表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/34

謝ることは、認めることだから……

 『私、私はただ、謝ってほしかっただけなの……っ!!』


 推理ものなんかで、よくある言葉。

 探偵が『犯人はあなたですね』と言って、涙ながらに発するような。


 『なにも、殺すことは……』

 『殺してしまったら、謝っては貰えないじゃない』


 そして、外野が同情めいた視線と共に、そんな言葉を放つ。

 多くの人は、そう思うんだろうね。


 でも、謝ってもらうって、とても大変。


 それも、『自身の行った罪を認めて、心の底から謝ってもらう』となると、難易度は一気に跳ね上がる。


 謝ることは、認めること。

 だから、凝り固まった人ほど、自分の『正しさ』を守ろうとする。


 反対に、こちらが悪い、と思うように誘導する。

 手を変え品を変え。


 ときに罪悪感をつつき、ときに恫喝し暴力を振るう。

 お前が悪いんだ、と一生懸命に言い聞かせてくる。


 決して、謝ってはくれない。

 心の底から、なんて夢物語。


 『あー、はいはい、ごめん』

 ……これなら、言ってもらえるかもしれない。


 けど、そんなの意味ない。

 言われたって、虚しいだけ。


 仮に、包丁を突き付けて、謝ってもらったとしても、意味がない。

 だって、そうされているから仕方なく、だから。


 本心では、決してない。

 ああ、『謝ってもらう』って、なんて難しいんだろう。


 ×××


 小学五年生のとき、授業の一環として映画を観た。

 家族愛をテーマにした、……可もなく不可もない()()の映画。


 正直、車窓の景色を眺めるのと同じ感覚で、ぼーっと見ていた。

 盛り上がりも何もなく。


 なんか、仲のいい家族が、苦難を共に乗り越えて、頑張っているなって。

 それで、努力が報われたら、「ああ、良かったね」……それだけ。


 困ったのは、感想文。

 …………何を書けばいいのか、本当に分からなかった。


 結局、無難なことを書いて終わり。

 でも、他のクラスメイトは、()()()()()()ことを書いていた。


 『○○のシーンさ、すっごく良かったよね!』

 『分かる!涙出てきちゃったもん!!』


 教室で、そんな会話を聞いた。……はっ、くだらない。

 あんな、お涙頂戴のどこがいいのよ。


 そこまで考えて、私はハッとした。

 ああそうだ、くだらない、と思ったんだ。


 流す涙を見て、薄ら寒いものを感じ、両親が子供の頭を撫でるシーンで、吐き気を催した。にこにこ笑顔が、恐ろしかった。


 それが、私の感想。

 でも、それを書くだなんて、できっこない。


 いくら、『多様性の世の中』と言っても、私の()()はお呼びじゃない。

 『世界』から弾かれ、非難されてしまう考え。


 それに、下手なことを書いて、親に伝わったら?

 『冷たい子』『カッコいいと思っているのか?』と思われたら?


 事あるごとにつつかれる未来が、簡単に想像できてしまう。

 二時間もない映画一本の所為で、家を出るまでの人生を固めたくはない。


 そして、私は、『そんな感想を抱いてしまった自分』に酷く落胆した。

 ひねくれ者、卑屈な精神性の持ち主、……そんな言葉が浮かぶ。


 どうしてもっと、素直になれないんだろう?

 良いシーンで感動するなんて、『普通』のことじゃない。


 なのに、鼻で嗤ってしまう自分がいる。

 それでいて、そんな自分を客観的に見ている自分が、更に嗤う。


 嗤う、嗤う、嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う…………わらう。

 ああ、もう疲れた。


 でも、羨ましい。

 純粋に、何かを楽しめる人たちが。


 ……どうして、私はそうなれなかったのかなぁ?

 今の世界も、別の世界も。


 一つとして、存在しなかった。

 もしかしたら、あと千くらい世界を巡れば、あったかもしれないけど。


 言ってしまえば、そこまでしないと『ない』世界なんだ。

 ただただ、純粋に物事を楽しみたい、というだけなのに。


 ………………………………なんで?


