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マジェスティア・アエラ ~希望したチートアイテムはレベル1から上がらない異世界でのんびり過ごせるブレスレットひとつだけ~  作者: 園之野希乃路


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68.マダムの物語―貴族の娘が切り開いた運命―(2)

それは衝撃的な光景でした。


私たち家族や使用人達が見つめる前で、その人は優雅に舞う白衣の剣舞のごとく美しい手さばきで祖父の腹部を切り開き、大きな腫瘍をいとも簡単に取り除くと、瞬く間に傷口を縫合し、「無事に完了いたしました。」と事もなげに言ったのです。


麻酔の魔術が施されていたとはいえ、あれほどの手術の最中でも祖父の表情は穏やかで、まるで夢の世界を楽しんでいるかのようでした。


十五歳の私は、初めて見る回復手術の美しさに、まるで七色に空に輝く虹をみた思いで、すっかり心を奪われていました。


この癒術士のそばにいて、この優雅な舞をいつも眺めていたい。できるなら私も癒術を学んで一緒に舞ってみたい。


若き癒術士テオフィールが祖父の開腹手術をすることになった経緯は、二年前にさかのぼる必要があります。


祖父の腹部に腫瘍が発見されたのが二年前のこと。たまたま透過魔法が使える王立癒術士が家族の健康診断に訪れた際に、その透過魔法で祖父を見立てましたところ、腹部に腫瘍が発見され、それは急激に大きくなって祖父の日常をひとつひとつ奪いはじめました。


王立治療院から派遣されてきていた癒術士の中に、テオフィールもいたらしいのですけれど、私にはどの癒術士も同じに見えて、特別テオフィールを意識したことはありませんでした。


二年間も屋敷に通っていた癒術士なのに、顔もほとんど覚えていなかったのですから、よほど影の薄い人だったのでしょうね。


王立治療院のなかでも、もっとも権威のある重鎮の癒術士の皆様の見立てでは、腹部の腫瘍は魔力により内側から時間を掛けて小さくしていくよりなく、外科的な魔力による治療法はないとのことでした。


しかし、二年経過しても祖父の腫瘍は直るどころか、ますます大きくなってきていて、苛立つ祖父が、たまたまその日診察に訪れていた若い癒術士のテオフィールにつらく当たってしまいました。


あとで知ったのですが、テオフィールはこのとき、希に見る天才の名を欲しいままに活躍する若き期待の癒術士といわれていたそうなのですが、そのテオフィールは、祖父の腫瘍は開腹手術で治癒できると王立治療院の中で主張していたらしいのです。


しかし魔法を使わない治療など前例がないと王立治療院の重鎮達に一蹴され、仕方なく魔力による内側からの治療を続けていたのだそうです。


でもこのときテオフィールは祖父の激しい叱責に、本来なら上司の許可無く口にしてはならない開腹手術の話をしてしまいました。この腫瘍は内臓に達しておらず、開腹手術で取り除くことができると確信を持って祖父に告げたのです。


こうして業を煮やしていた祖父の、「座してそのときを待つよりは、若き天才癒術士とやらに任せてみたい」という強い意志により、この日の開腹手術が、家族の者達はもちろんのこと、祖父を慕うお屋敷の全ての使用人が見守る中で行われたのでした。


お父様もお母様も王立治療院の院長様までもがこの手術に反対していらっしゃいましたが、祖父の強い意志は変わりませんでした。


それから数ヶ月後、体調も良くなり、最近では庭の散策も楽しんでいらっしゃるという祖父が、白や黄色や淡いピンク色の可憐なマーガレットの花が咲きほころぶ庭園の一角にあるベンチでくつろいでいらっしゃるところに、意を決してお伺いしました。


