81.ダンジョンに行こう――黒猿と『威圧』の決戦(5)
「じゃあ、サリも料理担当の戦力ってことで、行けるところまで連れて行くわね。サリは私のテムリオちゃんに、しっかりと抱っこしてもらっていてね。私のテムリオちゃんがいれば、何の心配もいらないわよ。」
アゼリア、そんな冗談サリには全く通じないよ。ほらお腹を抱えて笑い出したよ。
「アゼリア姉、それムリじゃんマジで。だってさ、テムリオったらさっき頭の上に黒い蜘蛛落ちてきたら、荷物ポイして、ちびって逃げてったし。 蜘蛛とかすぐ消えて、全然平気だったのにさ〜。」
しっかり見られていた。だけど名誉のために言っとくけど「ちびってないし」。……言えなかったけどね。もしかしたら本当にちびったのかも、と心配になって、そっと覗いてみたくらいだから。
でも料理担当でも戦力になるんだね。まあたぶん冗談だろうけど。
「ここから三階まで一気に走る。前回のまま変わっていなければ、この階に出るのはゴブリンシャーマンとジャイアントラットだ。ゴブリンシャーマンは火球魔法を使ってくるから注意。でもイグナスは火炎魔法で応じないように。無駄に魔力を消耗するからな。引き続き攻撃魔法は封印だ。それにあまり火を使うと空気が薄くなって苦しくなるしな。ゴブリンシャーマンの火球魔法はトラヴィスが受けてセルディオの槍とアルフェリードの弓で距離を取って倒すのが基本だ。」
こういうときのアゼリアの指図は、テキパキしてていいよね。なんで僕に対してるときだけ、あんなになっちゃうんだろう。
「やだなあ。矢が燃えちゃうと換えがないんだよね。」
アルフェリードが、すごく嫌そうに言ったので、どうしてと聞いてみたら、矢はそんなに多く持ってこられないから、飛ばした矢は基本倒した魔物のそばに落ちてるのを回収してるんだって。でもゴブリンシャーマンが火球魔法を使ったあとは火の粉で燃えちゃうことがあるから、使いたくないらしい。
「前の時は、三階にいるゴブリンアーチャーから拾ってたろ? あれで余るくらい補充できるからいいだろう。まあなるべく火球を前に弾き飛ばさないよう気をつけるけど。」
トラヴィスが慰めるように言った。トラヴィスの役目の「タンク」というのは、攻撃を受けとめて敵のターゲットを自分に集中させることなんだって。このあいだのパーティで、僕がやってた「ダケを取る」のと同じ役なんだね。僕の場合は逃げ回ってたけど。
火球魔法を盾で受けるとき、強く跳ね返すと、魔法を打ってきたゴブリンシャーマンに当たって火だるまになっちゃうから、仕留めたときの矢まで一緒に燃えちゃうってことらしい。
へえ、大雑把すぎる狩りにみえたけど、本当はいろいろと細かなことまで気を遣いながらやってるんだね。驚いた。
でも驚いたのはもうひとつある。なんと、ここの休憩場所には、簡易トイレが置いてあったこと。たくさんの冒険者が来るからトイレが必要になるみたい。汚物の処理もできる優れものでかなりびっくりした。
ここのダンジョンは五階まであるけれど、最下層には黒猿がいるから冒険者が行けるのは四階までなんだって。でも今回の『蒼の誓』クランのパーティメンバーに領主が依頼したのは再奥の黒猿を何とかすることだから、未踏の五階にも行くかもしれない。
……じゃあ、五階にはトイレないってことだよね。どうするんだろう。女子だって三人もいるのに。
いつも我ながら、ずれてるなって感じるけど、ダンジョンの中に入ったばかりの僕にはそういう心配事しか浮かばない。
そんなわけで食後は全員三階まで休まず走ることになった。前衛、中衛、後衛は、それぞれ少しだけ間隔を開けて出発した。
思うんだけど、後衛って、エルヴィローネと僕とサリの三人だよね。エルヴィローネはたぶん攻撃魔法も使える万能のヒーラーで、クラン設立メンバー三人のひとりだけから、相当強いんだと思うけど、魔法が封印されてても戦えるんだろうか。
戦えないとしたら、後ろからの攻撃をかわせる人がひとりもいないって、結構危ない気がする。
走って行くと前方から、火の玉がときどき飛んでくるようになった。あれがゴブリンシャーマンの火球魔法なんだね。ここからは姿は見えないけれど。先頭を走っているトラヴィスがほとんど盾で受け止めているので中衛より後ろに飛んでくることはないけれど、熱風は来るから結構熱い。
「あっつう~、エル姉、マジ無理~。」
これこれサリや、エルは僕の妹。このひとはエルヴィローネだよ。
「わかったわかった、ほれサリ、アゼリア姉に言われたとおりじゃが、テムリオにだっこしてもろときんちゃいな。」
何だか、優しいエルヴィローネって、見たことないから変な気分だ。それにしても、抱っこは嫌だな。だってサリは、そんな小さい子じゃないよ。
「サリって何歳なの?」
「レディに歳聞くとかマジサイテーだよね、テムリオ兄ってば。……ま、12歳だけどねっ!」
年上じゃん!!
