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一ミリも盛り上がらない流れ作業

 「……ごばぁっ!も、もう、やめ……てくださ……」

 「痛い、痛い、いだいぃいい……!!」


 「なん……で、どうして、あなたは……」

 「……は、お前に……なにも、して……な」


 お姉ちゃんが肉塊になっちゃってから、一ヶ月。

 僕は、縁哭(ゆかりな)さんと一緒に、『適当』な人たちを殺して回っていた。


 縁哭さんの神域に連れて行って、罪悪感と縁結びをして、僕が散々痛めつけた後に、水恩(すいおん)と縁哭さんが魂を抜き取る。


 水恩は、「前にも言ったでしょ?絶望や恐怖に震えている魂が、私たちは好みなの」と、非常に悪趣味なことを言っていた。


 まあ、ソレに付き合っている僕が、言えた義理ではないけど。

 死体は、人が寄り付かない山中や湖に放った。


 『適当』とは言っても、縁哭さんからしてみれば、「昔、俺が祀られていた村に住んでいた者の生まれ変わり」「ずっと昔、村に住んでいた者の子孫」らしい。


 でも、ふたりの『親』の封印に加担していた、という訳ではない。

 ただ、そこに住んでいただけの人たち。


 水恩は、あっけらかんと「心苦しいけど、仕方ないわね」と言っていた。

 縁哭さんも水恩も、言ってしまえば『土着の神』。


 だから、自分たちと、何かしらの『縁』がある者以外と、あまり関わりたくないらしい。……そう説明されたけど、正直よく分からない。


 「本当は、私たち……いえ、土着の神が()()()活動できる範囲なんて、とても狭いのよ。でも、『縁』が僅かにでもあれば、関わることが許させる」


 「つまり、他の神様のテリトリーにいる人間でも、水恩たちと『縁』がある人なら、こうして神域に連れ込んでも、文句を言われないんだね?」


 「そういうこと。……まっ、今の時代、多くの神様の力が弱まっているから、文句を言われても、喧嘩に持ち込めばいいんだけどね」


 水恩は、「でも、余計な敵をわざわざ増やす必要はないでしょ?」と続ける。

 話を聞き終えた僕は、「それもそうだね」と頷いた。


 僕は目の前に転がっている、苦しそうな(そう、じゃなくて本当に苦しかったであろう)死体に視線を落とす。


 この人たちが普段、何をしているのか、僕は知らない。

 中には、()()()()()人もいたけど。


 でも、ここまでされるほどのことだったのかな?

 この人たちにも、大事な人がいるはずなのに――。


 人の道を外れた、酷いことをしている。

 こんな事、もうやめるべきだ!









