85.帰還してお城に行こう(2)
市の中の他のお店で、少しだけ野菜を買って一旦宿に戻った。市に行くならあの野菜とこの野菜を買ってきて、なんてサリにお使いを頼まれていたからね。結構サリは人使いが荒い。
今日の食事は宿の台所を借りて、サリが全部作ると張り切ってる。
一階が食堂になっている宿だったから、宿の主人に、迷惑じゃないかとアゼリアが聞いてみたら、新しい料理を覚えたいから、ぜひ使って欲しいと逆にお願いされていた。
ダンジョンの中で、皆から料理の腕を認められたことがよっぽど嬉しかったんだと思う。あんなチャラチャラした女の子なのに、料理を作っているときの真剣な顔は本物の料理人の顔になる。
そのあともアゼリアとふたりで村の中を散策した。
通りは、普通の商店や娯楽施設などはなく、宿や食堂も今泊まっている宿くらいしかなさそう。
その代わり交易関係の建物は多く、店先に大きな荷物を積んでいる問屋のような建物はたくさん並んでいて、大きな荷物を担いだ人夫達が行き交う通りを、ぶつからないよう避けながら歩いた。
「ねえ、アゼリア、どうして魔物はいつも西の領界付近から現れるの? 蒼龍も西の領界付近のダンジョンから現れたんだよね。」
「ああそのことね。たぶん西隣のデュランディエ公領の執政官の差し金で、領界のダンジョンに住む魔物を地上におびき出そうとしているんだと思うわ。今回の黒猿討伐では、その証拠を集めるのも『蒼の誓』クランパーティの仕事のひとつだったのよ。」
物騒な話だね。
「デュランディエ公領の執政官って、あの領主暗殺の間者を送ってきた人でしょう? どうしてそんなに領主を目の敵にしてるの?」
「それはね、王様の問題なのよ。はい、三色団子。」
串に刺さった三色団子を渡してきた。どこで団子なんて手に入れたの。この村に売ってるような雰囲気はないんだけど。それに「団子」だよね。団子の原料は確かお米だよ。お米があるなら絶対に炊きたてご飯を食べてみたい。
急いで口に入れてみたら、すぐに気がついた。これって小麦粉が原料だ。まあ、味は団子だけどね。
「いまの領主様の名前って、なんていう名前だっけ?」
「フィリップ・ド・カリオネル侯爵よ。人前で呼ぶときは様をつけなきゃだめだけど。」
人がいないところじゃ呼び捨てなんだ。
アゼリアのことだから領主も直接呼び捨ててる気がする。
「そのカリオネル侯爵と王様の仲が悪いとか?」
「逆よ。仲が悪いのは、デュランディエ公爵。」
アゼリアが、歩きながら、ぽつりぽつりと話してくれた。
それによると、いまの領主の伯母に当たる人が国王のお母さんなんだって。つまりうちの領主は国王の親戚ってこと。
本当はお隣のデュランディエ公爵の家から嫁いだ正妻の子が国王になる予定だったそうだけれど、病死してしまい、ずっと身分の低い、ここの領主の家から出た側室の子が国王になったんだって。
そりゃあ、デュランディエ公爵にとって、今の国王一派のここの領主を目の敵にするはずだ。
「物騒な話だね。国が二つに分かれて戦争するの?」
「それは私にはわからないわ。遠い話すぎて。私は、そういうのに巻きこまれて庶民が苦しむ姿を見たくないって事だけ。」
うん、そうだね。僕もそう思うよ。
「きゃー、私のテムリオちゃん、これ買って!」
突然アゼリアが一軒の物流業者の建物の前で僕の腕に手を回して叫んだ。恥ずかしいな、お店の前で忙しそうに荷物を運んでいた人達が一斉にアゼリアのほうを向いてるよ。