ま、内緒にしておこう。益々僕を子供扱いにしそうだから。
でも、そんなことを言いながらも、エルヴィローネの言葉を真に受けて僕の首に手を巻き付け、足まで絡めてしがみついてきた。怖さには勝てないんだね。
それにしても、大きな荷物を背負ってるだけでも重いのに、サリの重さまで加わって走れるなんて不思議だ。エルと薪拾いに行ったときは、この半分以下の薪でも重くて大変だって感じたのに。
「サリって、結構軽いんだな。」
そうつぶやいたら、「そうっしょ」と当然顔してたけど、エルヴィローネに「テムリオにバフかけとるけんね。ほんまはテムリオじゃって『威圧』使えるんじゃけど、やりたがらんけん、しゃーないわな。」と言われた。
「バフって何?」
「ああ、テムリオはなんでもそねー聞いてくるけん、説明めんどーて黙ってかけとったんよ。力持ちになる魔法じゃゆーて覚えときゃええけん。」
『威圧』と同じって、ブレスレットの事だよね。回したからって力持ちになるわけじゃないんだし、勘違いだよエルヴィローネ。
相当な数を倒したと見えて、前方から飛んでくる火球の数がだいぶ少なくなってきた。すると、突如脇道から人間の体ほどもある大きな真っ黒のネズミが飛び出してきた、ブレスレットを回す暇もないと思ってサリを守ろうとしてぎゅっと抱きしめたら、大きなネズミは直前まで来て何かにぶつかったように一度転けた。
そこを透かさずイグナスがダガーで切り捨てた。イグナスは火魔法の魔道士だから腰のダガーはほとんど飾りなのかと思ったけど、本気のイグナスの剣さばきは見事だった。
「シールドか。いくらサリが可愛いからって、すこしやり過ぎじゃないかエルヴィローネ。」
どうせ僕から「シールドって何」って絶対に聞かれると思ったのか、エルヴィローネは先回りして説明してくれた。防衛魔法のひとつで、敵が入ってこられない、見えない結界を張るんだって。説明されても余計わからないのでスルーした。要はサリを守ったのはエルヴィローネの魔法ってことだよね。
エルヴィローネは、ただのヒーラーじゃなくて、いろんな魔法が使えるってわかっただけで十分。後衛はエルヴィローネひとりだけで守れるってことだもの。
「だけど、さっきのネズミは大きかったね。」
「あれがジャイアントラットだ。たいして強くないが、集団で襲ってくるので油断できない。等身大のネズミなんて、気持ち悪いよな。」
元の世界の有名な遊園地では「等身大ねずみ」が可愛くて有名だったけど、同じ等身大でも「等身大リアルねずみ」は超怖いよ。あれっ? でも「等身大」って言うのは変か。「人間の等身大」っていわないとね。「ねずみの等身大」なんて、ちっちゃくて全然怖くないもの。
……なんて、またひとりで妄想の世界に入り込んでいた。結構怖くてびびってるのを、僕に巻き付いてるサリに知られたくないからね。
「ちょ、テムリオ兄~、そんなギュ~ってされんのマジ恥ずかしいんだけど!サリのこと好きなのはわかったから、もーちょいゆるめよ?」
さっきの緊張で、サリを強く抱きしめたままだったのを思い出して、あわてて手を離したら、油断してたのか、サリが僕から落ちそうになった。
先頭の動きが急に遅くなったと思ったら、隙間がないほどの大量のジャイアントラットに押し戻されてるところだった。さすがの前衛も、後ずさりするほどの数だ。
こういうときのシフトがあるらしく、誰も何も指示していないのに、ヴァルッカが前衛に参加して、ジャイアントラットを押し返し始めた。中衛に残ったイグナスは右側、アルフェリードは左側の脇道に注意を払っている。
この程度じゃエルヴィローネのヒーラーとしての仕事はないみたいで、ときどき後ろを振り返る程度だった。
「もうすぐ三階」
先頭のアゼリアの声が響いてきたけれど、呼吸が全然乱れていない。
あれだけたくさんいたジャイアントラットの集団は、ほとんど駆除したらしく、残り少ないジャイアントラットは逃げていったようだった。
三階の階段は二階のときより長かったので、だいぶ奥深くまできたみたいだ。今からじゃ戻れないよサリ、大丈夫?
