マナーを守ろう!
「別にいいけど、なんで?」
僕の問いに、水恩は「ちょっと、言いにくいんだけど――」と笑った。
「あなた、すっごく恨まれているの。……私たちの力じゃ、どうしようもできないくらい強い恨み。だから、私の神域に連れてゆくの」
「……あ~、まぁ、分からなくもないよ。あれだけのことをしたんだから、言ってしまえば、大量殺人だし。恨みの百や二百、買うよ」
僕がそう言うと、水恩は「そうじゃないの」と首を横に振った。
腕を組んで、なんて言ったらいいか考えている。
「……その、ね。恨んでいるのは、あなた。つまり、自分自身なの」
言われている意味が分からず、僕は固まった。
でも、縁哭さんを見て、ハッとした。
縁哭さんは、別の世界を覗き見れる力を持っている。
でも、それの上位互換が、別の世界にいないとは限らない。
体ごととはいかなくても、恨みを飛ばすくらいならできる存在。
そして、『この縁哭さん』以上に、僕に協力的な存在。
僕が思ったことを話すと、水恩と縁哭さんは、気まずそうに頷いた。
もしかすると、『歯の痛みで命を絶った僕』も、いたりするのかな?
正直、僕であって僕じゃないから、気持ちは全然分からない。
ただ、しんどいだろうなとは思う。
無意識に歯を食いしばって、歯は削れ、頭痛に悩まされる日々。
…………うん、絶対に嫌だ。
そんな僕が、『幸せな僕』を見つけたら、どうするだろう。
きっと、立場の交換をしたい、と思うはずだ。
それか、少しでも、『運の譲渡』をしてもらう、……とか。
でも、どれもできない相談だ。
そうなったらもう、羨んで、嫉妬して、恨むしかなくなるだろう。
虚しくなるかもしれない。
僕であるはずなのに、この差はなんだ、って。
そして、恨みを届ける事だけは可能。
だったら、そうするよね。
でも、『幸せな僕』だって、苦労したんだ。
それなのに、恨まれるだなんて……。
「えっと、僕は神域に行くだけでいいの?」
「そうよ!とびきりのヤツができたから、そこで暮らしましょう!!」
僕に抱き着いてくる水恩を横目に、縁哭さんは、「ただ、強力な結界を張るから、二度と人間の世界には戻れなくなってしまう」と言った。
だから、話をしておく相手がいるなら、家に行っておくこと。
行きたい場所があるなら、行っておくこと。
墓参りや、やり残したことをしておくこと。
当然、家にも二度と帰れないから、必要な物を持ち出すこと。
「それを、一ヶ月以内にやってほしいの」
「ああ、結構余裕あるんだ」
会いたい人なんていないし、……墓参りだってごめんだ。
だって、最終的には『こう』なっちゃったんだよ?
僕にもご先祖様にも、メリットなんてないよ。
家……特にないな。
ああ、シャインモールに行っておこうかな。
なんだかんだ、縁があったし。
×××
何となく、水恩も縁哭さんも連れずに、僕一人で来た。
特に変わり映えのない景色を、ぼうっと眺めて歩く。
これと言った理由はないけど、映画を観ることにした。
そして、席について早々に後悔した。
「ねっ、観に来た記念に写真撮ろ~」
「いいよ!」
僕の前の席に座っていた、大学生くらいのお姉さんたちが、そう言って、スマホを構えだしたからだ。
確かに、まだ予告CMすら始まっていない。
でも、そうじゃない。
映画館の席って、基本は坂みたいになっている。
だから、自撮りすると、後ろの僕まで映ってしまう。
シンプルにウザいし、嫌だな、と思った。撮った写真を、SNSに上げられないって保証はないし、顔をぼかしてくれる保証もないから。
別に、やましいことはしていない(人を殺したのは、バレていないからノーカンだ)。
ただ、嫌だってだけ。
視線を逸らし、カメラから逃げるように顔を背ける。
はぁ、なんで僕が、こんなに気を遣わないといけないんだ?
それとも、『気にしすぎ』ってだけなのかな?
もういいかな、と顔を上げると、二人はまだ撮っていた。
いや、僕が顔を上げると同時に、偶然にもシャッターが押されてしまった。
……絶対に、カメラ目線になってしまっている。
胸のうちで、モヤモヤとした何かが駆け巡った。
『えっ、なにこの後ろの人』
『きもっ、すっごいこっち見てる~』
そんな会話を、後でされそうで嫌だ。
これは、『被害妄想』なんだろうか?
