肉塊
『おっ母と娘の仇だっ!!』
……時代劇とかで、こんなセリフがあるでしょ?
私ね、ちっっっとも、信じられなかったの。
あんな風に涙を流して、あまつさえ、命を懸けて復讐しようとする父親なんて、この世に存在しないって。…………いえ、母親だって、そんなのいない。
だって、いたら虚しいだけだもの。
そう……虚しいだけ。
『彼は、凄く優しい人だったの!私の、全てだったのよっ!!』
……ドラマとかで、こんなセリフがあるでしょ?
ないない(笑)。
……あるわけ……ないじゃない。
『子供が生まれて、初めて親の気持ちが分かったよ』
……映画とかで、こんなセリフがあるでしょ?
…………くっだらない。
バカみたい。ありえない。おかしい。嘘吐くな。
あーあ。
愛する、ってなんなんだろう。
×××
「なんで憐れんだっ!!」
縁哭さんが用意してくれた部屋を、お姉ちゃんはぐちゃぐちゃにした。
手当たり次第に物を投げ、窓ガラスを割り、ドアを蹴った。
それでも、さっきまで見ていた光景が、頭から消えることはない。
「なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだっ!!なんで憐れんだぁっ!!なんで、なんで、なんで……」
老いたお父さんとお母さんを見て、四十歳になったお姉ちゃんが思ったこと。
今のお姉ちゃんには、到底、許すことができなかった。
「もっと、もっとちゃんと言い返してよぉっ!!言い返せ、言い返せ、言い返せぇっ!!言い返せよ、お願いだからさぁっ!!なんで、なん……で、憐れむ必要があるのよ。…………私は?私は、誰にも憐れまれたりしなかったのに、なんで、せっかく……言い返せた世界があっても、こんなのしかないのよぉっ!!!わた、わたし、私がぁっ、何したって言うのよっ!!!!」
狂ったように……じゃなくて、狂った。
髪を振り乱して、口からは涎、目からは涙を流して――。
「なんで、ただ、『自分のやったことを心から反省して、ちゃんと謝ってもらいたい』ってだけじゃない。それ以上のものは、何も望んでいないのに。なんで、こんなに世界があるのに、一つもないのよぉ……」
そこからは、寝食もとらずに、水晶玉に念を送り続けた。
縁哭さんが止めても、無駄だった。
「あ、はは、ははははははは!よく、『もっと、違う生き方があったのかな』とか『別の人生があったのかな』とかいう言葉を聞くけど、それって、『別の世界の自分は幸せになっている可能性がある』って思えるから、そんなことが言えるのよね。ははははははは!ない、ないないない、は、ははは……」
水晶玉を、取り上げるべきだったのかもしれない。
でも、そうしたって、結局は壊れていたんだと思う。
並行世界を巡りに巡って、お姉ちゃんの肉体は、負荷に耐えられずに、ぐちゃぐちゃのドロドロになってしまった。
縁哭さんは、散らばったお姉ちゃんを必死に搔き集め、金魚鉢に入れた。
その後、必死に手を尽くしたけど、…………結果は、これ。
お姉ちゃんが最後に見た世界は、……この世界と似たようなものだったそうだ。違うのは、水恩と縁哭さんがいないこと。
……本当、何をしたんだろうね。
金魚鉢に入れられた肉塊を見つめ、僕は思った。
同時に、なんでそこまで、とも。
いや、そういう世界があるなら、僕も見てみたいけどさ。
それほど、家族に興味がなかったのかな?
……なんか、こうして言葉にすると、薄情に思えてしまう。
もしかしたら、水恩に出会えた、というのが大きいのかも。
お姉ちゃんも縁哭さんに出会えたけど、僕と状況が違う。
もっと早く、それこそ、僕が小学五年生のときに、お姉ちゃんを連れて、秘密基地に行っていれば、また違った未来があったのかも。
ああでも、お姉ちゃんが巡ってきた並行世界に、『その世界線』はなかったんだっけ?それとも、もっと根気強く探せば、見つかるのかな?
でも、「僕が、お姉ちゃんの代わりに、その世界線を見つけて見せる」とは言えなかった。だって、僕は今の世界が気に入っているから。
肉塊になっちゃうなんて、まっぴらごめんだ。
そうなるまで、気力が持つかも分からないし。
金魚鉢に入っている肉塊……お姉ちゃんを、縁哭さんは優しく撫でる。
僕は、恐る恐る縁哭さんに問う。
「縁哭さんは、僕を恨まないんですか?」
「えっ、何故だ?」
「だって、僕が生贄にお姉ちゃんを差し出さなければ、こうして出会うこともなかったし、縁哭さんが、そんな悲しそうな顔をすることもなかったのに……」
正直、『家族を生贄に差し出すとは何事か』ってキレられたりするんじゃ、って思ってた。でも、縁哭さんの反応は、全く違った。
「何を言うんだ。君が姉さんを連れて来てくれなかったら、この胸の高鳴りを知らずに、長い年月を生きるところだったんだぞ?むしろ、感謝しているくらいなんだから、そんな風に言わないでくれ」
ああ、それならよかった。
ホッと胸を撫で下ろす僕の頭を、水恩が優しく撫でる。
「…………えっと、お姉ちゃんは『治る』んですか?」
どう言葉にすればいいのか分からず、僕は頭を抱えた。
「ああ、何年かかるか分からないが、俺の神域で、空気を吸っていれば――」
「いずれは……」
首を傾げる僕に、縁哭さんは頷いた。
ああ、それならよかった。
でも、お姉ちゃんがいない間、縁哭さんはどうするんだろう?
あのお洒落な家で、一人過ごすのかな?
僕がそう質問すると、縁哭さんは「一人じゃない。彼女がいる」と金魚鉢に視線を落とした。
……こういうのを、『理解ある彼氏』っていうのかな?
でも、元に戻るまで、凄い時間がかかるのに。
「遊び相手とか、作らないの?」
水恩の言葉に、縁哭さんは憤慨した。
「それ以上は、いくら水恩でも許さんからなっ!!」
縁哭さんの言葉を聞いて、僕は凄く虚しくなった。
お姉ちゃん、こんなに悲しんで、怒って、大切に思ってくれる神様と出会えたのに、……もう少しで、少女漫画に出て来る主人公みたいになれたのに。
行き場のない怒りと悲しみが、お姉ちゃんを狂わせた。
少し落ち着いて、隣を見れば、幸せな世界があったのに。
でも、仕方ないか。
幸せな世界に行くには、『条件』があるから。
お姉ちゃんの場合は、きちんと謝ってもらえて、ようやく『幸せ』のスタートラインに立てる。
でも、そのスタートラインまで行けない。
なぜなら、その世界がないから。
だから、肉の塊になっちゃうことは、仕方がなかったんだ。
いや、『この状況』だって、マシな方だ。
だって、神様に愛されているんだから。
それも、とびきりイケメンで、優しい神様に。
「……頼みがある」
ぼーっと『お姉ちゃん』を見つめていた僕に、縁哭さんは言った。




