63.初めてのパーティ(5)
「でも今の手は使えるな。藪漕ぎの中じゃ使えないけど、このくらい走れる場所があれば、足の速いテムリオにタゲを取ってもらって俺たちは後ろから一匹ずつ狩っていけばいいだけだから、凄く楽に狩りができる。」
あ、ライクもゴブリンは「一匹」って数えた。そうだよね。僕の脳内と一緒で、二足歩行で攻撃してくるゴブリンは「一匹、二匹」だよ。あとでドナルド二世に「一頭、二頭って数えるのは変」と言わなきゃ。……なんて、絶対にどうでもいいことを考えていた。
「よし、それで決まりだな。」
エノも結構楽しそうに相槌を打った。
「えっ、なにが決まったの?」
余計なことを考えていたせいで、話がよくわからなかった。
「だから、これからはテムリオにタゲを取ってもらうって話。さっきまでは自然な流れで、ヒーラーのドナルド二世にタゲをとってもらったけど、走り回れるテムリオの方が断然楽だよ。」
「?」
ライク、超初心者の僕に、そんな難しい説明しても全く理解できないって知ってる?
荷物持ちのはずの僕が、狩りに参加するって、いやーな流れの話になってるっぽい事は感じるけど。
「つまりだ、さっきみたいに、テムリオには逃げ回る役になって欲しいって事だ。」
ドナルド二世の説明でようやく話が見えてきた。「タゲを取る」って、「ターゲットになる」ってことね。一度ゴブリンのターゲットになると、どこまでも追いかけてくるから、他の人は安全に狩りができるって話か。
だけど、それは無理だよ。
さっきはトイレの途中で目の前にゴブリンが現れたから、仕方なく鬼ごっこしただけで、あれを毎回やれっていわれても困るよ。体力も無いし。ほらそんなこと言うから、トイレの途中だったって思い出しちゃったじゃない。
さっきの続きをしようと藪の中に入っていった。
戻ったら、少し広場っぽくなっている場所に目利きの力があるドナルド二世がゴブリンを誘い出し、広場の真ん中にいる僕と交代して、僕がゴブリンのターゲットになりながら、広場をグルグル周り、その間に一匹ずつ倒していくって話で、みんなはまとまっていた。
「そんな変な狩りって聞いたことないや。」
弓を持ったベラスが、さも楽しそうに笑いながら話していたけど、僕は楽しくない。だからといって、楽しそうに話し合ってる皆の話を、全否定する勇気も僕にはないまま、気がついたらそういう流れになってしまった。
「早速、行ってくる」と、元気なドナルド二世が、広場っぽい場所にいる皆を残して、藪の中に入っていった。迷子にならないのかな……。相変わらず僕が考えてる事って、少しずれてる気がするけれど、僕なら確実に迷子になって、もう二度とここには戻ってこられない。
しばらくすると、藪の中からドナルド二世が飛び出してきて、僕に向かってニカッと笑うと、片手で軽くタッチしてきた。後ろからはゴブリンが三匹、棍棒を振り上げて走ってくる。
えっと、僕はどうすればいいんだろう。あ、そうかまずはブレスレットを回すとゴブリンの走りが遅くなるから、その間に僕の方にターゲットを変えるよう、僕がゴブリンのすぐ近くで挑発すればいいんだね。
ブレスレットをゆっくり回したら、確かにゴブリンの走る速さが少し遅くなったので、僕は、ほらほらこっちだよとゴブリンにわかるように両手を振りながら、ドナルド二世が逃げていく方向とは反対方向に後ずさりしていった。
そうしたら、僕の方がドナルド二世より近くて、しかも逃げようとしないから、狩りやすいと判断したのだろうか、三匹とも一斉に僕の方に向かってきた。
よし、何とかなったみたいだ。
僕はブレスレットを調整しながら、疲れない程度の速さでゴブリンたちの前を走り、広場をぐるぐる回り始めた。
