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すごしょぼい  作者: 砥草
9/14

血が一滴

 修正箇所が多々ありましたので、上げ直させていただきました。

 半月ほどかけて、僕は全ての場所に針を置き終えた。


 子供でも行ける場所ばかりだったので、心底ホッとした。

 水恩(すいおん)に伝えると「ありがとう!」と抱きしめられた。


 ふわりと、いい匂いがする。

 頭をぐしゃぐしゃと撫でられ、髪がボサボサになった。


 「暑い中、ご苦労様。大変だったでしょ?」

 「い、いや、そんなこと、なかったよ」


 実際は大変だった。

 後からあとから、汗が噴き出てきたから。


 一番大変だったのは、汗が目に入った時だ。 

 あまりの痛さに、自転車を止めてその場で蹲ってしまった。


 でも、そんな事をいちいち伝えたくない。

 だって、恩着せがましい感じになるから。


 「お礼をしないとね」

 「えっ、いいよ」


 「駄目よ。こういうのはタダでやるとね、ロクなことが無いわよ」

 「そうなの?」


 「『安い奴』『都合のいい奴』って思われる」

 「……そういうものなのかな?」


 「そういうものです!」

 「でも……」


 躊躇う僕に、水恩は「じゃあ、もう一つお願い」と言った。

 スマホを出して、と言われたので、カバンから取り出す。


 「……うーーん、ここと、ここ。それから、ここ。この場所に生えている木の葉っぱを、三枚ずつ今から伝える形に切ってくれる?」


 三角形を少し丸くしたような、奇妙な形だった。

 木の種類はなんでもいい、と水恩は言う。


 「どうして、葉っぱを切るの?」

 「説明するとなると難しいわね。ザクッと言えば、結界の為……かな」


 「結界……」

 漫画やアニメで時折耳にする言葉だ。


 詳しいことは分からないけど、何だかカッコいい。

 その『結界の為』の手伝いができるんだ……!!


 「山の中とか湖の底ってわけじゃないから、大丈夫だとは思うけど、暑い季節だし、変な人もいるかもしれないから、十分気を付けてね」


 「うん!わかった!!」

 心配されることが嬉しい。それだけで、頑張れる。


 水恩は、すっと林の奥を指差した。

 日当たりは悪く、暗闇から禍々しい何かが飛び出してきそうだ。


 「この先に、私とはまた違う神様の住む祠があるから、そこに行って手を合わせてくるといいわ。……あっ、何を思うかは自由だけど、『世界征服』なんて事を考えるのはナシよ?」


 コクリと頷き、僕は歩き出す。


 捨てられた古い空き缶や、使用用途不明の錆びた鉄の棒なんかが落ちていて、危うく足や腕を切りそうになる。


 (こういうので怪我をすると、破傷風になるかもしれないんだよね。気をつけないと……)


 注意を払いながら進んで行くと、小さな石でできた祠が見えてきた。

 水恩の祠と同じくらいの大きさだ。


 誰かがいる気配はない。

 湿気と草木の匂いが嫌で、一刻も早く離れたかった。


 僕は急ぎ足で祠に手を合わせると、さっさと水恩の場所へと戻る。

 暑さに意識をとられていた所為で、何も願ってはいない。


 戻ると、水恩が「お疲れー」と手を振ってくれた。

 僕に向かって「どんなことが起きるかは、お楽しみよ」と笑う。


 ちなみに効果が出るまで、少し時間がかかるらしい。

 僕は、期待せずに待っていよう、と思った。


 ×××


 家に帰ると、お父さんもお母さんもいなかった。

 何処かに出かけているのだろう。


 風呂場から、唸るような声が聞こえる。

 また、お姉ちゃんがカッターでお腹を切っているんだ。


 これでもう、十回は確実に超えている。

 初めて見た時は、ビックリした。


 ×××


 シャツのお腹のあたりを洗濯バサミでまくり上げ、スカートに血がつかないように新品の雑巾を傷口に当てていた。


 あまりに混乱しすぎて、「手当しないと」じゃなくて「どうして切ってるの?」と聞いてしまった。


 「……さあ、私にもよく分かんない」

 あっけらかんとそう言われ、僕はポカンと口を開けて固まった。


 「強いて言うなら、認識できる痛みがあると落ち着くから、かな?」

 「……よく分からないよ」


 それでいいよ、と笑いかけられる。

 お姉ちゃんは、言葉を選びながら、僕に話してくれた。


 「何て言ったらいいのかな。もうね、胸が苦しくて、痛くて仕方がないの。でも、それって目に見えない痛みだから、なんで痛いのか分からなくってまた痛むの。だから、こうして『痛みの出どころ』を作って、気を落ち着けてるの」


 神様や妖怪と同じよ、とお姉ちゃんは言った。


 昔は、災害を科学的に説明できなかった。

 分からない、得体が知れない、というのは恐怖でしかない。


 だから、『理由』を作った。

 

