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すごしょぼい  作者: 砥草
4/14

AさんとDさん

 クラスメイトのAさんが死んだ。


 正義感が強くて、明るくて、サバサバしていた人だったのに。

 公園で友達と遊んでいて、虫に驚いた拍子に転んで。


 転んだ先にあった石に頭をぶつけて、それっきり。

 髪飾りのリボンが、真っ赤に染まって――。

 

 人って、あんなにあっけなく死んじゃうんだね。


 ×××


 青い蛇の神様から力を授かった夜。

 僕はなかなか寝付けなくて、布団の中で寝がえりをうっていた。


 クリクリとした、金色の瞳。

 神様に対して失礼なことかもしれないけど、顔が熱くなる。


 ……?どうして『失礼』だなんて思うんだろう?

 顔が熱くなっただけなのに。


 僕自身、よく分かってはいなかったけど、なんだか悪い気がした。

 ザーザーと雨が窓を叩く音が聞こえる。


 その音に混じって、お父さんがお母さんの頬を叩く音が聞こえた。

 僕たち姉弟が寝た後は、だいたいこんな感じだ。


 「……お母さんも、余計な事を言わなきゃいいのに」

 僕と同じでオドオドとしてはいるけれど、お母さんは時々反抗する。


 内容はいつも同じで『私も働きたい』だ。

 子供たちも大きくなったし、いいでしょ、って。


 でも、お父さんはその話題を嫌う。

 だって、マウントが取れなくなるから。


 『俺の金で、そんな無駄な物を買って』

 『俺の金で、こんなセンスの悪い物を買ってきて』

 『俺の金があるから、生活できているんだぞ!』

 『今のご時世、専業主婦ができて有難いと思えっ!!』


 繰り返し繰り返し。

 僕は布団の中で「俺の金……かぁ」と呟いた。


 そんなに言うなら、何で結婚なんかしたんだ?って思う。

 まあ、お父さんの『時代』ってやつなんだろうな。


 ただでさえ、周りよりも結婚が遅くて焦っていたって話だし。

 まあそれは、お母さんも同じだけど。


 「……無理矢理パズルのピースを嵌めようとするから」

 合うはずのないモノを、歪に、強引に、形にした結果がコレだ。


 僕らに聞かれないように……というよりも、近所迷惑にならないように声を潜めて、二人のバトルは続く。


 きっと、隣の部屋にいるお姉ちゃんも聞いているのだろう。

 時々、声を殺した泣き声が聞こえてくるから。


 何はともあれ、お母さんが自由に使えるお金を持ってしまったら『私のお金で買い直します』『私のお金で買った鞄です』って言われて、ストレスがたまる。


 ただでさえ、人前では『いい人』でいるお父さんだ。

 それは非常に困る。由々しき事態だろう。


 「……僕も、いつかはあんな風になっちゃうのかなぁ」

 誰かと結婚して、夜中にひそひそ声で喧嘩して。


 「嫌だなぁ……」

 一時間ほど経った頃、ようやく喧嘩は終了した。


 ×××


 「……ったく、馬鹿のクセに調子に乗りやがって」

 ブツブツと何かを言いながら、お父さんが階段を上がって自室に入った。


 僕はこっそり廊下に出て、まだ明かりがついているリビングを見下ろす。

 すりガラスの所為で良く見えないけど、扉越しにお母さんの影が見えた。


 今にも死んでしまいそうな、すすり泣く声が聞こえてくる。

 そっと部屋に戻った時、お父さんが乱暴に扉を開けて下におりて行った。


 「……おい!いつまでも、そんな惨めったらしくメソメソとっ!!」

 ドスッと、なにかを蹴る音と、ウグッと、誰かの呻き声。


 すぐに二回目の「ドスッ」が聞こえた。

 もう呻き声は上がらなかった。


 「……空気を読めばいいのに。子供じゃないんだから」

 何年も夫婦をしているのなら、相手のことを少しは分かりそうなものなのに。


 よく『今時の子は、国語の読解力が足りていない』『○○を理解できない子供たち』なんて言われているけど、『場を読む空気』『察する力』は大人を凌ぐ子も、それなりにいるんじゃないかな?


