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すごしょぼい  作者: 砥草
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青い蛇の神様

 水恩(すいおん)、水恩、水恩……

 僕は、心の中で三回、そう唱えた。


 そして掲げていたペットボトルをおろし、しゃがみ込む。

 そのままゆっくりと、飲み口を蛇の口へと持っていった。


 ゴクゴクと、音を立てて飲み干していく。

 蛇ってこんな風に水を飲むんだ、と謎の感動を覚えた。


 あっという間にペットボトルは空になり、蛇は満足げに息を吐く。

 仕草の一つ一つに、変な人間臭さを感じた。


 「ありがとうございます!助かりました!!」

 「ど、どうもです……」


 そこから先の言葉が出てこない。

 だって、喋る蛇が目の前にいるんだから。


 これからどうしよう、と考えている僕の目の前で、蛇の体が煙に包まれた。

 白と青と緑が混ざったような、少し生臭い煙。


 ゲホゲホと咳き込んでいると、すぐに視界は開けた。

 涙目になっている僕の目の前に、青い髪の女の子が立っていた。


 青い蛇が描かれた白い着物。

 ほっそりとした腰に巻かれた帯が、やけに真っ赤だった。


 見た目は僕と同じか、少し下くらい。

 それなのに、その……なんというか胸が大きい。


 コンビニの雑誌コーナーに置いてある、週刊誌の女の人くらい。

 いや、それは言い過ぎか……。


 でも、そう言えるくらいには()()

 今まであまり意識したことはなかったのに、無意識に吸い寄せられた。


 ペチンッ

 おでこを指で叩かれ、愉快な音が鳴る。


 「まだ子供でしょ?いっちょ前に色気づくんじゃない!!」

 「……あ、ご、ごめんなさい」


 叩かれた側なのに謝るだなんて、少し理不尽な気がした。

 改めて、しゃがんだままの僕を見下ろしてくるその子を見る。


 ハッキリ言って、メチャクチャかわいい。

 それ以外の言葉で表すなら、『綺麗』くらいしか出てこない。


 少しうねった髪に、クリクリとした金色の大きな目。

 見た目は子供なのに、放つオーラ(?)は大人のソレだ。


 「さて、約束した通り……」

 そう言って目線を合わされ、さらにドキッとした。


 「ち、ちょっと待って……待ってください!」

 胸に降りてきた思いを振り払うように、僕はその子に言った。


 「えっと、あなたは一体、何者なんですか?」

 自分なりに失礼のないように言ったつもりだが、どうなんだろう?


 「ふふっ、確かにチンプンカンプンだよね!」

 その子は特に気にした様子もなく、ニコッと笑った。

 

 「私は、この池に住んでいる神様だよ!」

 この池、とその子が言った先には乾いた地面と草しかなかった。


 「……そんな顔しないでよ。貴方が産まれるずーーーっと昔は、池だったんだから。今は枯れ果てて、こんな風になっちゃってるけどね」


 悲しそうな横顔に、胸がツキリと痛んだ。

 よく見ると、いつ置かれたのか不明の冷蔵庫の向こうに、小さな祠が見えた。


 石でできた小さな祠。 

 所々が欠けていて、僕がチョンと触れば崩れてしまいそうな。


 「青い蛇の姿が、私の本当の姿ではあるんだけど、人間の姿をしていた方が、貴方も話しやすいでしょう?」


 そう言われ、僕はコクコクと頷いた。

 その反応に、青い蛇の神様も満足したようだ。


 「……昔は訪れる人もそれなりにいたんだけどね。皆あっちに行っちゃった」

 あっち……と言われた方には、確か大きな湖があった筈。


 お父さんとお姉ちゃんのランニングコース。

 一周はしないけど、四分の一ほど走って戻ってくる。


 お姉ちゃん、今日は体調が悪そうだったけど、大丈夫かな?