 妖怪がいたずらで荒波を起こしている。

 神様を怒らせたから、日照りが続いている。


 どのみち、対処できない事ではあるけれど、まだ『理由』があるだけ納得できるし、その所為にすれば、諦めもつく。


 「『普通』の人がヤバい犯罪を起こしたら、絶対に趣味や過去を探るでしょ?『普通じゃない部分を見つけよう』って躍起になるでしょ?」


 変わった趣味でもいい。

 悲しい過去でもいい。

 

 とにかく、『普通』『一般』とかけ離れた理由が欲しい。

 そういうものなのだ、とお姉ちゃんは続けた。


 「……私がこんなことしてるって、お父さんやお母さんには内緒よ?バレないように、手首じゃなくて見えにくいところを切ってるんだから」


 「……?うん」

 いきなり『手首』が出てきて、僕は首を傾げる。


 でも、お姉ちゃんの目が怖かったから、約束を守った。

 そしてその約束は、今も続いている。


 ×××


 風呂場から出てきたお姉ちゃんは、少し上機嫌だった。

 服の下にはきっと、赤い線が走っているのに。


 僕は何も知らない風を装って、「どうしたの?」と聞いた。

 そしたら「今日、お金を拾ったの。千円」と返ってきた。


 それで、宝くじを買ったらしい。

 ますます上機嫌な理由が分からない。


 まだ、当たってすらいないのに。

 そう言うと、「まあ、そうなんだけどね」と更に笑う。


 「でも当たったら、冷房つけれるし、もし一等が出たら、お父さん(あの人)と縁が切れる。『養ってやってるんだ!』って言われなくなる。もう、嫌味を言われながら走らなくてもいい」


 俺の子なのに、どうしてそうも運動ができないんだ!

 性別や体格差に甘えるな!!


 全く、今時の子供はすぐにヘバる。

 俺が子供の頃なんかは、もっと厳しくて――。


 一緒に走る時は、決まってそう言われるそうだ。

 お母さんに相談しても、「言う通りにして」それで終わり。

 

 あの人をイライラさせないで。

 仕事が忙しいから、ストレスが溜まっているのよ。


 責任重大な仕事だから。

 上にも下にも気を遣わないといけないし。


 今はちょっと、荒れているだけ。

 きっと、昔のあの人に戻ってくれる。


 「お母さんとも、縁を切りたい。あんな悲劇のヒロインと一緒にいたら、こっちの頭までおかしくなる!……こっちのストレスは、どうなんのよ」


 ギリッと嫌な音が聞こえた。

 お姉ちゃんが、歯を食いしばる音だ。


 「責任重大な仕事をして、上にも下にも気を遣って、自分のお金だけで家族を養えたら、どれだけ傷つけてもいいのかな?それなら、私も将来、そんな感じの会社に就職しようかな。バリキャリになって、結婚する。そして――」


 「ストレス発散の為に、家族を作るの?」

 「……ははっ、最低なこと言ってるわね。私」


 リビングに行くと、テーブルの上に数枚のチラシが置いてあった。

 お姉ちゃんは一枚のチラシを手に取ると、はん、と鼻で嗤う。


 『もしかして虐待かも、と思ったら迷わず連絡を!皆で守ろう!救える命!!連絡先は――』


 「これって、家に帰されたりしたら、どうなるんだろうね。……私たちみたいな()()は、きっと守ってもらえないよね?『まずはご両親と話し合って――』って言われて終わり。その後の展開がどうなるかなんて、ちょっと考えたら分かるのに」


 お姉ちゃんは「まっ、しょうがないか」と投げるようにチラシを置く。


 「連絡先の人たちは、もっと酷い親の対処で大変だろうし。人死にが出たら、『何をしていたんだ』って叩かれるしね。……法とかで、踏み込めないのにさ」


 そう自分たちは『マシ』な人生を歩んでいるのだ。

 寒空の下に放り出されたことも、痣ができるまで殴られたこともない。


 「そう言った人からしたら、私なんて『甘ったれ』よね」


 吐き捨てるようにそう言うと、お姉ちゃんはテレビをつけた。

 少子化を憂うニュースが流れている。


 「……この間も似たようなニュースが流れてて、それ見たお父さんが、私を見て『プレッシャーだな~~』ってニヤニヤ笑いながら言ったんだよね。……はっ、誰がお前の血が入ったガキなんか産むかよっ!!大切な人との愛の結晶?反吐が出るっ!!そうやって笑うお前が、原因を作る一人だとも気づかずに、本当、高学歴な癖に頭悪いなっ!!!」


 『お金の問題が――』と話す人たちを見て、お姉ちゃんは笑う。


 「案外、私みたいな理由の人って多いんじゃないかな。……でも、そう思わせる人にも人権があるから、あんまりテレビで強く言えない。言ったところで、どうしようもないし。それは『個人の問題』だから」


 神妙な顔をして話す女の人を見て、お姉ちゃんは「死ね」と呟いた。


 「『今は何でも個を全と捉える人が多くて』……だぁ?お前だってたくさんの()()を誘導した一人だろうがっ!!自分の影響力を知らないわけでもないクセに、よくそんな言葉が吐けたもんだな。『私個人の意見なので』『あくまでも割合の多さを述べている』って言ってれば、何言っても許されんのかよっ!!?」