でも、後ろのことも気にせずに、スマホを構える人たちなんだ。
嫌な想像が膨らんでしまったって、おかしくはない。
……っち、本当、ただ映画を観に来ただけなのに、なんでここまで考えなきゃいけないんだ!?ただ、嫌な人たちの後ろの席だったってだけで……っ!!
考えれば考えるほど、ムカついてきた。
だから、久しぶりに、水を数滴操ってやった。
コーラの雫に、塩ポップコーンの粉と塩を混ぜて、お姉さんたちの目に入れた。
二人とも「きゃっ」って言ったかと思うと、そのままトイレかどこかに行った。
見ると、僕の斜め前に座っていたカップルの人たちが、ほっと肩を撫で下ろしていた。……やっぱ、そうだよね。五月蠅かったし。
十分ほどしたら戻って来たけど、何もしなかったから安心した。
でも、反省なんてしていないんだろうな。
ただ、予告CMに入ったから、静かにしているだけで。
……でも、まだマシなほうなのかな。
はぁ、それにしても、予告CMって、こんなに長かったっけ?
だるいな、と思い始めたとき、ようやく注意の映像が流れた。
なにかのアニメのコラボらしく、やたらフリフリな服を着た女子が、『上映中のおしゃべりは禁止だよっ!!』っと自分の胸の前で、手をバツにしている。
「ええっ!?それマジ?」
「傑作だよな!」
……おい、今『上映中のおしゃべりは禁止だよっ!!』って言葉が流れたばかりだろうが、話聞いとけよ。
それに、なんで今スマホを見るの?
明かりが視界に入ってきてウザいんだけど。
当たり前だけど、目の前の二人と同じ目に遭わせてやった。
お陰で、冒頭を見ることができなかったけど。
せっかくお金を出しているんだから、映画が始まった瞬間から終わりまで、僕はちゃんと見たいんだ。
はぁ、一本ずらせばよかったかな……。
でも、なんで僕がこんなこと考えないといけないんだ?
さっきといい、今といい……。
ああ、この人たちも、水恩たちの仇の一人だったら良かったのに。
もやもやとした気持ちを抱えたまま、僕は映像を眺めていた。
×××
「可もなく不可もない内容だったな……」
映画館を出た僕は、心の中でそう呟いた。
バトル漫画が元ネタな筈なのに、やたらと、親子愛が強調されたオリジナルストーリーが挟まれていた。
オリジナルな展開は、別にいい派ではあるんだけど、くどかった。
部屋を舞う埃まで、キラキラさせて。
ピアノの寂しげなBGMの中、「父さんっ!母さんっ!!」って主人公の友達(読者人気が凄いキャラ)が涙ながらに言って、親子三人、笑顔で抱きしめ合う……正直、なんか古臭い気がした。
あと、僕みたいな家庭持ちだと、ハッキリ言って冷める。
いや、引く。
「……それとも、『愛ある家庭』で育ったら、ああいうストーリーに至ってしまうモノなのかな?僕も、そう育っていればあるいは……想像すると、ちょっと気色悪いけど、でも、それが『普通』だったら、何も感じないんだろうな」
羨ましい気持ちがない訳じゃないけど、ちょっと不気味に感じる。
自分に置き換えて考えると、余計にそう思う。
それに、どこかの世界に『そんな僕』がいたとしよう。
きっと、水恩と出会ってはいない。
しかも、水恩の神域に逃げられない状態で、別の世界の僕に、恨まれてしまう可能性だってある。
そうなったら、悲惨な未来しか待っていないだろう。
なら、僕は今のままでいい。
「さて、……僕は神域から出られないみたいだけど、水恩たちは出れるから、本とかどうしよう。取り敢えず、気になったヤツだけ買っていくか」
新刊が出たら、買ってきてもらえばいい。僕はそう思い、追いかけている漫画の最新刊と、面白そうだと思った本を数冊買って、本屋を後にした。
×××
「準備はいい?」
「いつでも」
水恩と初めて出会った場所。
僕が頷くと同時に、水恩は呪文を唱えだした。
宙に、人一人が通れるくらいの空間が出現した。
眩しすぎて、僕は思わず目を細める。
「さっ、どうぞ!!」
水恩に促されるままに、僕は空間を潜った。