 だって、群れから弾き出されてしまったら大変だもん。

 目立ちすぎも、目立たなすぎもダメなのだ。


 大人の顔色を窺って、眉の上げ下げ一つに神経をとがらせる。

 それが、『今時』の僕がやってきたことだ。


 逆に、どうして『今時の子は、相手の気持ちが――』って言う『今時じゃない人たち』は、話を聞いた『今時の子供』が嫌な思いをするって言うのが理解できないんだろう?


 全員が()()って言っているわけじゃないから。

 そこまで気にしていたら、何も発信できなくなるから。

 自分の話を曲解して広める奴が悪い。

 そうは言っても、『事実』だから。


 そう言っておけば、許されるのかな?

 本当は『この程度で、嫌がる奴が××××』って思っていそうで怖い。


 全員がそうじゃないっていうのなら、この間、『これだから警察は――』って、とあるロべチューバ―の人が言っていたのは何なんだろう?


 そりゃあ、今はドラマでも漫画でも、警察を取り扱った作品はいっぱいある。

 それでも、大多数の人にとっては『お巡りさん』だ。


 『本当、××警察署の○○課はこれだから――』とはならない。

 『おのれ!お巡りめっ!!』ってなる。


 読解力のある、他者の気持ちが分かる世代に生まれておいて。

 ははは、……傑作だな。


 「はあ……。この力がもっと強かったらなぁ」

 そしたら、…………いや、言葉にすると本当になりそうだからやめておこう。


 勉強机に置いてあるペットボトルの水を、数滴、額に落とす。

 当たり前だが、水が垂れてきて気持ちが悪い。


 窓ガラスに、水を一滴ぺちっと当てる。「ぺちん」ではなく「ぺちっ」だ。

 ガラスに穴が空くことも無ければ、割れることもない。


 こんなんじゃ、アニメや漫画によくある『不良に絡まれている人を助ける主人公』なんて、出来そうもない。


 「僕の頭がもっと良かったら、いい案が浮かんだのかな……」


 そんなことを考えていたら、急に睡魔が襲ってきた。

 明日からまた学校だ。勉強は嫌だけど、家にいるよりはずっといい。


 …………………………ペチャ


 ×××


 「Tさーん、そっちの国の言葉で『おはよう』って、なんて言うんだっけ?この間教えてもらったのに忘れちゃってさぁ」


 昼休み。

 自分の席でぼうっとしていると、揶揄(からか)うような声が聞こえてきた。


 ()()()ではなく、ほんとうに揶揄って()()のだが。

 振り返らなくてもわかる。いつものことだから。


 それに、この後の流れはだいたい()()()


