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マジェスティア・アエラ ~希望したチートアイテムはレベル1から上がらない異世界でのんびり過ごせるブレスレットひとつだけ~  作者: 園之野希乃路


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87.治療院の孤児(1)

久しぶりの我が家だ。お店の窓から身を乗り出して通りを眺めているエルが目に入った。こんな遠くにまで聞こえる声で「おっ兄いちゃーん!」と手を振りながら叫んでる。


その声に近所の人達も慌てて家から飛び出してきて、歩いて行く僕に拍手をしたり、「おかえりテムリオ!」「英雄の帰還だ」「下町の英雄!ばんさーい」などと口々に叫んでる。


英雄呼ばわりされるようなことは何もしてこなかった、ただの荷物持ちなので、これはすごい気まずいんですけれど。


もしかしてうちの家族が大げさに自慢したとか?

そもそも僕が『蒼の誓』のクラン員だなんて、ご近所の人は誰も知らなかったはずだよね。


苦笑いしながら頭を掻き、ぺこぺこして家の方に歩いて行ったら、家の中から飛び出してきたエルが、まっしぐらにこっちに走ってくる。


ああ、走ってきちゃ危ないよ。ほら毎度おなじみ、お約束通り転んだ。でも服をパンパンして、また走ってくると、勢いよくジャンプして僕に抱きついてきた。


うん、すなおにこれは嬉しいね。妹に尊敬されるお兄ちゃんなんて、これ以上のご褒美はないよ。


抱きついたまま離れないエルを、よいしょと抱っこして、お店の方に歩いて行った。サリより軽いはずなのに、ひどく重い気がする。バフがかかってないからだと気づくのに、少しだけ時間がかかった。いつも思うけど、女性を重さで比較するのはよくないよね。


どうしたんだろう、いつもの早口のエルの声が耳元から聞こえてこない。ちょっと顔を傾けて覗いてみたら、ぐちゃぐちゃになって泣いてた。心配してくれてたのか。


「ただいま!」


今日は、お店の入り口の方から家の中に入った。

お父さんとお母さんと、お店の手伝いをしているルシアのお母さんと、なぜかマルグリットもいた。外の人達の興奮と違って、みんな静かな笑顔で「おかえり」とだけ言ってくれた。僕にはこういう日常がとてもかけがえのないものに思える。


お父さんが、お店の前で、祝福してくれたご近所さんにお礼を言って、今日は早めにお店を閉じることになった。


「テムリオの無事帰還を祝って乾杯!」


僕に抱っこされたまま離れようとしないエルを抱いたまま、マルグリットの音頭で赤い飲み物で乾杯した。


「では失礼します。テムリオちゃん、今日はゆっくり休んでね」と言ってルシアのお母さんは帰って行った。


マルグリットが来たときはいつも豪華な夕食になるけれど、今日は特別張り切ったらしいお母さんの料理がダイニングテーブルからはみ出しそうな勢いで並んでる。


僕がエルを抱っこしたままいつもの席に座ると、「えへへ」と笑いながらエルが申し訳なさそうに僕に話しかけてきた。


「お兄ちゃん、エルをいっぱい抱っこできて嬉しいの? でもちょっとだけ恥ずかしいかな、これは。」


ああ、エルでも恥ずかしいんだ。

膝の上から下ろしてあげると、エルはテーブルの向こう側に移動して、僕の隣の椅子にはマルグリットが座った。すっかりマルグリットの定位置になってる。


「今日の料理はマルグリットさんにも手伝っていただいたのよ」


お母さんがそう言うと、マルグリットは、はにかんだように「いやお手伝いと言えるほどのことはしていません」と言っていた。


「テムリオ、食事中の話題にはふさわしくないけれど、どうしても聞きたいから、ダンジョンの話をしてくれないか。」


マルグリットが懇願するような目で僕に話しかけてきた。確かにお母さんの絶品料理を堪能しながら話すようなことじゃないので、討伐の話は食後にするという約束にしてもらって、ダンジョンが人工的な地下神殿のようだったという話や、各階には休憩スポットがあって、天井が怪しい緑色に光っていた話などをした。


あぶなく休憩スポットには簡易トイレがあって驚いたという話や、イグナスが防壁魔法を応用してトイレを作った話なんかをしそうになったけれど、寸前に止めることができた。


冒険者でもないメイド服のサリが途中からパーティに合流してきて、最奥階までついてきた話をしたときは、お父さんは予想通り驚きの反応をしてくれたけれど、他の三人は微妙な顔をしていた。


