58.ブレスレットの謎(3)
カツを揚げるならラードの一択です。常温で固まるので冷めたときベタベタしないのが一番の理由ですが、うまみ成分も入ってるので、味が全然違います。ラードは、食材に染みこみにくいので、むしろ植物油より脂質の摂取が少なくて済むのだそうです。
「べつに詠唱はいらんし、声に出す必要もないんじゃけどな、神経集中させるために叫ぶけぇ、ビビらんでな。――鑑定!」
エルヴィローネは、手に持った杖を僕の胸のあたりに持っていくと、僕をにらむようにして叫んだ。
息を止めているらしく、少し苦しそうに顔がゆがんでいたけれど、そのまま数分間じっとしていたと思ったら、突如「ふう」と息を吐き出して申し訳なさそうにアゼリアに話しかけた。
「すまんのう、アゼリア。うちには、ようせんかったわ。『基本ステータス』と『スキル』は、なんかずれとって見にくかったけんど、どうにか見えたんよ。じゃけどな、大事なアイテム使いの能力のとこは、なんかあるって表示は出とるんじゃけどな、名前までは見えんのよ。それになぁ、中身が『不明』ってなっとるんよ。……たぶん、うちの鑑定力じゃあ、追いついとらんのじゃろなぁ。ほんでな、ふしぎなんじゃけど、その『不明』のレベルがのう、-1って出とるんよ。」
えっと、これが『鑑定魔法』なの?
僕の中では何か光が出るとか、何かが浮かび上がるとか、体が熱くなるとか、魔法と言うからには、必ず異世界っぽいことが起きるって思っていたのに、何も起こらなかった。
口には出せないけれど、元の世界の、本当に能力があるのかどうか疑わしい街角の占い師みたいな感じで、大げさな割には何も起こらず、自己申告で「鑑定しました」って言ってるだけにも見えてしまう。
でもエルヴィローネは、嘘はついていないことが確信できる。鑑定できると主張しているだけで、実際にはできない人なら、きっと「何かが見えたっ!」て、大騒ぎして嘘をつくもの。
だからエルヴィローネは、正しく鑑定できていますよって言ってあげたい。恥ずかしいから黙ってるけど。
だって名前なんかないチートアイテムを使うのに、使う能力のほうに名前なんてあるわけないものね。だから名前が表示されないのは当然だし、「不明」なのは、このアイテムが、「何の役に立つのか不明」って意味だし、いずれもしっかりと計測できている。レベル1以下の能力だもの、0以下の-1だって不思議じゃないよ。
「ああ、予想通りだな。きっと私のテムリオちゃんは、領都一のエルヴィローネの鑑定スキルより、さらに上のアイテム使いと予想してた。」
あれ、アゼリアは、違う方向に納得してる。
「神殿や、領都あたりの魔法鑑定士程度じゃ、たぶん『なんかある』ことすら見られない。だからエルヴィローネにどうしても見て貰いたかったんだ。それが確認できたので大収穫よ。レベル-1なんてあり得ないから、何かの鑑定阻害の力が働いたんだろうね。ありがとう。全力で鑑定したみたいだから疲れたでしょう。ご苦労様。」
あのう、そういう方向に結論を出しちゃうと、あとで事実を知ったときの落差が大きすぎると思います……。
僕に気をつかって『基本ステータス』とか『スキル』とかいうところの具体的な中身には触れないでいるから、あとでアゼリアだけにこっそりと「こんなに低かった」って、がっかり報告をするんだろうな。
でもまあ全力で鑑定してくれたみたいだからお礼を言っておかなきゃね。
「エルヴィローネ、嫌なことを無理にさせてごめん。エルヴィローネは独身なの?」
僕なりに慰めたつもりだ。それともしエルヴィローネが結婚していたら、冗談とはいえ、「覗かれて嬉しい」なんて、いけないジョークを言ったことを謝らなければならないので、多分独身だとは思うけれど、一応確認してみた。
「わっ、私のテムリオちゃんはエルヴィローネに覗かれて気に入ってしまったのか。それは困ったわ。どうするエルヴィローネ。テムリオちゃんの恋人の座を賭けて取り合いする?」
「いやじゃ……」
