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楽しみのない楽園

 「…………あれ?」

 不思議な空間を潜った先には、僕の家があった。


 両隣の家も、見える景色も、何もかもが同じ。

 水恩(すいおん)を見ると、「どう?」と得意げな笑みを返された。


 「どう、って言われても困るよ」

 「まぁまぁ、ぐるりと町を見て回ってみなさいな!」


 家は最後のお楽しみ、と言われ、僕は素直に従った。

 正直、家にいい思い出があまりないから、先に見たかったんだけど。


 時折聞こえる電車の音も、吹き抜ける風さえも同じ。

 縁哭(ゆかりな)さんの神域と全然違う。


 てくてくとアスファルトの道を歩き、コンビニの前に来たところで、僕はようやっと「ここは別の世界なんだ」と思うことができた。


 コンビニの入り口前に、晒し首が並んでいたからだ。

 それも、僕が「死ねばいいのに」と思った人たちばかり。


 駐車場は血で汚れているのに、誰も気にしていない。

 それどころか、臭いすら感じない。

 

 しかも、生きているらしく、苦しそうな息を吐いている。

 ……なんか、「あっそ」って感想しか出てこないけど。


 でも、水恩が「どう?」と可愛く目を輝かせて見上げてくるから、僕は「面白いね。スカッとする」と心にもないことを言った。


 なんか、「こういうのがいいんでしょ?」ってされてるみたいで、正直不快だけど、僕を喜ばせようとしてくれたってことは、十分伝わったから。


 それ以上に驚いたことは、ちゃんと買い物ができたところ。

 てっきり、見た目だけだと思っていたから。


 味も同じ。

 レモンティーを喉に流し込み、僕は少し気分が高揚した。


 ×××


 「……って、なんで最寄り駅にシャインモールがあるの?」

 古びた駅と、まったくもってマッチしていない。


 「あっははは、本当は、もっと広くしたかったんだけどね、他の場所を作るのに、結構な力を使ったから、全体的に詰め込んでいるのよ」


 ばつが悪そうに頬を掻き、水恩はそう言った。

 僕は、「パソコンの容量みたいなものか」とだけ呟いた。


 現実世界では、五駅先にあるシャインモール。こうしてみると、有難いけど、立地的に絶対に客は入らないだろうな、と思う。


 「……じゃあ、僕が見ている景色って――」

 「途中までは本物だけど、途中からは偽物」


 遠くに連なる山々を眺め、僕は「そっか」と言った。

 山登りの趣味はないから、別にいいと言えばいいんだけど……。


 ちなみに、『境目』に行けば、見えない壁みたいなものに触れるらしい。

 興味がないから、行くつもりはないけどね。


 シャインモールに入ると、この間と同じように賑わっていた。

 だけど、見知った顔は一人もいない。


 なんだかんだで遊ぶ場所がここしかなかったから、結構な確率で、クラスメイトに会ったりしたのに。


 「会ったら、余計に思い出しちゃうでしょ?」

 「確かにね。……この人たちって、どうやって作ったの?」


 「雑誌だったり、写真だったりを見て、適当に作ったわ。ああ、ちゃんと話しかけたら、答えてくれるわよ。……って、コンビニで確かめ済みか」


 苦笑いを浮かべる水恩の手には、いつの間にかアイスが握られている。

 僕も、フードコートのクレープ屋で、クレープを買って食べた。


 「……ねぇ、もしよかったら、縁哭の神域と繋げちゃってもいい?」

 水恩の問いに、僕は少し悩んだ。


 いいと言えばいいんだけど、自分の部屋に勝手に入られるような、モヤモヤした気持ちもあった。


 テリトリーに入ってきてほしくないというか、余計な存在を入れたくないというか。はっきり言って嫌だ。


 ……でも、縁哭さんたちが嫌いって訳じゃないし、縁哭さんの神域を貸してもらった恩がある。そう考えると、仕方ないのかな。


 「うん、いいよ。どうやって繋げるの?」

 僕がそう言うと、水恩の顔は、ぱぁっ、と明るくなった。


 兄弟みたいな関係だからだろうけど、ちょっとイラついた。

 心の中で首を横に振って、水恩の言葉を待つ。


 「それは簡単よ。邪魔にならない場所に、出入り口を作るだけ」

 「神域を行き来する、トンネルみたいな感じ?」


 「そう!」

 「……別に、どこでもいいよ」


 ああでも、お姉ちゃんとデートしたいんなら、お洒落な場所の方が……ないな、そんな都合のいい場所。

 