ダンジョン料理を絶賛したからかな。確かに美味しかったけれど、お母さんの料理は別格だよと言いたかった。でも、ヤブヘビになりそうだったので話題を変えた。


「途中にあった(いち)で、ビスコッティを売っててね、日持ちするよう、保存性優先で、『リュミちゃん』を使わないで作ってたから、石みたいに固かった。あぶなく歯が欠けるところだったよ。」


「そうね、お母さんもあれは苦手ね。食べ方があまり上品じゃないから、貴族の間でも人気がないみたいよ。」


隣でマルグリットも首をかしげている。


「名前も知らなかった。パンみたいなものなのか?」


「そうね、『リュミちゃん』を使って柔らかく焼けばお菓子になると思うわ。後で一度作ってみようかしら。」


そうだお菓子と言えば……


「お母さん、『マルグリット・スポンジケーキ』はどんな具合?」


「大変な事になってるわ。テムリオのアドバイスを貴族のお客さんに話したら、結婚式用に大量の注文が入って嬉しい悲鳴を上げてるわ。どこかに大きな冷蔵庫つきのお菓子工房がほしいくらいになってるわ。」


最近では貴族街近くのお店でも、似たようなのを売るようになったみたいで、ラズベリージャムを特産品にしているマルグリットの家も、だいぶ潤うようになったらしく、マルグリットのお父さんとお母さんが直接お礼を言いに来たという話だ。


そのときに『マルグリット・スポンジケーキ』という名前を使うことを正式に許してもらったということだった。


「さっき乾杯した飲み物は、そのときのお土産に頂いたラズベリージュースを砂糖水で薄めたものよ。」


そうだったんだ。あれは確かに甘酸っぱくて美味しかった。


マルグリットは、いちいち親に許可をもらわなくても自由に来られるようになって、いまでは別宅みたいに普通に来ては泊まってるらしく、祝賀パレードで図書館がお休みになる事がわかると昨日も泊まったらしい。今日も泊まるつもりのようだ。


「大量注文にも困ってるけれど、箱が足りないのがいまの一番の悩みね。入れ物なしのお客様は、お断りすることが増えたの。」


そうだ、入れ物のことをクランで相談するつもりで、すっかり忘れてたよ。


「ごめんお母さん、急いでなんとかするよ。」


ひとり増えた賑やかな食卓で楽しい食事が終わると、『マルグリット・スポンジケーキ』を皆で食べながら、いよいよダンジョンでの黒猿討伐の話になった。当然ながらブレスレットを使ってアゼリアを救出した話はカットした。


「それで『蒼洞のアゼリア』さんの『威圧』の力を、目の前で見たテムリオの感想を聞かせてくれ。」


いつもながら、話に夢中になるとマルグリットは僕に大接近してくる。うわっ、いつもよりもっと近いよ、とのけぞっていると、それをニヤニヤしながら楽しそうに眺めているエルと目が合った。隣のお母さんと同じ顔だ。


「今回わかったのは、『威圧』というのは、魔法のように目に見える力のことじゃなくて、理論的な考え方で魔物を分析しながら、周到な準備をしたり、緻密な連携プレーを何度も繰り返し練習したりといったものの総合的な力なんだと思う。見ていても、これが『威圧』とわかるような、特別な力はなにも使わなかったもの。むしろ魔力なんか封印してたほどだった。」


マルグリットは自分が考えていた『威圧』の正体に近かったのか、何度も頷きながら納得していた。


「『威圧』を使えば使うほど、魔力はかえって邪魔になっていくというのが、私の仮説だったけれど、それに近い考え方を『蒼洞のアゼリア』さんは持っているということなのか?」


「うん、その考えでいいと思うよ。黒猿は人間より魔力が大きいから、人間の魔力は通用しない。それなのに魔力に頼って討伐しようとするから討伐隊が全滅するんだって言ってた。魔力が頼れないからこそ、必死に魔物の弱点を探して、どうやって魔法攻撃を避けながら戦うかを事前に十分検討することが重要なんだって。」


