幸薄の少女は、孤独な縁結びの神に嫁ぐ
「……ええっと、なんですかこれ?」
首を傾げる僕に、縁哭さんは重い口を開いた。
「…………君の、姉さんだ」
「えぇ?」
大きな金魚鉢に入っている肉塊を見て、僕はそう呟くことしかできなかった。
隣に立っていた水恩は、「可愛い」と笑っていたけど。
スライムのようにべとべとした、赤黒い肉塊。
ソレに、お姉ちゃんの『要素』を見つけることはできなかった。
×××
お姉ちゃんが縁哭さんの『花嫁』になってから、はや半年。
僕は一応、中学三年生らしい生活を送っていた。
といっても、受験勉強なんてしていない。
学校に行って帰っての繰り返しをしているだけだ。
休みの日は、水恩と一緒にいろんな県に行って、指定された人を殺している。
その中に、親戚のおばさんがいたのは、ちょっと驚いた。
でも、もう何も思わなくなっていた。
お姉ちゃんの捜索願は、いなくなってから一週間後に取り敢えず出した。
渋るお母さんをどうにか説得して、警察に行った。
ただ、素行が素行だっただけに、そこまでって感じだった。
でも、出しておくに越したことはない。
じゃないと、後々面倒なことになるかもしれないし。
なんでもっと早く、って言われたら、困るのはお母さんなのに。
家に帰った瞬間、お母さんは「疲れた……」と呟いた。
「どうして、あんな子のために時間を使わなきゃ……」
ぶつぶつぶつぶつ……。
ああ、もうどうでもいいんだな、と感じた。
やっぱり、お姉ちゃんは『花嫁』になった方が幸せだったんだ。
僕は間違っていない。
ホッと胸を撫で下ろした。
それからは、元気にしているかな、なんて思っていた。
縁哭さんの『神域』に行って以降、お姉ちゃんとは会っていなかったから。
幸せならいいや、と僕も縁哭さんに何も聞かなかった。
縁哭さんは、きっと嫁を蹴ったり殴ったりしないだろうし。
……世間一般には、そういう人間は、もう過去の存在なんだよな。
古い価値観の、昔の人間。
『今時、こんな人いないでしょ。昔だってここまではないんじゃね?』
『作者、父親エアプすぎww』
もし、漫画のキャラとかにいたら、そう言われてしまうだろう。
……………………いいなぁ。
やめよう、考えたって仕方がない。
僕は「しんいき、ってどんな所なの?」と水恩に聞いた。
水恩は、「うーん、と……神様によって違うけど、すごくいい所よ!もう少ししたら、完璧なのができるから、その時、貴方を招待するわね!!」と言っていた。
もっと『神域』について色々と聞きたかったけど、水恩は「内緒、内緒♪見てのお楽しみ♬」と意地悪だった。
「楽しみにしてるね」
「きっとビックリするわよ!私の『神域』!!」
お姉ちゃんのことは、すでに頭から消えていた――。
×××
「……ええと、姉が何かしましたか?」
恐れと面倒くささを混ぜ合わせた気持ちのまま、僕は縁哭さんに問う。
この間、お昼のニュースで『連続殺傷事件の親族に話を聞いてみた』という場面を見ていたからだ。
『すみません。もう、長いこと会ってはいませんが、どこにでもいる、普通の子供でしたよ。…………すみません』
音声は変えられていたけど、疲れ切った声だった。
僕は、ほんの少しその『親族』に同情してしまった。
長いこと会っていなくても、すごく遠縁でも、ああして謝らないといけない。
『家族』であれば、尚の事。
知らなかったなんて許されないし、中傷は甘んじて受けないといけない。
個人個人、というけれど、こういう時は『全』なのだ。
なにをされるんだろう?