 強いて言うなら、シャインモールの中にある、カフェの前だ。

 お姉ちゃんが好きかどうかは分からないけど、外装はお洒落だし。


 そう水恩に話すと、「じゃあ、そう伝えとく♪」と言われた。

 話を終え、二人してモール内を歩く。


 作り出された者たちだからか、誰も問題を起こさない。

 加えて、クレームの声も聞こえなければ、五月蠅すぎる笑い声もない。


 「……賑やかなのに、すごく落ち着く」

 「そう?良かった!」


 頬にキスをされるけど、誰も気に留めない。

 試しに、目の前のベンチに座っていた人を殺してみたけど、結果は同じ。


 殺された方も、水の玉の中に入れられたはずなのに、苦しむ表情を浮かべない。人形のように、笑顔を貼り付けている。


 ……まぁ、容量がどうのって言っていたから、仕方ないか。

 少し残念に思いながらも、僕は、この神域に満足した。


 「まだまだ、これからよっ!!」

 水恩に手を引かれ、僕は家の方へと歩き出した。


 ×××


 家の中は、外観こそ変わりはしなかったけど、中はかなり違った。

 リビングや僕の部屋は変わらないけど、風呂場は無くて、扉があった。


 蓮の花が描かれた、お洒落な扉。

 別の場所には、鳥居の絵が描かれた扉もあった。


 「さっ、お好きな扉をどうぞ!」

 水恩に促され、僕は蓮の花が描かれた扉を開ける。


 扉の先には、段々畑が広がっていた。

 視線を横にずらすと、階段状に作られた細い通路。


 作られた物ではあるけど、かなりムードがあった。

 近くに川でもあるのか、水の流れる音も聞こえてくる。


 正直に言うと、本物めいたそれらに、ワクワクした。

 上ってゆくと、小さな村があった。


 かなり高地に作られているようで、眼下に雲が見える。

 僕は、昔テレビで見た『空中都市』を思い出した。


 と言っても、雲も山々も偽物だ。

 実際は、そこまで広くはないんだろうな、と思った。


 精々、僕が通っていた中学校の運動場くらい。

 でも、広すぎてもしんどいだけだから、別にいい。

 

 「にしても、家の統一性が何もないね。どれも、お洒落ではあるんだけど」

 統一性皆無の家々が、猫の額ほどの土地にひしめき合っていた。


 「えへへ、色々と私の趣味を詰め込んだら、こうなっちゃったの」

 水恩の笑い声を聞きながら、僕は家々を見て回る。


 どっしりとした茅葺(かやぶき)屋根の民家から始まり、彩釉(さいゆう)タイルが用いられたアラベスク模様が美しい四角形の建物に現代アートのような井戸。


 家屋外壁に『赤ずきん』や『白雪姫』の物語が描かれている三角屋根の家。獅子や麒麟、竜などが彫られた小さな宮殿……とにかく多種多様だ。


 ここまでくると、『世界中の装飾が凄い建築物を一か所に集めたテーマパーク』にでも来たような錯覚を覚えてしまう。


 「一応、村人も作ってはいるんだけど、どうする?」

 「別にいいよ。人がいると落ち着かないし」


 人を見たくなったら、シャインモールにでも行けばいい。

 そう伝えると、水恩は「じゃあそれで」と微笑んだ。


 「ねぇ、せっかくだから、ここでご飯にしない?」

 「そうだね。クレープ以降、何も食べてなかったし」


 水恩に手を引かれ、僕は、三角屋根の家へと入って行った。



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