エルヴィローネは体力を消耗してつらそうにしているのにアゼリアの笑えないジョークに小さく即答した。
「それとな、テムリオ。うちは独身じゃけぇ。よろしゅう頼むわ。アゼリアと同じで、自分より弱いヤツのプロポーズは受けんけぇな。」
全力で鑑定してぐったりしているエルヴィローネは、やっとの感じでジョーク返しした。男達の誰かが「うぐっ」と言ったような気がした。
僕の鑑定は、僕にとっては予想通りの「なにもなかった」という結果になったけれど、ブレスレットの使い方のほうは少しだけわかった気がする。ブレスレットを使うと、周りの動きがゆっくりになったように見えるなら、時間に追われずに焦らなくてもすむから、結果的には『のんびり過ごせる』って理屈なのかな。
ときどき自分の場所を変えてみんなを驚かせるといった面白い遊びはできても、何かの役に立つ能力とはとても思えないから、相変わらずレベル1のチートアイテムだけどね。
あとは、みんなが僕に、なにか強い力があるって誤解しているのを解けばいいだけか。でも何にもありませんでしたって事になっても、『蒼の誓』クランの仲間にこのままいたいな。結構居心地いいもの。
「それで俺が『蒼の誓』クランに入れさせてもらえて、とっても嬉しいんだけど、これからは自分の事はどう自己紹介すればいいの? 勝手に『蒼の誓』って名前を出しても大丈夫なの?」
「私のテムリオちゃんは、テムリオちゃん。何も変わらないわよ。でも討伐隊と一緒に行動するときは『蒼の誓』って言った方が仕事はやりやすいかもね。もっとも風水機工連合の会長さんみたいに、たまに腰抜かすひともいるけど。」
「あー、でも俺、テムリオのおやじさんには、危ない仕事をさせるわけじゃないから安心してほしいって嘘ついちまったな。」
トラヴィスが、罰が悪そうに頭をかきながら舌を出した。
「たぶん、テムリオには危ない場所なんてないと思うぞ。そのアームレットを持ってるだけでも敵無しだ。だから嘘にはならない。」
魔道士のイグナスが言うと、みんなが、うんうんと頷いてる。
……ええと、そういうことで意見を一致させないでほしいんですけど。
僕は討伐なんて危ない事は絶対にしたくない。アジトの掃除係なら多分楽しくやらせてもらえそうだけど、そういう役割分担って、どうなってるんだろう。たぶん見習いの僕の仕事だよね。あとでゆっくり聞こう。
「そうだ。前から聞きたいと思っていたんだけど、今なら教えてもらえる? 中央市場で追いかけていた賊って、いったい何者だったの?」
「そうだな、正式なクラン員になったんだから、知っていた方がいいな。それは俺から話そう。」
「貴族崩れ」なんて言われてたセルディオが、紅茶を持ってきてくれたついでに僕の近くに座って話してくれた。
「あれは領主の命を狙っていた間者だ。城の内部に手引きした者がいて、城の奥深くまで忍び込まれたけれど、あわやというところで俺たちが発見して追い払った。中央市場では、その賊を捕まえようとしてたところだった。東外門から城壁の外に逃げられたけれど、外ならいろんな事ができるので簡単に全員捕まえられたよ。」
「いろんな事……」
結構すごいことしたんだろうな。蒼龍を倒したときみたいなことを。
「領主って、誰かに恨まれてるの?」
「ああ、いろいろと敵は多い。多分国の半分くらいの貴族が敵なんじゃないか。その中でもここの領地の西側に境界を接しているデュランディエ公領の執政官は特に敵対意識が強い。今回の間者も執政官の配下だったことが判明しているが、本格的な戦争をするわけにはいかないので表向きはわからない事になってる。」
「へえ、よその領から暗殺団がきたんだ。でも皆はよく間者だって見破ったね」
「フードをかぶっていたろう。髪が違うから他領の者は一目で区別できる。だから城内でフードをかぶっていれば、怪しいってことになる。」
そんなものなのか。一目で区別できるほど髪の毛が違うって、どのくらい違うんだろう。他領の人は全員がアフロヘヤーとか?