……本当は自分に言ってるんだけどね。
「三階は、前回と同じなら、ゴブリンアーチャーとスケルトンとジャイアントワームだ。特にジャイアントワームは地中から出てきて仲間と頭脳プレーをしてくる魔物だから後衛は注意するように。狭いダンジョン内では追い詰められると逃げ場がない。」
うわっ怖い。地中から出てくる魔物なんて、警戒しようがない。それにスケルトンって、透明って意味だよね。透明の敵なんて、どこにいるのかもわからないよ。
でもスケルトンの意味が違うことは、三階に降りてすぐにわかった。そこらじゅうに骨だけなのに歩いてくる魔物がうようよいた。
ああ、スケルトンって「骨だけの魔物で、まるで透けてるみたい」って意味だったんだ。
僕が卒業した中学校には、先生の話では『学校の備品は簡単に捨てられない』ということで、理科室の奥にだいぶ昔に購入された骨格模型がほこりをかぶっていた。あれにそっくりな骨だから、たぶん人骨なんだろうね。
手に剣を持っているのもいるければ、素手のスケルトンもいて、これは量が多くて面倒というだけで、危険な魔物じゃないみたい。問題はゴブリンアーチャーで、矢がビュンビュン飛んでくるから、後衛の僕もサリも結構危ない。
中衛のヴァルッカと後衛のエルヴィローネのふたりが、今度は僕の後ろに回って、後方を守るシフトに変わった。
時々僕の近くまで飛んできた矢が寸前で足元に落ちてたから、またエルヴィローネが、シールド魔法を掛けたみたい。
中衛を守っているイグナスは、時々前衛のところまで行ってからすぐ戻るというのを繰り返していたので、もしかしたら前衛の誰かに矢が刺さってヒールが必要になったのかもしれない。
ようやく魔物の数が少なくなってきた場所に到着したらしく、みんなの足がゆっくりになってきた。
「この先に休憩できるドームがある。結界が張ってあるドームだから魔物は近づいてこないからゆっくりできるぞ。」
ヴァルッカが、ハンマーを持て余すようにくるくる回しながら言った。
「ここまで他の冒険者に全く出会わなかったけど、普段からこういう場所なの?」
ドームに到着してから聞いてみたら、黒猿がダンジョンの外で目撃されてから、立入禁止になっているのだそうだ。
「やば〜、もう疲れた〜!ここで寝よ。」
「俺にしがみついたままだったのに疲れたのか。」
「いやマジ疲れたんだけど〜、テムリオ兄にめっちゃ激しくギューされてたからさ〜!ウケるんだけど〜!」
おいおい、サリ。そんな誤解されそうなこと言うと、ここに図書館のマルグリットがいたら、ゴミを見る目を通り越して、切り捨てられるよ。……と思いながら隣を見たら、ゴミを見る目をしたエルヴィローネがいた。誤解です。
そんなサリなのに、食事だけは燃えて作っていた。あれだけの材料で、どうしてこんな貴族の食卓みたいな料理が作れるのか不思議だ。
「ねーイグナス兄〜、その火の魔法でさ〜、お肉じわ〜っとあぶっちゃって〜」
言われて戸惑いながら、いいように使われてるイグナス。攻撃魔法は封印されてるけど、こういう場所で使うのはいいんだね。
でも手際よく調理していたメイドモードのサリの手元から現れた料理は、これってどうみても高級なローストビーフにみえる。でもあれって低温調理が基本だよね。まあ食べてみたらがっかりなんてことになるんだろうなと思いながら、口に入れてみたら二度びっくり。
人生で何度も食べたことないけど、これはローストビーフそのものだ。どうやって作ったの? 見てたけど、そんな凄いことしていたようにはとてもみえなかった。
「これはすごいな!」
みんなも、概ね同じような反応で、サリの鼻が激しく高くなっていった気がした。
でも「これは力がついたな。この分なら今日中に四階まで走れそうだ。ありがとうサリ。」とアゼリアがベタ褒めしたら途端に落ち込んでた。
こうして四階目指してまた走り出したら、突然前方の地面の中から、巨大なミミズが飛び出してきた。うえーっ気持ち悪っ。あれがジャイアントワームなんだね。
怖いのもあるけれど、それ以上に、あまりの気持ち悪さに鳥肌がたってきた。
「うわきもーい」
僕にしがみついていたサリの腰に巻き付けた足がぎゅっと締まってきて苦しい。サリもそうとう気持ち悪がってる。
