ピザ美味い
「残留思念?」
「そうよ!」
首を傾げる僕に、水恩は笑顔でそう言った。
その間に、縁哭さんは、リビングを出て行ってしまった。
「強い思いっていうのはね、目には見えずとも、その場にとどまり続けるの。……時には、色んな思念と絡まり合って、『澱み』になる」
水恩曰く、負の感情の方が、溜まりやすいらしい。
いまいち言っている意味がよく分からず、僕は曖昧に頷いた。
「うーん、なんて言ったらいいのかしらね。負の怨念の集合体、と言ったら分かりやすいかな。まっ、フワッと分かってくれればいいわ!」
「ま、まぁ、スピリチュアルなことであるのは理解したよ」
同時に、僕は力になれない、ということも。
「……あ、僕の部屋にも入る感じ?」
見られて困るものはないけど、何となく嫌だった。
ああでも、水恩が入るのはいいかな。
彼女を部屋に招くなんて、一度は夢見るシチュエーションだ。
「ううん。私が縁哭だったら、あなたの部屋にも入っただろうけど、残留思念を必要としているのは、縁哭だけだからね」
首を横に振る水恩に、僕はホッとした。
その後、「あのさ――」と水恩に話しかける。
「今日はこの家に泊るんでしょ?その、祠に帰らずに」
「……ええ、そのつもりよ」
「だったらさ、僕の部屋で寝ようよ」
「うん、そのつもり!」
水恩と二人、リビングのソファーに腰かけ、何度もキスをする。
……なんだか、水恩の手つきがあれな気がするけど、まあいいか。
水恩や縁哭さんのお陰で、血の匂いは感じない。
でも、血まみれのリビングでこんなことをするなんて――。
背徳感がこみ上げてきて、僕は気分が高揚した。
人を殺したときとは違う、『艶』を纏った背徳感。
テレビをつけるでもなく、僕たちはゆったりとした時間を楽しんだ。
×××
暫くして、ピザ屋の配達員さんがやって来た。
鹿を思わせる茶色のくせ毛が、ぴょんぴょんと踊っている。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます!」
僕の言葉に、お兄さんはニッと笑みを浮かべた。
カラコンをしているのか、細められた目の色は若草色だ。
(……この場で、水恩と縁哭さんが術を解いたら、この人はどんな顔をするんだろう。こわいけど、興味もあるな)
縁哭さんが血まみれ&肉片をこびりつかせたまま歩き回った所為で、床も壁も階段も、あっちこっちが血まみれだ。
加えて、僕たちの服や髪も、飛び散ってきた血で汚れている。
僕は、「幻術ってすごいな」とあらためて思った。
きっと、悲鳴の一つや二つ上げることだろう。
もしかすると、失神してしまうかもしれない。
まぁ、ピザを届けに来ただけの人に、そんなことはしないけど。
知らぬが仏、……それでいい。
×××
「ん~♪美味しい!チーズとお餅が絶妙ねっ!!」
頬を押さえながら、水恩は笑顔でそう言った。
「この……ええと、魚介類のピザも美味い!癖になる味だ!!」
縁哭さんも縁哭さんで、シーフードピザに舌鼓を打っている。
二人とも、初めて食べたピザに、すごく盛り上がっていた。
ピザだけじゃなく、フライドポテトやサラダにもだ。
(千年以上生きている存在なのに、なんか子供っぽいな。……でも、ギャップがあって、これはこれで可愛いからいいか!)
にこにことピザを頬張る水恩を見て、僕は思った。
続けて、視線を肉塊へと移す。
縁哭さんの隣で、いつものように金魚鉢に入っている。
眠っているのか、蠢いてはいない。
「彼女が元の戻ったら、共に食べたいものがまた増えた」
慈しみを孕んだ声と目で、縁哭さんは金魚鉢を撫でた。
血まみれで、肉片とゴミにまみれたリビングだけど、縁哭さんの成せる業なのか、そこだけは綺麗に色づいている。
(……こんなに誰かを思える縁哭さんが、幸せを先延ばしをされるなんて)
僕は、水恩と一緒で幸せだけど、縁哭さんは――。
でも、僕には「一日でも早く」と願うことしかできない。
だって、神様である二人でさえ、こうなんだから。
(縁哭さんたち神様は、誰に祈るんだろう?)