「おお、ナタリアか。お見舞いに来てくれたのかな。さあおじいちゃんの隣に座って、その笑顔をよくみせておくれ。おじいちゃんにはナタリアの笑顔が何よりの妙薬だ。」


優しい祖父の誘いに従ってベンチに並んで座ると、すぐ手の届くところにあるマーガレットの花に、そっと触れてみました。祖父は、ことのほかマーガレットのお花が好きみたいです。


「おじい様は、最近とってもお顔の色が良くなってナタリアはとても嬉しいわ。」


「そうか、そうか、誰よりもおじいちゃんのことを心配してくれていたからな。今日はどうしたのかな。おじいちゃんにおねだり事があるなら遠慮はいらないよ。」


祖父は、私が小さい頃から、私のことは人一倍かわいがってくれている。

快活で最近では家計の事もお手伝いしている積極的な姉と、将来の伯爵家を背負う弟の間にあって、おとなしく目立たぬ私は、元気な使用人の子供達ともあまり仲良くなれず、病気になられてからの祖父のお世話をして過ごすことが多くなり、すっかり「おじい様っ子」になっておりました。


「うん、ちょっとだけ、……いえ、もしかしたら、とっても変なお願い事があるの。」


私の言い方が可笑しかったのか、はははと笑うと、「どんな変なお願い事なのかな。」と私の頭をそっとなでながら聞いてくださいました。


「ええ、おじい様。実は開腹手術の痕がどうなったのか、見せて頂けたらなと思ったの。変なお願い事でしょう?」


「なるほど、ナタリアはそこまでおじいちゃんのことを心配してくれているのだな。よしよし、いまここで見せてあげよう。でも驚かないと約束してくれるかな、傷口なんて見ても気持ちの良いものじゃないからな。」


そう言うと、祖父は近くで控えていた専属執事を呼んで開腹手術をしたあたりのお洋服を広げて傷口が見えるように整えてくださいました。


開腹した痕は残っているものの、私の予想をはるかに超えて、縫合した痕は、引きつれもなく、ほとんどわからない程度になっておりました。縫合の際に回復魔法も添えていたのではという私の予想はどうやら正しかったようでした。


「おじい様ありがとうございます。痛みはもうないのですか?」


「ああ、全くないよ、ナタリア。手術前はいつも差し込むような痛みがあったのが、まるで悪い夢でも見ていたかのようだ。王立治療院の院長も調子がいいヤツで、あれほど反対していたことなどすっかり忘れたふりして、まるで自分の手柄でもあるかのように学会で発表しておったよ。」


ああ、なんて素敵なんでしょう。

私の脳裏には癒術士テオフィールの鮮やかな手さばきの様子が、まるで昨日の出来事のようによみがえるのでした。


「おじい様。ナタリアは、本当はもうひとつご相談したいことがあります。」


祖父は、相変わらず優しい笑顔で、「何だいナタリア」と聞いてくださいましたので、私は意を決して自分の気持ちを祖父に伝えることにしました。


「ナタリアは王立治療院でテオフィール様の助士として働きたいと思っています。おじい様、私に力を貸していただけませんでしょうか。」


少しだけ驚いた顔をした祖父でしたが、衣服を直すのを手伝っていた執事を下がらせてから、変わらぬ笑顔で答えてくださいました。


「そうか、ナタリアは癒術を学びたいのだな。ナタリアはおとなしい子で、小さい頃から滅多におねだりをしない子だったが、そのナタリアがおじいちゃんに、おねだりしてくれたんだから、これはかなえてあげないとね。」


「ありがとうございます。おじい様。」


本当は父にも母にも相談したけれど、全く相手にもしてくれなかった。貴族の令嬢が外で働くなどという、はしたないことを認める親は普通はいない。それが当然のことなのは私もよくわかっていたので、一度は諦めていました。


日が経てば、徐々に記憶も薄れ、自然に忘れるだろうと自分自身でもそう思い込もうとしていたのですけれど、むしろ逆で、あのときの開腹手術を見たときの感動は日を増すごとに深く大きく私の胸に広がっていくのです。


