98.集団転移なんてチートは絶対にいらない(2/5)
勝手に僕のことで盛り上がってるクランのメンバーと、絶対に意味がわかっていないのに、雰囲気で一緒に盛り上がってるサリには困ったものだ。何に盛り上がってるのか、ちゃんと僕にもわかるように説明して欲しい。
それに最初に毅然として断るつもりだけど、絶対に蒼龍の退治になんか一緒に行かないからね。ダンジョンの時は、気がついたらなぜか一緒に行くことになってしまっていたけれど、今回は最初にきっぱりと男らしく断らないとね。
「私のテムリオちゃん、大変だけど頑張ってね。男らしくて素敵よ。」
……そう、男らしくね。ん?
「まずは移動する乗り物ね。何がいいかしら。」
アゼリアは僕の意見は聞いていないよね。僕は行かないんだけど……
「馬車じゃだめなのか? テムリオでもちょっと教えれば御者の真似事くらいできるだろう。」
誰だっけこの人。
「カイル、お前少しは頭を使えよ。テムリオが威圧を使ったら、馬だって止まっちまうだろう。」
カイルだったのか。影の薄い。でもカイル、その前に僕は……
「ああそうか、確かにそうだ。」
カイルでさえ理解したの?
「そうだ、だからテムリオが荷馬車かなにかに皆を乗せて、自力で引っ張っていくしかない。頑張れテムリオ。」
えーっ、ヴァルッカ、意味わかんないんだけど。何の話をしてるの?
「ほら、テムリオが混乱した顔をしてるだろう。ちゃんと説明してやれよ。可哀想だろ?」
そうだよセルディオ。セルディオは、いつも紳士だよね。誰かちゃんと説明してよ。……いや、そういう事じゃない。どうせろくな話じゃ無いんだから、説明なんかしてもらわなくていい。とにかく僕は行かないって話をしなきゃ。
「そうね。ちょっと盛り上がりすぎて説明不足だったわね。ごめんね私の大好きなテムリオちゃん。」
おお、「大好きな」が付いた。少し嬉しいかも。きっぱり断るのは、ちゃんと説明を聞いてからにしよう。
「私のテムリオちゃんの威圧のアームレットを使うと、テムリオちゃんから見たら、時間がゆっりくりになるように見えるんでしょう?」
「うん、そうだよ。それがこの討伐に何か関係があるの?」
「その力を使って、時間をゆっくりにして、テムリオちゃんがここまで何日かかかって歩いて行けば、まわりからみたら今日中にたどり着いたことになるわよね。」
アゼリアが地図のバツ印を指差した。
うっ、何だか言ってる意味が少しだけどわかってきた気がする。それも僕が想像する最悪な方向にわかってきたかも。
「そ、そうかもしれない。そんな長い間ブレスレットを使ったことがないから、使えるかどうかわからないけれど。」
アゼリアがニッと、悪い女の人が何かを企んでいる時みたいな、いやな予感のする笑顔をみせて、「あーん」と、いきなり芋ようかんを口の中に放り込んできた。
「それでね、アゼリアとっても大事なことを頼みたいの。」
急に女の声を出されても……めちゃくちゃ嬉しいけど……。
「威圧のアームレットを使ったまま、ここにいる全員を、ここまでテムリオちゃんが歩きで運んで欲しいのよ。アゼリアの一生のお願いよ。」
「うん、うん」
芋ようかんが口の中に入ってるから「いいや無理」と言ったつもりなのに、「うん、うん」と皆には聞こえてしまったみたいで、もう全員が抱きあって喜んでる。どうしたらいいのこれ。
「そんなことできるわけないだろ!」
小心者の僕には、こんなに盛り上がってる皆に水を差すように、そう叫ぶなんてとてもできない。心の中で叫ぶだけにした。
「でも馬も止まってるから、馬車じゃ運べないし、馬車は人間が引っ張るようにはできていないから、テムリオが引っ張ることは無理だな。何か方法はないかな。」
こういうときでも冷静なトラヴィスが顎に手を当てた典型的な考えるポーズで口を開いた。
「ああ、それなら俺にちょっと思い当たる物がある。」
つい口に出してから、しまったと思った。自分から提案してどうするの。僕は行かない派だよ。派閥なんてないけど。
「なんだ。どんな方法だ?」
そう聞かれたので、今日午前中に冒険者ギルドの依頼で、貸車屋の大八車十台を連結して一時間くらい運んだことを話した。ブレスレットを使ったら、結構軽く感じたから、もしかしたら行けるんじゃないかと思って提案してみた。
「テムリオの提案なら誰も異議がない。時間がもったいないから、いまから威圧を使ってさっそく大八車を四台借りてきてくれ。一台に二人ずつ乗れば行けるだろう。」
