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マジェスティア・アエラ ~希望したチートアイテムはレベル1から上がらない異世界でのんびり過ごせるブレスレットひとつだけ~  作者: 園之野希乃路


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71.マダムの物語―貴族の娘が切り開いた運命―(5)

歩けば数歩で部屋の隅から隅に行き着いてしまうほど小さな診療所でしたが、私にはこのうえもない安らぎの場になりました。私の住まいは、その診療所の二階で、大工の工房の皆様が大きなベッドを運んでくださったら、もうそれだけで部屋がいっぱいになるほどの狭さでした。


街の人達はみな親切でいつも私のことを気遣ってくれ、いつしか私も悲しみを乗り越えて、下町の皆さんの診療を、以前のように楽しく行っていました。


お屋敷からは心配したばあや達が、一度お屋敷に戻るよう何度も説得に参りましたが、居場所を見つけた私には、もはやお屋敷はさほどの場所でもなくなっておりましたので、そのうちに説得を諦めたばあやが、時々着替えを持ってくる程度になりました。


セドリック様もご病気でもないのに、体の健康状態を見て欲しいなどと、適当な言いわけをしながらいつもいらっしゃいました。


そしてその日は、小さなお子さんを抱えた、あの褥婦だったお姉様と一緒にいらっしゃいました。お姉さんは、もうまったく心配いらない健康なお姿で明るく私にお礼を言ってくださいます。


「ナタリア先生、少しおなかが目立つようになりましたね。お大事にしてくださいね。」

めざとくお姉様に言われて少し恥じらいの顔を浮かべながら、ありがとうございますとお答えしました。


「あの日は私のせいで王立癒術士試験を棒に振ったと弟から聞かされております。とても申し訳ないことをしたと、一度きちんとお詫びがしたくて、弟にせがんで来たのです。ナタリア先生、もしお気持ちがあるのでしたら、ぜひ次の王立癒術士試験を受けるためのお手伝いをさせていただけませんか?」


驚きの提案でした。王立癒術士試験は、私が王立治療院でテオフィールの助手として働いていたからこそ受験資格を得られたのであって、平民相手の治癒魔術師には到底無理な話でしたから、全く考えてもいなかったのです。


セドリック様と、お姉様がおっしゃるには、王立治療院の院長はいくらでも推薦状は書くとおっしゃっているのだそうで、お姉様も高位貴族でしたから、高位貴族の推薦状もあるので、受験資格には全く障害は無いとのお話でした。


前回の試験の時も王立治療院の院長には推薦状を書いていただいたのにご迷惑をおかけしましたから、ふたたび推薦状を書いていただくのは、あまりに厚かましいことでしたが、そのご親切には本当に頭が下がる思いが致しました。


「それに悔しいではありませんか。弟に聞いた話では、女性初の王立癒術士と評判のセリーヌという女性は、王立治療院に来ても助手達に任せるばかりで、ご自身はまったく患者の治療はしないというお話ですよ。院長から弟がお伺いしたそうなので、間違いございません。それなのに治療院でもテオフィール先生の次に腕が良いと言われていたナタリア先生が、テオフィール先生の看病も出来ないなんて、わたしは悔しいですわ。ぜひ次の王立癒術士試験に合格して、テオフィール先生の看病は王立癒術士になった私がいたしますと、堂々と言っていただきたいのです。」


私の中では、もう過去の話になりつつあった、あの悪夢のような出来事を、私以上に悔しがってくださる方がいらっしゃることに、とても感謝しました。気持ちをわかってくださる人が、私の周りにはたくさんいる。それだけで十分でしたので、王立癒術士試験の受験のお話は丁重にお断りしました。


でもセドリック様のお姉様は、諦めずに何度も診療所に通ってこられたのです。


「ナタリア先生、我が家の皆で話し合った結果、我が家の主治医はナタリア先生と決めることになりました。王立治療院の院長にも正式に認めて頂きましてよ。」


最後には、とうとうこんなことまで言いだして私を説得したのです。


「でも残念ですわ。院長が申しますに、貴族の主治医になるには王立癒術士の資格が必要なんですって。我が家は少しは名の知れた貴族ですから、一度決めた主治医を変えるなど聞こえが悪いと当主が申しておりましてね。これでは家族が病気になったら治療してくださる癒術士がいませんわ。どうしましょう先生。」


