縁結びの神・縁哭
「……縁結びの神をしているが、俺自身はずっと孤独だった」
銀色の長い髪を靡せ、緑色の眼を細めてその神様は言った。
桜の花びらが舞い、温かな風が吹いている。
美しい、を形にしたようなその神様は、柔らかな笑みを浮かべた。
「人や神が恋に落ちるのを見ても、己には縁遠いモノなのだ、と」
……歯の浮くようなセリフなのに、似合っているのがなんかズルい。
「だが、今やっと分かった。俺のこの孤独の時間は、他でもない、お前と出会うためにあったんだ」
歯の浮くようなセリフに、僕は鳥肌が立ってしまった。
縁結びの神様……縁哭さんは、僕の目の前にいる人を優しく抱きしめた。
「愛しい、俺の花嫁」
「………………はあ?」
僕の目の前にいる人……お姉ちゃんは、酷く間の抜けた声を出した。
当然だろう。僕も、同じ気持ちだ。
ただ、水恩だけが、楽しそうに笑っていた。
どうしてこうなったのか、僕は昨日の出来事を思い出していた。
×××
水恩が指名する人たちを殺し続けて、はや四十人。
我ながら、なかなかの人数だと思う。
でも、特に罪悪感は湧いてこなかった。
いじめ、誹謗中傷、DV、etc……そんな人たちばかりだったから。
しかも、殆どの人が自覚なしにやっていたから。
自分は正義の為にやっている。
こっちを理解しない向こうが悪い。
それぐらいで、いつまで引きずってんの――。
聞いていて、頭が痛くなることばかり。
上手く網の目をかいくぐり、捕まることもなければ非難もされない。
そりゃあ、反省しろ、という方が無理だ。
一瞬スカッとはするけど、なんだか気が晴れない。一応は『裁けぬ悪を裁いている』んだから、もっと高揚感があってもいいはずなのに。
惰性で殺し続けて四十人。
同じ場所で一気に、とかじゃないから事件にはなっていない。
せめて、やらかしたことの一つくらい、誰かが騒ぎ立てればいいのに。
ああでも、何も知らない家族にとってはいい迷惑か。
殺した人たちの中には、家族の前では『良い人』だった人も結構いたから。
まあ、逆もいたけど。
四十人目を捧げたとき、水恩は笑顔で言った。
縁結びの神様に会える、って。
「やーーーっと、人の姿になれるくらいに力がついたのよ!ほかならぬ、貴方のお陰で!!それで、凄く会いたがっているの」
久しぶりに向かった祠の前に手っていたのが、縁哭さんだ。
すごいイケメンで、かなり驚いた。
それこそ、町を歩けば、道行く女の人からキャーキャーと黄色い声をあげられるような。
「君のお陰で、こうしてかつての姿を取り戻すことができた。本当に、ありがとう。どれだけ礼をしても、足りないくらいだ」
どれだけ力が強くても、結局は信仰心や贄ありきの力らしい。
少なくとも、水恩や縁哭さんは。
そう考えると、神様も大変だなぁ。
安定しているようで、不安定なんだから。
縁哭さんは、縁結びの他に空間を作りだすことができるらしい。
僕にはわからないけど、『神域』とか何とか言っていた。
まあ、『自分だけの空間を作り出せる能力』でいいのかな?
もっと力がつけば、それが可能らしい。
「神域が作り出せるようになった暁には、君もぜひ来てほしい」
興味がない、と言えば嘘になる。
気が付けば、僕は「あと、どれくらい人が必要なんですか?」と縁哭さんに質問していた。
「それほど、多くはないわ」
それまで黙っていた水恩が、躊躇いがちに口を開く。
「次は、貴方のお姉さんよ、と言ったらどうする?」
「そうなの?」
驚きはしたけど、どこかホッとした。
だって、これでお姉ちゃんは解放されるから。
死んじゃえば、もうお父さんのことを思い出して苦しむ必要はない。
誰かの大きな声を聴いて、胃が痛くなることもない。
お母さんとのいざこざだってなくなるし、慣れないお酒を飲んで道端でゲーゲー吐くこともない(ちょっと前に歓楽街で見かけた)。
「分かった」
僕は、水恩と縁哭さんに向かって大きく頷いた。
なるべく、苦しまないように殺そう。
それだけを考えていた。
居場所を水恩に探してもらい、僕はお姉ちゃんを祠まで連れて行った。
不思議がってはいたけど、思っていた以上にあっさりと付いてきてくれた。
本当の姿……蛇というより龍に近い見た目になった水恩を見て、お姉ちゃんは息を呑んだ。
同時に、僕がここまで連れてきた訳を察したらしかった。
悲しそうに微笑んで、静かに口を開く。
「…………ねえ、私の人生って、何だったと思う?」
暗い目をしたまま、お姉ちゃんは話し出す。
僕を見ているようで、どこか遠くを見ていた。
「お父さんの躾の所為で、いつもビクビクしていないといけなくて、その所為で、お婆ちゃんからは『あの子のオドオドした性格が気に入らない』って言われて、元凶のお父さんも『なんでああなったんだろうな?』って首を傾げて……」
それでも、毎年、敬老の日にはお婆ちゃんに贈り物をした。
弟に向ける笑顔を、自分にも向けてほしくて。
『俺が稼いだ金がお前の財布に入って、それがお婆ちゃんに贈るハンカチになる。嫌な流れだな。……なんだ、その目は。お前がもっとセンスのいい柄を選んでいたら、俺だってこんなこと言わなかったよ。人を嫌な気分にさせる天才だな』
小学四年のとき、お父さんにヘラヘラと笑いながら、そう言われた。
お婆ちゃんは、一応は喜んでくれた。
でも、弟が贈った『肩たたき券』の前には……無力だった。
私には決して向けられない、弾んだ声。
どうすればよかったんだろう。
いや、どうしようもなかったんだ。
もう、明るく振舞うなんてできなかった。
ただ、そうなるとお婆ちゃんに――。
ねえ、私の人生って、何だったと思う?