そんなことを考えながら、僕はピザを咀嚼した。
「そういえば、残留思念を集めて、どうするんですか?」
「決まっている。…………俺の気を晴らすんだ」
「えっ、お姉ちゃんの為じゃなくて?」
僕の質問に、縁哭さんはふてくされた子供のような顔をした。
「ああ、『俺の気持ちの為』だ。……もう、何をやろうと、彼女の心に届くことはないのだから」
「まぁ、『幸せな家族』の幻覚を見せたって、虚しいだけだろうし。第一、今のお姉ちゃんに『家族』が認識できるかどうか」
僕がそう言うと、縁哭さんは「だろ?」と微笑んだ。
続けて、黒い着物の懐から、どす黒い巾着袋を取り出す。
「この中に、俺がこの家で集めた残留思念が入っている。……とはいえ、まだ袋に入れただけの状態だ。これから、言ってしまえば『調理』をする」
「調理……ですか?」
僕が首を傾げると、縁哭さんは「ああ」と頷いた。
「『組み立てる』でも構わない。俺の気のすむように作った『モノ』に入り、思う存分後悔してもらう。…………良心が痛むか?」
痛みを堪えるような縁哭さんを見て、僕は首を傾げる。
同時に、不安にもなった。
(縁哭さんから見た僕は、どんな顔をしているんだろう……)
正直、「良心も何も……」と本気で思っている。
でも、僕の深層心理は、そうじゃないのだろうか?
無意識のうちに、悲しげな顔になっているんだろうか?
だとしたら、僕は自分を鼻で嗤ってしまう。
だって、始まりはどうであれ、自分で選んできた道だから。
物心ついたときから、漫画であるような『暗殺集団の組織』みたいな場所で育ってきたわけじゃない。
『これ以外の生き方が分からない』
『どうしようもなかったんだ』
……こんな風に、どうしたって逃げられなかった訳じゃない。
デメリットめいたものは何もないから、いつでも立ち止まれた。
でも、僕は止まらず、最後の家族を殺した。
そりゃあ、実際に手を下したのは、縁哭さんだけど、そういうことじゃない。
僕は、静かに僕を見つめている縁哭さんに向かい、首を横に振った。
引き返せるタイミングは、とうの昔になくなった。
仮に戻れたとしても、僕は絶対に『この道』を選ぶだろう。
確信めいた何かが、胸のど真ん中にある。
だって、水恩がいるから。
それに、話しで聞いた他の世界の僕が、嫌すぎるから。
支えになる物が何もなく、見つける気力も湧かない毎日。
普通の人なら飛び越えなくてもいいハードルが、山のようにある。
そんな人生ごめんだ。
今が一番『幸せ』なんだ。
縁哭さんは、僕の目をジッと見て、嬉しそうに微笑んだ。
水恩が、「ほらほら、堅苦しい話はあとで!」とピザを差し出す。
「まだ胃に入るでしょ?この、照り焼きチキンが乗っているヤツも、すごく美味しいわよ!!記念日だけじゃなくて、気が向いたら食べたいくらい」
「そ、それでいいんじゃないかな……」
オーバーリアクションが過ぎる、と僕は苦笑いを浮かべた。
縁哭さんもサラダを食べ終え、フライドポテトに手を伸ばしている。
僕も、水恩が差し出したピザを頬張った。
「ねぇ、テレビって見れるよね?」
「うん、なんか見る?」
「うーん、なんかって言われてもなぁ」
「じゃあ、僕の好きな映画」
「賛成!縁哭は?」
「勿論、俺も賛成だ」
それなら、と僕はテレビをつける。
久しぶりにリモコンを持つな、なんてどうでもいいことを考えた。
テーブルの上にお菓子やジュースを置き、『四人』で映画を観る。
お姉ちゃんは、縁哭さんの膝の上だ。
モンスターが出てきても、あんまり盛り上がらないだろうな、と思っていたら、二人はかなりはしゃいでいた。
……楽しいなぁ。
僕はそう思いながら、サイダーを飲み干した。




