74.異世界転生者と、マルグリット令嬢(1)
「あら、お時間ですわね。お話が長くなりましたけれど、退屈ではありませんでしたか?」
マダムは話を終えると、ハーブティを入れ直して僕に勧めてくれた。
「素敵なお話で感動しながら聞いていました。マダムは良い人達に恵まれていたのですね。
波乱の人生で、とても三時間じゃ聞き足りないお話でしたけれど、また中庭のお手入れでお呼びくださったときに、もっと詳しいお話を聞かせてください。ところでテオフィールさんは、あのあと記憶は戻ったのですか?」
その後のテオフィールの話を聞いちゃってはまずかったかなと一瞬思ったけれど、やはり気になる。
「実は私も知らないのよ。噂を聞くことすらなかったわ。婚約したはずのセリーヌが、あのあとで結婚したという話も聞かないわ。新たな王立治療院が建設され、『王立セリーヌ記念治療院』と名付けられて、セリーヌが院長に就任したという話でしたけど。」
「そうなのですか。セリーヌの家は確か子爵家というお話でしたが、子爵家にそれほどの資力はないでしょうから、国王陛下によほど気に入られていたのでしょうね。」
ちょっとおぼつかない知識だけど、貴族の爵位については図書館のマルグリットから、ちらっとだけ聞いた覚えがあった。
確か子爵家というのはマダムの家やマダムの実家のような伯爵家より下の身分のはず。王立治療院を設立できるほどの財力なんて、たぶんないよね。
「たぶんそうね。でもセリーヌの治療院からたくさんの女性癒術士が誕生したのはセリーヌのおかげなの。癒術士としてより経営の手腕のほうがセリーヌにはあったのかもしれないわね。いずれにしても癒術の世界にはとても大きな貢献をした方よ。」
きっとその後の人生がとても幸福だったマダムには、テオフィールを奪ったセリーヌでさえ優しく評価できるんだろうな。
「そうだ、それと王都にあったという、始まりの王の書物をマダムは読まれたのですか?」
「ええ、テムリオさんは『威圧』のお話が聞きたかったのでしょう?
私の昔話に夢中になっていてお話ししていませんでしたね。
王都にある王立図書館にはたくさんの始まりの王の書物がありましたが、王の文字は絵のような複雑な文字で誰にも読めないの。でももう一人の転生者だったアルケジ宰相の残した書物の中に、この国の言葉で書かれたものがたくさんあって、その中に『威圧』の事も詳しく書かれていたわ。」
「僕はまだ10歳の子供ですけれど、こんなにも大切なお話を僕のような子供に話してくださったのはどうしてなのですか?」
本当は一番聞きたかったことを聞いてみた。
「あら、確かにテムリオさんは10歳ですわね。10歳の方に話すようなお話じゃありませんでしたね。でも本当は何歳ですの?転生される前のお歳のことですけれど。きっと大人の方よね。始まりの王も転生前のお歳は49歳と書物に書かれていたわ。」
えっ、そういう衝撃的なことを、サラッと言わないでマダム。心臓が破裂してしまう。
「転生者って、僕がですか?」
「私には隠さなくてもよろしくてよテムリオさん。理由はわかりませんが、周りに隠したままというのも、おつらいでしょう? 私はこれでも腕の良い王立癒術士なのよ。自分で言うのは可笑しいわね。人を見ると自然と病気がないか『見立て』をしてしまうの。私の見立てではテムリオさんはしばらく前に脳のくも膜下出血で、いちど命を落としていらっしゃるわ。死から復活できるのは転生者しかいないと思いますわよ。」
言葉が出なかった。全部最初から気づいていて、だからただの掃除人にすぎない僕をお茶や食事に誘ってくれたんだ。
「それと、私が見立てをする際は鑑定魔法を使うわけじゃないの。あくまでも診療の延長。その人の顔色や肌の様子などを毎日必死に観察して診断しているうちに、内面まで見えるようになってきただけ。だから鑑定魔法が使える魔道士であっても見えない魔力以外のものも、私には見えるのよ。たとえば『威圧』も数値でみることができるわ。」