 お姉ちゃんは「しかも、ここに出演してる連中、全員家族持ちじゃねぇか!!」とテーブルを苛立たし気に叩く。


 「まあ、『勝ち組様』は何言ってもいいわよね。社会に貢献したんだし。後の世代がどうなろうが、『気にしてますよ~』って言っておけばいい。……なんか、奴隷を戦わせて楽しんでいる大昔の人と、そんな変わらないわね」


 これがドラマの中だったら、お涙頂戴の展開にできる。

 しかし、現実だと対処できない、蓋をしておくべき『モノ』でしかない。


 ただ面倒なだけの代物だ。

 輝けるのは、お話の中だけ。


 ブツブツと、お姉ちゃんはそう話す。

 テレビを見る目が、どんどんきつくなっていく。


 「下手につついたら、各方面から叩かれて、それこそテレビに出られなくなるだろうし。……アンケートを受ける側にも、それを感じて無難に『お金』にしている人もいるだろうし。ぶっちゃけ茶番よ」


 テレビは離婚率の内容に話が飛んでいた。

 円グラフを見て、色んな人が色んな事を言っている。


 お姉ちゃんは僕を見て「……いいな。子供産む必要が無くて」と呟いた。

 それを聞いて、僕はかなりイラっとした。


 この前、親戚のおばさんに『いくら多様性の世の中って言ってもねぇ、やっぱり男の世界は競争社会なんだから、もっとしっかりしないと。()()()()()じゃ――』と言われたばかりだったから。


 そりゃあ、おばさんが産まれた時は、そういう風潮だったんだろうけど、『最近の子は、弱々しくて頼りない』『男の子がそんなことでどうするのかしらねぇ?』『やっぱり男は、家族を養って、普段は家にいないのが一番よ』なんて話も目の前でされた。


 便利な財布みたいな言われようだ。

 実際、それを聞いていたおじさんは、嫌そうな顔をしていた。


 お姉ちゃんだって、言える側に回れるじゃないか。

 僕が怒っているのが分かったのか、お姉ちゃんは「ごめん……」と謝った。


 「どっちも、辛いわよね。こうして好き勝手に、全国放送で言われまくられないといけないんだから。……あーあ、なんで人間なんかに生まれちゃったんだろう」


 膝に顔を埋め、か細い声でそう言った。

 ばっと顔を上げ、またテレビを見る。


 「データを見るのも大事だけどさ。……ああでたよ。心理学の人。この数分間の話だけで全部わかるんなら、誰も苦労しないっての。馬鹿がっ!!」


 口がどんどん悪くなっていく。

 こういう所は、お母さんと似ている気がする。


 「……ほら、男女問わず『暴力』『暴言』とかの部分、サラッと流したじゃん。そういう事よ。『価値観の違い』だったら、まとめやす――」


 その時、玄関から物音が聞こえた。

 いつものチャンネルに合わせ、いつもの場所にリモコンを置く。


 こうしておかないと、機嫌が悪くなるから。

 ドアが開いて、お母さんが入ってきた。


 お姉ちゃんは「ちっ」と舌打ちをして、自分の部屋へと戻っていった。

 「お帰りなさい」も何もなく。


 お母さんも、それについて何も言わない。

 きっと、負い目があるのだろう。


 僕は「お帰りなさい」とだけ言って、自分の部屋へと向かった。

 床を見ると、血が一滴落ちていた。


 お姉ちゃんの傷口から漏れた血だろう。

 そっと浮かすと、開け放たれた窓から外へと投げた。


 ×××


 今にも消えてしまいそうな、細い月が浮かんでいる。

 夜だというのに、木々を揺らす風は温く湿っていた。


 「ごめんなさいね。もうすぐ神の国に帰るのに、余計な力を使わせてしまって。この埋め合わせは、必ずするからね。しかし、せっかく水を取りに行ってくれたのに、あの子が来たから必要なくなっちゃったわね。それも重ねて謝るわ……」


 「――、――――、――――――!」


 「そっか、ありがとう。……はてさて、どうなることやら。今のところは、まだ謙虚だけど、あの手の子は、すぐに『当たり前』になっちゃうからなあ」


 「――――」


 「ああ、分かる?そうよね。最初のウチは、簡単なことをすれば恵みが貰えることに喜ぶのに、最後には簡単なことをするのさえ面倒くさがるのよ。恵だけを欲してくるの。そして、拒否すると怒る」


 「―――――?」


 「うーん、まだ私は人間界にいるつもり。せっかく移動できる範囲が広がったんですもの。おまじないが良く効いているわ。よかったよかった」


 誰かと話をしていた水恩は、すっと手をあげる。

 それに応えるように、近くに池の水が浮かび上がった。


 自分の周りをクルクルとさせた後、また元の場所へ戻す。

 思っていたよりも、力が戻っている。


 「……嬉しいわね」

 小さな呟きは、夜に吸い込まれていった。




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