56.ブレスレットの謎(1)
いやでもどうやって説明しよう。僕が転生者で、このブレスレットは神の国でもらったチートアイテムなんて話はさすがにできないし。そんなこと言い出したら中二病決定になっちゃうもの。
どこから切り出していいか迷っていたら、アレックが先に口を開いた。
「それ前から気になってたんだが、テムリオ、とても高そうなアームレットをつけてるよな。母親の形見かなんかか?」
「いや、お母さんは生きてるし。それとこれはアームレットじゃなくてブレスレットというんだけど、ここではみんながアームレットって言うので、本当は何と呼べばいいのかわからなくなってた。」
「『ここでは』って、まるでよそから来た人みたいな言い方だな。テムリオはよそから来たのか? ……あっ、ごめんなさいヴァルッカ。冒険者の過去を聞くのは御法度だった。忘れてくれテムリオ。」
門番のアレックの横に座っていた屈強だけれど小柄なヴァルッカが、アレックの顔面をいきなりグーで殴ってきた。あれじゃ確かにボコボコさんになるよね。
「いや、別に秘密じゃないからいいよ。俺は南外門の近くにあるパン工房エルってお店の子供で、生まれも育ちもここだよ。」嘘だけどね。
「そうかブレスレットって言うのか。俺は腕に巻く物はアームレットしか知らないからな。ほらトラヴィスも付けてるだろう。」
そう言われて見ると確かにトラヴィスの両腕には黒光りする革製のものに金属が巻き付いた防具が巻かれていた。あれとこのブレスレットが同じ種類の物と思う方がおかしいような気がするけど。
トラヴィスのように、敵の攻撃を体で受け止めて戦う人のことを「タンク」というんだそうだけど、トラヴィスは、確かにタンクみたいな丈夫そうな体をしてる。
「それと、テムリオが付けてるような貴族の腕飾りもアームレットと呼ばれてる。テムリオがつけてるような細いのは普通は女用だから、母親の形見でも身につけてるのかと思ったわけだ。」
「なるほどそういう事か。じゃあ呼び方はどっちでもいいかな。見た目はきれいだけど本当は市場のアクセサリーのお店で買った安物だよ。」
このブレスレットに関しては嘘を重ねても許してほしい。
女性陣のアゼリアとエルヴィローネのふたりだけは、興味深げにのぞき込んでいたけれど、男性陣はほとんど興味がなさそうだった。それでもアゼリアが「威圧の力が凝縮してる」と言ったから、それなりの関心はあるみたいだった。
どうしようか。本当にどこまで話していいのかよくわからない。見抜いている人に嘘をつけば最悪なことが待ってる未来しか見えないし、正直に話して信じてもらえるとも到底思えないし。
うーーん、やっぱり僕にできるのは現実逃避の問題先送りだけなのかな。
「どこで手に入れたのかは、できたら詮索してほしくないんだけど、実はこのブレスレットには真ん中に青いラインがついてるよね。これを回したときにおかしなことが起きるんだ。といっても、たいしたことじゃないんだけど、確かに市場にいたとき、少しだけ回してあった。」
「そうなの? 私のテムリオちゃん、そのとき賊の動きがゆっくりしているように見えなかった?」
「うん? もの凄い勢いで、俺と妹のほうに突っ込んで来たから、ゆっくりなんてことはなかったよ。」
「でも避けられたんでしょう?」
あれ?
確かに言われてみればそうだ。
「俺、隣にいた妹を抱えて横に飛んだんだ。そうしたら、あっ、確かに俺の横を先頭の賊が、ゆっくり通り過ぎていった気がする。そして次の賊も、俺にぶつからずに、ギリギリの所をすれ違っていったけど、全部がゆっくり動いているように感じた。」
「なんなん、それ?」
エルヴィローネが首をかしげた。そういう仕草は結構可愛いい。今日は薄紫の透けるようなローブを着ていて、かなりのおしゃれさんだ。
「それで、ぎりぎりで避けた後で、きちんと着地できて、自分で言うのもおかしいけど、上手くいきすぎたって思った。」
ついでだから、僕の中では無かったことになってるあれも話しておこう。
「それと、本当は風車修理の時、屋上から俺、落ちたんだ。そのときも、このブレスレットの青いラインのところを回してから落ちたら、落ちるまでの間に、いろんな事を考える余裕があって、最後は、くるっと猫みたいに体をひねったら、両足で無事に着地できた。」
「おーっ」
と、みんなが感嘆の声を上げた。「何を馬鹿なことを」と笑われるかと思っていたのに、意外な反応。
「たぶんそのアームレットには、そういう能力があるんだろうな。」
魔道士のイグナスが、納得顔でそう言った。まあ普段から魔法を使っている人には、不思議なことなんて日常なんだろうから、驚かないよね。
「でも、時間を遅く出来る魔法なんて聞いたことないぞ。」
この人は名前を覚えていない。
「ごめん名前を教えてくれる?」
