78.ダンジョンに行こう――黒猿と『威圧』の決戦(2)
翌朝、まるで旅行気分みたいに緊張感のない僕は、お母さんが用意した着替えや、お昼のお弁当や、「トイレはどうするんでしょうね」などといいながら渡してくれたスライムの皮までザックに詰め込んで背負うと、『蒼の誓』クランのアジトに向かった。
ほんと、道中の食事はどうするのか、なんてことすら僕は何にも知らないよ。
アジトに到着すると、僕が一番遅かったらしく、みんな旅の支度を整えて中庭に集合していて、「なんだそのでかいザックは」と散々からかわれた。大抵のものはお城から配給があるから、基本、手ぶらで良かったんだって。そんなの誰も教えてくれなかったよ。
庭には全員が優に乗れる大型馬車が用意されていて、その横には小ぶりの荷馬車があった。
「あれって領主様の紋章なの?」
ドアに大きな紋章が描かれていたので聞いてみたら、そうだと言われた。
赤漆で塗ったような艶光りしている豪華な上級貴族用と一目でわかるような馬車で、平民の僕なんか、近づいただけでバッサリやられてしまいそうで、近づくのが怖い。
これで魔物討伐に西の領境まで行くんだよね。辺境じゃそんなに道も良くないだろうし、馬車壊れたらどうするんだろう。
それに御者までお城からきたらしい正装してる。あの人は御者というより、騎士団の人なんじゃないだろうか。だって腰に長い剣を下げてるもの。ただの御者なら剣なんて下げてないよね。
何から何まで驚きの連続で、お見送りに来てくれたらしい『赤い約束』のパーティメンバーに並んで、みんなして、間の抜けたような顔で口を開けたまま、茫然とその光景をながめていた。
「では、行ってくる。」
アゼリアの短い一言で、全員が馬車に乗り込んだので、僕も慌てて後に付いていって馬車に乗り込んだ。元の世界のリムジンバスみたいに豪華な椅子が何列にも並んでいて、乗り心地は良さそう。なぜか当たり前のように僕はアゼリアの隣に、誰かにひょいと持ち上げられて放り投げられた。
馬車は静かに動き出した。なにこの馬車。駅馬車は、お尻が痛くなるほどガタガタ揺れていたけれど、全く上下の振動が伝わってこない。
「全然揺れないね。空を飛んでるみたいだ。」
「ええ、確かに空を飛んでるわよ。私のテムリオちゃん。」
アゼリアは事もなげに言うと、僕の口に芋ようかんを放り込んできた。この道中ずっとこれをやられたら、かなり太ってしまいそうだ。
「空を飛んでるって?」
聞いてみたら、車輪から風魔法で風が出ているらしく、空を飛んでるは大げさだけれど、衝撃を吸収するようになっているみたい。横滑りしない程度に空中に浮いている感覚だ。
窓の外には、驚いたような顔で、馬車を眺めている人がたくさん通りの両脇にいた。ちょっとしたパレードみたいになっているね。
馬車は西外門から外に出ると、一旦南下して、あの風車修理をしたアズミ村が遠くに見える街道を西に向かっていった。
道はあまり良くないはずなのに、風魔法のおかげで、ほとんど揺れは感じなかった。誰かが魔法を使っているのか聞いてみたけれど、魔力が充填されてるから、駅で休憩しているときに御者が時々充填すれば必要ないのだそうだ。風魔法が使える御者なんだね。
まだ三時間くらいしか経っていないような気がしたけれど、最初の駅に到着したら、馬の交代があった。
「えっ、馬に何か問題が起きたの?」
驚いて尋ねたら、なんでも馬は駅ごとに交代するのだそうだ。最初の馬もお城の馬じゃなくて、駅馬車用の領都の始発駅にいた馬ということだった。
「一日3回か4回は交代するわよ。駅馬車でもそうだったでしょう?」
そう言われても、そんなに気にして見てなかったから覚えていない。駅に立ち寄る事に馬は変えていたんだね。何だか荒野を爆走する西部劇のシーンを思い出してたけど、あんなに馬は走れないんだね。
そうやって、僕が考えていたよりは、はるかにのんびりした旅が始まった。
お昼になって「食べるか」というアゼリアの合図で、少しだけ広場になっている場所に馬車を駐めると、全員が囲めるような大きい折りたたみテーブルを広げて、皆が立ち食いを始めた。
