55.風車の修理(6)
『蒼の誓』に到着すると、いつものように門番のアレックに案内されて建物の中に入った。今回は全員が応接室にいるといわれて、そちらに案内された。
「キャー、私のテムリオちゃあん。」
両手を広げて突進してくるアゼリアを今回こそはと、思いっきり横にひょいと躱したつもりだったけれど、やっぱり気がついたらアゼリアの胸の間に顔が挟まっていた。
いつかきっと躱してみせる。胸の谷間にスポッとはまって苦しいので「ギブ、ギブ」といいながら考えていた。
「私のテムリオちゃん、風水機工連合の会長さんが来てるわよ。」
えっ、どういうこと?
午前中のことは、お互いに最初から何もなかったってことで解決して終わったはずなのに。やっぱり、あれで終わりは虫がいい話だったのかな。こんなところにまで文句を言いに来たみたいだ。やっぱりアゼリアを巻き込んじゃったみたいだな。
応接室には会長と、その付き人らしい何人かが椅子に座っていた。
「あの、これはどういうことでしょうか。」
椅子から立ち上がって僕に挨拶している会長に向かって聞いてみた。
「『蒼の誓』クランのメンバーに迷惑を掛けたのでお詫びにと『お菓子』を持ってきたそうだ。」
トラヴィスが会長が座っている反対側に座って愉快そうな顔でそう僕に話した。やっぱり会長が平身低頭だったのは僕が『蒼の誓』のクランメンバーだとわかったからかな。
トラヴィスの前には、きのう僕が断ったお菓子の箱が置いてある。
「それは俺の好きな『お菓子』じゃないと言って断ったはずだけど。」
「だろうな。会長、このテムリオは『蒼洞のアゼリア』を指先のたった一撃で倒した勇者だ。その勇者が嫌いだと言ったお菓子を『蒼の誓』クランが受け取るはずがないだろう。」
なんか険悪な雰囲気なのに、おちょくって楽しんでますよねトラヴィス。
ほら他のみんなもウンウンと頷かないで。……アゼリアも!
会長は、さかんにハンカチで顔を拭っていたが、やがて何度もペコペコと頭を下げながら、重いお菓子を袋の中に片付けた。
「ところで、俺は本当に免許証を持っていないんだけど、それでもおとがめなしってことでいいの?」
率直な疑問を投げかけてみた。
「そ、それはもう、テムリオ様には、お忍びで風車を調べに行かれたついでに修理までしていただいたのですから、免許証がどうのなどというおこがましいことは、はい。」
すると、隣にいた付き人のような人が、言葉を重ねてきた。
「それに、テムリオ様は村長の不正まで発見されたとのことで、一同本当に感謝しているのですよ。あの一件で、本来は持ってはいけない風車の合鍵を村長が勝手に作っていたことが判明して、小麦粉の流通に関して不正をしていたのではないかという疑惑で、いま取り調べている最中です。」
えっ、あの合鍵は不正に作ったものだったの?
「風水機工連合を通さずに風車修理をしようと企んで、冒険者ギルドに依頼に行ったのも、差額を着服するためではないかと、テムリオ様が気づかれたからこそ、依頼を受ける振りして内密に調べに行かれたのですよね。さすが『蒼の誓』のクラン員の方です。」
そ、そうだね……って、乗っかっちゃダメでしょう。
「でもあの村長、自分の事を『ヴィレインのアズミ』って名乗ってたんだけど、それなりの地位の人じゃなかったの?」
それには風水機工連合の会長が教えてくれた。
「ヴィレインとは、元々は農奴の事です。農奴の中に優秀な男がいて、領主様から村長を拝命されたことが昔ありましてね。ヴィレインなのに村長にまでなった男として、領主様がその男のことをいつもヴィレインと呼んでいたことから、いつしかヴィレインとは村長のことを言うという誤解が広がりましてね。」
そうなんだ、ヴィレインって、そういう意味だったんだね。じゃあアズミ村って、農奴の村だったのかな。あまりピンとこないな。元の世界には農奴なんてもちろんいなかったしね。
いろんな誤解があるんだね。僕に対する誤解も。
そうして誤解をいろいろと重ねながら、風水機工連合の会長は帰っていった。
「ところで、誰かが、風水機工連合に、俺が『蒼の誓』のクラン員だって、伝えに行ってくれたの? それまで取り調べみたいだったのが、急にペコペコ頭を下げてきたから驚いたよ。」
『蒼の誓』クランに結構な迷惑を掛けたことに恐縮しながらアゼリアに聞いたら、それにはエルヴィローネが答えてくれた。
「なんもしとらんよ。テムリオ、風水機工連合に行ったとき、ギルドカード見せんかったん?」
「うん、親に賠償させるから身分を確認するのに見せろと言われた。」
「なら、あそこの職員がぶるぶる震えよったん、目に浮かぶんよ。ギルドカードが原因じゃけぇな。」
エルヴィローネは、私も見たかったと、笑いながら説明してくれた。
「アゼリアが前の日に領主からちゃんと承認もろうとったけん、テムリオは『蒼の誓』のクラン員じゃ、て識別器にかけりゃすぐ出るんじゃもん。」
うー、笑いながら話すと、エルヴィローネの訛りは、少しきつくなるのかな。
そうなんだ。どこでどう登録されるのか知らないけれど、僕が『蒼の誓』のクラン員として登録されると、その瞬間にどこの識別器に僕のギルドカードを刺しても、『蒼の誓』のクラン員って表示が出るって事なんだね。
「『蒼の誓』のクラン員ゆうたら、風水機工連合の会長より、ようけ上の人じゃけぇなぁ。ひれ伏しとったじゃろ?」
話を聞いてみたら、なんでも風水機工連合は領主の代理として風車水車関連の権益を任されているけれど、実務では領主から直接指令を受けているわけじゃなくて、領主直属の『蒼の誓』クランを必ず通すことになっているのだとか。
いわば僕は親会社の役員という立場で風水機工連合の建物に乗り込んで行ったことになる。人事権だってもっている人が来たら、それはひれ伏すよね。職員総出でお見送りしたあのシーンは、当然の光景だったことになる。実際にはただのアゼリアのペットだけど。……ペットにだってひれ伏すんだろう。
それにアゼリアの仕事が早かったおかげで、風車の修理を始めた日の早朝には僕は正式に『蒼の誓』のクラン員になっていたから、領主の代理として風車の修理をしたことになって、不正は全くなかったことになるみたい。
「でも領主の承認って、そんなに早く出るものなの? 普通は手続とかで、事務方を延々とたらい回しにされるんじゃないの?」
「そうなの? そういうのは知らないから、領主に『ここにポンとハンコ押してね』といって、その場で蝋封印をべちょっと押してもらったわよ。領主は何も言わなかったし、そばにいた事務官も、いつものように黙って控えを受け取っていたけど?」
そ、そんな簡単な事なの?
