並行世界を旅しよう
縁哭さんの力で、色んな並行世界を巡ったお姉ちゃん。
方法は、渡された水晶玉に念じるだけ。
干渉はできないけど、それで並行世界に行けた。
何も触れない、幽霊のような存在になって――。
×××
一番初めの世界は、お父さんが事故に遭って死んだ世界線。
辿る未来は、今とさほど変わらない。
意味がないから次、と念じた。
四十回目くらいで、自分の方が先に死ぬ世界を見つけた。
つまり、自殺が成功した世界。
でも、私が望んだような世界じゃなかった。
『思春期特有の悩みがあったんでしょうね。可哀想に、母親がちゃんと気が付いていれば、こんなことにはならなかったのに……』
『お前はずっと家にいたのに、子供のそういったことにも気づけなかったのか!?俺は働いて役目を果たしてるって言うのに、母親失格だっ!!』
お婆ちゃんとお父さんから、口々に非難の声を浴びせられるお母さん。
ただ俯いて、「申し訳ありません……」と呟くだけのお母さん。
ざまあみろ。
私は本気でそう思った。お母さんだけじゃなく、他のふたりにも。
お父さんの部屋に隠した遺書。
あれには、「お父さんの所為で私は死ぬんだ」とはっきり書いてある。
遺書が見つかるまでずっと、『俺は父親としてちゃんとやっていた。俺は全て正しく、悪いのは全て妻だ』と思っておけばいい。
後悔……はしてくれないだろうけど、少なからずショックは受けるだろう。
自分の所為だったことに気づいて、羞恥でのたうち回ればいい。
妻に投げかけた言葉が、そのままお前に帰って来るんだっ!
それまでは、お母さんも苦しんでおいて。
だって、助けてくれなかったんだから。
そりゃあ、『国家元首』が恐ろしいのは分かるよ?でも、親でしょ?
別に、私が蹴られているのを見て蹴り返してほしい、とは言わない。
でも、覆いかぶさって庇うくらいはしてほしかった。
……勝手な願い、なのかな。
ううん、これくらいいいよね。
『でも、良かったわぁ。死んだのが貴方じゃなくて。生まれたときから、あの子のことは――。ああ、お父さんには内緒だよ?』
…………お婆ちゃんが、弟にそう耳打ちしている。
お母さんを省いているのは、耳に入っても問題ないからだ。
告げ口をすることもなければ、誰かに話すこともない。
お父さんは、酔った勢いで口にしてしまうかもだから。
今の時代だと、そう思うことはご法度だ。
うっかり口を滑らせて、我が子……お父さんが周囲から白い目で見られることは避けなければ――。
加えて、弟の口から「お婆ちゃんが――」と出てくるのも不味い。
老い先短い身だ。心穏やかに余生を送りたいのだろう。
だから、念を押している。
話してしまったのは、自分の癖に。
まっ、お婆ちゃんの世代なら、そう思っても仕方ないよね。……なんて、私だけが譲歩するなんて不公平すぎるわ。
お前が歩んできた人生なんて知るか。
惨めな死に方をすればいいのに。
遺書、読んだらどんな反応をするんだろう。
私の命を懸けた一撃は、どれだけお父さんにダメージを与えられるんだろう。
人がきいたら、『歪んだ奴』『卑屈な精神性の持ち主』と、さぞ非難してくることだろう。……でも、私はコレしか持てなかった。
ワクワクとした心を抱え、私は待った。
もしかしたら、思いもよらぬ反応を見られるかもしれない、と期待して。
……そう、期待をしていた。
なんといっても、命を懸けた言葉なのだから、と。
でも、それら一切は無駄になった。
なぜなら、遺書を見つけたのがお母さんだったから――。
掃除をするために、お父さんの部屋に入ったお母さん。
命令する癖に、ちょっとでも気に食わないやり方をすると怒られる。
だから、慎重に慎重に慎重に、国宝級の壺でも扱っているのか、と思うほど丁寧に部屋を掃除してゆく。
『子供のことを何も分かっていない無能な母親』
