88.治療院の孤児(2)
「さあ早くダガーを腰に下げてみてね。似合うかどうか見てあげる。」
頭の中が混乱した状態でマーガレットに言われるままに、お母さんからもらった宝石がいっぱいついたダガーをベルトごとウエストバッグにしまうと、マーガレットから渡された革製のベルトをつけてみた。
重厚感のあるダガーに見えたけれど、取り付けてみたら意外と軽く感じた。
ベルトのストラップが鞘にしっかりと巻き付けられていて、鞘は外せなかったけれど、柄を引っ張ってみたらスルッと剣は抜けた。
お母さんのダガーは宝飾品だから軽く引っ張ったくらいじゃ鞘から剣は抜けなかったけれど、これは実用性重視だから、当然いつでもすぐに抜けなきゃならないってことなんだろうね。
刃先は鋭く磨かれ、青白く光って見えた。模様が波を打ってるのはここの部分に鋼が使われている証拠だろう。これは相当良く切れるって、武器のことを何も知らない僕にだって直感できる。
つばの近くに星の形の絵が七つ掘られて線で結ばれているのが鍛冶師の印なんだろうか。
抜いて持っているだけで怖くなってきたので、いそいで鞘に戻した。
「なかなかいいわね。なんだかんだ言っても、やっぱり人は格好で判断されるから、それをいつも腰に下げていなさい。アゼリアなんか、全然剣の腕がないのに、あの剣を腰に下げてるだけで剣聖なんて呼ばれてるくらいだもの、テムリオ坊やだって、それを腰に下げてるだけで白舞の戦士よ。」
なにその変な呼び名。まあ僕がどう呼ばれるかなんてどうでもいいけど、そうだよ、そのアゼリアの話だよ。
「それじゃアゼリアは孤児院育ちの孤児ってこと?」
「そうよ。アゼリアは何も話してくれなかったの? そんなにアゼリアのことを知りたいならお話してあげてもいいけど、今度アゼリアと一緒に家に来なさい。そうしたらテムリオ坊やが聞きたいことは全部話してあげる。今日はそのダガーをクランのみんなに自慢しに行ってくるといいわよ。きっとアゼリアがすっ飛んでくるわ。楽しみ。」
そういうとマーガレットは、ごった返しているシュシュ売り場の方に行ってしまった。
こんな高価なダガーを、このまま持って行っちゃっていいのかな。よくわかんないけれど、いいんだろうってことにして、久しぶりに冒険者ギルドに行ってから、クランアジトに向かうことにした。
冒険者の汗の臭いが少しだけ懐かしい冒険者ギルドのエントランスで、やっぱりいつものように子供の体の僕がモタモタ歩いていたら、「邪魔だよ!」と、三角帽子の女性冒険者に怒鳴られてしまった。
アゼリアたちの主要な『蒼の誓』のメンバーがエントランスに入ってくれば、みんなさっと避けて緊張感が走るんだろうけれど、いくら何でも僕のことを同じクランのメンバーの一人だなんて認める人は一人もいないんだから、簡単に突き飛ばされて、怒られて終わるだけだ。
それにしても、ここはいつ来ても活気があるな。前回来たのがマダムのところの指名依頼を受けた時で、その二日後には黒猿討伐に出かけちゃったから、数えてみたら11日ぶりだ。
その後、もしかしたらマダムから新しい指名依頼がきているかもしれないと思い、Gランクの依頼掲示板を見たり、いつもの受付の所に行って聞いてみたりしたけれど、依頼は来ていないようだった。
あの口調が乱暴な方の受付は、僕が黒猿討伐に一緒に行ったことを知っているので、色々と聞かれて時間を取ってしまったけれど、今日は依頼を受けに来たわけじゃなかったので、そのまま冒険者ギルドの建物を出て、もうすっかり第二の我が家みたいになってる『蒼の誓』のクランアジトに向かった。
相変わらず門の横にはアレックが直立不動で立っていた。まさかこれが誰かに指図されたアレックの仕事というわけじゃなくて、ほとんどアレックの趣味みたいなものだなんて、誰も思わないよね。
「アレックこんにちは。みんないるの?」
「ああ、全員いるぞ。『赤い約束』のメンバーもみんなさっき通った。
それよりテムリオは、なんでそんなにのんびりしてるんだ?
