84.帰還してお城に行こう(1)
アゼリアの剣を置いてきてしまったので、皆で一緒に泥をかき分けながら黒猿がいた場所まで戻って探した。僕がちょっとだけ使ったのは内緒だけど、刃がこぼれてなければいいな。
「おいポーターのテムリオ。結構重いぞ持てるか。」
ヴァルッカが、何やら黒い塊を持ち上げて僕に渡そうとした。
「えっと、いま手が空いてないから、ボス部屋の外まで持って行ってもらえる? それより、その塊は何?」
「黒猿の魔石だ。普通は狩った者のものだが、これは依頼者の領主への献上品だ。討伐した証にもなる。」
そうか。黒猿にもなると魔石は抱えるほど大きいんだね。ここに来る途中のゴブリンなどの小さな魔石は「捨てておけ」といわれた意味がようやくわかった。
「おいサリ、もうそろそろテムリオから降りたらどうだ? それじゃテムリオのザックを開けられんぞ。」
「やだー、足ドロドロでマジ無理~」
なんだか僕もすっかりサリがくっついてるのに慣れてしまって、全然違和感がない。もっともエルヴィローネに時々バフかけてもらわないと、とてもじゃないけど重くて歩けなくなるけどね。
他のメンバーも、泥の中を何やら探していた。
「エル姉、何探してるの?」
僕の首にぶら下がりながらサリがエルヴィローネに聞いていた。
「あまり見るな。気持ちいい物じゃない。」
僕は見ちゃったけどね。最下層で黒猿にやられて亡くなった人の骨や崩れた服なんかが、一杯落ちている。でも弔ってあげるわけじゃなく、何かを探している様子だった。
「おしっこ~」
サリが変な声で訴えてきた。ああ、五階にはトイレ無いから我慢してたんだ。マジちびる、なんて僕に巻き付きながら騒ぐんじゃない。本気で心配しちゃったよ。
「イグナス、簡易トイレを端の方に作ってくれ。だが灼炎は使うなよ。」
アゼリアの指示で、イグナスが泥水のない場所で、防壁魔法を使ってその辺の泥を使った防壁を作ると、火魔法を使って素焼きみたいにした。作り慣れているらしく、汚物槽のある本格的な構造のトイレがあっという間にできあがった。僕がお母さんから大量に持たされたスライムの皮を置けば、簡易トイレとは思えないしっかりしたトイレが完成だ。
男達は、全員が簡易トイレからずいぶんと離れた、ボス部屋の奥のほうに行って、連れションで用を済ませた。これがこのクランパーティのルールみたいな感じだった。久しぶりにサリがいなくなって、バランスが狂った僕は、何度も背中の荷物の重さで後ろにひっくり返りそうになった。
サリがいないうちに、ヴァルッカが魔石を僕のザックに入れたけれど、他にもエルヴィローネが魔法で洗浄したぼろきれのようなものも一緒に入れていた。
「よし帰るぞ。帰りは魔法解禁だ、魔物はイグナスが全部火力で蹴散らして走れ。三階休憩所で一泊して一気に出口に向かう。」
「おう、やっと俺の出番だ。先頭を走らせてもらうぜ。」
イグナスが元気よく叫んだ。
「どうしてここまで魔法封印したの? イグナスなら火魔法を使いながらだってヒールできたんじゃない?」
魔法のことならエルヴィローネだと思って聞いてみたら、黒猿はイグナスより魔力が大きい可能性が高く、その場合は自分より魔力のある魔物に使っても効果がないのだそうだ。蒼龍退治の時、騎士団や冒険者パーティが全滅したのは、魔法攻撃に頼ろうとしたのが主因だと聞かされた。討伐は接近戦の仲間に任せて、魔力のある者は、魔力をできるだけ温存しておいて、大量のヒールやバフで支援に徹するのが正解なんだって。
「よし走るぞ!」
アゼリアの合図で全力疾走の帰還が始まった。
先頭はイグナス。その後ろをトラヴィス、アゼリア、セルディオ。その後ろをヴァルッカとアルフェリードに挟まれた僕と、僕にだっこされたサリ。その後ろをエルヴィローネ。
帰りはエルヴィローネも攻撃魔法を使って後方から迫ってくる魔物を退治しながら走った。