確かに建物の脇に小物アクセサリーの小さな売り場があって、僕と同じくらいの歳の女の子が店番をしていた。この物流業者が扱っている小物商品の直売所なのかもしれない。
アゼリアが指差しているアクセサリーを見たら、色とりどりの布きれの丸い塊みたいなのが、たくさん置いてあった。
「これなぁに?」
ひとつつまみ上げてみると、女の子が「シュシュよ」と教えてくれた。そう言われても、「シュシュ」って正直なんのことかさっぱりわからない。
生地はどれも上等そうに見えるけれど、くしゃっとした輪っかの形をしていて、どう使うのか見当もつかない。触ってみると、布の中に何かゴムのようなものが仕込まれていて、ぐいっと伸び縮みする。へんてこなアクセサリーだな、と思った。
確かに値段表をみたら10Gとあって、僕の持ってるお金でも十分買えるけど、でもアゼリア、あなたは絶対に大金持ちだよね。ぶら下げてるサコッシュの中にあるお財布には、このお店に並んでる商品全部買えるくらいのお金は楽に入ってるでしょ。
でも、まあ一応男の僕には、女性に甘えられて、買ってあげない選択肢はないから、いいんだけど。
「どの色にする?」
聞いてみたら、僕が選んでという。使い道もわからないのに、似合うかどうかなんてわからないよ。でも最初に出合ったときの第一印象にあった、人魚の濡れた髪のような緑がかった青色の髪の毛と、深みのあるブルーの瞳にあうのは、ラベンダー色の基調にパールホワイトの小さな水玉が輝いてる、このシュシュかな……。
「わあ、それお姉さんにとっても似合いそうよ。」
僕が手に取って眺めていると、お店の女の子が手を合わせて同意してくれたので、これを買ってアゼリアにプレゼントすることにした。
小さな紙袋に入れてくれたのでお金を払って受け取ると、「はいどうぞ」とアゼリアに渡した。
「ありがとう、私のテムリオちゃん。さっそくつけてみるわね。」
アゼリアは紙袋からシュシュを取り出すと、小さく「ふふっ」と笑って、くるりと背を向け、両手をゆっくり頭の後ろに伸ばした。
長い髪が、さらさらと肩からこぼれる。
それを片手でふわりとすくい上げると、もう片方の手でシュシュの輪を広げ、髪に通していく。そうして、もう一度くるりと巻き直してしっかりと固定した。束ねられた髪が、背の中ほどで軽く揺れている。
アゼリアが肩越しに、ほんの少しだけこちらを振り返り、「どう?」と目で聞いてくる。ラベンダー色のシュシュの上で髪がふわりと踊った。
これって世界中の男子が憧れる「ポニーテール」じゃないの?
「ふぁー……」
と、間の抜けた声を出して感激していると、お店の女の子が手鏡を出してきてアゼリアに渡してくれた。
「うんうん、素敵。気に入ったわ。ありがと私のテムリオちゃん!」
アゼリアがハグしてきそうになったので、あわてて、両手を前に出してここじゃだめと遮った。だってお店の前で仕事していた人が全員手を止めてアゼリアを見てるんだよ。恥ずかしすぎるよ、ここじゃ。
「お兄さん、これミドルポニーテールって言うんだよ。覚えといてね。惚れてるんでしょうお姉さんに。美人だよね。」
お店の女の子に冷やかされたけれど、素直にうんうんと頷いた。
「エルヴィローネとサリが絶対にヘソを曲げるから、ふたりにも買っていってあげようか」
と言ってみたら、アゼリアとお店の女の子が同時に、だめよ、と言った。アゼリアはわかるけど……いや、あまりよくわからないけど、お店の女の子は商売なんだから売れた方がいいんじゃない?