これから軍議じゃないのか?」
ん? 軍議って何だろう。聞いてないけれど……。
「よくわからないけど、じゃあ通るね。」
そう言って玄関まで歩いて、エントランスに入った。
応接室から賑やかな声が聞こえてきていたので、そちらに歩いて行って開いたままのドアから中を覗くと、「おおおっと来たか。こっちだこっちだ。」とトラヴィスが手招きした。
ここに座れと手で合図されたのはトラヴィスとアゼリアの間の席だった。ここがどうやら僕の定位置みたいだ。アゼリアのペット専用席なのかな。
「それで今からお城にアゼリアとテムリオの二人で行くことになった。皆が主張したいことは、ふたりに託しておくように。」
えっ、僕がお城に行くの?
ああ、アレックが行ってた軍議って、これのことだったのか。
「お城の軍議に、どうして僕が行くの?
トラヴィスかエルヴィローネじゃないの?」
「いいえ、今日の軍議は、私のテムリオちゃんがどうしても必要だわ。」
アゼリアが優しい声で、それでもきっぱりと言った。
僕がいないと厳しい軍議の席でアゼリアが精神的に耐えられないとか?
そんなヤワじゃないよね。何でだろう。
「今のカリオネル領とデュランディエ公領の軍事力の差を比べれば、事を起こすのは得策ではない事は火を見るより明らか。加熱するだろう軍議に水をさせるのはうちのクランしかいないだろう。」
イグナスが口火を切った。隣のデュランディエ公領と戦争になるって事なんだろうか。
それにセルディオが続いた。
「騎士団の連中じゃ、ただ怖じ気づいていると思われるだけなので、心に思っていても口に出せない。ましてや貴族達が後ろに座ってる軍議の席でそれを口に出すのは、失脚覚悟じゃ無ければできないからな。」
セルディオは、貴族の出らしいから、貴族の事情に詳しいみたいだ。
「だが、勢いってものがある。戦いは数じゃないことは、うちのクランがいつも証明してきたことだ。反対したら、やってきたことと矛盾してると言われるぞ。俺は、今なら十分戦えると思うがな。」
ヴァルッカは、戦は勢いのある方が勝つって考えみたいだ。血の気の多いヴァルッカらしい考え方だよね。一理あるなって僕も思うけど。
「とりあえず、場の雰囲気に流されずに、冷静に話せる存在として『威圧』の力が秀でているアゼリアとテムリオは、今回の軍議の席には適任だと思う。」
トラヴィス、そういうまとめ方でいいの?
