92.経木(2)
日本では50代を境に上の世代は『カーキ色』というとベージュ色を指して、下の世代はミリタリーグリーンを指します。
「この経木を削ったときのカンナ屑を、いっぱい作れる?
この透き通ったのじゃ少し薄すぎるので、もうすこし厚めがいいかな。
もちろんお金は払うけど。」
ちょっと興奮気味に聞いてみた。だって万能包装紙だよ。
オルヴェンは「経木を削った削りくず」って言ってるけど、僕にとっては、このカンナ屑こそが本物の経木だ。正直言うなら、このテカテカに光っている木の板よりも断然価値が高い。
「捨てるにも金がかかる厄介なカンナ屑を、よりによって金を払うから売ってくれだと? 面白いことを言う小僧だな。まあこのオルヴェンが透き通るほど薄く削った芸術作品のようなカンナ屑だからな。子供が欲しがるのはわからんでもないが。こんなものはいくらでもくれてやるから好きなだけ持っていけばいい。」
と、腕を褒められたと勘違いしたのか、さっきまでの苦虫をつぶしたような顔から、破顔の表情に変わって上機嫌で部屋の隅を指差した。たぶん廃棄する木屑の置き場なんだろう、経木のカンナ屑も山のように捨ててあった。
「ありがとう。でもできたら、その芸術的な腕で、端もそろえた、傷ひとつない綺麗で均一なカンナ屑がほしいな。厚さも揃えて……そう、これくらいの厚さ。それをまず最初は100枚くらい。」
厚さのばらつきは問題だよ。中には、まるで『おぼろ昆布』じゃないかって思うくらい、薄くてバラバラになっちゃってるのもある。あんなのが納品されたら、正直困る。
「なにっ! カンナ屑を100枚作れだと? それじゃ経木が全部カンナ屑になっちまうだろ。冗談も休み休み言え。」
そうだよね。この職人にとっては、商品を全部ゴミにしろって言われたようなもんだものね。
「いや少し厚めの板を削って、すこし多めにカンナ屑ができるようにすればいいだろ。そうすれば経木板を作れば自然にカンナ屑の100枚くらいすぐに溜まる。経木も作れて、カンナ屑は、ゴミで捨てればお金を取られるけど、俺なら金を払う。一石三鳥だよ。」
聞いたら神殿に下ろしてる経木板は、一枚で50Gなんだそうだ。自慢する割には、あまり儲けになっていないんだね。実際にはここからカンナ屑ぶんの経費が引かれるんだから、もっと安いことになる。一日何枚作れるか次第だけど、それほど割のいい仕事には見えないな。
その経費を節約できて、しかもそのゴミ100枚で50G払うといったら、そばで話を聞いていた木工ギルド長の目の色が変わった。なにしろ『蒼の誓』副リーダーの紹介なんだから、信用度は抜群で騙される心配はない。作るのはただのゴミなんだから、こんな美味しい話は滅多にないはず。
あっというまに契約が成立した。とりあえず100枚納品してもらって、品質を確認できたら、それから先は一定量をずっと購入するという約束にした。
できあがった経木は繊維の方向に割れやすいので、いちどお湯につけて柔らかくしてから水切りし、お店に納品して欲しいと頼んで、100枚分の代金を先払いした。
そのほかにも、経木板を1ミリくらいの厚さにして、ケーキ用とピザ用の箱と蓋を作ってほしいというお願いもして、こちらはサイズの書かれた絵を渡した。そんな薄いと釘が打てないと思うけど、どうやって接着するんだろう。
こっちは採算が合うかどうかわからなかったので、見本用に少し高めの試作料金を払い、各1箱だけ作ってもらって、お父さんとお母さんに確認してもらう事にした。値段の交渉もたぶんお母さんの方が上手だろう。
「経木板で食べ物を入れる箱を作るなんて、罰当たりもいいところだな。」
何でも経木板を作るときは、身を清める儀式をしてから取りかかるのだそうで、それほど神聖な物を作っているという自負があるみたいだ。
それでもオルヴェンは、苦笑しながらも職人魂に火が付いたのか、絶対に気に入った物を作ってみせると胸を張っていた。
経木のカンナ屑の見本用に、ゴミの山の中から状態の良さそうな10枚を拾い集めて持ち帰ることにして、ゴミだけれど、ちゃんとまともな代金を払った。
「なんならお湯を沸かすから柔らかくしてみるか?」
とオルヴェンが言うので、お願いして沸騰しない程度にお湯を沸かしてもらった。
そこに拾ったカンナ屑を一分もかからない程度の時間つけたら、パリンとした感覚がなくなって、いくらでも曲げられるようになった。ああこれなら使えそうだ。
軽く拭き取って丸めたらウエストバックの中にいれた。
