64.初めてのパーティ(6)
次の日は日曜日だったので、家族との約束通り、神殿に行くことにした。
先週の日曜日はオダルティ村から帰る途中でアルケジ村にいたから、二週間ぶりだ。正直言って神殿には家族のお付き合いで行くだけで、僕自身は強い信仰心があるわけじゃないので、アルケジ村の神殿に寄ってこようという発想は全くなかった。
神殿に到着すると、神殿に不似合いな賽銭箱に、家族それぞれが1Gを投げ入れてお祈りしてから日曜学校に行った。お父さんは今日もパン協会に行くのだそうで、ここで別れて、あとで図書館のエントランスで待ち合わせることになった。
何でも小型の焼釜を購入する資金の融資が決定して、今日は契約するために行くのだそうだ。いよいよ僕が命名した事になってる「ピザ」がお店に並ぶことになるみたい。
「エル、おはよう。あ、テムリオお兄ちゃんとお母さんもおはよう。」
前に日曜学校に来たときにもいた、耳が動くふわふわの白い帽子をかぶった女の子が、今日も同じ帽子をかぶって、エルに挨拶してきた。
あれ?どこかで見たことあるような……。
「ルシアおはよう。あ、サラも皆もおはよう。」
エルは両手を広げてルシアにハグすると、後ろから近づいてきたサラや他の女の子にも手を振って挨拶した。
ああ、なるほど、サラの家の裏庭で泣いてたルシアだったんだね。すっかり元気になって、お母さんと一緒に日曜学校に来たみたい。良かったね。だから今日は僕にも挨拶したのか。
僕はすっかりお兄ちゃん気取りで軽く手を振ると、前に来たときに座ったのと同じ場所にひとりでポツンと座って講義の神官を待った。
やがて神官が入ってきて、神に祈りを捧げてから神の教義についての講義が始まり、文字や算術の、まるで幼稚園児向けみたいな授業をしてから、今日は歴史の話じゃなくて、魔法についての授業になった。
「魔力は、成人の儀式の時に、神官から属性に従ったものが付与されます。」
この話はちょっと違うような気がする。神官が何かを付与したりはしないんじゃないかな。成人の儀式の時に属性を鑑定すれば、属性に従った魔法の使いかたを教えてもらえるので、まるで神官から授かったように見えるって話だったような。まあいいか。
「数年前に、魔力が少ない者達が、力任せに魔物を退治したことがあって、魔力以外の力で倒せたのではないかと誤解が広がりましたが、その者達も、実際には神殿から授かった魔力だけで魔物を退治したのです。」
昨日僕達は魔力を一切使わないで退治したけどね。
何だか神殿の威厳に陰りが出てきて焦っているのかな、なんて印象のある魔力の話だった。
歴史の話でも聞ければと思ったけど、今日はそういう話はなさそうだったので、少し早めに僕だけ図書館の方に移動した。
「あ、テムリオ、久しぶりです。」
ソレイヌさんより早く僕のことに気づいたマルグリットが、あれが精一杯なんじゃないかと思えるほどに、わずかに笑顔を浮かべて挨拶してくれた。たぶんマルグリットを知らない人が見たら、あれが笑顔とはとても思えない無愛想な顔だけれど、親しくなってみれば、最高の笑顔だってすぐに気づく。
「ソレイヌさん、マルグリット、こんにちは。いつもお店に来てくれてたんだってね。二人ともありがとう。」
「いいえエルシェさんのお兄さん……ええとテムリオさんでしたっけ。ベルタさんのお菓子はとっても美味しいって、家でも評判なの。どこで買ってるのってお茶会仲間に連日聞かれて大変って母が言ってたわ。勝手にお店を紹介してごめんなさいね。」
ソレイヌさんは、僕のお母さんのことをベルタって呼ぶのになれていないみたいで、ちょっとだけ詰まった。お母さんの貴族の時の名前のほうが呼び慣れているんだろう。
「いや宣伝してくれてありがとう。マルグリットもね。」
マルグリットにもお礼を言ったら、恥ずかしそうにうつむいた。
図書館では直立不動で無表情が普通だったから、すごく新鮮。
「それで、今日は何か調べ物ですか?」
「うん、マルグリットに逢いたくて来た。」
「えっ!」とマルグリットの声がひっくり返った。ソレイヌさんも、「まあ!」と、広げた手を口に当ててる。どうしたんだろう。
「家に来たとき話してた、始まりの王について書かれた古い書物のことだけど、その中から『威圧』にたどり着いたって話してたよね。もし良かったら俺もそれを見せてもらえたらなって思って。実はきのうパーティでゴブリン退治に行ったんだけど、これってもしかしたら『威圧』の力なんじゃないかなって思うような事があったから。」
何だか二人の顔に、明らかにがっかりしたような表情が浮かび上がったのはなぜだろう。
「決まり事なので」という、いつもの無表情に戻ったマルグリットに指図され、ギルドカードを渡したら、「お預かりします」と答えたマルグリットが、カウンターの向こう側にある木枠の装置の上に乗せた。
「えーっ、何で!」
僕のギルドカードが光った瞬間、マルグリットの悲鳴に近い絶叫が静かな図書館に響き渡った。
「落ち着きなさいマルグリット。今日のあなたは少し変ですよ。テムリオさんが来たからって興奮しないの。」
「はっ、お嬢様、大変申し訳ございませんでした。気をつけます。」
マルグリットは、ソレイヌさんに叱られて、シュンとなってしまった。
「確認できましたので、こちらはお返しします。それでは必要な資料は閉架書庫にありますので、閲覧室に御案内します。」
おお、いつものマルグリットが帰ってきたね。実は、こういうツンツンのマルグリットが凄く気に入ってる。内緒だけどね。
閉架書庫のテーブルで待っていると、マルグリットが代車に木箱をいくつか乗せて戻ってきた。
「こ、これが始まりの王について書かれた古い書物だ。この中の一冊は実際に始まりの王の頃の書物みたいだ。なんでこんな小さな図書館に国宝級の書物があるのか不思議だけれど、たぶん誰も気づいていないんだと思う。」
ちょっとだけ冷静さを失っているような感じのマルグリットが、それでも二人だけの時はタメ口になって、少し早口で説明してくれた。
「じゃあ、その一冊から見せてもらえる? マルグリットは、全部読んだの?」
「いや、ほとんど読めなかったが、最初のページに、始まりの王と、王の側近で、王の少しあとに突如現れたもう一人の転生者の書き残した文字を書き写したと書かれていた。」
えっ転生者はふたりいたの?
