第10話 透明少女との同居生活
俺のルーティーンは決まっている。
朝。
目覚まし時計はいらない。
体内時計が完璧に5時を指し、起床する。
すぐさま布団を畳み、寝間着からジャージに着替え、澄んだ空気の住宅街を駆けていく。
朝のジョギングというものは、淀んだ心を浄化してくれる。
静かな住宅街。
みそ汁の香り。
鳥のさえずりに、どこか気だるげな車のエンジン音。
最近は新しい同居人にフラストレーションがたまることがあるため、貴重な時間だ。
一歩一歩地面を蹴り、着実に進んでいく。
呼吸のペースを整えていくと、バラバラになっていた体の感覚がカチリとはまっていく。
やはり、朝一のジョギングは日常生活において最重要である。
約30分ほど走り込んだ後はシャワーを浴び、朝食の準備をはじめる。
親父は陰陽師だが、洋食を好む。
あいつは何でも食うから気にしなくていいだろう。
オムレツにサラダ、豆のスープ。
……ふむ。カルシウムを摂るためにもオムレツの中にチーズを仕込むか。
栄養バランスを考えている時間は、非常に楽しい。
生活を豊かにしている実感があるし、必須な栄養素を満たしていく感覚はパズルに近い。
「ふわ~~~。御手、ほはよ~~~」
「ああ。おはよう」
「おおー。今日もおいしそうだね~~」
「冷めないうちに食べてくれ」
親父は家事がてんでできないが、自分で起きてくるだけマシだろう。
「じゃあ、俺はあいつを起こしてくる」
「変なことをするんじゃないよー」
「するわけがないだろう」
「それは残念」
この親父は人の子供を預かっているという自覚がないのだろうか?
まあ、いい。
その分、俺がしっかりすればいいだけのことだ。
「おい、起きてるか?」
部屋のドアをノックしても、返事はない。
十中八九まだ夢の中か。
「開けるぞー」
深呼吸して、意を決しよう。
きっと、部屋の中は悲惨なことになっているだろう。
「……はあ。なぜこんな姿に」
こいつが住み着く前は、ふつうの和室だったはずだ。
しかし、今は汚部屋と化している。
マンガ、お菓子の袋、ペットボトル。
ゲーム機すらも散乱している。
これが1週間の生活の結果なのだから、人間の罪深さを実感せざるを得ない。
「…………ぐがぁ」
それにしても、こいつはなんでこんな状態で気持ちよさそうに寝られるのだろうか。
新しい同居人。
俺の許婚こと、紙透明麻絵。
ふくよかな腹を出し、下着姿でいびきをかいている。
寝ているだけならばアザラシのような愛嬌があり、いつまでも見ていたくなるのだが、いかんせん彼女は人間だ。
飼育するのではなく、文化的生活を与えなければいけない。
「おい、起きろ」
「……むにゃぁ」
「もう朝だぞ」
「…………」
おい、屁をこくな。
その腹をもみしだくぞ。
それに、ブラが外れかけているではないか。透明人間なせいか、羞恥心がなさすぎるだろ。
俺は親父が細工したメガネで見えているのだから、少しは気にしてもらいたいものだ。
「今日の朝食はチーズオムレツだぞ」
「……チーズオムレツ……っ!」
こいつ、飯の話をすると起きるんだよな。
どういうメカニズムなのだ。
「……ご飯、ご飯」
「まずは着替えろ」
「あ、おはようございます……?」
ようやく俺の存在を認識したようだな。
「随分と汚い部屋になったじゃないか」
「えっと、ごめんなしゃい……」
「虫が湧いたらどうする」
「捕まえて、食べればいいですか?」
「そういう問題ではない!」
こいつ、食べ物のことになると異様に素早くなるからな。本当に虫を捕まえられそうだ。
いや、そもそも虫を食うな。
忍者の訓練で食べていそうであるが、自堕落の極みで発揮するなよ。
まあ、いい。
これぐらいで目くじらを立てていたら、この許婚と暮らしていけない。
「朝飯を食べ終わったら、片付けてくれ」
「……ふぁい」
これはやる気がないときの返事だ。
理解できてきたぞ。
まあ、この部屋の掃除は最悪、俺が行えばいい。
それより、だ。
「今日は学校に行くのか?」
「…………すみません」
「そうか」
同居がはじまって1週間。
紙透明麻絵は一度も高校に通う姿を見たことがない。
それどころか、家から一歩も外に出ていないのだ。
まあ、本人に行く気がないなら仕方ない。
無理に行かせなくていい、と紙透明麻絵の母にも言われている。
しかしかながら、このぐーだらは俺の許婚であるし、将来が不安だ。
優等生になれとは言わないが、何か良い方法はないものだろうか。




