地面に杭を……
コンコンコン……
コンコンコンコンコン……
キラキラと輝く杭を、僕は、水恩と縁哭さんの『親』のような存在が封じられている山に打ち付けていく。
夜中二時だからか、それとも人が少ないだけなのか、静かなものだった。
時々、遠くからバイクの音が聞こえてくるくらい。
「……ねぇ、水恩たちの『親』が蘇ったら、どうなっちゃうの?」
「さぁ、どうなるかしらね」
水恩の言葉に、僕は「え?」と眼を瞬かせた。
声の中に、感動も何も含まれていなかったからだ。
「正直なところ、私たちにも、どうなるか分からないのよ。自我を保っているのかも謎だしね。……私たちのことだって、認識できるかどうか」
「ふーん、もし、認識できなかったら、自分たちが子供みたいなものだって伝えるの?それとも、何も言わずに下につくの?」
「う~ん、実際に会ってみないことには、迂闊なことは言えないわ」
水恩は「言霊、なんて言葉もあるし」と僕に向かってウィンクをした。
「もう一つ。もし、封じ込められていた怒りを爆発させて、見境なしに攻撃し出したらどうするの?止めるの?」
「まっさかぁ、好きにさせるわよ。……どのみち、そうなったら、私たちの声なんて届かないでしょうし、他の神たちも、黙っていないでしょうしね」
「それもそっか」
少なくとも、人類滅亡みたいなことにはならないようでホッとした。
ああでも、人を喰らう化け物とかになってしまっていたら、食べてもいいけど選んでは欲しいかな。
Tさんみたいな人じゃなく、k君やAさんみたいな『嫌な人たち』から、じわじわと食べていってほしい。
もし、Tさんみたいな人を食べないといけなくなった時は、できるだけ苦しませずに、一瞬で殺してあげて欲しい。
だって、じゃないと不公平だし。
どうせ、地獄に行くんだろうけど、それとこれとは話が別だ。
……まっ、今から考えていたって、仕方がないか。
ここまで来たら、もう止まれないんだから。
なるようになれ、僕が思うのはそれだけだ。
暫くの間、杭を打つ音だけが耳に届く。
僕は、ふと、自分の手のひらを見下ろした。
肉刺だらけで、固い手だ。
水恩に触られたりすると、余計にそれを実感する。
……小五の春までは、こんなことになるなんて、思いもしなかったな。
何もかもに嫌気がさしていた。
未来の……将来のことなんて、何も考えられなかった。
チロの散歩に同行しろ、って言われるのが嫌で、お母さんの怨嗟の籠った泣き声と金切り声と理不尽な否定が嫌で、お父さんの怒鳴り声と、こっちを睨みつけて来る威圧的な目と、暴力の音が嫌で、……本を読んでいても、内容が全く頭に入ってこなくて、何もかもがしんどかった。
それなのに、耳に入ってくるのは『最近の子は――』『いい時代に――』『何事にもやる気がなくて――』みたいな言葉ばかり。
……やる気なんて、出る訳ない。
やる気の出し方なんて、誰も教えてくれなかったし。
それでも、ある程度の『義務』を果たしていれば、こっちの事情なんてお構いなしに、大手を振って、心を殺しにかかってくる。
はは、こんなこと言うと、「こっちが若い頃だって、上の世代に――」って言われそうだ。「こういうのは、繰り返すものだから仕方ない」って。
……そっちがそんな『免罪符』を掲げるなら、僕だって掲げるさ。
土で汚れた手を、パンパン、とはたく。
「……本当、水恩のお陰だよ。水恩がいなかったら、僕はやる気のやの字も出せていなかった。一生、何にも心が弾まないまま、生きて行ったと思う。現に、並行世界の僕は、そんな感じだったみたいだし」
「どうしたのよ?そんな改まっちゃって」