事あるごとにそう言われ続けてはや数年。
その間も、別のこと(ストレス発散)で怒鳴られ蹴られ。
終わっているふたりを見ているからか、弟は必要最低限の関りしか持たない。
味方のいない、針の筵のような生活。
養ってもらっている身だから、ママ友と遊びにも行けない。
いや、その前に、お母さんにそんな存在はいない。
外の息吹を吸うことを、お父さんが嫌がるからだ。
……自分は、いいんだけどね。
ママ友なんかができたら、何を言われるか分かったもんじゃない。
離婚したら?なんて言われる可能性もある。
『余計な知識』を貰って、逃げられたくないんだろう。
一応は、お父さんも自分がやっていることの理解はしているんだと思う。
だけど、それを改善する気は全くない。
だから、相手を『象の鎖』みたいに縛り付ける。
それしか、手段を知らないし、他の手段を学ぼうとしないから。
もっと穏やかに生きられる道は、気っとある筈なのに。
でも、今までの人生を否定されたくないから、ずっと行動に移さない。
イライラするのは、自分なのに。そのイライラは、また家族に行く。
そんなヤツのために、私たち、……私は。
おそるおそる、遺書を開いたお母さん。
私は少しだけ「さあ、ホッとして!」と心の中で叫んだ。
お母さんへの『復讐』は、これくらいでいいだろう、と思っていたから。
お父さんが帰ってきたら、鬼の首を取ったように遺書を掲げればいい。
『あの子が死んだのは、貴方の所為です!』
そう言ってほしい!今までの恨みつらみを、全てぶつけて――。
ビリッ
お母さんは遺書を粉々に破くと、ゴミ袋の中に入れた。
きつく口を結んで、ゴミ箱の中へ放り込む。
その上に別のゴミを投げ入れて、何事もなかったように蓋を閉めた。
私は、真っ白な頭のまま「ああ、そっか……」と呟いた。
この人は、『余計な波風』を、立てたくないんだ。
来る日も来る日も、責め立てられる毎日。
それでも、数年経って、超ほんの少しだけ『マシ』になった。
やっと訪れた『平穏』を、死んだ者のために壊したくはない。
それに、見せたところでどうなるか分からない。
『こんな遺書を作ってまで、俺の所為にしたいのかっ!?』
『俺はちゃんと父親をやっていた!!』
『ダメなところがあるなら指摘するのが妻の役目だろうがっ!!』
『俺は悪くないっ!!お前の所為だっ!!』
……ああ、そうだ。あの人はそういう人じゃないか。
指摘しろ、なんて言っておきながら、実際に指摘されるとキレる人間。
そりゃあ、捨てるよね。誰だって、自分が一番大事だもんね。
は、ははは、はははは……傑作。
私の命を懸けた言葉は、本当の本当にゴミになってしまった。
……次に行こう。
×××
それから、数百の並行世界を巡った。
でも、お父さんが遺書を見つける世界はなかった。
一回だけ『お母さんが遺書を呼んでいたのを取り上げた世界』はあった。
あったけど、放たれた言葉は予想通り『俺は悪くない』。
それから、『死ぬくらいなら、言えばよかっただろうがっ!お前の育て方が悪いから、内に籠るようなのに育ったんだっ!!』って。
言ってどうなるのよ?
それから先の罵詈雑言が増えるだけじゃない。
『お前、あの時、俺にこんな文句を言ったよな?お前らの為に、毎日必死に仕事をしている俺に』
チクチク言われ、怒鳴られルートまっしぐらじゃない。
まあ、あっちからしたら、そう思っちゃうんだろけど。
だって、『強者』だから。
はっきりものを言ってねじ伏せるのが、デフォルトだから。
ああでも、言い返す世界は見てみたい。
今まで育ててくださった金を全部返して、言い返す世界線。
きっと、四十代くらいになっているのかな?
その頃の私なら、多少は心が揺らぐことなく向き合えるかも。
芽生えた希望を胸に、私は水晶玉に念を贈った。
自分の考えが、とんでもなく愚かなことだとも知らないで。




