謝ることは、認めることだから……
『私、私はただ、謝ってほしかっただけなの……っ!!』
推理ものなんかで、よくある言葉。
探偵が『犯人はあなたですね』と言って、涙ながらに発するような。
『なにも、殺すことは……』
『殺してしまったら、謝っては貰えないじゃない』
そして、外野が同情めいた視線と共に、そんな言葉を放つ。
多くの人は、そう思うんだろうね。
でも、謝ってもらうって、とても大変。
それも、『自身の行った罪を認めて、心の底から謝ってもらう』となると、難易度は一気に跳ね上がる。
謝ることは、認めること。
だから、凝り固まった人ほど、自分の『正しさ』を守ろうとする。
反対に、こちらが悪い、と思うように誘導する。
手を変え品を変え。
ときに罪悪感をつつき、ときに恫喝し暴力を振るう。
お前が悪いんだ、と一生懸命に言い聞かせてくる。
決して、謝ってはくれない。
心の底から、なんて夢物語。
『あー、はいはい、ごめん』
……これなら、言ってもらえるかもしれない。
けど、そんなの意味ない。
言われたって、虚しいだけ。
仮に、包丁を突き付けて、謝ってもらったとしても、意味がない。
だって、そうされているから仕方なく、だから。
本心では、決してない。
ああ、『謝ってもらう』って、なんて難しいんだろう。
×××
小学五年生のとき、授業の一環として映画を観た。
家族愛をテーマにした、……可もなく不可もない普通の映画。
正直、車窓の景色を眺めるのと同じ感覚で、ぼーっと見ていた。
盛り上がりも何もなく。
なんか、仲のいい家族が、苦難を共に乗り越えて、頑張っているなって。
それで、努力が報われたら、「ああ、良かったね」……それだけ。
困ったのは、感想文。
…………何を書けばいいのか、本当に分からなかった。
結局、無難なことを書いて終わり。
でも、他のクラスメイトは、ちゃんとしたことを書いていた。
『○○のシーンさ、すっごく良かったよね!』
『分かる!涙出てきちゃったもん!!』
教室で、そんな会話を聞いた。……はっ、くだらない。
あんな、お涙頂戴のどこがいいのよ。
そこまで考えて、私はハッとした。
ああそうだ、くだらない、と思ったんだ。
流す涙を見て、薄ら寒いものを感じ、両親が子供の頭を撫でるシーンで、吐き気を催した。にこにこ笑顔が、恐ろしかった。
それが、私の感想。
でも、それを書くだなんて、できっこない。
いくら、『多様性の世の中』と言っても、私のこれはお呼びじゃない。
『世界』から弾かれ、非難されてしまう考え。
それに、下手なことを書いて、親に伝わったら?
『冷たい子』『カッコいいと思っているのか?』と思われたら?
事あるごとにつつかれる未来が、簡単に想像できてしまう。
二時間もない映画一本の所為で、家を出るまでの人生を固めたくはない。
そして、私は、『そんな感想を抱いてしまった自分』に酷く落胆した。
ひねくれ者、卑屈な精神性の持ち主、……そんな言葉が浮かぶ。
どうしてもっと、素直になれないんだろう?
良いシーンで感動するなんて、『普通』のことじゃない。
なのに、鼻で嗤ってしまう自分がいる。
それでいて、そんな自分を客観的に見ている自分が、更に嗤う。
嗤う、嗤う、嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う…………わらう。
ああ、もう疲れた。
でも、羨ましい。
純粋に、何かを楽しめる人たちが。
……どうして、私はそうなれなかったのかなぁ?
今の世界も、別の世界も。
一つとして、存在しなかった。
もしかしたら、あと千くらい世界を巡れば、あったかもしれないけど。
言ってしまえば、そこまでしないと『ない』世界なんだ。
ただただ、純粋に物事を楽しみたい、というだけなのに。
………………………………なんで?