その私の思いを、きっと祖父ならわかってくださるのではないかという、淡い期待で、思いきってご相談してみましたら、私の願いをあっさりと認めてくださり、父や母には、仕事としてではなく、無償の奉仕活動と癒術の勉強ということなら、外の聞こえも良いではないかと説得してくださいました。


こうして私は、王立癒術士の資格を持つ若き天才癒術士テオフィール様が働く王立治療院で働くことができるようになったのです。十五歳の春のことでした。


「皆様、本日より治療院で助手として働くことになりましたナタリアさんです。ナタリアさんは貴族ですが、ご都合で家名は伏せて働くことになっています。貴族扱いも不要ですから、平民の助手の方がナタリアさんとお呼びしても不敬にはなりませんので、同僚の一人として歓迎してあげてください。」


王立治療院には、癒術士としての国家資格を持つ王立癒術士の他、資格は持たないが回復魔法が使える助手として王立癒術士の指示のもとに働く治療魔法師がおりました。


私も成人の儀式の際に回復魔法のスキルがあると言われておりましたので、レベルは低いですが擦り傷程度の治療はできました。でも治療魔法師と言われるほどの能力はありませんでしたので、助手とは名ばかりの雑用係が私に与えられたお仕事でした。


もっとも王立治療院で働いていらっしゃる多くの方は、お部屋のお掃除から皆さんのお食事のお世話まで、どんな仕事でもやる雑用係でしたので、私が特別というわけではありませんでしたけれど。


ですから、私は実質上は雑用係にすぎない助手の仕事でも、喜んで引き受けました。そのときの私には王立癒術士の方のお仕事を、間近で見ることができる喜びで幸せいっぱいで、すこしの不満もありませんでしたから。


「ナタリアさんは、貴族の身分を隠して、ここで助手として働いているのは、家計を助けるためなの?」


そんな誤解を受けることもございましたが、強く否定するほどの事でもありませんでしたので、微笑んで聞き流しておりましたら、気づきましたら、すっかり哀れな令嬢扱いになっていて、同僚の助手の皆さんが必要以上に優しくしてくださるようになってしまい、困ってしまいました。


しばらくは王立治療院の中のお仕事に慣れるよう頑張っておりましたから、実際の治療現場を見たいという私の希望はなかなか実現しなかったのですが、ある日、王立癒術士の専属助手として仕事をしてみないかというお誘いを受けました。


願ってもないことでしたので、是非にとお願いしましたら、何と専属助手のお仕事というのは、テオフィールの専属助手のお話だったのです。


「テオフィール様ほどの方でしたら治療魔法師の方が何人も専属助手としてついていらっしゃると思いましたが、私のような雑用係の助手でも務まりますでしょうか。」


そう尋ねてみましたら、むしろ私が適任なのではないかと、皆が言っているのですよと言われました。


何でも、テオフィールが、助手の治療魔法師に、「安易に回復魔法を使うな!」と、いつも口癖のように叱るものですから、「治療魔法師が魔法を封印されて、いったい何をすればいいのか」という不満になってしまったのだそうです。


なかなか助手のなり手がいなくて困っていたところ、同僚の助手のみなさんが、ナタリアなら、ひとりで頑張って医術の勉強をしているので、むしろ治療魔法師よりもナタリアのほうが助手が務まるのではないかという話になって声を掛けてきたようなのです。


こうして私は、とうとう夢にまで見たテオフィールの治療をすぐ近くで毎日見ることができる専属助手になったのです。


私の家柄についてテオフィールは当然いつも往診に来ていましたから知っていましたが、まるで何も知らないかのように、ただの助手として扱ってくださいましたので、とてもお仕事がやりやすかったです。


確かに専属助手になってわかりましたが、テオフィールが助手に求めるものは厳しく、私のような、何もできない雑用係同然の助手にも、高度な医術の知識を求めてきて、全く妥協しませんでしたから、私も付いていくのに必死になりました。