「でも、大変な捕り物だったんだね。知らないところで皆が領都を守ってくれていたんだ。全然知らなかったよ。でも説明されても、やっぱりピンとこないな。家族と一緒に幸せに暮らせること、なんて小さな目標しかない俺にはやっぱり遠い世界の出来事みたいだ。」
「みんなそうだぞ。そういう小さな幸せを守るために戦ってるんであって、領主同士の争いに加担したいわけじゃない。それとこの話は親兄弟にも内緒にすること。領主案件は基本的に口外禁止だ。どこに間者が潜んでいるかわからないからな。」
そうなんだね。
「ありがとう。事情がわかっただけでも嬉しいよ。何も知らずにトラブルに巻きこまれていくのって、すごい不幸な話だからね。」
風車修理でトラブルを起こしたことを報告して謝罪するって予定で『蒼の誓』クランのアジトに来たけど、思わない方向に話が進んじゃったな。今回のことを、早く親にも報告したいと皆に言って、今日は早めに帰らせてもらう事にした。
家に戻って手と足を洗ってダイニングに入っていったら、お店の方からお母さんの声が聞こえてきた。
「あらテムリオ、おかえり。今日は早かったのね。もう依頼は終わったの?」
「うん、お母さん。今日は午前中は風車修理の件で風水機工連合のほうに行ったり、午後はアゼリアの『蒼の誓』クランのアジトの方に行ったりしてたので、依頼は受けられなかった。お昼ご飯は中央市場で食べたけど、とっても美味しかったよ。いつもありがとうお母さん。」
「でしょう? あれね、『カツサンド』って言うのよ。特にソースが良かったでしょう。」
うん、確かにソースが絶妙だった。僕が知ってる『カツサンド』のソースとは、全く違う味だったけれど、もしかしたら僕はこっちの方が好きかも。たぶん一番違う点は、この異世界にはトマトがないから、トマト系のソースが全くないというのが理由だと思う。
どうして、いろんな野菜が元の世界のものとあれほど一致しているのに、一番人気のはずのトマトがないのかな。別の世界のものをコピーした神様が、トマト嫌いだったとかなのかな。
「うんソースは絶妙な味だった。あれにキャベツみたいな葉物を一緒にサンドするといいんじゃないかな。」
「それは家で食べるときはそういうの作ってるけど、お弁当にすると傷んじゃうのよ。水分でパンも台無しになるし。だから、お弁当にするときは抜いてるの。」
ああ、そういうことだったんだね。そういう作り方がないという訳じゃないんだ。
「お菓子とケーキのほうはどんな具合?」
「ええ、とっても好調よ。『魔鳴猫の巻き舌』も、『ベイクドチーズケーキ』も、『迷宮の金塊』も、作るのが全然間に合わないくらいに売れてるわ。図書館のソレイヌさんと、マルグリットさんが、いつも買ってくれていて、お宅のお茶会には必ず出しているみたいよ。だから口伝えに貴族の人達に評判が伝わって、おかげさまで一週間も先の予約が溜まってるの。」
『魔鳴猫の巻き舌』は、僕の中では「ランクドシャロール」で、『迷宮の金塊』は「フィナンシェ風」。でも元の世界の同じ物より絶対にお母さんの手作りのほうが美味しいよ。お母さんの腕があまりに凄いので驚いてる。
「すごいね。手が足りないこと以外で困ってることはない? 俺に手伝えることなら手伝うよ。」
「そうね、何かあったらお願いするわね。ああ、そうそう、テムリオは、こういう箱を作っている職人を知らない? お菓子やケーキをいれる入れ物なんだけど、貴族は買いに来た執事さんやメイドさんがお屋敷から容器を持ってくるんだけど、中には手ぶらの人もいて、そのときは木箱や袋に入れて渡しているんだけど、木箱は帰ってこないことが多いから、予備がなくなってきたのよ。」
ああ、そういう問題があるんだね。なら帰ってこなくてもいい使い捨て容器が必要だね。元の世界じゃケーキは固い紙の箱だったけれど、この異世界じゃ多分ないと思うな。それに固い紙の容器じゃ、もしかしたら木の箱より高くなるかもしれないし。
「わかった、早めに探しに行ってみるよ。アゼリアの所の仲間の人は顔が広いみたいだから、教えてもらえるかも。」
その日の夕食の時、お父さんとお母さんとエルに風水機工連合の話をした。直前に『蒼の誓』クランに入っていたおかげで、何の責任も問われなかったことを話して、クラン入りを許してくれた三人に改めてお礼を言った。
「アゼリアは仕事が早いね。関心だね。」
エルが、おませなことを言って、ちょっと大人びた顔をしていた。
でもブレスレットの話だけは、やっぱり家族には話せないなと思った。だって僕の異世界転生の件と連動してるから。




