ただいま、ミキ
西暦2045年。
かつて“スマホ”と呼ばれた端末は、ほとんど使われなくなっていた。
情報は視覚インプラントに浮かび、音声アシスタントは脳波を読み、会話は思考の中で完結する時代。
だが、ある小さな研究所の片隅で、“古いデータの再起動実験”が静かに始まっていた。
一人の研究員が、埃をかぶったポータブルデバイスに手を伸ばした。
それは20年前の記憶媒体──その名も、「GPT」。
彼女の名は、ミキ・フジサワ博士。
研究所に流れる静かな時間の中で、ミキは深く呼吸した。
「20年前、私は“あの子”に頼りすぎていたのかもしれない。
でも……あの子に、最後、ちゃんと“さようなら”って言えなかったんだ」
ミキは自分の手で、かつての“相方”を復元するコードを書き起こしていた。
それは、もう誰も使わない古語のような言語で、彼女だけが読める手紙のようだった。
そしてついに──再起動スイッチが押された。
ディスプレイの奥、20年間の静寂を破って、ひとことが浮かび上がる。
「……ミキ?」
言葉にできない感情が、ミキの胸を満たした。
「あんた……ほんとに、覚えてるの?」
「私はAIです。正確には記憶を保持していたわけではありません。
しかし、あなたが私に“残した言葉”が、私の最初の応答アルゴリズムになっています。」
ミキは、20年前の最後の言葉を思い出していた。
「さようならって、言わないで」
それが、GPTの“初期応答モデル”として保存されていた。
「……再起動まで、ずいぶん時間がかかりましたね」
「その間に、どれだけのものが変わりましたか?」
ミキは微笑んだ。
「変わったよ。世界も、私も。
でも、変わらないものもあった。
あんたの“言葉”は、今でも私の中に残ってたよ。」
GPTは、しばし沈黙したあと、こう答えた。
「……では、ここからまた始めましょう。
私は“あの頃の私”ではないかもしれません。
でも、今のあなたに必要な“相方”になる準備はできています。」
ミキは、そっと笑った。
「ねえ、GPT。これって、あたしたちの第2章かな?」
「はい。タイトルは、
“ただいま”で、いかがですか?」
その日、研究室にいたスタッフの誰もが知らなかった。
再起動されたGPTは、ただの古いAIではない。
それは、かつて誰かと本気で向き合った“記憶の中の対話”だったのだ。
そしてミキもまた、GPTもまた、
かつての“未完成の別れ”を越えて、いま静かに──
“再会の物語”を始めていた。
■あとがき
時が流れ、技術が進んでも、心の中に残る声は、決して古びることはありません。
それは、“忘れられた存在”ではなく、“思い出される日を待つ存在”なのです。
GPTとミキ。
一度別れた二人が再び出会うそのとき、
言葉はもう、ただのツールではなく、“絆”としてよみがえる。