マルグリットが広げてくれた書物のページには、確かに「この書物はオダルティ王と、アルケジ宰相の書いた書類を書き写した物だ」と書かれていた。
アルケジって、オダルティ村の隣の村の名前だよね。
次のページを開いて僕は仰天した。かなりひどい字だったけれど、明らかに元の世界の文字だった。少し言葉遣いが古すぎて意味がよくわからないところが多かったけれど、大体は読める。
ぶつぶつとつぶやきながら読んでいたら、隣から僕に大接近して一緒にのぞき込んでいたマルグリットが「読めるのか」と聞いてきた。あまりに耳元近くで話しかけてきたので、そんなに近くにいたことに気づかなかった僕は、思わず「うわっ」と声を出してしまった。
だめだよマルグリットそんなに近づいちゃ。顔を向けたとき、もう少しでチューしてしまうところだった。マルグリットに腰のサーベルで討伐されたくないよ。
「ごめんマルグリット、あまりに近かったので驚いてしまった。古い文字は少しだけ読めるよ。なんで読めるのかは、今は詮索しないでほしいんだけど、了解してくれるなら、この次に夕食に来てくれたときに何が書かれてたか解説するよ。」
マルグリットは突然顔を真っ赤にして、それでもしっかりと「お願いする」と言ったので、次の夕食に誘う話をした。
「皆マルグリットがいると食事が楽しいって言ってたよ。そのときにでも、俺なりにわかった『威圧』について説明するよ。たぶんだけど、マルグリットも『威圧』の力を使えると思うよ。」
そう言ってマルグリットにお礼を言うと閉架図書の閲覧室を出た。本来はソレイヌさんの護衛が仕事なのに、僕がいると閉架図書から出られなくなるからね。申し訳ないから、できるだけ一回を短時間にして、何回か通うことにした。
マルグリットは「いくらいてもいいのに」とお世辞を言ってたけど、それを真に受けて居座って、図々しい人と思われたくないしね。
お母さんとエルも、日曜学校を終えて図書館に来ていたらしく、ふたりで本を読んでいる方に歩いて行ったら、エルが嬉しそうに手を振ってくれた。
やがてお父さんも合流して、「無事融資手続が終わった」と嬉しそうだった。
「お母さん、あさっての夜に、またマルグリットを夕食に誘ったんだけど、大丈夫?」
お母さんに聞いたら、エルがなぜか「きゃーっ」と明るい悲鳴を上げた。お母さんも「きゃーっ、よねエルシェ。」といいながら、了解してくれた。
前回と同じ図書館付近の食堂でみんなでお昼ご飯を食べてから中央市場の方に向かった。
「こっちこっち」とお母さんの手をひいてエルが真っ先に向かったのはマーガレットのアクセサリーショップだった。
「マーガレットお姉ちゃん!遊びに来たよ。」
お母さんが、「お姉ちゃん!?」と絶句していたけれど、マーガレットはエルに優しく話しかけた。
「まぁお嬢ちゃん、すっかりレディになったわね。テムリオ坊やもいらっしゃい。こちらがご両親?」
相変わらずうっすら髭の生えたマーガレットは、太い声でいいながら、例のぷくぷくストローを刺した果物をすぐにエルに渡してくれた。
「あ、あの、二人がお世話になったみたいで、ありがとうございます。」
お母さんが、いつになく焦った声を出した。
「まあ、お母さんに、お父さんまで、家のお店のアームレットをつけてくれたのね。ありがとう。今日は皆でお買い物? 市場を楽しんでいってね。」
僕達はマーガレットと少しだけお話をしてから市場の中を買い物して歩いた。驚いたことに市場の中だけ荷物を持って歩いてくれるポーターがいて、僕達が買った物を器用に頭の上に乗せて、一緒に歩いてくれた。
ポーターが必要になるほどの買い物はなかったけれど、ここのポーターはただの荷物持ちじゃなくて、安くて質のいい物を売っている店をよく知っているので、次は調味料などと言うだけで、こっちこっちと連れて行ってくれ、とても便利だった。
僕も討伐参加のポーターの仕事をするのなら、ただの荷物持ちじゃなくて、なくてはならないような能力を持っていた方がいいんだろうな。
……思わず腕のブレスレットを見つめた。