「こういう日常使いのものは、普通、男の人から女の人にプレゼントするようなものじゃないの。特別に買ってあげてもいいのは恋人だけだよ。それなのに何人にも買っていったら大変なことになるよ。」
お店の女の子に、よくわからない説教をされた。異世界特有の習慣なのか、元の世界でも常識だったのか、こういうことに縁遠かった僕にはどうしてもわからない。アゼリアも、うんうんとうなづいてたから、そんなものなんだろう。
でも、やっぱり宿に戻ってからアゼリアが「私のテムリオちゃんに買ってもらっちゃった」なんて自慢そうに見せびらかすものだから、その後でエルヴィローネとサリに、「私のは」と、交互に抗議された。
ついでにアルフェリードにも抗議された。
確かにアルフェリードは髪の毛長いけど、絶対に似合わないよ。お風呂の髪を縛るなにかと勘違いしてるんだろうか。異世界でお風呂はまだ見たことないけど。
サリの作った豪華な夕食を食べ終わって、女性陣は女子会だとか言ってアゼリアの部屋に移動していった。
残った皆は、それぞれお酒を飲んだり、カードゲームのようなものをやってくつろいでいた。そこで僕は前から気になっていたことを聞いてみた。
「前にお父さんに聞いた事があるけれど、領界の森の近くの谷間に数十人をひと飲みにする魔物がいるって話は本当なの?」
「なんだテムリオは『深淵の魔獣』を知ってるのか。確かにいるが、谷の奥深くからは出てこないので危険は無いから放置してるって話だ。あそこの近くには貴族の保養所があって、その土地を領主から拝領している貴族が、評判に関わるから、そっとしておいて欲しいと、討伐隊の派遣を断っているらしい。」
イグナスが答えてくれた。
「だが、蒼龍以降、領界のダンジョンで魔物が地上に出てくる騒ぎが続いてるから、あの谷間の魔物もいつ出てくるかわからないぞ。あいつは幻覚魔法も使うそうだから手強そうだ。」
セルディオも知っているんだ。
「出てきたら、また皆で討伐に行くの?」
「うーん、蒼龍の数倍は強いと思うから、『蒼の誓』でも厳しいかもしれないな。本気で倒すなら、弱点調査に何度も出かける必要があるだろうな。」
何となくヴァルッカらしくない弱気な話だね。もっともヴァルッカが豪快というのは、見た目のイメージに過ぎないから、本当のヴァルッカって、どういう人なのは知らないけれど。
ごめん皆。せっかくくつろいでいるときに暗い話をしちゃってと、心の中で謝っておいた。
翌朝は全員がすっかりダンジョンの疲れも取れて、サリの特性スープ付きのパンで朝食を取ってから、元気に宿を出発した。
「サリ、今日の夜は、サリが働いてたお屋敷だ。勝手に抜け出したことを、ちゃんと村長に詫びれば、サリはうちで引き取る話をするからな。」
「ふぁ~い。りょかいでふ~」
時々、アゼリアとサリの、かみ合っていないやりとりが聞こえるほかは、みんな話すことも無くなったのか、ぼーっと外の景色を眺めていることが多くなった。
相変わらず、昼食の支度の時だけはサリが目を覚ます。そしてエルヴィローネとイグナスのふたりが、いいように調理道具がわりにこき使われるのも見慣れた光景になった。
「あれ? これってハムサンド?」
僕は驚いてサリに聞いた。薄切りハムが何層も重なった、あのお母さん特性ハムサンドとそっくりだ。
「そだよ~。だってさ~、みんながテムリオママのハムサンド神って言ってたっしょ。だからサリハムサンド作ってみた。てへっ」
「サリハムサンドか。かなり旨いぞこれ。薄切りハムはどうやって作ったんだ?」
聞いても、サリは相変わらず「てへ?」と、可愛い仕草でごまかすばかりで教えてくれなかった。作るのが大変なら、説明するのはもっと面倒なんだろうね。
久しぶりの我が家の味に大満足した僕は、今日は首につかまって抱っこしてもいいよと言ったら、サリに「そんなハズいことできるか~」と言われてしまった。えーっ、ダンジョンにいたときと全然違う。