×××
記憶も体も崩れてドロドロになってしまっても、残るものはある。
縁哭は、肉塊の入った金魚鉢を撫でながら、そう思った。
血や肉、精神の奥深くに刻まれた『モノ』が、彼女に安息を許さない。
もう、その身を脅かす者は、誰もいないというのに。
「……出会うのが、遅すぎたな」
もっと早く出会ったいれば、と縁哭は、拳を握らずにはいられない。
金魚鉢を撫でる度、彼女の慟哭が伝わってくる。
袋小路に迷い込んでしまったような、不安気な声と共に。
「……なにも、心配はいらないよ。もうすぐ、全ての用意が整うから。君の弟さんと、水恩が頑張ってくれている。勿論、俺も」
全てを思い出したとき、縁哭の一番の目的は、『親の敵を討つ』だった。
だが、今は違う。
彼女に会ったことで、縁哭の一番は変わりつつあった。
ああ、これが『恋』というやつか、と縁哭は肉塊を金魚鉢から出した。
思いきり抱き締める。
すると、ボールのように丸かった赤黒い肉塊は、パンッと弾けた。
パンパンに膨らんだ水風船を、地面に叩きつけた時のように。
体中に肉塊の『中身』が飛び散り、縁哭の着物や銀色の髪を汚す。
しかし、それに顔を顰めることもなく、縁哭はうっとりと笑った。
手のひらに飛び散った肉塊を、愛おしそうに胸に押し当てる。
どのような姿であれ、『愛しの人』に変わりはない。
縁哭は、「……女々しいものだな」と目を細め、肉塊をかき集める。
先程と同じように金魚鉢に入れ、膝の上に置く。
真っ暗な部屋の中を、見事な満月が照らしていた。
隣の部屋から、水恩たちの楽しげな音が聞こえた。
とはいえ、結界でも施されているのか、はっきりとは聞こえない。
「いつか、あんな風に、仲良くなれる日は来るだろうか……」
縁哭の声に、金魚鉢の中の肉塊は答えない。
「ふふっ、気長に待つか。伊達に、長生きしていない。君の体が再生するまで、幾らでも待てる。だから、ゆっくり、自分の速さで身を休めてくれ」
血濡れた手で、縁哭は金魚鉢を持ち上げる。
彼は、この旅館の近くには、大きな池があったな、と思い外に出た。
「まだ夜は長い。俺と一緒に、夜風に当たってくれ」
柔らかく微笑むと、縁哭は石畳の道を歩き出した。
×××
大きな池の真ん中に、綺麗な満月が浮かぶ。
秋は紅葉で賑わうこの地も、春はひっそりとしている。
「ああでも、春とはいえ、この辺りは梅園もなければ、桜並木の道も離れた場所にあるか。……ふふ、こうして二人になるには、好都合な場所だ」
縁哭は、肉塊に向かって月や景色の美しさを語る。
だが、それに肉塊が反応を示すことはない。
時折、微かに動きはするが、そこに意思はなく、ただ動いただけだ。
縁哭は、「ふぅ」と溜息を吐く。
「君からしてみれば、今のほうが幸せなのだろうな。心に振り回されず、草花のように、ただそこにある。……だが、俺は君に会いたいよ」
縁哭の脳裏に、彼女が物を投げる音や、悲痛な叫び声が蘇る。
その時の顔も声も、『可愛らしい』と思っていた。
正直にそう伝えたら、「はあ!?私の事おちょくってんの!?馬鹿にしないでっ!!」と更に怒らせてしまったが。
「縁結びの神として生きてきたが、思えば、人の思いを慮ったことはなかったな。流れ作業のように、縁と縁を結んでいた。そんな神、忘れられて当然か」
卑屈な縁哭の声に、肉塊が動く。
縁哭の目に、それは励ましてくれているように映った。
「…………ああ、そんな姿になっても、他者を思えるのか。……なんて、俺が勝手に解釈しているだけだな。でも、嬉しいよ。ありがとう」
金魚鉢を抱きしめる腕に、自然と力が籠る。
誰もいない池のほとりで、縁哭はぽつりと呟いた。
「……許さない」




