66.初めてのパーティ(8)
その後も、ドナルド二世は藪の中に入ってゴブリンを探しては、広場に誘い出すことを繰り返したけれど、最初の時のようなゴブリン集団はもうなくて、一匹か二匹程度だった。
それでも、かなり慣れてきたので、スムーズにゴブリンのターゲットを取る僕と、弓矢で射るベラスと、同時に氷魔法を使うドナルド二世と、その後で武器を使うライクとエノという流れが実にスムーズで、誰一人、かすり傷さえ負わなかったので、ヒーラーとしてのドナルド二世の出番は全くなかった。
これをお昼近くまで繰り返して、仲良く楽しいお昼ご飯になった。
前回、ドナルド二世が僕のお弁当をうらやましがっていたので、今日は全員分の堅焼きパンに薄切りハムを挟んだものをお母さんに作ってもらい、それをプレゼントした。
「ほんとだ。テムリオが一番って言うだけあって、たしかにこの堅焼きパンは旨いな。市場の屋台で買うパンは、ただ固いだけで引きちぎれないから、顎が痛くなるけど、これは固いのに噛めばすぐに切れる。ハムとの相性も抜群だ。
ドナルド二世は食レポが上手だね。お母さんのパンが、普段より美味しく感じるよ。
パンは皆にも好評だったけれど、食べ盛りの皆には、ドカンとした肉の塊がいいらしく、パンをおかずにして中央市場で買ってきたらしい肉の弁当も食べていた。
食後は「俺が一番疲れていないので、見張ってるから、みんな昼寝していいぞ」と言ってくれた弓矢のベラスの言葉に甘えて、何も敷いていない草の上で昼寝をした。
少しは疲れていたみたいで、満腹感も手伝って僕はあっというまに寝てしまった。
どのくらい寝ていたのかよくわからないけれど、誰かにポンポンと叩かれて目を覚ました。
一瞬自分がどこにいるのかわからずに、思い出すまでその場にしゃがんでボーッとしてしまった。お昼寝すると、こうなる事って多いよね。
「さあ、また狩りの続きをやろう。ドナルド二世、ゴブリンの気配はある?」
パーティリーダーのライクの号令で、ゴブリン討伐が再開された。
「ああ、少し北の方角に何頭か気配がするから行ってくる。」
そういうと太もものあたりをトントンと叩いてドナルド二世は藪の中に入っていった。すごいね、こんな何もない場所で、方角までわかるんだ。
僕も広場の中央で構えた。疲れたらブレスレットの青いラインを深く回せばいいだけなので、僕は疲れ知らずだ。皆は僕が一番きつい仕事をしてると思っているから、毎回「休もうか」などと気を遣ってくれる。その気持ちがうれしいので、本当は疲れていなくても、「うん五分休憩させてくれる?」などと頼んで、その場でしゃがみ込むようにしていた。
しばらくするとドナルド二世がゴブリンを三匹連れて藪から飛びだしてきた。その様子を見ていて気がついたけれど、ドナルド二世は自分に疲労回復のためのヒールを掛けながら走っているようだ。だから疲れ知らずで全力疾走できるんだね。
もうすっかり手順になれている僕は、ギリギリまでゴブリンを引きつけてから走り出した。
皆は三匹くらい楽に狩れるようになったので、ほぼ毎回定位置でベラスの矢が後尾のゴブリンに当たり、ほぼ定位置でライクとエノが飛び出して狩るという繰り返しなので、気がついたら僕もたった一周の鬼ごっこで狩りは終わるようになった。
実に効率がいい。正確には数えていないけれど、当然二十匹は軽く超えているはず。
午後も、このパターンの繰り返しで、どんどんゴブリンを狩っていった。この分なら水車小屋付近に出没していたゴブリンは壊滅できるんじゃないかな。
でも午後も大分時間が経過した頃、皆の様子が明らかに変わってきた。まず、あんなにおしゃべりだったライクとドナルド二世のふたりが、ほとんど話をしなくなった。そして気がつけば、陽気だったエノも、笑顔が絶えなかったベラスも、無表情になっていた。