「別に。何となく言いたくなっただけ」
「ふぅん、そっかそっか♪」
水恩は、何故だか嬉しそうに、僕に体を摺り寄せてきた。
神様だからか、汗の臭いは感じず、どこか甘い香りがした。
そのまま、頬に口をつけられる。
「……なに?」
「別にぃ?何となく♪」
いつもに増してご機嫌な目に、苦笑いを浮かべる僕が映っている。
でも、嫌な苦笑いじゃない。
何処か嬉しさを孕んだ苦笑いだった。
×××
「…………ふぅ、終わったぁ」
全ての杭を打ち終え、僕は大きく息を吐き出した。
「お疲れ様」
「ありがとう。助かった」
二人にお礼を言われ、僕は照れくささに頭を掻く。
もう何度も言われた言葉だけど、それでも嬉しい。
「ねぇ、いきなりで悪いんだけど、今日から十日間、縁哭の神域で暮らしてもらってもいいかしら?場合によっては、もっと長くなっちゃうかも」
「本当にいきなりだね。でも、いいよ」
「ごめんね。明日の朝にでも、言おうと思っていたんだけど、予定よりも早く終わっちゃったから……って、なんか言い訳がましいわね」
「実際そうだろ?」
縁哭さんはそう言うと、僕に金魚鉢を渡した。
金魚鉢の中では、いつものように肉塊が地味に動いている。
なんか、ぐずっている赤ちゃんみたい。……可愛くはないけど。
「僕にお姉ちゃんを渡すってことは――」
「ああ、俺もここでやることがあるんだ」
「私と一緒に、三日三晩、舞を踊るの。その後、一週間ほど様子を見て、今後のことを考えるわ。……あっ、間違っても親だから、消されたりとかはしないと思う。だから、安心して」
眉を顰めた僕を安心させるように、水恩は言った。
……まぁ、それも不安要素の一つではあったけど。
一番の問題は、縁哭さんだ。
十日間も水恩と二人きりなんて、なんか嫌だ。
そんな僕の思いなんかお見通しなのだろう。
水恩は、「あなたが思っていることにはならないわ」と僕に耳打ちした。
「…………じゃあ、縁哭さんの神域に行く前に、コンビニでお菓子とか買って行っていい?それから、暇つぶしに本か何かも買っていくよ」
「そうね!それがいいわ」
「これを頭に翳せば、俺の神域に行ける。準備ができたら使ってくれ」
僕は、縁哭さんから、よく分からない文字が書かれた札を受け取った。
それを合図に、今いる場所を後にする。
×××
「ありがとうございました~!」
「……花子さんのような髪型をした店員さんだったな」
コンビニを出た僕は、クルリと背後を振り返る。
店員さんが、こちらに向かって手を振った。
髪につけている朝顔のヘアピンが、蛍光灯の光で輝いている。
僕は、カバンに隠していたお姉ちゃんを見下ろした。
「……縁哭さん、お姉ちゃんの為に、櫛とか簪とか、たくさん用意しているんだよ?元に戻ったら、つけてあげないと、ここまでしてもらってるのに……」
縁哭さんの人となり……神となりを知ってしまった以上、お姉ちゃんに向ける同情心よりも、縁哭さんの方が勝ってしまう。
「早く、元に戻ってね……」
僕の耳に、「知った事じゃない」と声が聞こえたような気がした。
幻聴かな?……いや、幻聴であり、真実だ。
お姉ちゃんが喋れたら、絶対に言うだろう。
「虚しいねぇ。お姉ちゃん、あんなに愛されたがっていたのに、いざ手に入ると、それが信じられないんだから。……お母さん、美味しい?お父さんは、まだ時間がかかりそうだから、それで我慢してね。ああ、そういえば、お父さんの魂が置かれている部屋は……入らなくていいか、面倒くさいし」
変に好奇心を出して、嫌な思いをしたくない。
知らぬが仏。のんびりと過ごそう。
僕は、人気のない所に出ると、札を掲げた。