 でも結局は「そんなの気のせいだ。甘えるな」って言われて終わり。


 倒れたりしない限りは、全部『大丈夫』で『平気』で『甘え』なんだ。

 そうなったって「体調管理が――」って、言われるんだろうな。


 最強じゃん、って思う。

 あんな風に物事を考えられるようになれたら、なんて思ったこともある。


 でも、やっぱり嫌だ。第三者の目線に立ったら恥ずかしい。

 そんなことを考える僕をよそに、神様は話を続ける。


 「あの湖のあたりって、結構な数の祠や神社があるでしょう?そのうちの幾つかは、とっても大きくて、人の行き来もしやすい場所にある」


 言われてみれば確かにそうだ。僕も幾つか行ったことがあった。

 それに、近くには『道の駅』なるものもある。


 反対に、この辺りにはビックリするくらいに何もない。

 あるのは新しい家と古い家が混ざり合った土地と、人気のない公園。


 それらも、ここから少し離れた場所にある。 

 第一、湖の周りと違って、この辺りは何処か暗くて汚い。


 不法投棄されたゴミはそのままだし、手入れも行き届いていない。

 そりゃあ誰だって湖の方にいくよね、と思ってしまう。


 「『戦国時代』ってわかる?……ああ、よかった。その辺りから、徐々に徐々に変わってきちゃってね。戦の所為でたくさんのお寺が場所をかえたりなんかして」


 それから先も、宗教観の変化だったり、交通の変化だったり(説明してくれたが、いまいちよくわからなかったけど)色々とあったのだそうだ。


 「それ以前は、『怒らせたら祟られる』とか『大雨を降らされる』『でも、大切にすれば、恵みをもたらしてくれる』とか色々言われて崇められていたのよ!」


 「………………」

 それって、人間と何が違うんだろう。


 怒鳴られたり叩かれたりするのが嫌だから、不快にさせないように機嫌を取って、ビクビクしながら距離を置く。


 ああでも、人間(というか身内だと)露骨に『気を遣っています』ってやると、かえって機嫌を損ねちゃうか。


 だから、気づかれないように慎重にやる。


 そうなると、相手にとってはそれが()()になっちゃうから、事情があって普通が壊れたら、いつにも増して不機嫌になってしまう。


 そして、物を破壊して、心を疲弊させて――。


 神様って、それの上位互換みたいな気がしてきたなぁ。

 まあ、神様にもよるんだろうから、一概には言えないけどね。


 ………………『恵み』がないってわけじゃない。

 こうしてスマホも持てているし、養ってもらっている。


 ニュースに出るような、虐待(こと)だってされていない。

 昨日も、少子化のニュースの後に幾つか流れてきた。


 正直ありすぎて、どれがどのやつか覚えていないけど。

 そう考えると、僕は『いい神様』を崇めているってことになるのかな。


 「……で、いつしか忘れられてしまったわけ」

 「そ、そうなんですか」


 「そうなんですよ!人から忘れさられていくたびに、どんどん力が弱まっていっちゃってね。早く神の国に帰ろうと思っていたんだけど、この地に愛着もあったから、ズルズルと……ね」


 そうこうしているうちに、神の国って所に変える為の力すらなくなってしまって、にっちもさっちもいかなくなったみたい。


 そしてついには、起き上がる力すらなくなってしまった。

 あとはこのまま一人で消滅するのを待つのみ――。


 「そんな私の声を聞いて来てくれたのが、他でもない貴方!!」

 「えっ?」


 「神の声なんて、誰にでも聞こえるものじゃないからね!」

 気づいていないだけで、()()()()()()があるのね、と神様は笑う。


 特別な何かを持っている。

 そんな風に言われたような気がして、どこか嬉しい気持ちになった。


 しかも神様に言われたら尚の事。

 まるで、漫画の主人公にでもなれたような気持だ。


 「貴方に名前を呼んでもらえたから、私はこうして消えずにいる」

 本当にありがとう、と少し冷たい手で僕の頬を挟む。


 「……古今東西、『名前』と言うものはとても大事なもの。それをなくせば、どんなに強い存在だって、たちどころに泡と消える」


 言い換えれば、一人でも思ってくれる人があれば、多少なりとも力を持てる。

 言われている事の半分も理解できず、見上げることしかできない。


 顔に当たる胸とキスでもされそうな距離に、自然と顔が赤くなる。

 しかし、すぐに神様は離れていってしまった。


 その事を残念に思っていると、神様は「さて、今度こそ始めましょうか。手を出して」と言った。


 最初はワクワクしていたけど、少し怖くなってきた。

 果たして僕に扱える力なんだろうか、って。


 その事を話すと、「私の力もだいぶ弱まっているからね。そんなに凄い力は授けられないわよ」と返ってきた。


 でも、神様と僕の『凄い』には、絶対に差があるはずだ。

 人間の『凄い』が神様には『凄くない』ってこともありそうな気がした。


 「うーん、慎重というか臆病というか。……あっ、そうだ!」

 神様は近くに落ちていた、瓶を拾い上げる。


 「論より証拠。見ててね」

 僕は「はい」と頷き、ゴクリと唾を飲み込む。


 コルクの栓をされた、透明な瓶。

 乾いた底に、水滴がぽとっと落ちる。……以上だ。

 

