52.風車の修理(3)
テーブルの上にはお母さんの手作り弁当が置いてある。竹によく似た素材でできた水筒に、同じ素材の小さなコップが蓋のように乗せられていて、それを開けると、水がこぼれないようにコルクみたいな木の栓がしてある。
僕は水筒の水をコップに注いで、1杯飲んでから、大きく息を吐いた。
さあお母さん特製のお弁当でも食べてゆっくりしよう。とりあえず、ボーッとしながら食べることにした。食べている間はなにも考えずにいられる。
予定よりかなり早い時間にお昼ご飯を食べ終わると、脳が活性化したのか、少しだけ思考能力が回復してきたような気がした。ちょっと現実に戻るのが怖かったけれど、いつまでもこうしてはいられないので、後片付けを始めようと立ち上がった。
まずは階段を登っていって、僕がすっぽり抜けて輪っかになった麻縄を窓から回収し、回転軸の周りに巻き付けて縛ったほうも丁寧にほどいて、クルクルとまとめた。
窓から少し覗いてみたら、羽根台と軸のつなぎ目にある木のくさびは、しっかり新しいものが取り付けられていた。まるで夢の中の出来事みたいだったけれど、ちゃんと仕事を終えていたことが確認できてホッとした。
窓を閉めたら麻縄を肩に掛けて、慎重に階段を下りていった。余計なことは考えたくないって気持ちが先に出て、後片付けは、まるで機械仕掛けの人形がやってるみたいに淡々とした動きで終わった。
テーブルの上をきれいに片付け、窓も全部閉めたら、風車小屋の外に出て鍵を閉め、「ま、無事に何事もなく終わって良かった。」と自分に言い聞かせながら、アズミ村の方に歩いた。何事もなかったんだよ。きっとね。
「あのう、冒険者ギルドから来た者ですが、風車の修理が終わったので、村長さんに確認をお願いしたいので、家を教えてもらえますか。」
最初に出会った若い村人を捕まえてそう話した。
「なんだ? まるでお貴族様みてぇなしゃべりかただな。ちょっとここで待ってろ村長つれてくっから。」
やっぱり丁寧な話し方をしようとすると、相手には嫌われるみたいだ。でもこういう話し方のほうが楽なんだけどな。
待っていたら先ほどの若い人と同じくらいの年格好の人が一緒にやってきた。村長っていうからには長老みたいな人かと思ってた。
「ヴィレインのアズミだ。風車の修理がおわったって? それじゃ確認しに行くか。」
村長の名前が村名になってるんだね。でも『ヴィレイン』ってなんだろ。村長って意味かな。まあ何でもいいか。
「風車修理の依頼を受けた冒険者のテムリオだ。確認をよろしく頼む。」
まあこのくらいの言い方なら平民の言葉として違和感ないだろう。
そういって鍵を渡すと、「ヴィレインのアズミ」と名乗った人は、さっさと風車小屋のほうに歩いて行った。
最初に声を掛けた人も一緒についてきたと思っていたら、いつのまにか数人の村人も一緒についてきている。きっと娯楽のない村で、こういう出来事は芝居でもみるような楽しい出来事なんだろう。
「子供は来るな!」
と、村長に少年達は追い払われていた。
「ちぇっ、この修理人だって子供なのに」
不満そうに子供達は去って行った。
「うん、見事だ。あれを足場もなしに簡単に修理するとは、さすがに身軽な冒険者だけのことはある。」
「ヴィレインのアズミ」は、風車小屋に入って天井の小窓から覗くとそう言った。
僕は「落ちたけどね」とは言わなかった。この高さから落ちて、足から着地したなんて自分でも信じていないのだから、村人だって絶対に信じないよ。だから僕は脳内で「落ちてない」ことにしている。
「ヴィレインのアズミ」はその場で依頼完了書に署名すると、最後に花押のようなものをすらすらと書き添えた。
えっ花押なんてあるんだ。もしかしてヴィレインって貴族の階級のひとつ?