爪を剥がれたりしたら嫌だな。
いや、目の前の『お姉ちゃん』みたいに、どろどろの肉塊にされるのかも。
だって、相手は水恩と同じ神様だ。
姿は人間みたい……もっというと、超絶にイケメンな人だけど、結局は人間じゃない。こちらの理屈に、どこまで配慮してくれるか不明な存在。
身構える僕に、縁哭さんは首を振った。
なにもしてはいない、と。
「……虚しいものだ。数えきれないくらい人の『縁』を結んできたのに、俺は、『人の心』というものを、何も分かってはいなかった」
×××
『花嫁』として、お姉ちゃんを『神域』に迎え入れたのはいいけど、いつも楽しくなさそうで、溜息ばかり吐いていたらしい。
大正ロマンって言葉がぴったりの洋風建築の家に住み、綺麗な服に美味しい食事、……そして、だれにも嗤われない毎日。
でも――。
『……貴方も、私のことを《寄生虫》だと思ってるんでしょ?お父さんが言っていたわ。…………そのくせ、働きたい、と言ったら殴る蹴る。罵詈雑言を浴びせて道を断つ。養ってやっている、と何度も何度も――』
『お母さんは、専業主婦だけじゃ申し訳ない、働きます、ってあれだけ言っていたのに、閉じ込めて、《本当、寄生虫だな》って罵って。……なんなの?』
『足を開けば金を貰えて、一生のうち一度は絶対に《モテ期》がやって来て、力が弱いから戦争にだって行く必要がない、行ったら迷惑。子供だけ産んでおけばいい、これからの社会の歯車を労働力を……はは、ははは、こんなこと言ったら、すぐに《フ●ミ》って言われるわね』
『でも、ネットもそう、他の《お父さん》たちだってそう、みんなみんな、そう思っているのよね。貴方だって、例外じゃないんでしょう?』
『……いいな、いいな。そう言える立場にいて。本当に戦争が始まったら、何が何でも逃げるくせに。それでも、イキれるんだから』
壁に飾られた絵画を投げ、花瓶を床にたたきつける。
人間界から持って来たスマホの画面は、とっくの昔に粉々だ。
縁哭さんは何度も「そんなことは思っていない」と言ったけど、お姉ちゃんの耳には届かなかったらしい。
……その話を聞いて、僕は凄くがっかりした。
お姉ちゃんが、僕の嫌っている存在に成り下がっていたから。
思い込みで人を叩いて嗤って、他の考えに耳を傾けようとしない。
お父さんのように、パートナーに罵詈雑言を吐き物を投げる。
それも、本人がしたんじゃない、ネットで聞きかじったことで、だ。
自身を自己投影させて、よく知らない相手を憎む。
人間ってそういうもんだし、と心の中で開き直って。
目の前の相手は、歩み寄ろうとしてくれているのに……それは当然と思う。
その相手ですら、粗を探して追い詰める。
それじゃあ、お姉ちゃんが嫌う連中と同じじゃないか。
なんだか、一気に冷めてしまった。
生贄にした、という、申し訳なさは綺麗さっぱり消えていた。
嘘とはいえ、酷いことを言った自覚はあった。
でも、話を聞いた後だと、あの言葉は『正しかった』ことになる。
あれくらい言って当然。
『被害者』が出る前にそうなって良かった、と。
肉塊になってしまった姉を見下ろす。
この人も、野に放ってはいけない人間だったのだ。
こうして、金魚鉢の中にいるのがふさわしい。
そのくらい、神様を怒らせたのだから。
「……申し訳ありません。姉が、無礼なことをいたしました」
こんな言葉遣いでいいのか分からないけど、僕は取り敢えず頭を下げた。
僕の謝罪に、縁哭さんは驚いた顔をした。
しかし、すぐに何かを察したのか「違う」と首を振る。
「別に、その程度で俺は怒りはしない。……むしろ、可愛らしくすらあったよ、『これでも私を好きだって言えるの?』と言われているような気がして」
嫌われようと必死になっていた。
上げて落されたくはなかったのだろう。
そう、縁哭さんは僕に言った。なるほど、と思う。
自分に向けられる好意を信じられなくなっていたんだな、って。
「じ、じゃあ、どうしてそんな姿に?」
「……並行世界の自分に、耐えられなかったんだ」
「は、はあ」
並行世界……パラレルワールド。
「あ、でも、縁哭さんは見ることができるんでしたっけ?その、並行世界を」
「干渉はできないし、全てではないが、ある程度なら……」
そのことを知ったお姉ちゃんは、「私にも見せてっ!探したい世界があるのっ!!」と頼み込んできたらしい。
「『そうしたら、貴方のことを愛します』と言ってくれた……」
愛って、そう言うモノだっけ?
でも、仕方ないな、と思う。
『無償の愛』なんて、僕もお姉ちゃんも知らないのだから。
家族愛、がテーマの作品なんて、中二病よろしく冷笑を浮かべてしまう。
水恩のことも、本当に愛せているのか、まだ分かっていない。
好きなことに変わりはないけど、時々、『ドラマか何かで見た真似事』をしているだけのように感じてしまう。
一応、そのことは伝えてある。
水恩は、「焦らなくても大丈夫よ」と笑ってくれた。
そう言ってもらえる僕は幸せ者だ、と改めて思った。
おっと、僕の悪い癖がでた。
話を脱線させてしまった。
……こういう所が、お父さんに『お前って――』と言われるんだ。
はは、僕も大概縛られているな。
僕は、縁哭さんに問いかける。
「並行世界を見たから、こうなっちゃったんですか?」
「…………ああ。『幸せな家族』を見つけることができなかったから」
何百、何千と並行世界があるのなら、どれか一つくらいは『幸せな家族』の世界線があるだろう、とお姉ちゃんは信じていたらしい。
といっても、『平等』を求めていた訳じゃない。
何処まで行っても、世の中はピラミッドの形をしている。
トップがいて、下がある形。
でも、『ピラミッドの質』は、場所それぞれだ。
だから、お姉ちゃんは探した。
互いに尊重し合える『ピラミッド』……『家族』を。
でも、そんなものは存在しなかった。