 ××× 


 記憶も体も崩れてドロドロになってしまっても、残るものはある。

 縁哭(ゆかりな)は、肉塊の入った金魚鉢を撫でながら、そう思った。


 血や肉、精神の奥深くに刻まれた『モノ』が、彼女に安息を許さない。

 もう、その身を脅かす者は、誰もいないというのに。


 「……出会うのが、遅すぎたな」

 もっと早く出会ったいれば、と縁哭は、拳を握らずにはいられない。


 金魚鉢を撫でる度、彼女の慟哭が伝わってくる。

 袋小路に迷い込んでしまったような、不安気な声と共に。


 「……なにも、心配はいらないよ。もうすぐ、全ての用意が整うから。君の弟さんと、水恩(すいおん)が頑張ってくれている。勿論、俺も」


 全てを思い出したとき、縁哭の一番の目的は、『()の敵を討つ』だった。

 だが、今は違う。


 彼女に会ったことで、縁哭の一番は変わりつつあった。

 ああ、これが『恋』というやつか、と縁哭は肉塊を金魚鉢から出した。


 思いきり抱き締める。

 すると、ボールのように丸かった赤黒い肉塊は、パンッと弾けた。


 パンパンに膨らんだ水風船を、地面に叩きつけた時のように。

 体中に肉塊の『中身』が飛び散り、縁哭の着物や銀色の髪を汚す。


 しかし、それに顔を顰めることもなく、縁哭は()()()()と笑った。

 手のひらに飛び散った肉塊を、愛おしそうに胸に押し当てる。


 どのような姿であれ、『愛しの人』に変わりはない。

 縁哭は、「……女々しいものだな」と目を細め、肉塊をかき集める。


 先程と同じように金魚鉢に入れ、膝の上に置く。

 真っ暗な部屋の中を、見事な満月が照らしていた。


 隣の部屋から、水恩たちの()()()()()が聞こえた。

 とはいえ、結界でも施されているのか、はっきりとは聞こえない。


 「いつか、あんな風に、()()()なれる日は来るだろうか……」

 縁哭の声に、金魚鉢の中の肉塊は答えない。


 「ふふっ、気長に待つか。伊達に、長生きしていない。君の体が再生するまで、幾らでも待てる。だから、ゆっくり、自分の速さで身を休めてくれ」


 血濡れた手で、縁哭は金魚鉢を持ち上げる。

 彼は、この旅館の近くには、大きな池があったな、と思い外に出た。


 「まだ夜は長い。俺と一緒に、夜風に当たってくれ」

 柔らかく微笑むと、縁哭は石畳の道を歩き出した。


 ×××


 大きな池の真ん中に、綺麗な満月が浮かぶ。

 秋は紅葉で賑わうこの地も、春はひっそりとしている。


 「ああでも、春とはいえ、この辺りは梅園もなければ、桜並木の道も離れた場所にあるか。……ふふ、こうして二人になるには、好都合な場所だ」


 縁哭は、肉塊に向かって月や景色の美しさを語る。

 だが、それに肉塊が反応を示すことはない。


 時折、微かに動きはするが、そこに意思はなく、ただ動いただけだ。

 縁哭は、「ふぅ」と溜息を吐く。


 「君からしてみれば、()()()()が幸せなのだろうな。心に振り回されず、草花のように、ただそこにある。……だが、俺は君に会いたいよ」


 縁哭の脳裏に、彼女が物を投げる音や、悲痛な叫び声が蘇る。

 その時の顔も声も、『可愛らしい』と思っていた。


 正直にそう伝えたら、「はあ!?私の事おちょくってんの!?馬鹿にしないでっ!!」と更に怒らせてしまったが。


 「縁結びの神として生きてきたが、思えば、人の思いを慮ったことはなかったな。流れ作業のように、縁と縁を結んでいた。そんな神、忘れられて当然か」


 卑屈な縁哭の声に、肉塊が動く。

 縁哭の目に、それは励ましてくれているように映った。


 「…………ああ、そんな姿になっても、他者を思えるのか。……なんて、俺が勝手に解釈しているだけだな。でも、嬉しいよ。ありがとう」


 金魚鉢を抱きしめる腕に、自然と力が籠る。

 誰もいない池のほとりで、縁哭はぽつりと呟いた。


 「……許さない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