四階の魔物は図体ばかり大きくて動きが遅いので、戦うことなく全員が魔物の脇を通り抜け、あっという間に三階まで到着した。
一息入れてから三階の休憩所まで走る。三階では先頭のイグナスが、封印されて鬱憤が溜まっていたかのように、激しく火魔法を打ちながら魔物を全部蹴散らして走ったので、後ろのメンバーの出番は全くなかった。
エルヴィローネが言うには、空気が薄くならないようにアゼリアに注意されてるから、これでも相当加減していて、普段の半分以下しか出していないって話だ。本気のイグナスってどれだけすごいんだろう。
三階休憩所では、サリの絶妙な夕食を堪能してからゆっくり寝た。やっぱり高揚していたらしく、一気に疲れが出て、アゼリアの横で腕枕されてすぐに眠ってしまった。サリはエルヴィローネに抱っこされて寝たようだ。
外の灯りがないから時間の感覚がわからなかったけれど、たぶんそれほど長い時間は寝ていなかった気がする。まだ少し眠いからね。
次の朝はビスコッティにチキンスープのようなものが出てきた。サリは魔法が使えるイグナスとエルヴィローネのふたりを平気で助手に使って、手際よく料理を作っている。エルヴィローネは得意じゃないと愚痴をいいながらも、言われるままに鍋に魔法で水を出していた。
「今日は二階で休憩一回で、あとはひたすら走る」
行きの時は一階から四階まで一気に行くのにとても時間がかかったから、昼食、夕食、夜食とそれぞれの階で摂ったけれど、帰りはイグナスの火魔法で蹴散らしながらなので、ここからは昼食一回だけで一気に帰れそう。
アゼリアの号令で、また昨日と同じ布陣で走り出した。やっぱり今日も先頭のイグナスがひとりで魔物を殲滅していて、後ろのメンバーは、ときどき脇道から出てくるような魔物を軽く退治する程度だった。ダンジョンを下りていったときに、かなり狩っていたとはいっても、どこから沸いてくるのか、帰りもやっぱりそれなりの数の魔物はいた。
二階休憩所まで驚くほどの早さで到着して、ここで昼食にすると、ここでは残り肉を使った結構贅沢な料理が出てきた。サリが言うには、夕食は荷馬車の食材が使えるから、残った肉は全部使ったそうだ。
サリの贅沢昼食を食べて元気が出たのか、そこから先はこれまで一番早いと思われる早さで走った。僕はついていくのがきつくなってきたけど必死についていった。その様子を見てエルヴィローネが少しきつめのバフをかけてくれたみたいで、急に足が軽くなって、そのあとは皆と同じ速度で走れるようになった。エルヴィローネの魔法って本当にすごい。
「アームレットがあるじゃろうに」
エルヴィローネのつぶやくような声が聞こえた気がした。
二階から一階へと、休まず走った結果、かなりの早さでダンジョン入り口に帰還できた。まだ明るいんじゃないかなと思っていたけれど、予想に反して外は真っ暗だった。どこかで予想以上に時間がかかっていたんだろうけど、ずっとダンジョンの中で時計もなかったから、どこで感覚がずれたのかまったくわからない。
今日帰ると言ってあったので、暗がりの中で御者は皆の帰りを待っていてくれたようで、馬車と荷馬車のふたつの灯りが見えた。
「お帰りなさいませ。首尾はいかがでしたか。」
騎士団の騎士だって言ってたからたぶん貴族なんだろうね。礼儀正しい御者がアゼリアにねぎらいの言葉を掛けた。
「ああ首尾は上々だ。ここで食事を取ったら馬車の中で寝るから夜通し走ってほしい。」
アゼリアに言われると、御者は軽くうなずき、食事を取れるよう広場の手配をした。するとその場所で、完璧なメイドに変身したサリが、食事を手際よく作り始めた。
あのギャップは、なかなか悪くない……とぼーっと眺めていたら、横にいたエルヴィローネに、わざとらしい咳払いをされたので慌てて真顔に戻った。