トラヴィスみたいな決断の早さが僕も欲しいよ。そうすれば「俺は無理だから、みんなで頑張ってきてくれ。」と言ってさっさと家に帰れるのに。
「いまから威圧を使うって、どうすればいいの?」
「まずはアームレットの力で時間を止めて、貸車屋まで行って時間を戻し、大八車を借りたらまた時間を止めてここまで持ってくる。これなら五分くらいで準備できるだろう。そのあいだに俺達は出発の支度をしておく。各自の家にはラギとカイルが、出かけたことを知らせに行く。これでいいか。」
トラヴィスのテキバキとした指図だけれど、考えてみたら、歩いて行かなきゃならない僕の大変さは変わりないよね。
皆は、もう僕がそういう事をする前提で二階にあがって行ってしまった。自分の部屋にはいつでも討伐に行ける準備が用意してあるんだろうね。僕は準備どころか、心の準備すらできていないよ。
しようが無いので、トラヴィスに言われた通りブレスレットの青いラインを回そうと思って、ふと思いついた。そうだ、一度神の国のセシルフォリアさんに、どのくらいの時間連続して使えるのか聞いてこよう。
青いラインを、カチッと音がするところまで反対方向に回したら、目の前が突然淡いグレーの光景に変わって、モノトーンの世界にセシルフォリアさんが現れた。
何度やっても、必ず「うわっ」という声が出てしまう。
「おや、いかがなされましたか?」
今日もジョウロを手にしたセシルフォリアさんがいた。あの真っ白な薔薇に、いつも水を差しているんだろうか。
「うん、教えて欲しいことがあって。このブレスレットだけど、回したままどのくらいの時間効果が続くの? 今度何日もかかるところに歩いていくんだけど、その間ずっと回したままでも問題ない?」
一瞬僕の言っていることが理解できないような顔で首をかしげていたセシルフォリアさんが、少しだけ間を開けてから答えてくれた。
「意味がよくわかりませんが、回している間はあなた様は高速で動けますから、感覚的に何日も過ごしたように思えても、実際にはほんの一瞬です。いくら使ってもほんの一瞬のことなのですから、なんの問題もありませんよ。」
時間が止まっているんじゃなくて、僕が高速で動いてるんだ。そんなことすらわからなかったよ。
「じゃあ、これは時間を止める道具じゃなくて、時間は止まらないけれど、僕が高速で動けるようになるブレスレットなんだね。高速で動けるって魔法の力なの?」
「さすがに神の力じゃなければ時間は止められません。そのアームレットに仕込んである装置は、あなた様の元いた世界で、未来に発明される電子機器です。
神の世界から見たら、子供のおもちゃよりひどいものですが、レベル1のおもちゃとしてはちょうどいいということで、あなた様に付与された物です。
それを使うと、あなた様が活性化するというもので、そうですね、たとえば『蚊』は一秒間に何回羽ばたけるかご存じですか? 人間には見えない早さで羽ばたいてますが、蚊自身は、ばっさばっさとゆっくり羽ばたいているのです。あれと一緒ですよ。」
ふうん、よくわからないけれど、僕はブレスレットを回すと蚊になるんだね。
「一杯までまわすと、完全に時間はとまるの?」
「時間が止まるわけじゃなくて、あなた様が高速で動けるようになるのですが、そうですね、あなた様の感覚で1日くらいで、周りは1秒進むくらいの感じだと思いますよ。」
「ありがとう。何日でも連続して使えるってことがわかっただけで満足だよ。じゃあ元戻してくれる?」
セシルフォリアさんは「何日も」じゃなくて一瞬ですけれどね、などと、ブツブツいいながら、僕を元の異世界に戻してくれた。
さて、そうとわかれば安心して使おう。
まずはブレスレットの青いラインを目一杯回してから、とりあえず自分の家に向かった。家に到着したら井戸端の方に向かって、周りに誰もいないのを確認してからブレスレットの青いラインを元に戻した。
確認しないと、誰かがいたら、その人にとっては僕が突然現れたみたいで驚いてしまうからね。
「ただいま。お母さんちょっと話があるんだけど。」
ダイニングに入っていったら、お母さんがいたので、声をかけた。
「あら早かったのね。なにかしら?」
「これからアゼリア達と、また西の領界まで、出かけなければならないんだ。少しだけ留守にするけど、ごめんね。たぶんまたこの間と同じくらい時間がかかるかもしれない。それと、これはこの間の報酬だって。少しだけ中身をもらうけど、あとは預かっておいてね。」