地面の外に出てきたジャイアントワームは、大きい口を開けると、それで僕達を一飲みするのかと思ったら、口の中に含んでいた土砂を大量に吐き出して攻撃してきた。
さすがの前衛も、頭から土砂をかぶって動きが取れない。動けないところを真上から口を広げて覆い被さってくる。
うわっひと飲みにされちゃう、どうしたらいいんだろう。何だかノコギリみたいな歯もみえるし、あれで土を砕いて地上に出てきたんだから、かなり強烈な歯に違いない。
アルフェリードが、スケルトンアーチャーから奪った矢で、連続して攻撃するところを、反対側に回ったヴァルッカが振り回したハンマーを何度も当てていた。
そのせいか動きが弱くなったところを、ようやく土砂から脱出した三人も攻撃に加わって、なんとか退治することができた。
その間、エルヴィローネが何度も魔法を使っていたから、たぶん土砂に埋まった三人が出てきやすいようにバフをかけていんだと思う。
『蒼の誓』のパーティでさえ苦労するんだから、ジャイアントワームは気持ち悪いだけじゃなくて、相当強いんだね。
僕とサリは、ただそれを茫然と眺めるしかない完全な戦力外だった。
奥に進むに従って、ジャイアントワームはどこからでも突然出てくるようになった。僕の足のすぐ下からも出てきたけれど、固いものに阻まれてるみたいに、ぐにゃっとなるだけで地上には出てこられなかった。
「シールドってもしかして足元にも掛けてるの?」
エルヴィローネに聞いてみたけど、エルヴィローネも気持ち悪くて見たくないらしく、黙ってウンウンうなずくだけだった。
向こうからは攻撃できないので安心していたら、ジャイアントワームは周囲の土を口に含んで大穴を作り出した。うわっあれで僕達を穴に落とす作戦だよ。
でもそのまえに、ヴァルッカが到着して、ハンマーで何度も叩いたところで、セルディオの槍でとどめを刺してくれた。
ジャイアントワームは通れないシールドなのに、ハンマーや槍が何で通るのか、この「シールド」ってみえない魔術は、どうも理解できない。
「しかし、前衛の三人は泥まみれだな。」
アルフェリードが言うので、あらためて三人を眺めたら、確かに三人とも頭から足先まで泥まみれでひどい状態になっていた。こんな時なのにサリが、きゃはははと笑うものだから、釣られて僕達まで笑ってしまった。
「エルヴィローネや、こういうときのために魔力を温存しておいたんだから、浄化魔法できれいにしてね。」
「えーっ、こんなときのためにとっとったん?話がちゃうじゃろー。」
エルヴィローネがあきれ顔で泥だらけのアゼリアに言ったけれど、それでもしかたなしに、まだジャイアントワームはこの先も出るだろうから全身を洗浄するのはあとでといいながら、三人の首から上だけを洗浄してやっていた。
洗浄魔法って、マダムから話は聞いていたけれど、実際に見るのは初めてだったから、感動してしまった。アゼリアの首から上は、最初から全く汚れていなかったみたいに綺麗になってる。
その先も何時間そうやってゴブリンアーチャーとスケルトンとジャイアントワームを倒しながら走った先に、ようやく四階の階段が広がった。前衛の三人は、ジャイアントワームの攻撃をひらりひらりとかわしながら戦っていたので、その後は土砂攻撃にあうことはなかった。
「四階の階段のすぐ近くに、休憩できる場所がある。しかし最下層の入り口も近いので休憩中に黒猿に襲われる可能性がある。ここでは二人交代制で休むことにする。寝る前の食事は軽いものでいいぞサリ。」
「ふぁ~い」
間の抜けたような返事をしたサリだったけれど、いざ食事を作るとなったら気合いが入っていた。軽い物でいいといわれたのに、討伐用に保存がきくので持ってきていた燻製肉を、またイグナスに無理矢理あぶらせて、燻製肉の薄切り盛りをさっさと作り、作り置きしていたポタージュ風スープと薄切りパンで、結構品のいい料理を作っていた。
さあ今日はゆっくり寝て、明日は四階の討伐と、それが終われば、いよいよ最下層の黒猿だ。
緊張していたはずなのに、やっぱり10歳の体は起きていられない。僕とサリはもちろん見張り役をすることなく、たっぷり寝た。




