スタイリッシュ・ラブラブ茶道ゲーム
『パルメザンのぬい、小学生を〇す!』
ロべチューブのサムネに、そんな文字が躍っている。
なかなかに尖ったタイトルだ。
酷い言いがかりだとは思う。
ただ問題はその後、これが発端となり、かなり揉めているようだった。
ちなみに『パルメザン』というアニメは、元は(主に女性を対象とした)ゲームで、主要キャラクター(イケメン)が十人ほど出てくる。
僕もざっくりとしか知らないけど、内容は『とある高校に入学した主人公が、弱小茶道部のメンバーと部を立て直すために奔走する話』らしい。
やたらと権力のある生徒会会長から『次の県大会(茶道部なのにというツッコミはなし)で優勝できなければ廃部』という、かなり王道な展開だ。
その茶道部のメンバーが、イケメン十人というわけだ。
『パルメザン』というのは、メンバー全員が好きな食べ物だから、らしい。
話を進めると、もっとキャラクターが登場するようだ。
ライバル校とか、転校してきた幼馴染とか。
声優ファンは勿論のこと、人気の絵師たちが各キャラクターをデザインしているとかで、そっち方面のファンも多い。
ストーリーを進めていくと『宝石の散りばめられた茶筅』や『愛の籠められた袱紗』といった、便利なアイテムも入手できるんだとか。
合宿イベントや、マネージャー志望で入部してきた女子と一波乱あったりと、色々と盛りだくさんの内容のようだ。
父方の親戚のお姉さんも好きらしく、前にアクリルスタンドを見せてもらった。
それがAさんの持っていたぬいと同じだ、と気づくのは少し経ってからだ。
話が逸れたが、当然アンチや厄介なファンがいる。
『パルメザン』の全てが嫌いだったり、自分の推し以外は認めなかったり。
この発信者も、その類だろう。
当然、この動画自体はかなり反感を買っていた。
あまりにも強引な物言いだと。
さすがに理不尽で不謹慎すぎると。
だが、その後に別の誰かが『このキャラを担当した絵師が、過去にSNSでこんな酷い発言をしていた』と、ここぞとばかりに誰かが投稿した。
それが本当に本人の発言かは分からない。
でも、火をつけるには十分の火力があった。
『人の皮を被った、悪魔じゃないとこんなこと書けない』
『こんな人間を起用しているだなんて……!!』
『でも、本人とアニメは分けて考えるべき』
『↑それにしたって……』
批難が、波紋のように広がっていく。
擁護する者、離れる者、面白おかしく囃し立てる者。
叩く理由を探していたら、誰かがちょうどいい理由を投下してくれた。
これだけ大勢が言っているのなら、自分の発言は致命傷にはならない。
『前に、パルメの映画やってる時に、ファンの民度がヤバすぎて引いた。周りの迷惑考えずに写真撮ったり、似たようなゲームがあると、すぐにパクリって言ったり……民度っていうか、人間性がヤバい』
『本当にそれ!映画が始まってもずっとスマホ弄ってるし、推しが出てきたら「キャー」って変な声出すし、ペンラふり出すバカもいたし、応援上映じゃねぇんだぞって感じでファンやめたわww』
『別にそれって、パルメ関係なくない?そんな一部の偏った連中だけ見てファンやめるなら、最初から好きじゃなかったってことだよ。にわかさん(笑)』
Aさんの死は、もはや関係なくなっていた。
一瞬だけ『パルメのぬいで死ぬなよメ〇ガキ!くっそ迷惑!!』というコメントを見たが、すぐに削除されたか、コメントの波に流されたかで消えてしまった。
(アニメが延期になるか、制作されないってなったら、お姉さんも悲しむだろうな。制作会社の人だって、色々と大変だろうし……)
前にテレビのドキュメンタリーでやっていた。
難しい内容ではあったけど、納期とかが大変そうだった。