皿の両脇にカトラリーも綺麗に並べられた本格的な貴族の晩餐が、メイドに戻ったサリによって完璧に用意された。
ポタージュによく似たスープから始まり、ほどよい堅さの肉料理が出て……もっとも、イグナスの火魔法攻撃に感動したサリが、あれと同じのを希望したものだから、火力が強すぎて少し焦げてしまったけど。
最後に何やら甘いデザートまで出てきた。これって、イチジクみたいに柔らかいけどなんだろう。僕たちがダンジョンに潜っているあいだに御者が近くの村から調達して来たみたい。疲れた体には甘い物がいいってのは、異世界でも常識なのか。
食事の片付けをみんなで楽しくやったあとで馬車に乗り込むと、久しぶりの柔らかいソファと軽い揺れに、急激に睡魔が襲ってきた。でも、なぜか狭いソファの横に来たサリが先にスースーと寝息を立てたので、ちょっときつくなった。
朝、僕の首に巻き付いていたサリの両手をそっとどかして起き上がると、空いている席に移動して明るくなりかかっている朝もやの景色を眺めた。やっぱりダンジョンを出ると、外の景色は格別素敵なものに見える。
「私のテムリオちゃん、起きたのね。」
アゼリアの、眠そうなぼーっとした顔を見るのは新鮮だ。もしかして女子だから朝は低血圧とか?
「うん、おはようアゼリア。予定通り討伐は二日で終わったね。」
「テムリオちゃんのおかげでね。でも領主には皆で倒したって報告するわよ。そのほうがいいでしょうテムリオちゃんも。」
「もちろんそうして欲しいよ。実際に、あれは俺が倒したなんて言えたような出来事じゃないもの。」
「帰還したら、お城の報告には私のテムリオちゃんも行くのよ。パーティメンバーは全員領主に謁見するの。」
「じゃあ、サリも一緒に行くんだね。俺もサリも戦闘員じゃないけど、一緒に潜った仲間だからね。」
アゼリアが「うぐっ!」と変な声を出した。……どうやらサリのことは考えてなかったみたいだ。領主にあの軽い言葉で話しかけるサリを想像したのかもしれない。
しばらくして馬車はビスコッティを買った市のある駅に到着した。
夜通し走ったおかげで野宿一回分がなくなったってわけだ。
夜中に途中の駅で馬を何度か交換しながらここまで来たんだろうね。
「このまま行くと今日の夕方には、最初に泊まったあの貴族の館みたいな所に着くってことじゃないの?
とすると、行きは野宿も含めて三泊したのに、帰りは一泊だけで領都に到着するって事なのかな。」
そんなことを話したらアゼリアに否定された。
「いや、御者が寝ずに走ってるから、休憩とらないといけないので、今日はここで一日のんびり過ごすのよ。せっかくだから今日はこの村でデートして過ごしましょうね。」
ああ、それはそうか。別に大急ぎで領都に帰るってわけで夜通し走ったわけじゃなくて、ここまでは野宿になるから馬車移動していただけだものね。
前回泊まった宿と同じ宿に荷物を下ろすと、僕はアゼリアと一緒に空になった壺を返しにお店のある市まで歩いて行った。
「おや、早いお帰りだね。討伐はどうだった?」
お店のおばさんに聞かれたけれど、アゼリアは詳しい話はしないで「上々だった」とだけ答えた。
「そりゃあ良かった。ここでビスコッティを壺ごと買ったら、生きて帰らないと壺が返せなくなるってことで、生きて帰ることの縁起担ぎになってたからね。ちゃんと帰ってきて壺を返してくれてありがとうね。」
ああ、そういう縁起物って意味もあったんだね。だからあのとき、ビスコッティの入ってた壺を返しに来れば壺代を返すって言ったのは「生きて帰ってくるんだよ」って意味だったんだ。アゼリアって、合理主義者かと思ってたけど、結構そういう古風な縁起担ぎをするところもあるんだ。
もっともサリの豪華食事が続いていたから、ビスコッティはあまり食べなかったので、馬車の中の麻袋にほとんど残ってるけどね。