僕は間違いなく場違いな所に来たって顔して、縮み上がっていると思うよ。
「ちょり~す。お茶とか出すのメイドのしごとじゃん? サリもメイドだしぃ、なんか軍議とか出ちゃってもよくない?」
おっと、サリも正式メンバーになったから、発言できるんだね。
「そうだな。専属メイドなんだから、出席二名の枠外として連れて行けるな。これは面白そうだ。よしこの三人で行こう。」
アゼリア、それって軍議で遊ぼうとしてるよね。
まあいいや、僕より絶対にサリのほうが、何かやらかしそうで、役にたつかもしれないし。
そんなわけで三人でお城に向かうことになった。なんだか、アゼリア以外は、最悪メンバーだね。それがアゼリアの狙いなのかな。軍議滅茶苦茶になりそう。
今日は東城門からお城の中に入っていった。普段の出入り口はこっちみたいで、貴族や商人など、たくさんの人が出入りしている。門の守衛による結構厳しいチェックがあったけれど、アゼリア他二名ということで、僕達は全くなんのチェックもなしに中に入れた。
貴族でさえボディチェックされていたのに、アゼリアの信頼度の高さは半端じゃないね。
僕達は広い会議室に通された。もうほとんどの軍議メンバーはそろっていたようで、ちょっと異質な服装の三人が入ってきたときは、何となく冷たい視線が刺さってきた。
アゼリアと僕が座る席は領主のすぐ近くの席だった。周りはみんな騎士団長や副騎士団長だよね。思った通り、場違い感が半端じゃない。みんな結構な歳の大人達ばかりなのに、そこに対等な顔して10歳が混じるってどうなんだろう。
サリはと見ると、後ろに整列していた大人のメイド達の横に勝手に並んで、隣のメイドに聞こえるか聞こえないかのギリギリくらいに「よっ」なんて挨拶してる。サリのあの度胸のほんの少しでも僕が持っていたらな。
「では皆がそろったようなので、軍議を始める。まずは領主からご挨拶を賜る。」
昨日、ヴァルッカが「宰相」って教えてくれた偉い人が領主の隣で会議の始まりを告げた。
「知っての通り、蒼の誓が黒洞の魔物黒猿を退治し、持ち帰ったものの中に、魔物を暴れさせていたのがデュランディエ公領執政官であることを示す証拠品があった。しっかりと鑑定した結果、執政官の近衛隊の軍服と、刀剣の柄からはデュランディエ公の印が見つかった。執政官が直接指示を出していたことに間違いはない。そこで皆の者には、この後、我々が取るべき行動について議論して欲しい。」
「議論を始める前に、宰相殿、なぜ神聖な軍議の席に子供がいるのか説明を願いたい。女性が出席することについては領主のお気に入りということで認めるとしても、子供はいかがなものか。」
後ろの席の、貴族の親玉みたいな人がいきなり僕を攻撃する直球発言を始めた。場違いだってことは当の本人が一番よく知っていることなので、あえて突っ込まなくてもおとなしくしてますよ。
でも自分が言われたことより、アゼリアが軍議の席に最もふさわしいから呼ばれたことを認めずに、「領主のお気に入り」だから呼ばれたマスコットみたいな言い方をされたことに腹を立ててることに自分で驚いた。
「むしろ神聖な軍議の席に、呼ばれてもいない貴殿が来ていることの方が、よほどいかがなものかという気がするが。」
おお、宰相さんは、負けていない。僕の味方なのかな。それにしては怖そうな顔で僕を睨んでるけど。
「領土の行く末を図る軍議を貴族が監督するのは当然のことだろう」
貴族の親玉が真っ赤な顔をして怒りだした。
「彼には儂が頼んで出席してもらった。それで良いか。」
領主が突然発言すると、その一言で貴族の親玉は「御意のままに」と簡単に引き下がってしまった。領主の権威って凄いんだね。なんて感心してる場合じゃないか。いきなり糾弾されるところから始まって、僕は針のむしろに座りながら、皆の話を聞くことになった。
軍隊用語みたいなのが飛び交っていて、内容は難しくてよくわからないけれど、とにかくデュランディエ公領に騎士団が攻め入ることは前提のような話で、その時期をいつにするかという議論に終始している。
「すこしいいか」
それまで黙って腕を組むだけだったアゼリアが突然議論に参加した。
「皆静かに蒼の誓のリーダーの話を聞くように。」
宰相の指示で、白熱した議論をしていた騎士団の人達が、ピタリと話を中断した。」
「皆はデュランディエ公領にいつ攻め入るかという議論しかしていないが、大事な物を忘れていないか?」
大事な物? 何だろう。ほら皆も僕と同じ顔をしてるよアゼリア。
「そのことについては、うちの軍師から説明する。」
えっ、アゼリアには軍師がいるの? 初耳だよ。どこにいるの?
見回して気がついた。この会議室にいる全員の顔が僕を見てる……。
うわっ、どうしようアゼリア。この人達にはそんな悪いジョークは通じないって。でも何か言わなきゃ。「のんびり過ごせる」アイテムの使い方としては、いちばんまともだよね。
そう思ってブレスレットの青い線を回した。
少し冷静になれたのでアゼリアの方を見たら、アゼリアの視線は自分の手の中にある白いメモを見ていた。なんとアゼリアがカンニングペーパー?