やっと気がついてきたんだね。
僕は皆がそろそろ気がつき始める頃じゃないかなって思ってた。
だって僕は最初から「本当にこれでいいんだろうか」ってずっと思ってたから。
こういう流れ作業みたいなのは効率はいいんだろうけれど、とても冒険者と名の付く人がやる「冒険」とは呼べないような気がしてたからね。
皆、明日の生活に困って、いやいや仕事をしているわけじゃなくて、冒険者になって冒険のスリルを味わいたくて討伐依頼を喜んで受けていたはず。それがこんな、安全第一なんて看板の下でやるような流れ作業じゃ楽しいはずがないもの。
全員が無口になったところで、僕は皆に声を掛けた。
「もうそろそろいいんじゃないかな。水車小屋付近のゴブリンは、もう心配ないくらいに間引きできたと思うから、森の外まで出てくるなんてことは無いと思うよ。十分討伐の目的は果たせたと思うから、ギルドに報告して終わりにしないか。そして皆で楽しく打ち上げパーティをやろうよ。」
僕の提案を待っていたかのように全員が同意したので、まだ明るかったけれど討伐はおわりにして、魔石の拾い忘れがないか入念に確認してから森を出た。
「あっ、家に干してある狼の毛皮をどうしようか。」
冒険者ギルドに向かう途中で皆に聞いてみたら、あれは分け前とは違うんだから、一番大変だったテムリオにあげるよ、という事になった。僕もこれから家に取りに行って処分してから皆で分配するなんて手間はいやだなと思っていたので、ありがたく皆の申し出を受けることにした。
冒険者ギルドで討伐完了の報告をしたら、報告に使ったゴブリンの魔石も、そのまま冒険者ギルドに引き取ってもらって報酬と一緒にお金でもらう事にした。全部数えてみたら魔石は四十個もあった。
冒険者ギルドの上の方の人が奥から出てきて、「どんなことをすれば三日でこんなにたくさんのゴブリンを狩れるんだ」と言ってきたら、ドナルド二世が、「いや日曜は休んだから二日だ。と言ってさらに驚かせて楽しんでいた。
約束通り、全員が報酬を均等に分けて、まだドナルド二世以外はお酒を飲めないけれど、気分だけ味わおうということになって、全員で居酒屋に行って打ち上げパーティをした。
居酒屋にはノンアルコールワインみたいなのも置いてあって、それ以外は本物の酒席のような焼き肉パーティで皆で大いに盛り上がった。
ノンアルコールワインって、ただのブドウジュースじゃないのって思ったけれど、甘みを抑えた本格的なロゼワインの味がした。元の世界じゃ23歳だった僕はワインなんていくらでも飲んでたから、よくわかる。
最後の頃には、気持ちが落ち込んでいたらしい皆は、そのことを打ち消すかのように、ことさら陽気に騒いだ。
「みんなテムリオのおかげだな。テムリオがクランの仲間に声を掛けてくれなかったらヒーラーのドナルド二世は見つからなかったし、テムリオがあんなに足が速くなかったら、未だに討伐完了できずに苦戦していたかもしれない。」
ライク涙目で僕に感謝してきた。
「俺もそうだぞ。テムリオがイグナス兄貴を連れてきてくれなかったら、未だに俺は冒険者ギルドの嫌な思い出ばかりで、二度と冒険者ギルドに来ることはなかった。パーティのメンバーに恵まれればこんなに楽しいって事を知らないままでいたかもしれない。」
ドナルド二世も、ひとりワインでほろ酔いになりながら、そんな事を言ってきた。
「ありがとう。俺も楽しかったよ。狩りに行くなんてとても無理と思っていたけれど、なんとか皆にひどい迷惑を掛けずに済んでホッとした。」
僕も、討伐はいやだったけれど、仲間が皆いい人ばかりだったので、そこはすなおに楽しかったから感謝しておいた。
その後も、みんな大騒ぎをしながら焼き肉パーティは続いた。
