80.ダンジョンに行こう――黒猿と『威圧』の決戦(4)
先頭を行く三人の近くが何やら騒がしくなってきた。『魔灯』は、驚くほど明るくて足元から天井まで、まるで外にいるのではないかと思うほど明るく照らしてはいるけれど、さすがに先頭の先は薄暗くて、その暗がりから、たぶんゴブリンと思われる魔物がいきなり飛び出しはじめた。
パーティで狩りをしていた時みたいに、2、3匹ずつ、ポツン、ポツンと出てくるんじゃなくて、ほとんど隙間無くバラバラと飛び出してくる。ダンジョンの魔物って数が凄いんだね。怖さは確かにあるけれど、それ以上に初めて見る光景に、思わず見とれてしまった。
暗がりから明るい場所に飛び出すと同時に、先頭のアゼリアとトラヴィスとセルディオが、持っている剣や槍を軽く一振りするだけで、まとめて消滅するから、後ろの方から見てると、何だか大きな蛍が点滅しているみたいにみえる。
相変わらずメンバーは魔物など全く気にならない様子で、それぞれに雑談を続けている。僕と、隣でしがみついているサリだけがずっと無言だ。
ダンジョンの中は、横に四人ならぶと一杯といった感じの広さで、先頭のセルディオは槍を振り回しにくいのが、真ん中辺をもって振り回している。
中衛の三人と、僕の隣にいる後衛のエルヴィローネは、話に夢中で、魔物退治は前衛に任せっきり。前衛でサクサクと狩りをしているリーダーのアゼリアは、注意する様子もないから、これがこのメンバーのいつもの狩りスタイルなんだろう。
「そろそろ地下二階の階段近くだ。ホブゴブリンやゴブリンロードも出てくるから注意!」
この辺りになって、やっと気がついたけど、アゼリアの注意って、本当は、初めて参加の僕やサリへのバスガイドみたいな観光案内じゃないんだろうか。だってアゼリアの注意で身構えるのは、僕と、そのたびに僕にしがみついてくるサリだけで、他のメンバーは、どうみてもアゼリアの注意なんて聞いていないもの。雑談の方がうるさいくらい。
「そろそろ休憩しよーよ。 いもよーかん……」
そんなのんびりムードが、サリにも少しずつ伝わってきたのか、突然サリが隣にいるエルヴィローネに甘えだした。エルヴィローネはサリに甘いって絶対に確信して言ってるよね。
「もうちぃと先じゃけぇな。階段降りたら休憩じゃけぇ、待っとってな。」
やっぱりエルヴィローネはサリが相当可愛いみたいだ。あんな優しい声で言ってるし。
「やあだあ。 いもよーかん……」
サリそれどころじゃないと思うよ。脇道から後衛の三人に向かってゴブリンより一回り大きい魔物が飛び出してきた。
「おっとっと」
話に夢中だったヴァルッカが、ちょっとだけ慌てたようにエルヴィローネをかばう格好で中衛の位置から後ろに下がってきて、飛び上がるようにしながらハンマーで強烈にひと叩きして倒した。
エルヴィローネは、ちょっと体をひねったけれど、甘えてしがみついたサリが振り回されて飛んでいっただけでエルヴィローネは何事もないようにしている。あのときの朝食の時みたいに、よく飛ぶ子だ。
「すまんな、気づかなかった。あれがホブゴブリンだ。あれはまだ小さい方だから見てもつまらんだろう。二階に下りるともっとでかいのがいるから楽しみにしてなよ。」
ヴァルッカはそう言うけれど、少しも楽しみじゃないんですけど。
「どないじゃ、サリ、怖かろう? イグナスに頼んで外まで連れてってもらおうか?」
「いやじゃ! みんなと一緒がええんじゃ」
あれ、言葉までエルヴィローネの妹になってるよ。
前衛の三人が忙しく剣や槍を振り回している間も、後ろの方では、なんともまったりした時間が流れていた。僕も大分慣れてきて、さっきほどの緊張感はなくなっていた。クランのメンバーは、おそろしく強いってことがわかったからね。
気がついたら、前衛が倒してるのは、みんなホブゴブリンになってた。僕より少しだけ背が高いくらいの大きさだ。相変わらず緑色をしてるけれど、やっぱり二足歩行の魔物が切られて死ぬシーンは人間が切られるシーンを連想してしまい抵抗を感じる。
そのとき何やらボトッと音が聞こえた気がして振り返ると、ポーター用の大きいザックの上に、黒い塊があった。うわっなんだ! ザックを下ろして逃げようとしたけれど、あわててるときって、逆に遅くなってしまう。
使いたくなかったけど、しかたがないので腕のブレスレットの青いラインをくるっと回してからザックをゆっくり下ろした。こうしておけば、少なくとも何かの生き物だと思うこの黒い塊には襲われなくて済む。
覗いてみたら、手のひらくらいの大きさの黒い蜘蛛だった。気持ち悪っ!