お昼ごはんは領都で買ってきたお弁当が支給され、僕だけが家から持ってきたお母さん手作りのお弁当だった。
お昼がサンドイッチというのは珍しかったようで、皆が手を出して食べたから、かなり余分に持ってきたけれど、僕の分は一切れしかなくなってしまった。
「話には聞いていたけれど、テムリオの家のサンドイッチは、本当に旨いな。」
アルフェリードは、サンドイッチなのに、なぜか品のある優雅な食べ方をしながら、お母さん特製サンドイッチに感激していた。
やっぱり薄切りハムサンドは、誰が食べても感動してくれる。
何だか冒険者の食事ってイメージは、腰にぶら下げた干物の肉かなんかをナイフで削って焼いて食うみたいなイメージがあったけれど、聞いてみたら、ずっと街道を行くので、食事は全部途中の駅の食堂で食べるか、弁当を買ってこうやってキャンプスタイルで食べるのだそうだ。
何だか益々団体バス旅行のイメージになっていく。目的地が観光じゃないってだけ、みたいな。
「ところで、そのアームレット、どげぇして外すんな?」
エルヴィローネが、僕の腕にあるブレスレットを指差して聞いてきた。外してもいいけど、付けるときが結構恥ずかしいんですけど。でも興味津々のエルヴィローネに、いやとも言えずに、渋々外してみせることにした。
「外れろ!」
そうブレスレットに命じると、ブレスレットは、まるで生きているかのようにするすると腕から外れた。
まあここで、たいていの人は腰を抜かすほど驚いてくれるんだけど、クランメンバーは、誰一人驚いてくれない。ふむふむと、感心したようにその光景を眺めているだけだった。
「おどろかないの?」
むしろ、驚かないことに驚いている僕がいる。
「ああ、別に驚きはしないけれど、生き物じゃなくても、命令に従う物はいるんだな。いや、これは生き物なのか?」
そう言いながらトラヴィスが、外れて伸びているブレスレットをつまんで覗き込んだ。
エルヴィローネは、それがやりたかったようで、外れたブレスレットを自分の腕に巻いたけれど、バックルもクラスプも付いていないから止め方がわからない。
「これ、どげぇやって止めるんじゃ?」
とうとうギブアップして、僕に突き出してきた。
「ああ、ごめん、このブレスレットは、俺にしか付けられないんだ。」
そして一番やりたくなかったことを実践してみせた。
「ぼんで、巻き付け!」
すると、ブレスレットは、するりとエルヴィローネの手を抜けて、僕の手首に巻き付き、ピッタリとくっついた。
巻き付くところに驚いたというより、「ぼんで」と叫んだ僕の言葉にみんな驚いていた。
「ぼんで、って、どういう意味だ?」
「ああ、このブレスレットの名前だよ。ぼんでという名前のリング。」
「ぼんでリングか。」
お願いだから、そこは、続けて呼ばないで。
「これが魔力で動くんじゃなくて威圧で動くのは、よっぽど頭のいいヤツが設計したんだろうな。」
小ぶりなヴァルッカが背伸びするようにしてブレスレットを覗き込みながら言ったら、アゼリアが「ヴァルッカでも作れそうにないか?」と聞いてきた。
「ああ、俺には無理だ。いくら俺の実家が鍛冶屋だからといっても、威圧の能力を持ったアームレットなんて、とても作れない。ところでアゼリア、このアームレットの能力はわかったけれど、どういう威圧の力でできているんだ?分解してみないとわからないか?」
「たぶん分解してもわからないだろうな。想像するだけしかできないが、この青いリングを回すと、何か私のテムリオちゃんを活性化する力がでてくる仕組みなんだと思う。魔法でこんなものは作れないが、威圧の力が発達した国で、皆の英知を集めて作ればきっと作れるんだと思う」
科学が発達した元の世界の未来で発明された道具って言いたいのかな。確かに魔法のない元の世界の、科学の力を結晶させた電子機器だとしても、僕がいた頃の元の世界の文明くらいじゃ発明できない能力だよ。
「作れないのか……」