追いかけてくる三匹のうち、一番後ろのゴブリンを、まずはベラルが弓矢で正確に射抜いた。
続いて、ライクとエノがそれぞれ左右から接近して、間合いに入ると同時に、一撃で残りの二匹を仕留めた。
ゴブリンたちは、もうちょっとで捕まえられるという位置を走っている僕に意識を集中しすぎて、横から近づいてくる二人にはまったく気づかず、あっけないくらい、きれいに片がついた。
狩りが終わったのでブレスレットはそっと元の位置に戻した。
皆笑っていた。
「こんなに狩りが簡単になるとは思わなかったよ。これならゴブリンじゃなくてオーガとか、もっと強いのでもいけるんじゃないか?」
あのね、エノ。そういうのを、元の世界でゲームの話に夢中だった同僚達が、ナントカだって言ってたよ。なんて言ってたのか忘れたけど……。そんな話をしてると本当にそのオーガとかいう、強そうな魔物が、いきなり出てくるんだって。
でもここはゲームの世界じゃなくて異世界だから出てこなかったけど……。
「これで14頭か。この分なら暗くなる前に20頭いけるな。」
ドナルド二世は、相変わらずゴブリンの数え方を「頭」って言ってる。
「でも暗くなる前じゃなくて、西外門が閉まる前に帰らないと、中に入れなくなるよ。」
僕が心配そうに言うと、それもそうだな、ということになって、あと一回だけゴブリン退治したら終わりにしようという話になった。
でもドナルド二世は、ふたたび藪の中に入って行ったけれど、しばらくして歩いて帰ってきた。ゴブリンは見つからなかったみたいだ。
「さてと」と言って僕がポーター用のザックを背負うと、自然と帰る雰囲気になった。僕以外の全員が残念そうな顔をしているところを悪いんだけど、僕はホッとしてる。
だって、鬼ごっこを一日続けるのは正直きついし、そもそもこのブレスレットは『のんびり過ごせるブレスレット』ってチートアイテムなんだから、真逆な使い方はありえない。神の国のセシルフォリアさんに、そのうち怒られるよ。神様に怒られたら怖いよ。
結構森の奥深くまで入っていた気がしたけれど、そもそも今回の依頼内容は『西外門前水車小屋付近に出没するドナ森のゴブリン討伐』ということだったので、水車小屋からはそれほど遠くないところでやっていたみたい。
森の外に出たとき驚いた。こんな近くで狩ってたんだ。帰りは西外門まで、あっという間だった。これならもう少し狩りを続けても大丈夫だったかもしれないね。
「俺は真っ直ぐ家に帰るよ。このザックはこのまま家に持って帰ればいいのかな。」
皆に聞いてみたけれど、ポーターがいるようなパーティが日帰りすることは普通無いみたいで、よくわからないけど、預かってもらえれば助かると言われ、担いだまま家に帰ることになった。
「じゃあ星曜日の九時に西外門集合ってことで、今日はご苦労様でした。」
ライクの挨拶で解散になった。ええと、星曜日って日曜日の次の日のことだよね確か。エルにそう教わった……。
「ただいま」
家に帰るとダイニングにいたエルが僕を見て大笑いした。
「お兄ちゃん、なにその格好は。……お母さん、ちょっと来てお兄ちゃんの格好見て! 大きな袋を背負って、腰には木でできた剣を下げてるよ。変なの!!」
「あらあらテムリオ、重かったでしょう? まさかアゼリアさん達と狩りに行ってきたの?」
お母さんが、僕が背負ってるポーター用のザックを下ろしてくれた。
「いや違うよ。Eランク冒険者のパーティに誘われて、荷物を担ぐだけのポーターをやってきた。袋の中は今日の討伐成果が入ってるよ。」
「何が入ってるの? ちょっと臭うわね。」
そう言うとお母さんはザックの中をのぞき込んで、眉をしかめた。
「テムリオ、これはダメよ、家の中に持って来ちゃ。皮を剥いだだけで、何の処理もしていないでしょう、これ。」