そのような決まり事なんて聞いたことがありませんから、私は苦笑してしまいましたが、そこまでして私のことを買ってくださる皆様にお答えしないわけにはいかないと意を決して、次の王立癒術士試験に再挑戦する決断をしたしました。


それからは治療の傍ら、試験の勉強を再開し、教材などはセドリック様と、お姉様が代わる代わる届けてくださったり、まるで私よりも王立癒術士試験に熱心なのではと思うほどでした。


「ほらジル、また診療所に来て! ナタリア先生はお勉強で忙しいんだから、ご迷惑をおかけするんじゃないよ。そのくらいの擦り傷なんか、唾でもつけておきな。」


いつも忙しい私にかわって診療所のお掃除や食事の世話をしてくださっていたお隣のおかみさんが、ジルを叱っていました。


快活な男の子のジルは、私が初めてテオフィールに連れられて心臓弁膜症の父親の診察に来たとき、卵を10個診察代として持ってきた男の子でした。母親のいないジルは、私のことを慕ってくれて、「塀から飛び降りたら、ちょっとだけ血が出ちゃって……」などと、診療所に来る理由を考えては、いつも卵を一個だけ持ってきてくれていました。


彼なりの応援だと知っている私は、「だめよ、唾なんかつけちゃ、洗浄魔法をかけてから包帯をしておきましょうね。」と、たいしたことのない傷口を治療してあげ、「はい終わりました。治療代は卵1個よ。」と言いました。わたしもこの頃には、自力で洗浄魔法が使えるほどに魔力が上がっておりました。


「このくらいの治療で卵一個取るのかよ。さすが強欲男先生の助手だけあるな。」


と悪態をつきながらも、ジルは嬉しそうに台所に卵を置いていくのでした。


街の皆様も、私に気をつかってくれて、勉強の邪魔にならないようにと、よほどのことでもない限り診察にはこないように協力してくださっていましたから、少しだけ勉強に余裕ができて助かりました。


こうして私は、大分目立つようになったおなかを抱えて、一年前に断念した王立癒術士試験を受けに王城に向かうのでした。


まあ、この格好を見れば大抵の試験官や、受験の方は驚かれるでしょうね。なによりも私自身がこんな格好で受験に臨むことになるなんて、ほんの数ヶ月前までは考えられないことでしたもの。


「実技試験を担当するグラウベルト・フォン・イシュトリアと申します。ナタリア嬢……とお呼びしてもよろしいですか?」


「はい、どのようにでも構いません、イシュトリア卿。」


「ではナタリア嬢、今回の実技試験には、見立てと、止血縫合と、治癒魔法と、救急処置があります。少し、その……ナタリア嬢にはきついかもしれませんので、無理をなされませんよう。無理と判断いたしましたらお止めする場合もございますので了承願います。」


気遣ってくださっているイシュトリア卿には申し訳ありませんが、私にとっては、実技試験など、これまでテオフィールに従って過酷な助手の仕事をしていたときの事に比べれば、何でも無いとても易しい実技内容に過ぎませんでしたから、少しもきついことはありません。


最初の「見立て」は、自分でも不思議に思うほど、患者のステータスが自然に透視でき、小さな病変も見逃さずに即座に診断を下せました。普通の受験生なら一時間はかかるはずの「見立て」をものの五分もかからずに終えてしまったものですから、イシュトリア卿はあんぐりとした顔で、私の見立て表を眺めておりました。


「右の腎臓に結石が見られるとありますが、今回の見立て試験用に手配した患者はナタリア嬢が最初に回答した甲状腺肥大の患者です。その解答で満点ですが、腎臓結石については、試験官の誰もが気づきませんでした。採点に影響することですので、しばらく待っていていただけませんか? 王立癒術士全員で患者の精密検査をしたいと思います。」