水恩が欲しているのは、絶望にまみれた魂だ。
なら、言うべきことはただ一つ。
僕は、大きく息を吸い込んだ。
「何もないよ。生まれてきたことが間違いだ」
まさか、弟からもそこまで言われるとは思っていなかったのだろう。
お姉ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔をした。
でも、涙を流すことはなかった。
諦めたように息を吐いて、水恩を見上げて目を閉じる。
水恩が口を大きく開けたその時――。
「待て!」
野次馬気分でやって来た縁哭さんが声を上げた。
「なーに?」
水恩の問いも耳に入ってはいないのか、縁哭さんはお姉ちゃんを見つめる。
そして、指をパチンと鳴らし何故か桜を出現させた。
薄桃色の花弁が、ひらひらと舞う。
何度か深呼吸をし、縁哭さんはお姉ちゃんに向かって口を開いた。
それが、これまでのいきさつだ。
×××
「あの、イケメンなら見ず知らずの人を急に抱きしめてもOKとか思ってます?美男だろうが美女だろうが犯罪よ」
お姉ちゃんの言葉に、縁哭さんは「すまない」と距離を取る。
自分の言葉が受け入れられたことに、お姉ちゃんは驚いていた。
縁哭さんは、水恩に縋るような目を向ける。
水恩は、溜息を一つ零すと、水の竜巻を出現させた。
竜巻はどこかに飛んで行き、すぐに戻ってきた。
血に染まって、真っ赤になっていたけれど。
「特に絶望も何もしていないけど、貴方はそれでもいいのよね?」
「ああ、感謝する」
「ほい」
ドサッと地面に腕や足が変な方向に曲がった人たちが落ちる。
痛みで顔が歪んでいるけど、顔に見覚えがあった。
確か、何年か前にどっかの県で酷いいじめをした人たちだ。
いつだったか、ロべチューブでそういうのをよく取り上げている人が語っていた。奴らを許すな、と。
まあ、あの動画はすぐに消されちゃったけど。
結局、学校がもみ消してうやむやになった事件だった。
被害者の人は自殺した、と言っていた。そして、『犯人』は全員何処かに引っ越して、何食わぬ顔で暮らしている、と。
僕も、今の今まで忘れていた。
「地元にはいづらいからって、こんな辺鄙な場所に来なくても……」
いや、もしかしたら、引き寄せられたのかもしれないけど。
そういや、イジメの内容は『殴る蹴る(目立たない場所)』が当たり前だったんだっけ。……すごく、痛そうだな。
呻いている肉の塊と桜。
まったく似つかわしくないのに、何故か似合っていた。
お姉ちゃんは、僕の隣でただただ茫然としている。
目の前の光景が、信じられないのだろう。
「少しの間、後ろを向いていてくれないか」
縁哭さんはお姉ちゃんにそう笑いかけると、巨大な真っ黒な鶏の姿になった。
「い、いやだ、たすけ……て……」
「それを、お前らが言う資格はない」
がんばって頭を下げようとした一人を、グチャリと啄んだ。
水恩のお陰で、どれだけ叫んでも誰にも声は届かない。
「な……んで、どうじで、こんな……」
「己の胸に聞いてみろ」
「ああ、あ、あんなの、遊び――」
這って逃げようとした一人の手足を、プチッと引っこ抜く。
「ご、ごめんなさ……」
「こうされているから仕方なく、だよな?」
鋭い爪で、ゆっくりと内臓を抉る。
えげつないことをしているはずなのに、所作には品があった。
「まあ別に、俺は神ではあるが正義の味方ではないからな。お前たちが思っていることとは無関係に、お前たちを喰らう」
いじめに憤りを感じている訳ではない。
あくまで、今すぐ贄が必要だから喰らうだけ。
「そっちも、飢えていたから喰らっただけだろう?」
ポリポリぱきぱき、骨の折れる音が辺りに響く。
全て喰らいつくし、縁哭さんはお姉ちゃんの手を取った。
勿論、人の姿で。
「これで神域が作れる。さあ、行こう」
「まって、私は何も言っていな――」
そこまで言って、お姉ちゃんはハッとした。
しばらく考え込んだ後、ボソッと呟く。
「……なんで私なの?」
「一目ぼれ、ではダメか?」
「……きっと、数日たてば冷めるわよ。処女でもないし、品もないし、第一、誰かを愛することなんてできない」
自分を愛してくれたのは、人ではなかった。
そして、自分は人もそれ以外も愛すことができない存在。
俯くお姉ちゃんの頭を、縁哭さんは優しく撫でる。
そして、にっこりと微笑んだ。
「俺も、こんな気持ちははじめてだ。お互いに手探りで探してゆこう」
「自己中」
桜が激しく舞い、ふたりの姿が消える。
残されたのは、僕と水恩だけ。
「………………世の中、何が起こるか分からないね」
「ね~」
お互いに顔を見合わせて、クスッと笑った。