えっ、なにか処理が必要なの? まあ確かにザックを開けたら強烈な臭いがするね。
普通の狼を仕留めて皮を剥いだのをそのまま入れてきたからね。
「お母さんがやってあげるから、お店用のお塩を袋に入れて持ってきて。」
お母さんは僕に指図すると、すぐにザックごと井戸端に持って行った。
塩を持って行ったら、お母さんは履き物を洗うときのブラシで剥いだ皮の内側を丁寧にこすって洗っていた。亀の子束子みたいに固いブラシだ。
「とっても丁寧に剥いでいたから、たいしたことはなかったけれど、普通はお湯で洗うのよ。」
そう言ってから、皮の内側をぼろ布で軽く拭いて、そこにお店の仕事用のお塩をたっぷりとすり込んだ。
「これで今日はお外の洗濯物干し竿にかけておきなさい。本当はできるだけ早く、なめし屋に持っていって処理してもらった方がいいんだけど、パーティじゃ皆の意見を聞いてからね。それとザックも汚れてたから洗っておくわね。魔石も汚れてるからテムリオが洗っておきなさい。間違って井戸に落とさないようにしてね。」
お母さんはすごく手際がいいけれど、何だか結構面倒なものを家に持って来ちゃったみたいだね。
夕食の時間になったら、待ちきれないようにしていたエルに催促されて、今日のゴブリン討伐の話をした。食事をしながら話すようなことじゃないって思ったけれど、お父さんもお母さんも聞きたいから話してと言われたので、ブレスレットの話だけはぼかして、ざっと話した。
「えーっ、お兄ちゃんに追いつけないって、ゴブリンってそんなに足が遅いのぉ? エルシェだってお兄ちゃんなら簡単に追い越せるよ。」
「まあ、必死に走れば、お兄ちゃんだってゴブリンには負けないよ。」
ブレスレットがなかったら、確実に負けてたけど。でもそう言っておかないと、もし森の近くでエルがゴブリンに出合ってしまったとき、僕より足が遅いなんて思って油断すると大変だからね。
「今回の討伐って、水車小屋の近くで子供が襲われたからなんだって。普通はこんな場所に出ないらしくて、みんなも不思議がってた。
襲われたのがエルだったらって思うと、ぞっとしたよ。しばらく森のそばに薪拾いに行くのは、やめておいた方がいいよ。」
お父さんも、「そうだな」と同意したので、エルも渋々頷いていた。
「そうそう、あの木刀みたいな棍棒だけど、あれはギルドに返して、これを使いなさいテムリオ。棍棒持って歩いたら、さすがにご近所で注目の的になってしまうわよ。」
そう言って、お母さんが短剣を僕によこした。
「どうしたの、この短剣。もしかして俺にプレゼントとして買ってくれたの?」
柄や鞘に宝石がちりばめられている豪華な短剣だ。多分実用品じゃなくて、装飾用の短剣だと思う。こんな短剣、平民が手にするのはおかしいよ、お母さん。あっ、お母さんは元貴族か。
「いいえ、これはテムリオのお祖母様が持っていらっしゃった物よ。お母さんがお父さんと結婚したときに譲ってくださったの。一度も使ったことがないから、もし狩りで使うなら、ちゃんとした研ぎ師のところに持って行って研いでもらいなさい。それとこれ、普通はダガーって言うのよ。」
お母さん、僕は棍棒より、宝石がちりばめられたダガーのほうが絶対目立つと思います。
でも確かに棍棒はないよなって思ってたから、代わりになる物ならなんでもいいかな。次の討伐にはこれを持っていこう。どうせ鞘からは抜かないしね。刃物はあぶないもの。
お母さんにお礼を言うと、一度腰に付けてみて、エルに「どう?」と見てもらった。
「棍棒持ったゴブリンみたいなお兄ちゃんより、断然格好いい。」
エルは、なぜか楽しそうに拍手してる。お芝居の芸人じゃないんだからね。