「患者にとっては王立癒術士も、隣にいる助手も違いは無い。自分の命を預ける相手が、安心して信頼できる人間かどうかが全てだ。私は助手にすぎない、などと自分に逃げ道を作るな。あなたの命は私が守りますと、いつも強い決意で臨むように。」


などと、とても厳しく私に告げるのです。


でもテオフィールは、私が期待した通りの人でした。

その手術を行う姿をいつも身近で見られる幸福を毎日味わっておりました。


鮮やかな治癒魔法と、それにもまして、小さな手術道具を使って、魔法では治療が難しい部位を、まるで舞っているかのように軽妙な指使いで手術をする様を、いつもうっとりした目で眺めていたのです。


その助手として難しい手術を手伝い、教わるがままに必死になって魔術の腕を磨き、道具を使う指先を鍛え、それはもう、幼少の頃からそば仕えしていたばあやの小言が止まる日がないほど、毎日薄汚れた格好で家に帰っていたものです。


「おい、ナタリア。いまから往診だけれど、一緒に来るか?」


時には、何も知らずに後ろからついていったら、なんと平民街の一軒に到着して、伏せっている病人の治療もしていました。


「王立治療院の癒術士が来るような場所じゃないけれどな。誰でも助けられるならいいが、残念ながら体はたくさんないから、こんなことは貴族の気まぐれに過ぎない。」


王立治療院の癒術士は全員が貴族の身分です。ですから基本的には貴族の治療しかしません。大金を積まれてようやく富豪の治療をする場合がある程度です。


ですから、王立治療院の癒術士に支払うお金など、絶対にあろうはずがないことが、ひとめでわかるこのような下町の平民の家に往診に来るなど、ありえないことでした。


「でもね、目の前で倒れられて、自分に助けを求める人がいるのに、助けない選択肢なんてないだろう?」


何でもこの患者は、テオフィールが市場を歩いていたときに、目の前で心臓の発作で倒れた平民なのだそうです。必死に心臓蘇生の緊急治療を行い、回復後は定期的に診察に来ていると、それが当たり前の出来事でもあったかのように話していました。


テオフィールは、「まったく厄介な患者の往診に、私がなんで毎回来なければならないんだ……」と、不満げにつぶやきながらも、その言葉とは裏腹に、全く手抜きの無いしっかりした診察を行い、どのような食事に気をつけなければならないかといった細々としたことを、下町の平民でも対処できるような内容で伝えておりました。


「ナタリアなら、こんな場所でも、ひょこひょこ、ついてきそうだから声を掛けたけれど、本当に付いてきたな。聴診器を貸してやるから、この患者の容体を診察してみろ。」


面白そうにからかうテオフィールから、聴診器を奪うように取りあげて、患者の胸に当ててみたら、心音にわずかに雑音のようなものが混じっているのを感じました。


「心臓の弁に異常が見られます。」


そのように診断した結果を伝えてみたら、テオフィールは急に真顔になりましたが、私の診断については何も言いませんでした。


「じゃあまた来るからな。診察料は卵10個だ。高いってのなら、もう来ないがどうする。」


そう言いましたら、その家の子供が、「欲張り治療魔法師め。ほら卵10個だ。これでも家の一日分の食べ物代なんだからな。」と怒ったような顔で袋に入った卵を差し出しました。


「ふん、また来るからな。せいぜい治療費を頑張って働いて稼げ。」


テオフィールは、はらはらしている私に構わず、卵を受け取ると心臓の薬を手渡し足早に家をでました。


「そうだ。あの患者は心臓の弁に異常がある。魔術でも医術でも助けてやることはできない。王立癒術士の肩書きがなんだと言うんだ。神にでもなったつもりか。私はあの患者を診察しながらいつも自分にそう言い聞かせている。」


苦悩するテオフィールの顔を初めてみた私は、美しい白衣の剣舞とはまた別の若き天才王立癒術士の姿に、密かに胸をときめかせたのでした。


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