 「…………えっと、『おぶっしゅりだれむ』だよ」

 それを聞いたクラスメイトのDさんは「ありがとう!」と笑った。


 「ねぇ、『おぶっしゅりだれむ』だって!!」

 変なイントネーションで飾り付けた言葉を、皆に聞こえるように言う。


 「『おぶっしゅりだれむ』!」

 「『おぶっしゅりだれむ』!!」


 数人の男子が、Tさんを取り囲むようにして囃し立てる。

 Tさんは、暗い目をして黙って俯いていた。


 「世界には色んな国があるわけだし、言葉が違うのだって知ってるけど、それでも、何度聞いても変わってるって思うなぁ。『×××××』だなんて!」


 「……………………」

 「どうしたの?」


 「………………う、うん。そう……だね」

 「だよね!()()()のTさんも、そう思うよねぇ~!!」


 慣れ親しんだ言葉を、暗に貶される。

 きっと、僕には想像することもできない悔しさだろう。


 最初のうちは嫌がっていたけれど、今は……。

 こんなのイジメだ、って思うけど、僕にはどうしようもない。


 だって僕は男子だから。

 庇ったりしたら『お前、Tのこと好きなのかよ』って言われる。


 かといって女子が庇ったら、『いい子ちゃんぶって』って言われる。

 最悪、自分が標的になるかもしれない。


 だから、みんな興味がないふりをするか遠巻きにしかみない。

 女子グループの中には、クスクスと憐れみを籠めて嗤う人もいる。


 孤立無援。助けはこない。

 Tさんの国って言っても、Tさんは帰国子女じゃないか。


 小学校に上がる前に、両親の都合で海外に行ってしまった。

 そして、ちょっと前に戻ってきた。


 だから、この町に戻ってきただけなのだ。

 揶揄っているDさんだって、幼稚園の時は仲が良かったって――。


 (そりゃあ、長い間離れていたら、幼稚園の時の印象とかは違うのかもしれないけど、だからって、あんな風に揶揄うだなんて……)


 少し前までは、「誰かTさんを助けようって人はいないの?」って教室を見まわしたりしたけど、今はもうしていない。


 それこそ、僕よりもずっと『周囲に目を配っている人』に気づかれでもしたら大変だ。……チクられたら、酷い目に遭うのは目に見えている。


 (……これでTさんが、少し前に炎上した芸能人みたいに『まったく、これだからこの国は――』とか『私が暮らしていた国では、コレが常識!こっちの方が正しい!』って言って、強引に自分を押し通したりしていたら。…………なんというか、アレだったんだけど)

 

 見知らぬ相手から(見知っていてもアレだけど)さも全員が()()みたいに言われたら、誰だっていい気はしないだろう。


 しかしTさんは、何も言っていない。

 多少感覚に違いはあったけど、それだけだ。


 それだって、流行っているモノや、言葉の勘違いと言った些細なもの。

 誰かに迷惑をかけたとか、馬鹿にしたとかではない。


 それでもダメなんだ。

 みんなと……『違う』から。


 そっちの国では、そうすんの?

 何かあるたびに、Tさんが言われている言葉。


 「馬鹿にしないで」と言えない、微妙なラインの言葉。

 問いかける声は、明らかに嗤っているのに。


 あの『呪文』のせいで、特に気にする必要のないことにまで、過剰にビクビクして気にする様になってしまった。


 毎日のようにこんな事が続けば(安全地帯からなら言えるかもしれないが)、「気にするな」「言わせておけ」「心を強く持て」なんて言えないだろう。


 心を強く持ったところで、それを凌駕する力に押しつぶされる。 

 それに、悲しいかな。Dさんたちの方が言葉が達者だ。


 そうすんの?って聞いただけじゃん。

 言われたくないなら、こっちに合わせたらいいのに。

 揶揄われているなんて、自意識過剰だよ。

 …………ちょっと外国に行ってたからって威張ってるよね。


 今の状況だってそうだ。

 Dさんたちは「おはよう」を聞いただけ。


 発音が変なのは仕方がないし、復唱しただけだ。

 それに、言わなかったら『ケチな奴』認定をされてしまう。


 そうなると、行きつく先はやっぱり地獄だ。

 進も止まるも、横道も地獄。……そして、現れる救世主は悪魔。


 「……はあ、みっともな」

 

 さほど大きくもない溜息に、教室内が少し静かになった。

 きゅっと目を吊り上げて、カツカツとDさんに近寄る。


 「Dちゃんさぁ、そうやってTさんを揶揄うのやめなよね!」

 「Aちゃん、嫌な言い方しないでよ」


 よかった、Aちゃんがきた。

 Aさんがきたなら、大丈夫だよね。まとめ役だもん。


 安心したようなヒソヒソ声が聞こえてきた。

 Tさんも、ホッとしたような顔でAさんを見上げている。


 何度も助けてもらったことがあるから、当然と言えば当然か。

 Dさんも男子たちも、白けたとばかりに去って行く。


 「……Aさん、あり、がとう」

 Tさんが礼を言うと、「謝る必要ないよ!」とニカッと笑う。


 これで今日の『揶揄いノルマ』は終わった筈。

 僕も、張り詰めていた緊張を解く。

 