紙を覗き込むと、何やらメモが書いてあった。丁寧に書いてあるから、ここに来る前に書いたんだと思う。
「ごめんね、私の軍師ちゃん。他領の動きについて威圧の力で説明してあげて」
えっ、このメモって僕に読ませるためのものだ。僕がきっとブレスレットを使うって知っていなければこういうことはできないよね。アゼリアには読まれてたのか!
まあおかげで少しは冷静になれたし、元の世界のブラック企業じゃ新入社員に積極的にプレゼンさせてたから、あれを思い出して、なんとか頑張るしかないのかな。
僕は渋々ブレスレットを元に戻して、できるだけ軍師に見えるように胸を張って話し始めた。
「えっと……あの……その……たとえばですけど……えっと、地方の領主が、となりの領に……攻め入ったりすると……その……先に手を出したほうが、えっと……大義がないっていうか……その、王様の国土の中で勝手に戦争始めたって思われて……えっと……逆臣扱いっていうか……。
その……カリオネル領って、いろんな領と接してるから……もしその、なんていうか、他の領に『逆臣を討つ』って言われちゃったら……四方から敵が来る、みたいな……。
そ、それで……えっと……だから、まずは、あの、領主様が……王都で、その、政治で戦うっていうか……その……あの、はい……。
それで、うまくいけば……戦わなくても、その……執政官を、失脚っていうか……させられるかもしれないし……。
で、えっと……もし、その、うまくいかなくて、……えっと……デュランディエ公が全然認めなかったら……そのときは……えっと……理不尽だって、世間に訴えたりして……まわりの領と、えっと、協力というか……あ、そうだ、不可侵条約だ……とか、結んでから……それで、攻め入る……っていうのが……その……最終手段としては、はい……」
うわっ、メタメタだよ。汗がドットでてきた。
アゼリアの方を見たら、にっこりと微笑んでくれた。ついでにサリの方を見たら、サリも親指を立ててにっこり微笑んでくれていた。うわ、二人がいてくれて良かった。
お城からの帰り道、プレゼンに失敗してうなだれてる僕をアゼリアが必死に「素敵だったわ」とかばってくれたけれど、サリは「あとでサリ言葉おしえたげるよ」と変な慰め方をしてきた。
「私のテムリオちゃん、帰りにちょっと寄っていかない?」
アゼリアが嬉しそうに先を歩くので、いつも足の速いアゼリアについて行くのは大変。僕は必死に早足で付いていった。
「だっこ」というサリは無視した。
「ただいま!」
下町にある白い建物の玄関を勝手に開けてアゼリアが中に入っていった。
「うわぁ、アゼリアお姉ちゃんだ!」
部屋の中から小さい子供がたくさん出てきてアゼリアにしがみついてきた。
「あーら、やっぱり来たわね、アゼリア」
子供達と一緒にマーガレットが出てきた。マーガレットも子供達に慕われているみたいで、両手に子供の手が握られていた。
「姉!私のテムリオちゃんを困らせないでね。何でも本気で信じちゃうんだから。ダガーが10万Gだった、なんて本気で信じて悩んじゃったじゃない。私の剣だってアイツは400Gでいいって言ったのに、姉は4000Gも取ったよね。
いくら領都一の武器職人だからと言っても、ダガーならその半分以下が相場でしょう。」
アゼリアが、マーガレットと姉妹喧嘩を始めた!
「あーら、そんなこと言ったかしら。私は200Gって言ったわよね、テムリオ坊や」
「あ、はい、いいました……」
「それでいい。姉、お腹空いた。夕食はまだなら皆と一緒に食べてくよ。」
何だか僕以外に甘えてるアゼリアって新鮮。
サリがいないので見渡したら、子供達の中に埋まってもう一緒に遊んでいた。