そこまで言うとマダムは、僕のことを優しい笑顔でみつめた。
「わかりました。マダムには隠し事はできないようですね。家族にも打ち明けたことはありませんが、……まさか、この体の元の持ち主はすでに亡くなっていて、僕は別人なんて家族に言えるはずがありませんから。」
そして一呼吸入れてから、マダムには全て正直に話してみようと思った。このひとのまえでは、とぼけ続けるのはたぶん良くないように感じたから。
「僕は確かに異世界転生者です。それもまだ三週間ほど前に転生したばかりで、この世界のことはほとんどなにもわかっていない状態の転生者です。元の世界では僕は23歳でした。たぶん始まりの王やアルケジ宰相と同じ国から転生して来たのだと思います。
アルケジ宰相の書き残したものを図書館で読んだことがありますが、元の世界の古い言葉だったので全部ではありませんが大体は読めましたから。」
「やはりそうだったのですね。では始まりの王やアルケジ宰相の書き残したものを私が書写したものがありますから、今日はこれを持って帰って、おうちで読んでみてごらんなさい。きっと『威圧』の正体もテムリオさんなら気づくと思いますわよ。」
マダムは貴重な書写本を僕に貸してくれた。
今日の依頼完了の署名を頂くと、丁寧にお礼を述べてマダムのお屋敷を去ろうとしたら、前の時と同じく、当然のようにチップを差し出されたので、ありがたく受け取って退出した。
冒険者ギルドに戻って、依頼完了報告書の備考欄にチップのことを記載して提出すると、今日は『蒼の誓』クランのアジトに行っていない事を思い出したけれど、今日はマルグリットを夕食に招待しているので、このまま家に帰ることにした。
「ただいま、お母さん、お父さん、あれエルは?」
「おかえりテムリオ。エルシェにはお母さんの用事で、お友達のルシアの家に行ってもらってるの。ルシアのお父さんって病気がちでお仕事があまりできない状態でしょう。お母さんに、家計の足しにしたいから、うちで働かせてほしいと頼まれていたの。
だから、明日からお店番のお手伝いに来てほしいと伝えに行ってもらったの。実は貴族からのホールケーキの注文が溜まっていて困っていたところだったので、願ってもないことだわ。」
そうなんだね。ルシアのお母さんが明日からお店番の仕事で来てくれるんだ。本当なら僕の仕事だよね。冒険者なんかにならずに、家のお手伝いしたほうがいいのに、元の僕はよっぽど冒険者になりたかったんだろうな。
「それでね、少しは時間に余裕ができるので、あたらしいケーキをもうひとつお店に出そうかと思って、試作したのよ。今日は夕食にマルグリットさんをご招待しているでしょう。一緒に試食してもらって、また感想を聞かせてもらおうかしら。」
「えーっ、お母さん今食べたい。」
ちょっと子供っぽく聞こえるようにおねだりしてみた。
「だめよ。夕食が食べられなくなっちゃうでしよう?」
速攻却下されてしまった。
やがてエルが帰ってきて、エルはマルグリットが来るので、すこしそわそわしているのか、二階に行って、ちょっとだけおめかしして戻ってきた。腕に僕からもらったブレスレットをしている。気がついたらお母さんも、お父さんまでも! ブレスレットをつけていた。
「やあ、いらっしゃいマルグリット。」
やがてやってきたマルグリットは、やはり清楚なドレス姿だった。前回は突然の誘いだったので普段の通勤用のドレスだと言っていたけれど、それでも十分素敵なドレスだったのに、今日はあのときよりもはるかに本格的な、貴族のパーティに呼ばれたときのような格好だった。腰に付けてるサーベルだけは相変わらずなので、ちょっと違和感はあったけれど。