 情けない、なんて思わない。

 これが、僕の『一日を無難に過ごす術』なんだから。


 それに、僕はAさんの本性を知っている。

 あの、歪な『正義ごっこ』の正体も。


 ×××


 Tさんが転校して来て直ぐの時。

 ランドセルにつけているお守りを、Dさんの友達が嗤った。


 「なぁに?そのキモいデザインの人形!呪われそう!!」

 それを聞いたTさんは、前にいた国に伝わる『水の神』だと言った。


 確かに、色は派手だが全体的に青っぽくて『水』って感じだ。

 Dさんは「神様ぁ?このキモいのが?」と大声で言った。


 通りすがりの男子が「マジだ。キモッ」といい、遠巻きに見ていた女子が「……いくら神様って言ってもさ、よくつけられるね」と目を逸らす。


 Tさんも、皆と仲良くしようと必死だったから凄く困っていた。

 これが原因でハブられたらどうしよう、と顔に書いてある。


 同時に、だからといって、ランドセルにつけている『水の神様』を悪く言うなんてこともしたくない、と思っている感じだった。


 まあ、嫌いだったらつけてこないよね。

 Tさんが固まっていると、Dさんはすっと目を細めた。


 嬲りがいのある玩具を見つけた、子供の様だった。

 Tさんもそれを察したのか、更に顔を青ざめさせる。


 そんな時に割って入ってきたのが、Aさんだった。

 あの時も、Dさんたちはつまらなさそうに去って行った。


 「……あ、Aさん。その、……ありがとっ!」

 Tさんは、少しまごつきながらも、感謝の言葉を伝えた。


 僕も、「Aさん凄いな」と、その時は思っていた。

 違うと分かったのは、放課後だ。


 「『……あ、Aさん。その、……ありがとっ!』だってさぁー!!」

 「っあはははは、似てる似てる!完コピ!!」


 「マジで吹き出しそうになったわぁ!なにあの『っ!』……思い出しただけで、お腹痛いって!!プルプル震えて、チワワかよって感じ」


 「チワワに悪いって!Tさんそんなに可愛くないじゃん!……てか、あのキモい人形、あんなの神様として祀ってるとか、ちょっとヤバくない?」


 「言えてるー!」

 「だよね!」


 二人して「ありがとっ!」「ありがとっ!」と笑い合っていた。

 そう、AさんとDさんはグルなんだ。


 下げて上げて、落として助けて、そんな事を繰り返している。

 そしてそれは今も変わらない。玩具が壊れるまで続く。


 夕日で伸びた影が、僕には化け物のように映った。


 ×××


 (あの時は、Tさんに何か恨みでもあるのか、なんて思ったりしたけど、別にないんだろうな。『ちょうどいい獲物』を見つけたってだけで……)


 きっと、大人になったら『やった側』のアイツらは、綺麗さっぱり忘れているんだろうな。もしかすると『いつまでも根に持って、陰険!』『そんな思いで、今まで生きてきたの?人生無駄にしてるぅ』なんてことになるのかも。


 された側はずっと、嫌な記憶に苛まれながら生きていかないといけないのに。


 学校からの帰り道、僕は「ふうっ」と溜息を吐く。

 また、家に帰らないといけない。


 頬を伝う汗をアスファルトの地面に向けて放る。

 数滴どかしたところで、次から次へと流れてくるんだけど。


 汗の粒を、目の前でフヨフヨと浮かす。

 ……あっ、砂が数粒混じってる。


 ま、どうでもいいか。

 この先の公園で少し遊んでいこうか、なんて事を考えながら歩く。


 もう少しというところで、笑い声が聞こえてきた。

 AさんとDさんの声だった。



 

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