そうしてしばらく待たされた後に、確かに右腎臓に小さな結石がたくさん見つかり、要治療と診断されたと教えていただきました。


次の止血縫合の実技試験は動物の皮膚模型を使った試験でした。傷口に止血部位を探して止血してから傷口を消毒して縫合するまでの試験でしたが、私は傷口の消毒以外、魔法は一切使わずに行ったものですから、他の試験をしていた癒術士まで集まってきて、私の指裁きを感心した顔で眺めておりました。


「ほう、ほとんど出血しませんでしたね。これを魔法無しでやられるとは……」


「いえ先生、むしろ魔法は使わない方がいいのです。細かな手術は指先でやるほうが、精密な治療ができますから。魔法ではここまで細かくはできません。」


私はテオフィールから何度も聞かされていたことを説明しました。


次の治癒魔法は、私はどちらかというと苦手意識がありましたが、下町の皆さん相手に洗浄魔法を毎日のように使っておりましたせいでしょうか、魔力も足りて、不思議とスムーズにこなすことができました。


最後の救急処置は、突発的な患者の治療が正確にこなせるかどうかという試験でした。


目の前に救急の患者に見立てた人が横たわっており、気道閉塞状態と仮定されておりました。この救急の患者にどのような救急処置を施すかというのが試験内容でした。


普通であれば、当然のように浄化系風魔法を駆使して毒を排出するのですが、私は風魔法の属性はありませんでしたので、それは使えません。それでも口頭でそのように説明するだけでも一応試験の成績にはなるのですが、ここは実技試験です。


本当に気道閉塞状態の患者が目の前にいたら、私はどうするでしょう。そう思ったら私は迷わず患者にまたがって胸部圧迫を始めました。貴族の令嬢がすべきではない、あまりにはしたない行動に、試験官の皆様が大慌てになりました。女性に門戸を開いたばかりの試験に、試験官も不慣れだったのでしょう。


そして私がマウスツーマウスの人口呼吸を始めようと、患者の顎を上げて鼻をつまんだところで、慌てた試験官により試験中止の合図が出ました。


「わ、わかりました。ナタリア嬢、それは言葉で説明していただくだけでもう満点ですので、そこまでなさってはいけません。」


そんな騒ぎがございましたが、それで私の実技試験は終了し、筆記試験もたぶん私の感覚ではそこそこにできたのではないかという感触で、最後の口頭試問になりました。


「ナタリア嬢、あなたは貴族のご令嬢でありながら、下町で平民の治療を行っていると聞きましたが、事実ですか?」


「はい、確かに私は貴族であり、貴族の患者を長年診てきましたが、今は平民相手の治療を行っています。」


「それはなぜですか? 何か特別な理由がおありですか? もし貴族も平民も等しく治療するのがナタリア嬢の方針というお話になったら、ここは王立癒術士を育てるための試験ですので、合格させられないことになってしまいます。」


「それは……。私は王様のご恩でこの仕事に長く携わっておりますので、その恩に報いたい気持ちです。でもそれと同時に、目の前に私に助けを求める患者がいたら、それを見て見ぬ振りして通り過ぎることが、どうしても私にはできないのです。それがたとえ平民であってもです。これは私の癒術士としての本能のようなものなのかもしれません。」


「なるほど、よくわかりました。昔あなたとそっくりなことを言った癒術士がおりましてね。合格後は天才癒術士などとも呼ばれていたものですよ。今日のあなたを見せていただきましたが、あれを彷彿するような光景でした。」


口頭試問の試験官は、笑顔で優しく私に語りかけたのでした。


「主席合格です。おめでとうございます。」


まもなく発表された結果は、私の予想を遥かに超えた好成績の合格発表でした。


国王からの祝福も、祝賀パレードもありませんでしたが、診療所に詰めかけたたくさんの皆様の祝福は、何にも勝るものでしたので、私はとても幸福でした。


「ナタリア先生。王立治療院に報告に行ってきておくれよ。この診療所がなくなるのは寂しいけれど、前みたいに王立治療院からときどき診察にきてくれればいいからさ。これはここに住んでいる皆の夢だったんだ。王立治療院一の名医が、俺たちの先生なんだって自慢する日が来るのがよ。」


こうして私は皆さんの期待を背中にうけて、およそ半年ぶりに王立治療院に向かうのでした。


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