 「どう?」

 「………………すごしょぼい」


 僕は目の前にいる神様に向かって、ポツリと言った。

 だって、それ以外に言いようがない。


 確かに、凄くはある。

 何も入っていない瓶の中に、水を出現させたのだから。


 人間だったら、手品でもない限りできない事だ。

 それでも、『しょぼい』と感じてしまった自分がいる。


 雨を降らすとまではいかなくても、指から水鉄砲くらい打てるようになるのかな、って勝手に思っていたから。


 だから、『すごい+しょぼい=すごしょぼい』。

 青い蛇の神様は、ガクッと肩を落とす。


 「し、仕方がないでしょ。コレが限界なんだから」

 「す、すみません」


 気まずい空気が、僕たちの間に流れる。

 神様は「ごほんっ」と咳ばらいをすると、僕に手をかざす。


 「じゃあ、今からこの力を、貴方に授けましょう」

 僕の手の平が、一瞬だけピカッと光った。


 思わず、手を開いたり閉じたりを繰り返す。

 痺れも無ければ、痛みもない、いつもと同じ手だ。


 「……この水って、どこから発生した物なんですか?」

 「さっき話した湖の水だよ」


 その水を数滴、瓶に移動させたらしい。

 ……それって、操るって言うのかな?


 「半径五メートル以内なら、持ってきた水を飛ばすことだって可能よ。といっても、そこまでの威力はないけどね」


 それなら、『操る』の括りに入れても大丈夫か。

 試しに、湖の水が瓶に移るように念じてみる。


 しかし、何も起こらなかった。


 「……ゴメン。言い忘れてたけど、湖は距離がありすぎるから、人間の貴方には無理ね。う~ん、これも精々、半径五メートルってところかしら」


 やっぱり、『すごしょぼい』だ。

 でも、神様の顔を見ていたら気の毒になってきたので、何も言わなかった。


 「『水』だったら、泥水とかでも大丈夫なんですか?」

 気分を変えるため、僕は神様にそう言った。


 「それとも、泥と水は別々になっちゃうんですか?」

 「いや、残念ながら、泥水は泥水のままね」


 ちなみに、汗や血液も、『水』としてカウントされるようだ。

 早い話『さんずい』が入っていたら、だいたいOKらしい。


 そんな適当な感じで大丈夫か、って心配になったけど、神様本人が良いって言っているから、きっと大丈夫なんだろうな。


 辺りがさっきよりも暗くなっているのを見て、僕は「あっ」と声を出す。

 まずい、早く家に帰らないと!


 神様にそのことを伝えると、「気を付けてね」と手を振られた。

 これから、神様はどうするんだろう?


 神様の国に帰っちゃうのかな?

 せっかくこうして会えたのに嫌だな、と思ってしまった。


 踏み込み過ぎるような気がして、聞けなかったけど。

 それに、僕にはどうしようもないことだから。


 だって、この場所にいたって意味がないだろうし、僕に神様の存在を伝えて回るだけの、歴史の本で見た人たちのような行動力はない。


 言ったところで、信じてもらえないだろうし。

 そう考えると、神の国に帰った方が安全だろう。


 「ありがとうございました!」

 僕はバッと頭を下げて、早足でその場を離れた。


 振り返ると、神様はニコニコと僕に向かって手を振っていた。

 それがなんだか嬉しくて、僕も手を振り返した。


 「…………ん?」

 なにか言っているみたいだけど、ちょっと距離があって聞き取れない。


 きっと、「足元に気を付けて」とか、そんな感じの言葉だろう。

 思いっきり「はい!」と頷いて、僕はまた前を向いてきた道を戻る。

 

 ×××


 彼の姿が見えなくなると、急に静けさが増したような気がした。

 誰もいなくなった池で、水恩はポツリと呟く。


 「……その力をどう使うかは、あなた次第よ」


 爛々と光る金色の目を、すぅっと細めた。

 真っ赤な口が、二ィッと吊り上がっていった。



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