 なんて感情は、一ミリも浮かんでこなかった。

 正直なところ、どうでもよかった。


 だって、このご時世、『品行方正』『真面目人間』『優しい』『真っすぐ』……なんて人たちは、馬鹿を見るんだから。


 どれだけ真面目に生きたって、優しく生きたって、Tさんみたいに、少しの『違い』でイジメられる。そして、社会で成功しやすいのは、イジメた方。


 そりゃあ、イジメた側だって、『カウンター』を食らわされる場合もあるけど、そんなの極わずかだ。


 バスの運転手さんに怒鳴っていたおばさんなんて、本当だったら『言い逃げ』『勝ち逃げ』だったんだから。


 たまたま、僕がいたから、罰が与えられたってだけで。

 ……はは、自分で言っていてあれだけど、凄い傲慢だなぁ。


 でも、実際にそうだ。怒鳴られた恐怖で、運転手さんが鬱になっても、おばさんに罰は下らなかっただろう。


 証拠もないし、SNSとかで愚痴っても、同情的な意見も来るだろうけど、「メンタル雑魚」「卑屈すぎ」って言われて、更に鬱になるかもしれないし。


 そう、真面目に生きていたって、壊されるときは一瞬だ。

 そして、壊れた残骸は見向きもされない。


 ……不幸は、『良い人』『悪い人』を選んではくれない。

 だから、もういいや、って思った。


 前までは、水恩や縁哭さんが「この人間は、○○なことをして――」って教えてくれていたけど、もう、それを聞くことはなくなった。


 初めのうちは、僕も「それなら仕方ないか」って思えたけど、人を殺す回を重ねるごとに、どうでもよくなってしまった。


 今は、流れ作業のようにやっている。

 罪悪感なんて、皆無だ。


 ……いや、そもそも、まだ、水滴を操れる程度の力しかなかった時から、僕に『罪悪感』なんてものはなかった気がする。


 ヤバい。

 バレたらどうしよう。

 厄介なのに目をつけられたら。


 そんな思いはあったけど、「人を殺してしまった。どうしよう」とか「僕の所為で人が死んだ。ご飯を食べる気にもなれない」ってなったことはなかった。


 苦しんでいるときの顔や死に顔を見て、「……なんか、食欲失せた」って言うのはあったけど、言ってしまえばそれくらい。


 それに比例するように、高揚感も失せてしまった。

 ベルトコンベアを流れる、ネジか何かを見ているような気分だ。


 ノルマもなければ納期もない。

 好きな時に行える作業。


 でも、水恩たちからしてみると、僕のような人間の方が、『ちょうどいい』のかもしれない。


 『仕事終わりに』いちいち吐かれたり、罪悪感で不眠症や食欲不振になったりしないから。加えて、『暴走』もしないしね。


 僕が、『お前らの理屈なんて知るか!僕は、僕のやりたいように人も動物も殺すんだ!』みたいな正確だったら、早々に見切りをつけられていたかも――。


 「……どうしたの?そんな怖い顔をして」

 水恩の声で、僕はハッと我に返る。


 今、僕たちがいるのは、とある県の温泉旅館だ。

 水恩と縁哭さんと僕の三人で来たんだけど、縁哭さんは別室に泊まっている。


 きっと、夜のことを考えて、気を聞かせてくれたんだと思う。

 縁哭さんが泊まっているのは、僕たちと同じくらい広い部屋。


 悪いことをしたかな、と思う反面、かなりホッとした。

 ……あっ、お姉ちゃんも一緒だから、一人じゃないか。


 それなら、何も問題は無いや。

 時計を見ると、夜中の二時半を示していた。


 「……やっぱり、嫌なんじゃないの?縁哭の頼みで、貴方にも『得なこと』があるとはいえ、小悪党にも満たない人たちを殺すのは」


 水恩が、浴衣をはだけさせたまま、僕の胸に、甘えるように顔を埋める。

 そして、「貴方は優しい人だから」と呟いた。


 本心なのかそうでないのか、いまいち分からない。

 だって、僕が優しい人だったら、今こうしてここにいないし。


 それは、水恩だって分かっているはずだ。

 それでも、水恩は僕を『優しい人』だって言う。


 何とも言えない気持ちになり、僕は水恩を抱きしめた。

 水恩も、僕の背中に手を回し、きつく抱きしめ返してくる。


 「……僕は、優しくなんてないよ」

 何度か口を重ね、僕は水恩を見下ろしながら言った。


 「そう?」

 「うん。……明日も、一緒に頑張ろうね」


 特に、水恩と縁哭さんの力があれば、頑張ることはないけど、こういうのって、言葉にするのは大事だからね。


 「そうね。108人まで、あと少し……」

 「魂を集めきった後が、凄く楽しみだ」


 喉の渇きを覚えた僕は、少し離れた場所に置かれている、湯呑みに手を伸ばす。

 部屋は真っ暗な筈なのに、どこに何があるのかはっきりと分かった。


 水恩の影響なのか、僕は何時の頃からか、夜目がきくようになっていた。

 便利と言えば便利だけど、人からどんどん離れてゆく気がする。


 まあ、それも、どうでもいいことではあるんだけど。

 同じように茶を飲み終えた水恩が、笑顔で僕の鼻先をつつく。


 「……ふふっ、考え事?」 

 「…………ううん、何でもない」


 僕は、手触りのいい水恩の髪を、そっと撫でた。


 

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