「……俺たちが子供の頃は、アニメの制作現場なんて考えたこともなかったけどな。声優業もよく知らなかったし。なんていうか、夢が壊れる内容だな」
アニメの声は、本当にキャラクターが喋っている。
中学の頃まで、父はそう信じていたらしい。
あの時は「そういうものなのか」って思うだけだったけど、今は少し「それであって欲しいな」と思ってしまう。
それなら、制作現場の人のことを考えなくていいし。
それに、何か安心できる。
これは例外中の例外なのかもしれないけど、人一人の死で、ここまで大勢の無関係な人が巻き込まれてゆくのかと、ある種の恐怖を覚えた。
(まあ、それを言うと、お母さんもそうか……)
二年前のあの日を思い出してしまい、ブンブンと首を振る。
考えたって仕方がない。
それでも、考えてしまうのが僕のよくないところなんだけど。
ぼんやりとそんなことを考えていると、ヒソヒソと別の女子グループの会話が聞こえてきた。
曰く、『AさんはDさんに殺されたのでは?』という内容だった。
僕は「どうしたそうなるんだ?」と心の中で首を傾げる。
「Aさんってさ、『ザ・正義感の塊』みたいな人だったじゃん?サバサバしてて、言いたいこともハッキリ言うし、それでいて相手の気持ちも理解してるっていうか……」
「分かる!真っ直ぐな性格だったよね~」
「きっと、みんなの前でDさんを本気で注意しちゃうとさ、Dさんが嫌な思いをするって思ったんじゃないかな?それで、公園に呼びだして――」
「注意したら、逆ギレされたってことっ!?」
「しぃー!声がおっきいよ!!」
「AさんもDさんもパルメ好きだったじゃん?それを口実に呼びだして、やんわりと注意ようとしたら、キレて突き飛ばされて……って、ありえそうじゃない?」
「絶対それだ!Dさんって、小心者のクセに、カッとすると何してくるか分からないところがあったもん!!『自分は絶対正しい』な人だったし」
「Tさん弄ってる時だって、周りに『賑やかし要員』がちゃんといるかどうか確かめてからだったもんねぇ。そういう人が傍にいないと、何にもできないんだよ」
「こうして考えてみると、マジでDさんって最低だよね」
「てか、TさんもTさんだよ」
「え?」
「なんで?」
「だって、Tさんも今学校休んでるじゃん。その手が使えるんなら、もっと早くそうしてればよかったんだよ。そうしたら、Aさんが死ぬことはなかったわけだし、Dさんも犯罪者にならずに済んだじゃん」
「あー、言われてみればそうだよねぇ。何言われてもヘラヘラ笑って、普通に登校してくるから、てっきり大丈夫なんだと思ってたのに」
「でしょう?Tさんが『やめて』って言えばよかっただけの話であって――」
ベシャッ
聞いていられなくなって、僕は墨汁を一人の女子の額に飛ばした。
「えっ?ええっ?な、何?何か目に入ったんだけどっ!!こ、これどうしよう、あ、ああ洗った方がいいのかな?それとも、保健室?」
気の毒になるくらいの慌てふためきかただ。
まあ確かに、謎の黒い液体が飛んできたら、ビックリするか。
「……え?これって、墨汁じゃない?何処から飛んできたのかは分からないけど、墨汁特有のにおいがするよ。目を洗って、念のために保健室に行こう!」
ちっ、冷静な奴がいるな。
サバイバルとかになれば、心強いタイプだ。
さっきまであんなに饒舌に喋っていた女子は、「う、うん……」とだけ言って、他の女子たちと一緒に教室から出て行ってしまった。
それを眺めながら、僕はTさんの机を見る。
必死に毎日を『普通』に過ごしていただけなのに、あの言われよう。
あいつらの水筒の中に、辛子を混ぜた水でも入れてやろうか、と思ったところで僕は首を横に振った。
『パルメザン』の一件があったからだ。
神様に力を返すまでの間ではあるけれど、使い方は慎重にやらないと。