そう言って、麻袋の報酬を渡したら、お母さんはひどく驚いていた。
「でもくれぐれも慎重にね。お母さんはテムリオが活躍してくれなくても、無事に帰ってきてくれればそれが一番嬉しいのよ。」
心配掛けちゃうね。ごめんね。
忙しいからといって、着替えだけ用意してもらって、あとはお父さんとエルに一言声を掛けたら、また裏の井戸端でブレスレットの青いラインを回した。
次は午前中行ったばかりの貸車屋だ。
到着したら、また路地でブレスレットの青いラインを戻して、お店の中に入って行った。
「オヤジさんいる? 午前中世話になったテムリオだけど。」
そういうと、奥の方から「おおいこっちだ」と呼ぶ声が聞こえてきたので奥に入ってみたら、オヤジさんが、二連式大八車の試作をしているところだった。
「さっそく作ってるんだね。ところで急で悪いんだけど、状態のいい大八車四台を緊急で借りたいんだけど。保証金も持ってきたから、今すぐ手続してもらってもいいかな。」
「おお、早速上客になってくれるのか。それはありがたいな。でも初めての場合、保証金は割高になるが大丈夫か?」
今は懐がかなり豊かだからね。何の問題もないと、金貨を出したら、金貨なんて滅多に見ないと驚かれてしまった。どういう金だといぶかしげに聞いてきたので、僕が『蒼の誓』のクランメンバーだってことを打ち明けた。カードリーダーがあるならギルドカードで確認してみてもいいといったら、ここにはないけど信用すると言ってくれた。
大八車を急いで四連にしてもらって、近くの路地まで運ぶと、ブレスレットの青いラインを目一杯回した。もうだいぶ回すのになれてきたけど、それでも何となくズルをしている感覚が抜けなくて、毎回少しだけ嫌な気分になる。
クランのアジトまで大八車を運んだけれど、意外と大変だったのは通りを歩いている人や荷馬車を避けることだった。邪魔でもどいてくれるわけじゃないので、隙間を縫いながら運んだけれど、どうしても無理な場所では、立ってる人をよいしょと持ち上げて通りの端に移動した。
元に戻すのが面倒だったのでそのままにしてきたけど、本人は突然自分の歩いていた場所が変わってびっくりするだろうな。ごめんね。何かにぶつかったりしないようにだけは気をつけて移動したつもりだけど、僕がやったなんてわかったら怒られるだろうな。
ようやくアジトまでたどり着いて、屋敷の前の広場に大八車を置くと、ブレスレットの青いラインを戻してからアジトの建物の中に入って行った。
「ただいま。大八車の準備ができたよ。」
「うおっ、まだ十分くらいしか経ってないぞ。頭ではわかっていても、やっぱり凄いな。」
ヴァルッカは大声で言うと、すぐに庭に出て大八車を確認した。
「よし、みんなも準備できたようだから、さっそく集団転移を頼むぞテムリオ。」
『集団転移』なんて格好のいい言葉を使ってるけど、要は僕が全員をのせた大八車を引いて、領界まで何日もかけて歩いていくって、恐ろしいほど過酷な旅が始まるってことだよね。
「じゃあ、お願いがあるんだけど、連結ロープは、貸車屋のオヤジさんが簡単に結んだものなので、とても領界まで引いていける強度はないから、なにかしっかりしたロープでつなぎ直してもらえるかな。」
そう言うと、何人かで革ベルトを持ってきて連結部分を縛り直してくれた。
「さあ、それでは出発するから大八車に布団を乗せて、その上に各自、自分の体を大八車に縛り付けろ」
アゼリアの号令で、みんなは大八車の上に乗っていった。
ただエルヴィローネだけは、最後まで抵抗して、なかなか乗ろうとしなかった。
「いやじゃ、こねぇなんに乗って領都じゅうゴロゴロ運ばれてくなんて、はずかしゅうてたまらんわぁ」
「いやじゃ、いやじゃ」と、激しく抵抗したけれど、皆から押さえつけられて大八車にくくりつけられてしまった。
最後は観念して、全員にシールド魔法をかけていた。ついでに僕にはヒールとバフをかけた。時間が停止してるなら、ずっと効果は続くだろうと言っていたけれど本当だろうか。
こうして、僕の威力による『集団転移』がスタートした。
ブレスレットの青いラインをぐいっと強く回すと、連結してる大八車を、ヨイショと動かした。
「うわっ軽い」
思わず叫んでしまったけれど、本当に軽かった。
食事はどうしたらいいんだろう。皆はトイレとか行かなくて大丈夫なんだよね。
なんて、いらない妄想しながらゆっくりとアジトを出発した。