午後は大満足の昼食の後で、眠くなってしまって、ずっと昼寝をしていた。時々アゼリアがやってきて贅沢な膝枕をしてくれたけれど、やっぱり5分で寝てしまう。どうしてこう残念な体なんだろう。全然アゼリアの膝枕を楽しめない。
夕方に少し早い時間に、駅の近くにある貴族用の屋敷に到着した。今回は連絡が来ていなかったようで村長はいなかったけれど、屋敷の使用人が勢揃いで迎えてくれた。
サリは、「おっひさ~」と馬車から飛び降りて、皆に軽く挨拶すると、仰天して大騒ぎしている使用人に混じって奥の方にさっさと行ってしまった。
応接室でくつろいでいると、まもなく村長が慌てた様子で現れて、アゼリアに何度もペコペコと頭を下げて挨拶していた。
そのあとで、料理が運ばれてきて、晩餐会もどきの夕食が始まった。なぜかここの夕食って味気ないんだよね、と思いながら口にしてみたら、前回より格段に美味しくなってる。
「あれっ? これってもしかして……」
並んでいるメイドの方をみたら、そのなかに、ニッと笑いながら僕にピースするサリが混じっていた。
「旨いな。俺が料理長に頼んでおいたんだ。サリの料理が食べたいから、サリに厨房を使わせてやってくれって。」
トラヴィス、ナイスだよ。サリの作った料理の方が断然旨い。どうして前の時はサリが料理しなかったんだろう。
晩餐の席でアゼリアが村長にサリを引き取りたいという話をしていた。サリは問題児だったらしく、厄介払いできることを内心喜んでいるかのように、どうぞどうぞお好きにということで、あっけなくサリはクランに引き取られることが決まった。
その直後に、そのことを聞いた料理長が、慌てて、今日の料理はサリが作った話を村長にしていたけれど、仰天してももう遅いよ。これだけの腕を持った料理人をタダでクランにあげちゃったことを、いまさら後悔してもね。
翌日の朝食はサリ特性スープ付きの、ハムエッグトーストだった。ハムは昨日と同じように薄切りハムが何層にも重なっていて、間にチーズも挟まっていた。こんななんでもない朝食でも、サリにかかると絶品の味になった。たぶんここの調理人達は、香辛料があっても、使い方を知らなかったんじゃないだろうか。
さあ、今日は領都に戻れる。昨日の夜、御者が駅馬車の伝令に早馬を頼んで、今日僕達一行が領都に帰着することを伝えに行ってくれたから、きっと『蒼の誓』クランの留守部隊の人達が外門まで迎えに来てくれるんだろうな。
いつものように駅につくたびに馬の交代があって、最後の駅では、いつもの馬と違う白馬が二頭ずつ、馬車と荷馬車につながれた。聞いてみたらお城の馬らしく、馬車と駅馬車はこのままお城に返すから、馬もお城の馬が使われるんだそうだ。
やっと遠くにお城の城壁が見えてきた。僕はそれほど長く領都にいたわけじゃないけれど、いまではすっかりふるさとになっている。僕が知っている人たちが、あの城壁の内側にはたくさんいるからだ。
おやっ? 出発したときは西外門から外に出たけれど、帰りはわざわざ遠回りして南外門に向かってる。どうしたんだろう、お城でなにかトラブルでも起きて通行止めになっているのだろうか。
不安を感じながら南外門が近づくのを待っていたら、僕がプレゼントしたシュシュをつけたアゼリアが、馬車の前方の扉を開いて御者の横に立った。
どうしたんだろうと思っていると、なにやら南外門の外で歓声が聞こえてきた。
「黒猿を討伐した『蒼洞のアゼリア』が帰ってきたので、領都中の領民がその姿を一目見ようと集まってるのさ。」
あっけにとられている僕にトラヴィスが説明してくれた。
「えっ、じゃこの馬車は凱旋パレードの馬車ってこと?」
「そうさ、今日からテムリオも伝説の英雄だ。」
えーっ、それは困るよ。僕何もやってないもの、ここにいたのは絶対に場違いだってあとで笑われちゃう。「ねえサリもそう思うよね」って言おうとしたらサリがいない。よく見ると、アゼリアの肩に乗って、一緒にみんなに手を振ってる。そんな馬鹿なーっ。