いやこんな村に貴族が住んでいるわけないか。すぐに脳内で否定して納得した。
「ありがとうございます。また何かありましたら冒険者ギルドのほうによろしく。」
「ああ、初めて依頼したけれど冒険者ギルドの方が早くて確実だな。これからはどんどん利用させてもらうぞ。」
Gランク冒険者が次々と依頼を受けるなんてないから、どんどん依頼しても来るのはいつも僕だけだと思うけどね。
「依頼があっても俺が気づかない場合があるから、次に頼むときはテムリオって名前を出しておくといいよ。指名じゃなくても、名前を言っておけば、たぶん声がかかると思うし。……それはそうと、動作確認してみなくていいのか?」
正直に言うなら、風車が動いているところを見てみたい、が本音だけれど、やっぱり修理が問題なく終わってることを確認したい。
「いや今日は風車守がいないから動かせない。あれだけちゃんと打ち込んであれば問題ないだろう。」
そんな簡単な確認でいいのかな。後になってから、動かしてみたらスポッと抜けてしまったなんてクレームされても困る。
それにしても風車守しか風車は動かせないのか。結構重要な人みたいだけど、そもそも風車守ってなんだろ。
まあとにかく「何事もなく」仕事は終えたのだから帰ろうかな。
やっぱり「ヴィレインのアズミ」は貴族じゃなかったな。などと考えながらとぼとぼと領都に向かって帰った。僕の頭の中は、なぜか『貴族』イコール『チップをくれる』になっていて、それが貴族かどうかの判別法になってしまっているようだ。浅ましいな。
とりあえず猫着地のことは僕の頭の中では無かったことにして、依頼無事完了ということでギルドに報告し報酬を受け取ると、そのまま、とぼとぼと家に帰った。
「手と足を洗ったら夕飯よ」
家に帰ったら、いつものお母さんの言葉が待っていたので、気を取り直して「はあい」とできるだけ明るく返事して井戸端に向かった。
ダイニングに戻ったら、エルは椅子にすでに座っていた。
「お兄ちゃん、今日もエルシェはサラとルシアの3人で薪拾いに行ってきた。ルシアったら、この間は重かったからって、今日はエルシェより少なかったんだよ。力持ちなのにどうしたのかな。」
「それはきっとルシアのお母さんと、早く帰ってくるって約束したからだと思うよ。」
ひとしきりエルの薪拾いの話題で盛り上がりながら、お母さんの美味しい手作り料理を堪能して、今度は僕が、アゼリアのクランに挨拶に行った話と、風車の修理をした話をした。
風車の話はエルにも新鮮だったらしく、水車と同じような感じなのかなど、盛んに聞いてきた。西外門の近くに大きな水車があったから、エルはあれを想像しているんだろう。
お父さんはダイニングの椅子に腰掛けて、静かに食事を楽しみながら僕の話を聞いている。寡黙なお父さんだけど、ときどき頷いているので、ちゃんと聞いているみたいだ。
「くさびをトントン叩き入れるだけで依頼終了なんて、話がうますぎると思ったけれど、本当にその程度の依頼だったのでびっくりしたよ。」
もちろん足を滑らせて腰のひもからスポッと抜けて真っ逆さまになったことは、僕の頭の中からもなかった事になっているので話さない。
「へえ、そんな依頼もあるんだね。風車や水車は風水機工連合が独占していて連合が発行した免許証を持った修理人じゃないと修理依頼を受けられなかったと思ったけれど、冒険者ギルドは例外なのかな。」
黙って聞いていたお父さんが話に割り込んできた。おっと、そんな組織があったなんて知らなかった。
「お父さん、その『風水機工連合』って、なあに?」
冒険者ギルドじゃそんなことひとことも言ってなかったから初耳だ。
「ああテムリオにはちょっと難しい話になるかな。聞きたいのならざっと話すけれど、お父さんもそんなに詳しいわけじゃないぞ。」
といいながらも、結構詳しい話をしてくれた。大丈夫、体は10歳だけど、中身は23歳だから、大抵は理解できると思うよ。
お父さんの話では、粉挽き用の風車水車は領主が小麦から税金を集めるための重要な施設なので、領主の命令で『風水機工連合』が設立されていて、風車水車の建築はもちろん、修繕から利用料の徴収や挽いた小麦粉の流通まで、領主の代理として一手に取り仕切っているのだそうだ。
この連合に小麦粉を取り扱っている商業ギルドや、建築ギルドや、風車水車の各部品を作っているような末端の職人など、風車水車に関わっているみんなが加盟していて、全て免許証を持っているという話だ。
なんでこんなにお父さんが詳しいかというと、パン工房エルでは、小麦は小麦屋さんから買うのではなくて、『風水機工連合』に所属している卸問屋から直接買っているからだそうだ。
「もちろんお父さんも免許証を持ってるぞ。パン屋の営業許可証みたいなもんだからな。これがないと小麦粉は安く買えない。」
「じゃあ、もしかしたら、俺は免許証なしに、モグリで依頼を引き受けちゃったかもしれないということなの?」
まあ、やっちゃったものは仕方ない、と気楽に考えようとは思うけど、根っからの小心者の僕は、こういうことは結構尾を引いて、いつまでもグズグズと悩み続けることになるんだろうな。
「心配しなくても大丈夫だよ。冒険者ギルドに登録された依頼を、テムリオは正式な手順を踏んで引き受けたんだから、万一のことがあっても、責任は冒険者ギルドが取るはずだからね。たぶん。」
お父さん、問題はその『たぶん』の所だと思うよ。組織なんて、責任問題になったら末端で仕事している僕の尻尾切りするのは目に見えてる。
ま、いいか。今日は先送りするものがとっても多いね。あしたもまた午後になったら、アゼリアの所に行く予定だから、アゼリアが詳しいかどうか聞いてみよう。領主と直接話ができる人みたいだから、なにか知ってるかもしれない。
「そうだ、お父さん、今日の村では村長が自分の事をヴィレインのアズミって名乗ってたんだけと、ヴィレインって何のことだか知ってる?」
それにはお母さんが答えてくれた。
「ヴィレインって村長って意味よ。自分の家は代々村長の家系ですよって意味でヴィレインって言うの。」
なんだ、やっばり村長の事だったのか。
その日は、やっぱりあの現実かどうかもわからない落下事故がそうとう精神的に堪えていたみたいで、ベッドに入ると、いつもは隣のエルに遠慮して、なかなか寝付かれないのに、今日は全く気にすることなく、ぐっすりと寝てしまった。