「『威圧』を極めるって、険しそうだな。」


マルグリットが、すこしだけ落ち込んだ顔をした。そうやって冷静に戻ると、自分でも僕に大接近していることに気づくらしく、慌てて椅子に座り直した。


その様子を観察していたエルとお母さんのふたりが、たまらなくなったらしく「ぶふぁー」と吹き出していた。マルグリットは、何がおかしいの、と言いたげな顔をした。


「マルグリットさん、今日はテムリオも疲れてるだろうから、その辺で許してあげたらどうかしら。」

お母さんが、笑いながら話すと、エルが調子に乗って続けた。

「そうだよ。続きは三人で一緒にベッドに入って話そうね。」

「一緒には入りません!」

マルグリットが慌てていた。エルにまでおもちゃにされてる。


「お兄ちゃんこっち、早く来て!」

マルグリットと一緒に二階に上がろうとしていたエルが、僕を呼んだ。

「もうそれ以上マルグリットをからかうのはやめなさいエル、マルグリットが困ってるだろう。」

僕が首を横に振りながらエルをたしなめたら、なんとマルグリットは今度は拒否しなかった。

「テムリオ、早く上がってこい。」

えっ、どうして?

お父さんもお母さんも頷いてる。


何事? と思いながら、マルグリットとエルの後ろをついて階段を登っていくと、子供部屋の反対側にある物置部屋をエルが開けた。


「ほら、お兄ちゃん部屋だよ。もう子供じゃないから子供部屋はやめて、お兄ちゃん部屋を作ろうって、お兄ちゃんがいないときに四人で綺麗にしたんだよ。」


みると、中にあったはずの荷物が綺麗に片付けられていて、いずれも新品じゃなかったけれど、頑丈そうなベッドと素木の机と、二脚の椅子と、こちらも少し古い感じだけれど、しっかりした建て付けに見えるワードローブが置いてあった。


「うわっ、すごいこれが俺の部屋?」


「そうだよ。お兄ちゃん部屋。子供部屋はマルグリットさんが来たときの、エルシェと一緒のお泊まり部屋だから、これからは入っちゃ駄目だよ。マルグリットさんにサーベルで切られちゃうよ。」


本当にそうなる気がしてぶるっとした。マルグリットは、もう完全に家族の一員扱いになってる。この部屋作るのにマルグリットも手伝ったということだよね。


「うん、ありがとう。すごく嬉しいよ。マルグリットもありがとう。」


「いや、私が気兼ねなく泊まれるようにしただけだ。そのたびにテムリオを厨房に寝かせるのでは気楽に来られなくなるからな。」


でも良かった。やっぱり一人部屋は必要だよ。エルと一緒のベッドじゃ、エルがちょっと寝返りしたって、触れないよう注意しなきゃならなかったから、結構大変だったけど、ここなら堂々と大の字に寝られる。


その夜は本当にゆっくり寝られた。貴族の館の天蓋付きのベッドより、ここのほうが断然快適だ。一度だけエルとマルグリットがふたりしてお揃いのを作ったと、パジャマを見せにやってきたけど、あとはとても静かだった。


翌朝は、図書館に出勤するのにお屋敷からメイド付きの馬車が迎えに来るという、お嬢様モードのマルグリットを見送ったら、入れ替わりにお店に来たルシアのお母さんが、「はいエルちゃん。きのう欲しいって言ってたでしょう。おばさん作ってきてあげたわよ。三人お揃いよ。」と言って見覚えのある、あのシュシュをエルに渡していた。


僕がアゼリアに買ってあげたシュシュの半分くらいの大きさで、薄紫色した生地で作られていた。何でも凱旋パレードでアゼリアがつけていたシュシュと同じ物が欲しいと、女の子の間で昨日大騒ぎになったらしく、エルは飛び上がって喜んで、お礼を言うと、さっそくお母さんにつけてもらって外に飛び出していった。


うーん、女の子だねー。あのアゼリアのシュシュはお兄ちゃんがプレゼントしたものだよ、なんて言ったらどういう反応になるんだろう。エルヴィローネとサリの反応から考えて、これは絶対に言っちゃいけないヤツだ。たぶん三日は口をきいてもらえないだろう。


しばらくして僕は中央市場に向かった。


「マーガレット、久しぶり」


ここにもラベンダー色のシュシュをつけた「マーガレットお姉さん」がいた。


「久しぶりじゃないわよ、テムリオ坊や。」


なぜか頭を抱えてぐりぐりされてしまった。痛い痛い。この人、女の人が優しくぐりぐりしているつもりでやってるんじゃないだろうか。


「どうこのシュシュ。アゼリアとお揃いに見えるかしら。朝から女の子達がこのシュシュが欲しいって一杯来てるのよ。」


店先には色とりどりのシュシュが山積みされていた。

目ざといね。もう商売に使ってるよ。一晩であれだけのシュシュを作ったんだ。確かにエルくらいの女の子からアゼリアくらいの女子までたくさんの人がシュシュを求めてきているみたいで、かなりお店が混んでる。