ブレスレットを回してあるから、襲っては来ないとわかっていても、やっぱり気持ち悪い。どうしようこれ。腰のダガーを取り出すと、先の方でツンツンと小さくつついてみた。
えっ、それだけしかしていないのに、黒い蜘蛛は砂に変わって崩れて消えてしまった。またやっちゃった。これやると、ずっと後まで嫌な気分が続くんだよね。
人間と同じ二本足のゴブリンを狩るのは嫌悪感があるけれど、そうじゃない蜘蛛だからと言っても、やっぱり生き物の命を軽視してる感覚になって、すこし重い気分になった。なんでツンツンしただけなのに死んだのだろう。相当デリケートな生き物なのかなあの蜘蛛。
「エルヴィローネ、あの蜘蛛のこと知ってる?」
とエルヴィローネの方を見たら、「どうした?」といった顔で僕の方を向いたまま、固まってる。ああ、そうだブレスレットを回すと、みんな止まっちゃうんだった。
あわててブレスレットを戻そうとブレスレットに手をやった時、何か違和感を覚えて、もう一度エルヴィローネの方をみたら、太い麻縄みたいな先に大きな石がくくりつけてあるものが、エルヴィローネの方に向かって飛んできていて、寸前で止まっているのに気がついた。空中で止まってたから気づかなかった。普通こういうものは、空中でとまってないものね。
「あぶないね。」
そう言いながら、その石を手に持って下に下ろした。見かけほどは重い石じゃなかったから、たぶんエルヴィローネに当たっても、怪我しなかったかも。いや違うか、凄い速さで当たったら怪我じゃ済まないよね。
石に縛りつけられた紐をたどってみたら、その先脇道に、結構図体の大きいゴブリンが隠れていた。ここから飛ばしてたんだね。多分ゴブリンじゃなくて、同じ種類の別の魔物なんだろうな。
これどうすればいいんだろう。このままにしておけないしね。
試しに足をつかんで持ち上げてみたら、思ったほどの重さじゃなかったので、頑張ってその場所に寝かせてみた。うーん、ついでに足をこのひもで縛っておこうかな。
やっとの思いで縛ってから、元のところに戻って、ブレスレットを戻した。
脇道から足を縛られた状態で大きいゴブリンが転げながら出てきて、アルフェリードの弓で狩られてた。
「あれはゴブリンバッシャーだ」
アルフェリードがちらっと僕の方を向いて言った。足を縛られたゴブリンが脇道から突然出てくるなんて、やっぱり変だよね。もしかしたら僕のせいだってバレたかな。ああいう卑怯なことをするんだって冷たい目じゃなくて良かった。何も知らないふりしよう。
「テムリオ、ザックの上に黒いクモ、おったんじゃけど……」
ああ、エルヴィローネには蜘蛛を見られちゃったんだ。急に消えれば、僕がブレスレットを使ったって思われる。でもこっちも何事もなかったようにスルーしてみたら、エルヴィローネもそれ以上は特に何も言わなかった。
しばらく行ったら先頭の三人が急に見えなくなって慌てたけれど、そこは地下二階におりていく階段だった。
多くの冒険者がきていたこのダンジョンには最下層を除いた全ての階のダンジョンマップというのがあるらしく、「この先に休憩場所があるから食事にしよう。」といわれて、少し元気になって、皆の後をついていった。
天井が怪しい緑色に光っている丸いホールのような場所があった。このホール付近は魔物もいないらしく、ここで休憩しながら昼食になった。
「何だか魔物の数が少ないと思わないか?」
魔法封印で出番のないイグナスがつぶやいたら、「そうだな、前回来たときの半分だな。」とセルディオが頷いて言った。前衛のセルディオが言うんだから、確かなんだろうけれど、あの倍の量のゴブリンって、どんな大集団なんだろう。
「たぶん黒猿が最下層から上がってきているのが原因だろう。魔物仲間だからといって、仲良くしてるわけじゃないだろうからな。」
アゼリアの言葉に、思わず身震いした。まさかすぐ近くに来てるなんて事ないよね。
「おまた〜! サリ特製のおひるゴハンだよん」
軽い感じのサリが、お昼用のスープを作ったようだ。一応こんな子でもメイドだからね。
ビスコッティを浸けて柔らかくしながら食べると、かなり美味しい。ごめんサリ、こんな子なんて言って。心の中で言っただけだから勘弁してね。
皆も同じように驚いていた。
「でしょでしょ〜? やっぱ討伐にはサリっち必要っしょ〜」
たぶん、悔しいけど、ただのポーターの僕よりは断然役に立つかもね。




