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すごしょぼい  作者: 砥草
2/13

水恩

 次の週の日曜日。


 「よっこらしょ……と」

 僕は、秘密基地の入口に玄関マットを置いた。


 家から少し歩いた所にある森。

 役目を放棄したフェンスを乗り越えて、ニ十分ほど歩く。


 すると、木や草に隠れるようにして秘密基地がある。

 じわっと滴る汗を拭って、入口のカーテンをジャッと引く。


 その後、クッションを枕にして、地面に敷いた暖簾(のれん)にゴロンと横になる。

 どちらも「センスがない」って捨てられた、可哀想な物たち。


 それから、お父さんに馬鹿にされた漫画本。

 色が気色悪い、と捨てられたちょうどいい箱に、十巻全部入ってる。


 別に、リビングのテーブルの上に置き忘れたとかではない。

 勝手に部屋に入って、勝手に読まれた。


 お姉ちゃんの部屋には、流石に入っていない。

 でも、同じ男だからって、僕に何も言わずに入らないで欲しい。


 言ったら、「俺が養ってやっているのに――」って怒るから言わないけど。

 僕がいる時だって、ずかずかと部屋に入ってくる。


 それで、漫画をパラパラ捲って嗤うんだ。

 「はっ、美談だな」って。「今の漫画は内容が薄い」って。


 好きなものを貶されるのは嫌だ。

 きっと、誰だってそうだろう。


 ただ、悔しいけど、僕は頭があまりいい方じゃない。

 口喧嘩(レスバ)になれば、負けるのは目に見えている。


 政治の話に例えられたり、戦争の話に例えられたりして「そう考えると、この主人公のやっていることは――」って。


 そもそも、最初から勝負になっていない。

 四十七VS小五だもん。


 それに、勝ててしまったらそれこそヤバい。

 成人するまで、ネチネチの日々が続く。


 「お前の着ている服は、食事は、この漫画本は、誰の金で買えていると思っているんだ!?」って、絶対に言われる。


 実際、そうではある。

 お年玉とかお小遣いとか、違いはあるけど。


 でも、そのお金がもらえた原因を考えると、行きつく先はお父さん。

 だから、言い返せない。


 それに、お姉ちゃんみたいに()を受けるかもしれない。

 じわっと、目頭が熱くなってきた。


 どうして、僕のお父さんは()()()が低いんだろう。

 今まで読んだ漫画の中で、あんな人は出てこない。


 出たらきっと「父親の解像度低いな」って言われるはずだ。

 「こんな父親いないだろ」って。


 それとも、僕が知らないってだけなのかな?

 でも、もしそうだったら、それはそれでアレだな。


 「早いところ医者に診てもらえ」

 「さっさと別れたらいいのにね」

 「家族なんだから、もっと話し合いを――」

 「お互いに理解し合えば、きっと――」


 そんな言葉が羅列されていそうで怖い。

 だって手段があっても、実行に移せないんだから。


 服に火が着いている人の映像を見ながら、あれこれ言うようなもの。


 「先ずは慌てず、冷静に――」

 「そんな風に払っても、火は消えないよ」

 「ああ、そっちに逃げたら死ぬって」

 「少し考えればわかるのに、馬鹿だなぁ」


 こういうの、なんて言うんだっけ?

 ……ああ、そうだ。『対岸の火事』だ。


 失敗した時は、もっと酷いことになるだろうし。

 テレビみたいに、「ごめんな」→ハッピーエンドなんてない。


 そして、僕自身「僕も悪かった」なんて言えないだろう。

 だって、あっちが悪いのに、なんでってなる。


 「はあ、小五でこんな事を考えるって、イタい……かな」

 他のみんなは、ゲームとか『ロべチューブ』とかで盛り上がってるのに。


 秘密基地に来る途中の公園で遊んでいたあの人たち、楽しそうだったな。

 お父さんと砂場で、お城を作って。


 「…………いいなぁ」

 ぐしぐしと乱暴に目を擦り、鼻を啜る。


 叶うなら、物心つく前に戻りたい。

 相手の言っている言葉が、分からない年齢のままでいたい。


 「そういうわけには、いかないんだろうけどさ……」


 ボーッと、本の表紙を眺める。

 秘密基地が完成して一ヶ月ちょい。


 ベニヤ板とダンボールが主ではあるが、自分で自分を褒めてやりたいくらいの、クオリティにはなっていると思う。


 「この基地に置いてある物の合計金額って、いくらなんだろう?」

 全部新品だし、少なくとも五万は超えている。


 だって、『見るからに安物』は相手にされないから。

 きっと、「俺にはこれがお似合いだってか?」って言ってキレる。


 「……はあ、秘密基地(ここ)にいる時くらい、考えるのはやめよう」

 落ち着く場所ではあるけれど、教室程は落ち着かない。


 誰がくるか分からないし、そもそも誰かの土地だ。

 今の今まで、人どころか獣にすら遭遇したことはないけど。


 「もう少ししたら、暑すぎて来れないだろうしね」

 ただでさえ、汗がポトリと落ちてくるのに。


 「友達がいれば――」

 いや、僕の趣味的にそれは難しいか。


 僕の趣味が、どちらかと言うと女子寄りだから。

 あっ、そういう感じ。じゃあ気を回さないと、って空気になったことがある。


 それもあって、お父さんは僕に()()()()()をだす。

 今時、裁縫が好き、可愛い小物が好き、ってだけで、どうしてこんな。


 「……でも、結局はそうなんだよね」

 

