第1章 ・現世での生き様・
俺の名前は山下 輝「アキラ」 40歳を過ぎた歴としたおじさんだ。
現代社会の波と社会情勢に疲れ切ったおじさんの一人である。
仕事は小さいながらも会社を経営しており電気設備の施工会社で、かれこれ26年になる。
良い時も悪い時も経験しこれまでなんとか続けてきたが、今年一番のパンデミックの影響で仕事が激変し仕事が見つからない状況に陥ってしまった。
人生で最悪の状態を迎えている今日この頃。
俺の人生って一体なんのか、何をする為に生まれて来るのか?何が原因でこの様な状況になるのか?訳もわからず日々悩んで、苦しんで、過去の出来事を思い出しネガティブになり腐って行く。
過去の出来事とは、小さいながらも会社を経営しているがそれなりの売上がある訳でもなく細々と経営している所に身内からの相談で知り合いを雇って欲しいと言われた。
実際に会うとあまり良い印象の人ではない。
しかし、身内の頼みなので渋々了承した。これが、不幸への始まりだ。
取引先、協力業社を根こそぎ奪い去りやめていく。どこの業界にも良くある話だが、許せない。
何故なら義理の妹の旦那だからだ。
この様な不義理な事があって良いのか?
人間不信に陥りながら、気持ちの葛藤を鎮め日々を生きる為に少量の仕事をし、資産を削り騙し騙しの生活を送る。その様な生活がかれこれ5年は続いた。
そんな中、このパンデミックの発生だ。
誰もが味わった事のない大不況が続き、予測も出来ない事態に世界情勢をかき乱す。
あ〜、この先どうすれば良いのだろう・・・
いっそ、この手で人生を終わらせるか?
そんな最悪のシナリオを考える様になり、人生でもドン底とも言える精神状態なのは周りから見ても明らかだった。
ただ、唯一の救いは「何かをしている時」だけだった。
集中して、嫌なことを全て忘れることが出来たからだ。
仕事をしている時、何かを作っている時、野菜を育てている時、本を読んでいる時。
特に異世界転生の本や、アニメは何故か気持ちが吸い込まれるように集中してしまう。他の人はきっと、ストーリーや冒険に心を奪われるのだろうが俺は少し違う様だ。
冒険に出たい訳でも、魔王を倒して英雄になりたい訳でもない。ただ『冒険者ギルド』が気になって仕方がない。
異世界物を読んだり、観たりしているともしも、俺が異世界に転生したらどう生きるのかをイメージしながら観ている。
そんな事あるはずがないのに・・・
もしも、現代でギルドがあれば仕事にも困らず黙々と依頼をこなし、生活ができるのではないだろうか?今の時代でギルドに置き換えるなら何があるだろう。似た様なのはハローワーク?アルバイト情報誌?似ているが違うな。何故なら依頼を受けるのに面接があり、依頼をこなすにも時間計算で能力では無い。また、拘束期間が決められている。それに報酬を貰っても、約半分を国に取られるのだからやり甲斐がないのだ。
一方で異世界ものはギルドの依頼は決まっているがそれ以外の報酬つまり魔物を退治して得た報酬は全て自分の収入になる。
なんて素晴らしいのか!といつも思う。
特別なスキルや経験に応じてスキルが発動するのも魅力的だし、何でもやってみたと思う器用貧乏な俺にはもってこいな世界だと思いながら、ついつい時間を忘れて見入ってしまう。
これでは寝不足になるよなぁ〜。
翌日、これまでのやってきた仕事とは違う少し変わった仕事の依頼がやって来た。
内容はと言うと、ある山の中にある廃村への行き倒れた倒木をどかして欲しいとの依頼だ。
変な依頼だなぁと心で思いながら依頼を受けた。何故なら仕事が全く無いからだ。
準備をして、指定された場所へ向かった。住んでいる地域からは、かなりの遠方で片道で5時間は軽く掛かる道のりだった。あまり日数を掛けれるほど予算に余裕があるわけでも無いので一人で作業をし、何なら着いてすぐに作業をするというハードスケジュールなのだ。
指定された場所に着いた頃には、もうすっかり日が暮れ掛けている夕方だった。
廃村へ向かう道の少し手前に車を停めて、道具を台車へ積み込み現場に向かった。動物の気配と何かよく分からない気配に不気味さを覚えながら先に進む。
こんな依頼受けるんじゃなかったと後悔しつつも、唯一の仕事の依頼だ!やるしか無い。
そう思いながら現場へ到着すると凄く大きな木が道を塞いで倒れている。
よく見ると倒れた所に小さな祠があって、木で塞がれているではないか。それを見て、急いで作業を開始する事にした。
集中して作業をしているのだが、近くでは大型動物らしき気配や不気味な気配を感じながら作業を進めてようやく倒木を取り除く事が出来た。
辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
倒木で塞がれていた、小さな祠をついでに綺麗に掃除して手を合わせてから引き上げる事にした。
帰り支度を済ませて車に向かう途中、何かに後ろから引っ張られ転倒してしまった。
坂道をとてつも無い勢いで転がり落ちていった。
意識が朦朧とする中、目に飛び込んできたのは先程の小さな祠だった。
キレイな光に包まれていて、なんだか心地の良い気分がした。
「あぁ、俺はついに死ぬんだなぁ。」
過去に何度も人生を終わらす事を考えていたが、逃げ出す事や遺される者を考えると出来ずじまいでいたのだが、こうなっては仕方がないだろう。不運な事故だ。
これで何にも縛られずに解放される。ゆっくり目を閉じ眠りについた。
何やら遠くの方から声が聞こえてくる。
「起きて!起きて!!」
俺は死んでしまったのではないのか?病院にでも運ばれたのか?
ぼやける視界の中辺りを見ると、そこには女神のような姿をした一人の女性が俺の事を呼んでいた。
「ようやく、気がつきましたね。」
優しく透き通った声が耳に入ってくる。
「ここは?」
俺は意識が朦朧としているが尋ねた。
「ここは精神世界の空間です。あなたの魂は選ばれ、ここに来たのです。」
そういう事か!本やアニメで見た、お決まりの異世界転生的なやつだと心の中で思った。
本当にあるのだなぁ。と感心しながら女神の話を聞いた。
「あなたの新しい魂は別の世界に行ってもらいます。転生先を説明しますね。
あなたは、これから魔物と魔王により虐げられた世界に行き、その世界を救ってもらいます。」
やっぱりそうきたか!
しかし、俺は冒険や英雄には興味が無い。なので転生したら、ギルドで仕事をしてお金に困らない生活をするんだ!魔物退治とかはそのついでだな。
返事をしないと先には進めそうにないな。仕方がない。
「分かりました。」
女神はニコリと微笑み体から大きな光を放った。
「えぇぇ!スキルの説明は?勇者だけの特別なスキルってやつは?」
スキルの説明を何も受けずに異世界へと転生させられてしまった。
光の道を飛ばされながら、魔王退治や魔物討伐はついでにやるとして、異世界ライフを楽しむと
しよう。どんな世界かは行ってみないと分からないしな。