来たついでに木工ギルド長と少し話をするというトラヴィスにお礼を言って別れると、一度家に帰ることにした。
「ただいま。あ、お母さん、丁度良かった。ちょっと見てもらいたい物があるんだけど。」
ウエストバックから経木の束を取り出してお母さんに渡すと、「なあにこれ」と怪訝そうな顔。少し乾いたのか、丸まったまま戻らなくなっていたので、もう一度お湯につけて柔らかくした。
「まあ、これが包装紙のかわりになるの? 木目調ね。素材は何なの?」
「普通の木だよ。なんの木なのかは聞き忘れたけれど。
これより気持ち厚めにしてもらったのを、あと100枚頼んできた。
元々はカンナ屑のゴミだから、とても安く譲ってもらえたよ。」
そういっても、いまひとつピンと来ないらしく、引っ張ったり曲げたりするから、一枚は繊維の方向に裂けてしまった。
「これって自由に形を変えられるから、包装紙代わりにいいし、木箱に敷けば木箱が汚れないという使い道もいいと思う。
なにより使い捨てなので汚れてもそのまま捨てられるから、清潔感があるのがいいと思うんだ。捨てなくても木だから火付け用に使える。」
熱心に説明したけれど、やっぱりお母さんは興味なさそうに、「そうなのね」という生返事だ。
「それに、買い物かごを忘れてパンを買いに来た人には1枚1Gで売ってあげれば喜ぶかもしれない。紙じゃ高くて1Gでは売れないからね。」
1Gと言った途端にお母さんが少しだけ興味を持った顔をしたけれど、やはり一瞬だけで、お母さん的には「なし」みたい。相変わらず怪訝そうな顔で、「ありがとうテムリオ。いろいろ考えてくれて」と、微妙なお礼を言われた。
「それと箱の試作も頼んできた。鏡みたいに表面が光っている木の素材で作ってくれるはずだから、楽しみにしててね。作ってるのは経木職人っていう資格の人なんだって。」
そっちの方は、大喜びをしてもらえたのでホッとしたよ。
こういう積極的なプレゼンがどうして軍議の時はできなかったんだろう。
今日はマルグリットが泊まりに来るので、一階でうろうろしたくないから、僕は自分の部屋に移動することにした。
部屋の中で、始まりの王オダルティが書いた元の世界の文字の本を読んでいたけれど、アルケジ宰相の本と違って、こっちはあまり面白くない、「各将の配置」などという軍略に関係するようなものばかりだった。
「テムリオこれは凄いぞ。こういうのを探してたんだ。何処で売ってるんだ?」
いきなり部屋にお父さんが入ってきた。
ああ、そうだった、異世界共通なのか、僕の家の中だけの事なのか、よくわからないけれど、ドアをノックする習慣ってこの家にはなかったから、こういうびっくりすることが時々起こる。
前に子供部屋をノックしたら、エルに貴族みたいだってあきれられたから、貴族にはノックの習慣があるみたいだけど。
「それ経木って言うんだよ。今日木工ギルドに行ったら経木職人という人がいてね、その人が削ったカンナ屑なんだよそれ。」
お母さんと全く反応が違っていたのには驚いた。
「いや、あのピザに具をたっぷり盛った場合、きっとピザを入れる箱の中にこぼれて箱が汚れると思ってたんだ。箱は使い回ししなければならないけど、あまり汚れると洗っても汚れは完全に落ちないから、次の客が嫌がると思ってな。でもこれならこぼれて汚れても、これを取り替えるだけで済むから問題解決だ。値段次第だが、そんなに高くはないんだろう?」
「ええとね、1mくらいの長さで100枚50Gで注文してきた。」
そんなに安いのかとお父さんは興奮気味だった。本当はお母さんが作ってる『マルグリット・スポンジケーキ』のバタークリーム対策にいいと思って買ったんだけど、考えてみたら、あちらは貴族向けの高級品だから、経木は少し品がないかな。あのピカピカの板で作った箱に直に入れた方が高級感はあるね、たぶん。
しばらく僕の部屋でお父さんと経木についていろいろな話をしてたら、トントンとノックがあって、マルグリットが入ってきた。マルグリットはちゃんとノックする子だ。見ると今日も張りきってる感じの素敵なドレス姿。目の保養には本当にいい。
「お父さん、ただいま。テムリオ、お母さんがご飯だって。」
えーっ、マルグリットが完全に「うちの子」になっちゃってるよ。
びっくりして固まっていると、マルグリットの後ろから、悪戯好きそうなエルが顔を覗かせた。
「ほらね、お父さんとお兄ちゃんが同じ顔でびっくりしてるでしょ。」
そういって、二人してキャッキャしながら笑ってる。マルグリットって、あんなに表情豊かだったのか。
