縁結び
「罪悪感との縁結び?」
首を傾げる僕に、水恩は「そう!」と綺麗な歯を見せて笑う。
「そんなことできるの?」
「できるわよ!縁でしっくりこなかったら、才能でも運でもいいわ♪」
水恩は「あの人間、罪悪感との縁が薄いから、さぞ美味しい絶望が食べられるでしょうね」と舌なめずりをする。
「ああ、そういうこと……」
言ってしまえば、罪悪感を増幅させて、押し潰されそうになっている魂を食べたいのだろう。
縁が薄い……感情を入れる器が小さい。
溢れ出たモノを、到底受け止めきれはしない。
確かに、食べ応えはありそうだ。
しかし、縁結びの神様に何のメリットがあるんだろう?
「あの人間の死そのものが、私たちの糧になるのよ!」
「…………あんまりよく分からないなぁ」
まあ、神様が言うのならそうなのだろう。
ただ、なんであの人なんだろう、とも思う。
髪の色は派手かもしれないけど、気の良さそうなお兄さんだ。
水恩は「なんで、って思ってるでしょう」と僕に顔を近づける。
「理由はまだ言えないんだけど、これだけは教えるわ」
声が、一段低くなったような気がした。
「あの人間は、親殺しよ」
「ええっ!?」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえる。
そんな風には見えない。むしろ、すっごく大切にしそうだ。
「ああ、大事には思っていたわよ。すべて無自覚のうちにやったこと」
ますます訳が分からない。
「五、六年前かしら。あの人、『産んでくれなんて頼んでない』『こんなしんどい世界に産み落としやがって!!』って、あるロべチューバ―の人の影響を受けて言うようになっちゃったの」
影響を受けるのは自由なのだが、その牙を母親に向けたらしい。
父親は仕事で海外に行っており、ずっと不在だったそうだ。
「ことあるごとにそんなことを言って、終いには『同士と一緒に産婦人科に乗り込んでやる』なんて言い出したのよ。お母さんからしたら、たまったもんじゃないわよね。しかも、お母さんは『そういった考えも認める派』だったんだから」
こっちは認めているのに、相手は認めてくれない。
一方的に攻撃される。
生まれてきてくれて嬉しかった、と伝えても『そんなの、ただの母性本能ってやつだろ?結局はそういうのに支配されてるだけなんだよ!』と言われたそうだ。
「『生まれてきたことによって得られる幸福なんてない』『所詮は親のエゴと労働力欲しさだろ?』『まっ、子供産まなきゃ否定されるもんな!』みたいなことを言い続けたんだって。……それで、お母さんはどんどんと心を病んでいった」
職場で愚痴れる内容じゃないし、夫にも相談できない。
針の筵状態が、延々と続いていたらしい。
「…………親殺し、ってことは」
「そう。虚血性なんとかってやつで、死んじゃった」
しかし、当の本人には『追い詰めた』という自覚はない。
あれだけハマっていたロべチューバ―も、とうに飽きてしまった。
「今は、お母さんに言ったことなんかすっかり忘れて、『人生サイコー!楽しまなきゃ損だよ!!』みたいな人の動画を見ているわ。スケジュールは、二年先まで、楽しいことで埋まっているしね」
言っては悪いが『無駄死に』に近い感じがした。
少しでも反省してくれていたら、また違っただろうに。
「……お父さんは?」
「すごい愛妻家の人でね、ショックで病んで――」
妻と同じ道を辿ったのだそうだ。
直接的には殺していない……………………………………でも。
「ある意味完全犯罪よね。本人に自覚はない。『仕事でストレスを溜めた』『あの年齢特有の気鬱が影響している』と思ってるわ」
心の中に、もやもやした何かが溜まってゆく。
同時に、贅沢もの、って思った。
生まれてきてくれて嬉しかった、だなんて!
僕は一度として言われたことない。
代わりに、ホッとした、とは言われた。
一番目は女の子だったから、本当によかった、って。
でも、ちっとも嬉しくはなかった。
だって、お母さんがホッとするしない、ってだけの話だったから。
そんなの、『頼まれて買ってきた玄関マット』と同じじゃないか。
物に文句を言われなければ大事にして、言われたらゴミ袋行き。
発言に喜べ、って方が無理だ。
それに、『愛妻家』って言う言葉に、寒気と羨ましさがやって来る。
そんな人が、本当に存在するんだなって。
ましてや、自分の命を縮めてしまうくらい、大切に思うだなんて。
ほんの少しでも、お父さんにそれがあれば。
…………ズルい。
視線の先で、一生懸命仕事に打ち込んでいるお兄さん。
今は、店の奥から出てきたおばさんと何やら話をしている。
その環境が『普通』だったから、そんなことが言えたのだろうか?
いや、お姉ちゃんも『そっち派』な部分があるから、一概には言えないか。
でも、あの人は――。
僕の思いをよそに、水恩は続けた。
「…………万が一、誰かに言われたところで、『ノリで言っただけ』『若気の至りだった』『もっと酷いことを言っていた奴もいる』『それぐらいでヘラるメンタルが悪い』『言い返せばよかったのに』って言うでしょうね」
自然と、握る拳に力がこもる。
頭の中が『ふざけんなよ』でいっぱいになる。
ただ――。
「どうして、そんなに知ってるの?」
「モノや土地に宿った記憶や思いを辿るくらい、造作もないわよ!」
あっけらかん、と言われ、僕はガクッと肩を落とす。
神様の『平均』を見てしまったような気がした。
「もう一つ質問していい?」
「何個でもどうぞ」
「……なんでそこまで詳しく教えてくれるの?」
水恩が嘘をついている、なんて考えはよぎらなかった。
だって、言葉に『圧』がかかっているような、不思議な感覚があったから。
答えになっていないけど、そうとしか言えない。
言葉の重み、とでもいうのだろう。
僕の質問に、水恩は、にぃっと目を細めた。
「引き金が引きやすくなるでしょ?」