「おかえり。大変だったわね。でもテムリオ坊やがいれば多分大丈夫だと思ってたわ。」


僕のこと、どれだけ買いかぶっていれば、そう言えるんだろう。


「うん、俺がいたからじゃないけど、とにかく無事に帰ってきたよ。昨日は来られなくてごめんね。まさか、いきなり凱旋パレードでお城に直行するとは思っていなかったから。」


「そうね。10日くらいって言ってたから一応早めに頼まれてたダガーは用意しておいたけれど、渡せなかったわね。その腰のキラキラのダガーでお城に行っちゃったのね。何も言われなかった?」


そう、僕は討伐に向かう前に、お城の謁見の時にふさわしいダガーを作ってもらえるようマーガレットに頼んでいたんだ。それなのに帰還と同時に領主報告だったから取りに来られなかった。


「うん、なんともなかったよ。それよりパーティメンバーにメイド服着た子が入ってたから、驚いたみんなの視線がそっちに集中して、俺のダガーには誰も関心持たなかったみたい。領主にも会ってきたけど、領主にも側近の人にも何も言われなかったよ。」


「それは助かったわね。そのメイドに感謝ってところかしら。」


そういうと奥から革のベルトに編み込まれた黒い鞘に刺さったダガーを出してきた。比較すると、いかに僕が腰につけているダガーが女性用のアクセサリー品である事かが実感できる。


「鍛冶屋で働く知り合いの鍛冶師に作らせたのよ。昔は武器職人として領都に並ぶ者がいない高いスキルを持っていたのだけど、自分で作った武器で平民の子供が貴族に無礼打ちされたことを知って武器職人をやめたの。でもマーガレットの頼みで特別に作ってくれたものよ。マーガレットなら、弱い人を守る勇者にしか使わせないから安心して作れるっていってたわ。」


へー、そういうトラウマを抱えているのに作ってくれたんだ。ありがたいな。大切に使わなきゃ。でも僕は護身用以外にはたぶん使えないと思うから、鍛冶師の人は心配しなくて大丈夫だと思うよ。


「アゼリアがクランを立ち上げたいと、二人の冒険者を連れて相談に来たときも、武器や防具を作ってあげていたわよ。そのときの代金はマーガレットが出世払いという約束で立て替えてあげていたら、本当に出世して10倍にして返してきてびっくりしちゃったわ。あの子すごいわよね。だからはい、テムリオ坊やは、もう出世しちゃったんかだから最初から10倍にして払うのよ。」


「えーっ」


ツッコミどころ満載で、どこに驚いているのかさえわからなくなるほど混乱してしまった。


でもまあ、とにかく僕はダガーを通常価格の10倍で売りつけられたことだけは最初に理解した。


「それでいくら?」


「1万Gよ。でもテムリオ坊やは、もう出世したあとだから10倍の10万G」


あのー、たぶん僕の計算じゃ、10万Gあると、家が一軒買えるんですけれど。

分割でもいいって言ってたから、住宅ローンみたいに、年寄りになるまで返済し続けなければならないみたいだ。まあ値段も聞かずにお願いしちゃった僕のせいなんだけどね。


そんなピンとこない桁のお金の話は後回しにして、どうしてアゼリアが話の中に出てくるのか聞かなきゃ。


「なんでアゼリアが相談に来たの? マーガレットとアゼリアは知り合い?」

「あら、言ってなかったかしら。アゼリアはマーガレットの妹よ。私たち姉妹なの。」

「えーっ!」


10万Gより驚いちゃったよ。


「本物の姉妹?」


……いや本物なんて言い方は絶対に失礼だから謝っておかなきゃ。と思ったけど必要なかったみたい。


「いいえ違うわ。血はつながっていない。でも姉妹よ。

私たちの育った家は領都治療院という名前の治療院で、そこは、ある貴族様が作った私設孤児院でもあったの。マーガレットもアゼリアも、このダガーを作った鍛冶師も、みんなそこで大きくなったのよ。」


驚きすぎて言葉を失ってしまった……。


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