「悪い悪い、今日図書館でエルシェさんのお母様のことを、テムリオにわざと『お母さん』って言ってみたら反応が面白かったので、そのことをエルシェさんに話したら、この部屋に入って、普通の顔でこう言ってみるときっと面白いことになるって言われたんだ。言いながら吹き出しそうなのをこらえるのが大変だった。」
おちゃめなんだね、マルグリット。なんだか初めて会ったときに比べて、とても表情が豊かになってる。ツンツンしてるマルグリットも、僕は好きなんだけどね。
「驚いたよ。妹が二人になった感じがした。」
「お父さんも驚いた。娘が増えたような気がした。」
お父さん、それ微妙に意味が違うように思うよ。ほら、途端にマルグリットが顔を赤くしてうつむいてしまった。
「ところでマルグリット。明日は大丈夫なの?その格好じゃ絶対に無理だよ。」
だってヒラヒラまでついてるピンク色のドレスだよ。靴だって真っ赤なパンプスだし。本当にこれほど腰のサーベルが似合わない騎士は絶対に他にいないと思う。ダイニングにいつも立てかけてあるサーベルを、本当にここに来るまでこの格好で下げてきたんだろうか。
絶対にそのことは触れちゃいけないってことだけは僕にもわかるから、黙ってるけど。
「ああ、明日の朝メイドが着替えを持ってきてくれることになってるから大丈夫だ。それより、なんで私が妹なんだ。絶対に姉だろう。」
まあ、それはどうでもいいけど、その「大丈夫だ」は、余計不安になる。ファッションに関しては貴族令嬢のマルグリットには任せられない気がするよ。心配なのはマルグリットじゃなくて、マルグリットについてるメイドだけど。
でもその心配はいらなかったみたい。翌朝家の前に乗り付けた馬車から出てきたメイドは、いつも通り挨拶なしに僕を一瞥してから、マルグリットを馬車に押し込め、中で着替えさせた。出てきたマルグリットは、冒険映画に出てくる典型的な探検家のスタイルだった。
あまりの完璧な格好に、思わず頭のてっぺんから足元までじっくり見てしまった。
日焼けを気にしているのだろうか、麦わら帽子のように広いつばのある、明るい色のフェドーラ帽を深くかぶっている。
首には無地のバンダナを無造作に巻き、カーキ色の胸ポケット付きの長袖シャツに、丈夫そうなキャンバス地のロングパンツ。
腰には革製の幅広ベルトが巻かれ、左側にはいつものサーベルが下がっている。
足元は真っ黒なハイカットのレザーブーツ。
そして、全体を引き締めるかのように、マルサラレッド色の肩掛けサッチェルバッグが彩りを添えている。
どこから見ても完璧な探検家だ。
「恥ずかしいから、そうやって上から下まで見つめるな。」
マルグリットには怒られたけど、これは見事だよ。見つめずにはいられない。しかもどうみても全部新品。今日のためにしつらえてるよね絶対。
僕も何かに挑戦するときは、まず格好から入るべきって考え方してるから、マルグリットの格好にはすごく共感した。メイドは、僕たちが「探検」から帰ってきたときの着替えの服をお母さんに渡すと、最後まで一言も話さずに馬車で帰っていった。
マルグリットのサッチェルバッグは絶対に汚しちゃ駄目なヤツだ。僕はいつもと変わらない万年同じ格好で背負子に麻袋を縛り付けると、それを背負ってふたりで南外門に向かった。
マルグリットの、あまりに決まったスタイルに、近所の奥さん達が、何事かと遠巻きに話をしていたけれど、貴族特有のオーラをマルグリットに感じたのか、決して近寄って話しかけることはなかった。
「昨日の経木だけれど、あれ入荷したら私にも少し分けてくれないか」
マルグリットが不思議なことを言い出した。下町庶民が使う包み物の代用品にすぎない経木になんで興味を持つんだろう。
「何に使うんだ?」
「うちの母親が好きそうな素材だったからな。飾り気のない素朴な素材で、お茶会に来た教養の高い婦人達をもてなすのが好きな母親が喜びそうだ。
あれをお茶菓子の敷物にしたり、あれを使って切り抜き細工師に素朴な飾り物を作らせたり、帰りに渡すお土産物をあれで包んで紐で結ぶなんて、上品そうな気がする。」
風流だね。わびさびってのとは違うのかな。経木に感じる価値観の、平民と貴族の差を見たような気もした。
「わかったよ。入荷したらマルグリットの分を分けておいてあげる。どうせまた泊まりに来るんだろうから、そのとき持って帰れば。俺からマルグリットのお母さんへのプレゼントだ。」
「私より先にプレゼントをもらうのか……」
「えっ、マルグリットも経木が欲しいの?」
「いるか!」




