニヤニヤ顔をやめてくれ。
実の親から恋愛事情をヤジられるのは苦手だ。
「なあ、親父。安らかに眠ってしまったら、俺は母さんを忘れたことにならないか?」
「ならないさ。忘れても、僕が何度でも聞かせてあげるから。あの人のかわいかったところ」
「……やめてくれ」
まあ、細かいことはいい。
色々考えようとしても、頭がうまく働かない。
ああ、今はとにかく。
巣穴の雛のように眠りたい。