元の世界であのブラック企業の仕事で役所に申請書を提出したとき、窓口を何往復もさせられて、しかもあっちの窓口こっちの窓口と、いろんな所を歩かされて、げんなりしたことを思い出していたから、びっくりした。
もしかして、今頃気がついたけど、アゼリアって、それほどすごい立場の人ってことなのかな。気がつくの遅すぎって言われそうだけど、相変わらず『芋あんまんじゅう』をカットしては、僕の口に放り込んでいるただの超絶美人のアゼリアに、それを想像するのはとても無理。
「いずれにしても、クランのみんなにも、風水機工連合の会長にも、あ、冒険者ギルドのギルド長にも、みんなに迷惑掛けたね。ごめん。」
「ギルド長がなにかしたの?」
アゼリアが急に眉間にしわを寄せて聞いてきた。しわを寄せながらも、『芋あんまんじゅう』は僕の口に放り込んでくる。
それで僕はクラン員だとわかる前に職員の人から、『ギルド長から丁寧なお詫びが入ったのでギルドを騙した罪は免責になった。ギルド長に感謝するように。』といわれた話をした。
「ああ、ギルド長が先走って鼻薬を嗅がせたってことか。テムリオ個人の責任ってことで逃げようとしたんだろうな。どうする?」
それまで無口だったヴァルッカが口を開いた。きっとヴァルッカが「どうする?」って言ったら、ギルド長がボコボコさんになる話だ。
ヴァルッカというのは、ハンマーを持ってる背の低いおじさん。
門番のアレックがぼこぼこさんになったのはヴァルッカのせいだって聞いた。
「一応『蒼の誓』は冒険者ギルドに所属していることになってるんだから、『お礼』くらいは言っておいたほうがいいんじゃないのかな。」
珍しく門番のアレックが割り込んできた。そういえばアレックは門番の仕事はいいんだろうか。気になったので聞いてみたら、
「ああ、あれは俺が趣味でやってるだけで、門番が仕事ってわけじゃないぞ。ほら貴族の館に行くと、どこでも守衛がいるだろう。
『蒼の誓』クランは、そのへんの中級貴族にも負けない屋敷だから、門番くらいはいてもいいかもと思って俺が勝手にやってるだけだ。
そもそも、ここが『蒼の誓』クランのアジトと知って盗人に入るような命知らずはまずいないからな。全員出払っていても普段から門は開けっぱなしだ。」
と笑って言った。
ああ、だから最初の日に話しかけても面倒だったので返事してくれなかったのか。
「そういえば、今思い出した……。」
アゼリアが急に僕の口に放り込もうとしてた『芋あんまんじゅう』を自分でパクッと食べてから、僕に聞いてきた。
「私のテムリオちゃん。前に市場で暴漢にぶつかりそうになってよけたことあったわよね。あのとき、私には絶対にぶつかったように見えたのよね。それなのにトラヴィスがテムリオちゃんの家に行って聞いたとき、なんともなかったって話したそうだけど、あのとき威圧の力を使わなかった?」
ああ、忘れてたよ。そんなことがあったね。あの瞬間僕は神の国に行ってて、帰ってきた途端、目の前に暴漢がいたから、エルを抱えて横っ飛びしてよけたんだ。
「いや、普通にエルを抱いて、横っ飛びしたらよけられただけだよ。」
「あら、私のテムリオちゃんは、私をよけられないのに? キャー、それとも、もしかして、よけられるのに、わざと抱かれてたとか?」
面白そうにアゼリアが軽い悲鳴を上げた。
そういえば確かにそうだな。僕にはどんなに頑張ってもアゼリアをよけられない。あのとき目の前に迫った暴漢をよけられたのは確かに変だ。
今日はいろいろな疑問が解けた日なので、もしかしたら、少しだけ疑問に感じてたことが解けるんじゃないかな。
「実は笑わないでほしいんだけど、俺が持ってるこのブレスレットなんだけど……」
「ああ、それね。威圧の力が凝縮してるわよね。それを使ってよけたのならわかるわよ。」
アゼリアが事もなげに言った。えっこれはそんなたいそうな物じゃないけど……。
そこで僕は、決心してこのブレスレットを回したときに起きた不思議な出来事について、アゼリアに話すことにした。かなり突拍子のない話も混じってるから、信じてもらえるかどうか、全然わからないけど。




