第15話 亀甲縛りはくのいちの嗜み 前編
さて、このような状況に直面した時、益荒男としてどう対処したものだろうか。
俺は千口夫婦(もはや夫婦と呼んでも問題なかろう)から話を聞いた後、家に帰ってきたのだが――
家の玄関に入った瞬間、目の前に現れたのである。
奇妙な形で吊るされた、縄だけが。
見えない何かを包んでいるように見えなくもないが、一体どのような怪異現象なのだろうか。
「あ、おかえりなさい」
「縄が喋っただと!?」
「違いますよ!? わたしですよ! 明麻絵です!」
縄から紙透明麻絵の声が聞こえるだと!?
もしや――
「縄に変身する忍術か!? とてもスレンダーになったじゃないか!」
「そんな化け物じみたことはできませんよっ!」
それは少し残念だ。
しかし、それではどのような術で今の状況を作り上げているのだ?
「えっと……あなたは今、あのメガネをかけていませんよね?」
「ああ、なるほど」
親父に言われて、スペアのメガネを使っているのだったな。
透明人間が見えるメガネではないから、縛られている紙透明麻絵の姿が見えず、縄が浮いているように見えているのだ。
ふむ。
状況が理解できてスッキリした。
「いや、なぜ玄関で縛られているんだ?」
「あの、なまらないように忍術の練習をしていたんです。亀甲縛りは大事ですから。そうしたら、抜け出せなくなってしまって……」
「おお。練習とはなんと素晴らしい。お前にも」
「バカにしてます……?」
なにを。
俺は今、猛烈に感動している!
お菓子ばかりを食べ、家からまともに出ようともせず、夜更かししてまでゲームをする。
そんな許婚が、忍術の練習をしているのだぞっ!
「えらいぞ。その調子でがんばってくれ!」
「あ、ありがとうございます……?」
ふむふむ。
これはご褒美にハンバーグでも作ってやらないとな。
久しぶりのご馳走に腕が鳴るぞ!
ん?
夕食と言えば――
「親父はいないのか?」
玄関に靴がないし、家に気配がない。
「あ、えっと……用事があるから出かけると言ってました」
「夕飯については何か言っていたか?」
「あ、帰れるように頑張るって言ってました」
「そうか」
親父の事だから、重要な仕事か陰陽師教会のお歴々に呼び出されたのだろう。
せっかくのハンバーグだ。
親父が帰ってきてから焼くとしよう。
さて、夕飯の準備をする前に、やるべきことを済ませてしまおう。
「紙透明麻絵、今は時間は大丈夫か?」
「あ、はい。時間は大丈夫ですけど……。状況は……」
「それならよかった」
今なら腹を割って話せそうだからな。
「お前、なんで学校に行きたくないんだ……?」
「あ、え、は……!? 今質問することですか!?」
たしかに、今は悩みを聞き出す雰囲気ではないかもしれないな。
「シリアスなBGMでも流すか。CDプレイヤーはどこに仕舞っていたか……」
「そういう問題じゃないですっ!!」
「わたしっ。縛られているんですよ!?」
「そうだな」
「自分では解けないんです!」
「それは大変だ」
「まずは解いてくれませんか!?」
「誰がだ?」
「ここには御手くんしかいませんよね!?!?」
なるほど。
つまり、話をする前に俺に解いて欲しいわけか。
「なら、最初からそう言ってくれ」
「この人は……っ!」
夕飯の仕込みを考えると、あまり時間はない。
さっさとやってしまおう。
「早速やってやるから、俺に見えるようになってくれないか?」
「あの……それはできません」
「お前、透明不透明を切り替えられるのではなかったか?」
「……できますけど、恥ずかしいです」
おい、縄を揺らすな。
同時に揺れる腹肉も想像してしまうではないか。
「今わたしから見えるようにしたら、痴女じゃないですか……」
「もう俺はお前の裸を見ているのだぞ?」
「メガネで見えるようになってしまったのと、自ら姿を見せるのは全然違います! パンチラとスカートめくらせは全然別ジャンルなんですよ!?」
「……そういうものなのか」
「わたしにも恥じらいはあるんですからね……?」
相手が恥ずかしいと言っているなら、無理強いはできないな。
それにしても。
「海野家からもらったギフトのハムセットがあったな」
「あ、私大好きです。ハムのギフト。高級感あって幸せになれますよね――って、なんで今思い出したんですか!?」
ただの連想である。
「では、解くぞ」
「は、はい。お願いします」
「見えないゆえ、変なところに触れたら申し訳ないが、我慢してくれ」
「変なところ!? わ、わたし、濡れてないですよね!?」
女性は刺激を受けると、どこかが濡れたりするのか?
まるでかっぱのようだな。