やっとおおよその名前が頭に入ったので、もうひとりくらい覚えられるだろう。
「えーーっ、俺の名前覚えてなかったのか! 俺はカイルだぞ。初めて会ったとき、何度も言ったはずだけどな。」
この人は、本当に標準的って感じの人だ。あまり個性を感じない人の名前って、本当に覚えにくい。
「ごめん、今度は忘れないよ、カイル」
「時間を操る魔法なんてないよ。そんなものがあったら怖い物なしになる。」
この人はラギだ。槍を持っていた人だからすぐに覚えた。すごく落ち着いた感じで、知的な雰囲気もある。会計係って感じの人だ。でも中核メンバーって呼ばれている七人には入っていない。あとから入った一般メンバーと呼ばれているらしい。とっても仲のいいパーティだけど、きちんとした序列はあるみたいだ。
「でも、魔法じゃなくて威圧の力だったらどう?」
アゼリアがラギに反論した。
「『威圧』か。そうかもな。テムリオ、それ以外にそのアームレットで感じた事ってないか?」
「実は今日も、これを回したんだ。風水機工連合の建物に行ったときなんだけど、そこでこれを回したら、周りの音が何も聞こえなくなった。」
「おーっ」
ふたたび、みんなが感嘆の声を上げた。息があってる。
「私のテムリオちゃん。それで今度は反対側に回したら、音が聞こえてきたんじゃない?」
アゼリアは何か確信したように、今朝のとは色違いの『芋あんまんじゅう』をカットして僕の口に放り込んでから聞いてきた。それじゃ返事が出来ないよ。もぐもぐ。
うんうんと頷いたら、アゼリアに、ここでもう一度回してみてと言われた。
ちょっとここで実演って、もしなにも起きなかったら、いままで言ったことが全部ジョークになってしまうから、すごく恥ずかしかったけれど、おそるおそる青いラインを手前にゆっくり回してみた。みんなのぞき込むようにその様子を見ている。
「回したけど……。ここからどうすればいい?」
聞いたけれど、みんなひどく驚いているのか、なにも返事をしない。
いや返事をしないどころか、ブレスレットに驚いたように、のぞき込んだまま固まっている。
いや、もしかして、本当に固まってる?
隣に大接近しているアゼリアの目の前で手をワイパーみたいに動かしてみたけれど、アゼリアはぴくりとも動かない。周りのみんなもそう。
「……どうしたの、みんな。」
ちょっと気味が悪くなって、そっと立ち上がると、みんなの視線をよけて、少し移動した。しかし僕がいなくなった最初の地点を全員がのぞき込んだまま、全く動こうとしない。
「えーーっ!」
どうしよう。これ多分僕のせいだよね。何かを見た途端に石になった昔話があったような気がするけれど、みんなが石になった?
あ、そうだ。アゼリアが「今度は反対側に回したら、音が聞こえてきたんじゃない?」って言ってた。それだ。
僕は慌ててブレスレットの青いラインを逆側にぐいっと回した。
「ぎゃーっ! テムリオが消えた!」
アレックが、これ以上大きな声は出ないってくらいに大声で叫んだ。
何を大げさな、僕ならアレックのすぐ横にいるよ。
そして、隣に僕がいるのに気づいて、さらに叫んだ。
「ぎゃーっ! 横にいる!」
「これは、噂で聞いたことのある『転移魔法』か? 凄すぎて言葉が出てこない。」
さすがに魔道士のイグナスは、こういう現象のことを知っているみたいだ。
「いや、それは違うな。多分私のテムリオちゃんは、アームレットを回してから、そこまで歩いて行って、その場所で戻したんでしょう?」
「アゼリア正解。俺はここまで普通に歩いてきただけだよ。」
「つまり時間を停止させておいて、そこまで歩いて行って、また時間を進めたってこと?このブレスレットには時間を止める力があるの?」
アゼリアの横に戻りながら聞いてみたら、いきなり『芋あんまんじゅう』を口に放り込まれた。
「たぶんそれは違うわね、私のテムリオちゃん。もしそうだったら、自分だけは時間停止しないんだから、風車小屋から落ちたら、普通に地面にたたきつけられるわよ。」
ああ、確かにそれはそうだ……。
「ほんならな、このアームレットの力って、いったい何が起きるん?どげな力なん?」
エルヴィローネが身を乗り出してブレスレットをのぞき込んできた。
近い近い! 超絶美女と、かわいすぎる美女のふたりに挟まれてる。
「それが、このアームレットが放っている威圧の正体だと思う。このアームレットの威圧の力で私のテムリオちゃんの感覚や身体能力が一時的に活性化されたんじゃないかな。」
活性化ってなんだろ。それと時間停止と、どうつながるんだろう。僕には時間が停止したようにしか見えなかった。
ブレスレットの謎が解明されたようでされていない感じで、何だかストレスになりそうな気分。レベル1の『のんびり過ごせるブレスレット』ってチートアイテムのはずだったのに……。