「ところで、聞いちゃいけないような気がして黙っていたけれど、我慢できないんで聞くが、テムリオは、かなり高級そうなアームレットを腕にして、しかも今日は宝石をちりばめたダガーまで腰に下げて来た。お前、下町のパン屋の息子って、本当なのか? どうみてもかなり良家の貴族の子供にしか見えないぞ。」
エノは、アルコールを飲んでいないのに、まるで酔っ払いみたいに顔を赤くして聞いてきた。雰囲気で酔うって、元の世界の下戸だった同僚にもそういう人がいた。
「偶然だよ。腕輪は露天商から買った模造品だし、ダガーは祖母からもらった女性用の装飾品で、実用品じゃない。たぶん宝石っぽく見えるだけでこれも模造品だと思う。祖母にだって本物が買えるほどお金はないもの。」
うーん、なんだか全部嘘ついてるね。僕も知らず知らずに嘘に抵抗がなくなってきている。良くないことだな。
「なんだ、そういう事か。なにか重大な出生の秘密とかあって、実はパン屋の息子は仮の姿なんて事を想像してワクワクしてたんだが、つまんないな。」
それ正解だよ。よく当てたねって言ってあげたいけれど、さすがにそれを打ち明けるのは無理。
しばらく、討伐の最後の頃の嫌なムードを忘れたくて、みんなはしゃいだけれど、それなりの時間が経過して、そろそろ解散しようかという事になった。
「これでテムリオもFランクだろうから、俺たちがDランクに上がっても一緒に狩りができるね。この最強メンバーでこのまま上を目指さないか?」
そうか、みんなはEランクからDランクに昇格するかもしれないんだね。残念ながら僕は万年Gランクが決定していて、どんなにパーティで活躍しようと高評価をもらったとしても、これが変わることは無いんだよね。
だから、この中の一人でもDランクに昇格すれば、自動的に僕はパーティメンバーから出ることになる。なぜならDランクがパーティを組める相手は前後二ランク以内だから、Gランクはパーティに参加できないことになるからね。
僕としては、討伐は今回限りのつもりだったので、優柔不断な僕が「次は参加しない理由」を考えずに済みそうだから、実は内心ホッとしてる。だからそのことには触れずに帰ることにした。
「じゃあ、クランアジトは俺の名前を出せば、いくらでも利用できるみたいだから、自分達のアジトだと思って使ってね。もし部屋が空いているようなら、『赤い約束』パーティ専用の部屋として借りられないか、リーダーに聞いておくよ。」
そう言ってから、お店で解散ということになったので、皆に挨拶して帰らせてもらった。
さあ、明日からはまたGランクの依頼を受けて、ひとりのんびり楽しもう。
家に帰って夕飯のときに今日の討伐の雰囲気の話をしたら、お父さんもお母さんも、もうそのパーティに誘われても参加しない方がいいかもねという事で意見が一致した。お母さんはポーター役に走らせたことを快く思っていなかったらしく、お父さんは、そんなパーティじゃ楽しくないだろうというのが理由だった。
「エルはどう思う?」
エルだって家族会議の重要な参加者なので、エルの意見も聞いてみた。
「エルシェは、パーティに参加して頑張って、早く皆と同じランクになればいいと思う。」
でも僕はGランクから上に行くことは、どんなに頑張っても無いんだよという話は、よく理解できないと思うから黙っていた。
「そうか。ありがとう。エルの意見もよく考えてみるよ。」
狼の毛皮については、お母さんの知り合いが買い取り業者を知っているということで、その人に頼むことになった。
こうして、騒がしかった一日は終わった。
「お兄ちゃん、今日はお酒臭いから床で寝てね」
子供部屋に入ったら、エルから衝撃的なこと言われた。飲んでいないと頑張って主張しても、居酒屋の空気が服に染み付いていたらしく、エルには、それがお酒を飲んでいるように感じたみたい。
これが今日一日で、いちばんひどい事件だった。