 別に男物が嫌いなわけじゃないし、遊ぶのは男子とだ。

 ドラゴンだって、消防車だって好きだ。


 それでも、ほんの少しのことで「あっ」って顔をされる。

 僕はただ、どっちも好きなだけなのに――。


 首だけを動かして、入口のカーテンを見る。

 長過ぎるから切って縫って、()()()()()した。


 松の廊下みたいになったら、カッコ悪いからね。

 それに、地面に擦れたら汚れるし。


 余った布は、トートバッグにしてみた。

 柄もお洒落だし、それこそお金を無駄にしていないのにな。


 「情けない」「だから今の子は体が弱い」……そんなのばっか。

 はああぁ、と大きな溜息を吐く。


 「僕で()()なら、本当に悩んでいる人は、もっとしんどいんだろうな」


 それとも、都会だったら普通になれたのかな。

 やっぱり、一人の方が落ち着く。


 でも、ふとした時に、寂しく感じてしまう。

 苦しい場所か寂し場所、その二つしか居場所がない。


 ×××


 「…………あっ、ヤバい」


 いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。

 早く帰らないと、夕飯の予定時刻に間に合わなくなる。


 前に、一人ご飯は精神的に悪い、って近所のおばちゃんが言ってた。

 でも、僕はそっちの方がいいな、なんて思ってしまう。


 だって、バラエティー番組をブツブツ言いながら見るから。

 見なきゃいいのに、何故か見る。


 流行りのアイドルとかが出てきたら「こんなのがいいのか、今時は」って、小馬鹿にしたような目を僕たちに向ける。


 アイドルのことはよく知らない。

 お姉ちゃんも、鼻で嗤われるのが嫌だから、好きにならない。


 お父さんの嫌いなものは、アイドルだろうが親戚だろうが、嫌いにならないといけない。お父さんが『黒』って言ったら、『白』も『黒』なんだ。


 それでも、『毒』をかけられる。

 だから夕飯は一人で食べたいけど、そう言うわけにもいかないよなぁ。


 よっ、と体を起こした時、誰かの声が聞こえた。

 何を言っているかは分からないけど、とても苦しそうだ。


 温くなってしまった『午前中の紅茶』を持って、外に出る。

 声のする方に歩いていく。心臓がドクドクとうるさい。


 首を吊っている人とかがいたら、どうしよう。

 それか、毒を飲んだり手首を切ったりしていたら――。


 なんか、バブルって言うのがはじけた時は、この辺りでも()()()()()が大勢出た、って話をお母さんから聞いたことがある。


 それで、近所にある公園や神社の木は低いのが多いんだ、って。

 嘘か本当かは分からないけど。


 ヒュー、ヒュー、と声(といっても呻き声)が近くなってくる。

 目の前の、(つた)や草がこんがらがった塊を、どうにか乗り越えた。


 現れたのは、青くて大きな蛇だった。

 目を閉じて、苦しそうに息を吐いている。


 想像していたものじゃなかったことにホッとしたけれど、これはこれで困ってしまう。やっぱり、さっきと同じで「どうしよう」ってなった。


 取り敢えず、距離と取りつつ蛇を眺めまわす。

 僕の知っている蛇よりも、何十倍も大きい。


 テレビで見た、南米の人が首に巻いているくらいの、大きな蛇。

 羊とか豚とかを、丸呑みできそうなくらいのヤツ。


 でも、こんな青色の蛇もいるんだな。

 空の青さを写し取ったみたいに、綺麗な「青」だ。

 

 アオダイショウっていう蛇は知っているけど、写真で見たら「青」というより「緑」って感じだったし、南米の人が首に巻いていた蛇は黄緑っぽかった。


 まあ、そこまで蛇に詳しいわけじゃないから、何とも言えないけど。

 どっかの家から、脱走してきたのだろうか。


 「……蛇もこんな風に息をするんだ」

 あんまり息を吸う感じがイメージできていなかったけど、初めて知った。


 ……っと、いけない!

 観察している場合じゃない!早く何とかしないと。


 とはいえ、どうすればいいのだろう。

 保健所か警察にでも連絡すればいいのだろうか?


 「ちょっと待ってて!」

 カバンからスマホを取り出したその時――。


 「ま、待って……」

 女の子の声が、目の前の蛇の口から飛び出してきた。


 聞き間違いか、と思ったけど、そうじゃない。

 爛々と光る金色の目で、「お願いがあります」と僕を見ている。


 「…………な、なに?」

 悲しい事に、漫画の主人公のように堂々とはできなかった。


 「水が欲しいんです」

 「水?」


 「はい。喉が渇いて死にそうなんです。……水をくれたら、貴方に水を操る力を授けましょう」


 『力を授けましょう』……その言葉に、心がウズッとなる。

 『水の力』っていうワードにも、興味をそそられた。


 「でも今、水は持ってないんだ。午前中の紅茶『レモン』だけで」

 「そ、それでも、かまいません……」


 目の前の蛇は「重ねてですが、もう一つお願いがあります」と言った。

 ふたを開けようとしていた手を止め「なん、ですか?」と聞く。


 「私の名前は『水恩(すいおん)』と言います。ペットボトル(それ)を掲げて、私の名前を三度、心の中で呼んでください」


 僕は言われるがまま、ペットボトルを掲げた。




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