そんなつぶやきで、ブレスレットに関する話題は終了した。たぶんいくら話しても、わからない物はわからないんだしね。それよりも「どこでもらったんだ。」と聞かれないのがすごいな。僕が聞かれると嫌だなと思っていることは、決してクラン員の皆は聞いてこない。
昼食が終わって、ふたたび揺れない馬車の旅は再開した。
「ところでダンジョンまではどのくらいかかるの?」
聞いてみたらアゼリアが「4日よ」と教えてくれた。
往復で8日か。討伐は10日間を予定しているそうだから、黒猿と戦うのは2日だけなんだね。
2回目の馬を交換して、3回目は、今日泊まることになっていた駅だった。領主からは事前に連絡が来ていたようで、村長が貴族が来た場合に泊める貴族用の屋敷に案内した。
それぞれ一人部屋が用意されていて、天蓋付きのベッドが部屋の中央に置いてあった。
貴族用の部屋に泊まるのは初めてだけど、あまり豪華には見えない。元の世界では出張でビジネスホテルに泊まることがあったけれど、あの程度のありふれた設備かなって思う程度の部屋だった。
広い応接室で食事の接待を受けた。村では精一杯の豪華料理のつもりみたいだけど、調味料の種類が少ないのか、肉も野菜もみんな淡泊な味でパンもそれほど美味しいとは感じなかった。オダルティ村の平民用の食堂が、いかに美味しかったかを思い出していた。
その後は、皆はお酒を振る舞ってもらって楽しんでいたみたいだけど、十歳には寝る時間だったので、さっさと寝てしまった。
翌朝目が覚めたら、ベッド横に置いておいたブレスレットが無くなってた。別に慌てる必要はないので、いつものように着替えると、朝食が用意してある応接室に向かった。
メイドがたくさん並んでいるけれど、貴族が泊まりに来ることは滅多にないだろうから、来たときだけ招集されるのかもしれないね。
「あれぇ?テムリオ、アームレット、どうしたんじゃ?」
いつも目ざといね、エルヴィローネ。
男は髪型が変わったくらいじゃわからないから、女性によく怒られてたけど、こういうことに気がつくのも女性だね。
「うん、ちょっとね……」
あまりここで「巻き付け!」て、言いたくない理由がある。
あのブレスレットは、神の国のセシルフォリアさんの言うことには、どこにいても呼べば来るんだって。ここで呼ぶと、嫌なことになる予感がするんだよね。
「昨日みたいに、呼んで見せてよ。」
イグナスが余計なことを言った。たぶん魔道士のイグナスは、あのするする飛んでくる所を見たいんだろう。
あまりしつこく何度も言われて、僕はしぶしぶ承知した。
「ぼんで、巻き付け!」
すると、驚いたことに、白いメイド服の若い女の子が、メイド服に引っ張られているかのように僕めがけて飛んできた。
もうテーブルの上の料理はメチャクチャ。僕の目の前のテーブルの上に着地した女の子のメイド服が破れて、中からブレスレットがするすると飛んできて僕の腕に巻き付いた。
何が起きたのかすぐに察したらしいアゼリアが、泣き出した女の子を黙って抱きかかえて隣の部屋に移っていった。もちろん他のメンバーも状況は飲み込めているらしく、メチャクチャになったテーブルを気にする様子もなく、食事を続けている。
慌てているメイド達がアタフタする中を、村長が真っ青な顔でアゼリアが入っていった部屋に続いた。
混乱したまま朝食が終わって、アゼリアも部屋から出てきて、まるで何事もなかったかのように馬車は街道を走り始めた。
「あの子大丈夫だった? 村長に折檻されたりはしてないよね。」
尋ねると、笑顔のアゼリアが「大丈夫よ。女の子はちゃんと正直に話して謝ってくれたから、一度だけよと言って許してあげたわ。村長には魔力で間違えて引き寄せてしまっただけと言っておいた。」そう言うと、「ほんと、優しいのね私のテムリオちゃん」といいながら、ギュッと捕まえられてしまった。
不意打ちはだめだよアゼリア。今日は鎧を着けていないから胸の谷間が深くて苦しい。
ギブギブっていいながらアゼリアに降参した。
二日目も、こうやって楽しい旅は続いた。