下手にやって『異物混入』なんて騒ぎになれば、沢山の人に迷惑がかかる。
何も悪い事をしていないのに、謝罪会見、なんて事になったら可哀想だ。
『誰かの嫌がらせで入れられた』となれば、先生にだって迷惑が掛かてしまう。
ただでさえ、Dさんの件がヤバそうなのに。
DさんがTさんにしていたことが発覚して、『担任は何をしていたんだ!?』なんてことになって、PTAとかから苦情が来たら――。
あんな、バレないような絶妙な弄り方、分かりっこないのに。
あんな、『逃げ道』を用意しているやり方。
×××
そうこうしているうちに、土曜日になった。
お父さんは、朝から釣り仲間と釣りに出かけた。
今日は夕方のランニングはないようで、お姉ちゃんはホッとしている。
明日はあるんだろうけど。
走りたくないのに走らされるなんて、苦痛でしかないだろうな。
でも『体にいいんだっ!!』って怒鳴られたら、反論できないし。
『走ることは健康にいい』
前にテレビで、そう言っていたけど。
なんていうか、今のお姉ちゃんは、見た目は健康的だし、実際に走っているから体つきはしっかりとしているんだけど、『完璧な状態の車に、土気色の死体が乗っている』ようにしか見えない。
体がどれだけ健康で元気でも、心が死んでいたら無意味だ。
そう思っていても、何もできはしないんだけど。
『心も健康に』って言っても、健康になる前に挫かれるし。
コレが詰みってヤツか、と僕は思った。
自分が飲むお茶以外に、水道水の入ったペットボトルを二本、鞄に入れる。
言うまでもなく、神様にお供えする分だ。
本当は、もっと『らしい』ところの水がいいんだろうけど。
残念ながら僕には用意できそうにない。
いつもと同じ道を、ふうふうと歩く。
七月に入ってすぐの筈なのにこれでは、八、九月が思いやられる。
(『神の国』に帰ってしまっていたらどうしよう……)
墨汁のあれも、衝動的にやってしまったことだ。
(きっと僕は、『力』を持ったら駄目なタイプなんだろうなぁ……)
やった時は「ざまぁみろ」って思うんだけど、少しすると怖くなる。
歯止めが利かなくなる前に、何とかしないと。
でないと、自分の首を絞めることになりかねない。
(もし、『神の国』に帰ってしまっていたら、その時は、使い方に注意しながら生きて行かないといけないんだよなぁ……)
これ以上、『注意』を増やしてしまうと、正直面倒臭い。
ただでさえ、『注意』に割いている神経が多いのに。
草で切れた手の平がひりひりする。
汗が入って余計に痛い。
ばっと視界が開け、水恩と出会った場所に辿り着いた。
僕の予想は大きく外れ、水恩は岩の上に座っていた。
大蛇の姿ではなく、人間の姿だ。
僕と目が合うと「また来てくれたんだー!」と抱き着いてきた。
ふわりと、何かは分からないけどいい香りがする。
しかも、胸がめちゃくちゃ当たっている。
相手は神様なのに、思わずドキリとしてしまう。
いや、前に会った時もドキッとしたけど。
前のように水を掲げて差し出すと、嬉しそうに飲んでくれた。
それから三十分くらい、世間話をした。
といっても、『学校ってどんな感じなの?』とか『今時の人間の子供って、どんな遊びをしているの?』とか、水恩の質問に僕が答える感じだったけど。
頃合いを見て、僕は「あの――」と切り出した。
水恩は、「どうしたの?」と可愛く首を傾ける。
「そ、その、この力、お返しします!」
「どうして?」
僕は、これまでの経緯を説明した。
間接的にではあるが、人を一人殺してしまったことを――。
水恩は、黙って最後まで話を聞いてくれていたが、僕が話し終わると、心底面白いとでも言うようにケタケタと笑い出した。
「なぁーんだ。そんなことかぁ」