51.風車の修理(2)
見た目は麻縄にそっくりな縄だから、僕の中では麻縄ってことにした。
麻縄はかなり丈夫だし、安全ロープとしても十分使えると思う。
太さも直径で2cmくらいで縛るのも楽だし。
ちょっと長めなのが難点で、結構重いけれど、その麻縄を抱えて、また天井まで登った。日頃の運動不足が祟って、登ってる最中から、足がぷるぷる震えてきた。
ちょうどいい長さはどのくらいか確認してみたら、だいたい麻縄の半分くらいみたいだ。長けりゃいいわけじゃなくて、長すぎる縄は意外と扱いにくい。
ボッチ軽登山じゃ、何が起きても自分で対処しなければならないので、慎重派の僕は一応登山講習に出て、登山の基礎を学んだけれど、そこでいろんなロープの縛り方も教わった。結局、一度も使うことはなかったけれどね。
ただトラック助手のバイトでは、「もやい結び」と「トラック結び」を知っていたのはすごく役に立った。
その講習で覚えた結び方のひとつに「巻結び」というのがあった。こういう長すぎる麻縄の真ん中辺りを柱に巻き付けるには、ちょうどいい巻き方だと思う。
なにしろ命を預けるんだから、慎重にやらないとね。
麻縄を肩にのせて頑丈そうな縦の回転軸の周りを回りながら巻き付けていった。
たぶん繊細な調整が必要な回転軸だと思うから、風車守に見つかったら、「ここに巻き付けるな」と怒鳴られるんだろうけれど、いまは誰も見ていないし、僕の体重くらいで調整がぶれるとも思えないほどしっかりした軸なので、ここ以上に安全そうな場所はないから勘弁してもらおう。
麻縄がこんなに長くなければ「もやい結び」が簡単でいいんだけれど、今回は回転軸に三回巻いてから「巻結び」を作った。小心者の僕は、さらに余った麻縄も「まとめ結び」という方法で束ねて、解けないように軽く結んでおいた。
「巻結び」は、一見ぐるぐる巻いているだけのように見えるし、結び目も目立たないから、「本当にこれで大丈夫?」って不安になるけど、実際には、引っ張るほどに柱に食い込んで抜けにくくなる構造になっているので、結構安全な結び方だと思う。
反対側は、自分の腰に巻き付けるんだけれど、「ボディコイル、もやい結び」という方法を使うことにした。「腰巻き、もやい結び」という意味だけれど、別の物と勘違いされるので、ちょっと気取ってボディコイルと呼んでるって講習してた人が言っていた。
まず、おへそのあたりで小さい輪を作ってから、麻縄を体に二周して巻き付け、その端を最初に作った輪に通す。ここで「もやい結び」という結び方でしっかりと縛る。
「もやい結び」は引っ張られても輪の大きさが変わらない結び方だ。落下したとき輪が締まったら大変なことになるからね。本当はハーネスがあればいいんだけど、無い物ねだりしてもしょうがない。
「もやい結び」なんて普通の人は知らないよね。僕も登山講習に行くまで聞いたことがなかった。知ってたのは蝶々結びと団子結びだけ。
登山講習では、「もやい結び」はウサギの話で説明された。
まずロープの端から少し離れたところに池を作る。
この池ってつまり小さな輪っかを作るってことだ。
ウサギ……というのはロープの先の事だけど、ウサギが池から顔を出す。
……つまり下から輪の中に通すってこと。
そしてウサギが木の周りを回る。
……というのは輪の外にある立ち木に回して掛けること。
最後にウサギが池に戻る。
……これは先端をまた輪の中に戻すって事で、なんだか分かりやすいたとえ話をしていたんだろうけれど、僕には余計わかりにくかった。
それに実際には輪っかを作る方向なんてのもあるから、これだけじゃ説明にはなってないし。
回し方を車のキーを回す例えで説明していたけど、今の車は回してかけるわけじゃないって、どこからか小声のつっこみがあったのを、あの講習してた人は気づいていなかった。
さて安全ロープの準備はできたので、あらためて麻縄を巻くときに外していた道具入れを腰に縛りなおしてから窓の外に体を乗り出した。外は結構な風が吹いていて、まあ風車を作るような場所なんだから風が吹いていなければ役に立たないのでしかたがないけれど、これ以上体を乗り出すのがためらわれる。
基本小心者が、こういう時にもでてきてしまう。結構勇気がいるんだよね。
かなりの間そのまま固まっていたけれど、やらないわけにはいかないので、少しずつ体を乗り出してすぐ横にある横回転軸の棒をつかみながら、ゆっくりと羽の取り付けてある場所まで移動していった。
今は完全に斜めになった小屋の外壁の上にいる。微妙な角度の外壁で、これで雨よけの屋根の代わりもしているみたい。回転軸の上に乗って座って作業するつもりだったけれど、バランス的にちょっと無理なので軸の棒を両手で抱きかかえるようにして、へっぴり腰で作業を開始した。
まずは、あの緩んでいるくさびをどうするかだけど、僕になにか技術があるわけじゃないので、新しいのに交換する一択だから、かなてこを隙間に押し込んでてこの原理で少しずつ手前に引き抜こう。でも力任せに回りを壊しちゃ大変だから添え木をしながらかな。
かなてこを、くさびにあてて、ハンマーで叩いてすこし食い込ませたら、向こう側に当て木して、くさびが手前に動くようにかなてこを持ち上げていく。
ほんの少しだけれど動いたので、この方法なら何とかなりそうだ。何度か繰り返していたら、やがて手でするっと抜けた。意外と簡単だった。手で穴の中を探ってみたら、折れたくさびの破片が出てきたので、綺麗に取り除いた。
あいかわらずへっぴり腰のまま、今度は新しいくさびを取り出して、抜いた場所にあてると、添え木と木工ハンマーを使って、丁寧に少しずつ打ち込んでいった。
こういう既製品があるのかな。持ってきたくさびは穴にすっぽり収まって、叩いていったらもうこれ以上は入っていかないというところまでしっかりと打ち込むことができた。何度か空振りして手を叩いてしまったのは内緒だ。
おお、もの凄く簡単だった。正味30分もかかっていない。小心者で固まっていた時間を差し引けば半分くらいの時間だったかもしれない。
あまりに早く終わると、腕がいいと褒めるより、そんな簡単な仕事なのにこんな高い金を取るのかと文句を言った元の世界のブラック顧客を思い出す。あのときは、「5分で終わる仕事でも3時間かければむしろありがたがられる」と学んだ。
数少ない友人の一人にそのことを話したときも、友人は共感してくれた。
「ああ、うちのばあちゃんも、このあいだ『電気がつない』といって電気屋に電話したら、落ちたブレーカーを上げにきただけなのに出張費500円なんて言うから払わずに追い返したって怒ってたな。」
なんて言ってた。友人はよくわかってくれる。
まあそういうことだ。あのブラック企業で学んだ貴重な経験を元にして、一階にあったあのテーブルでお母さんの作ってくれたお弁当でもゆっくて食べてのんびししてから村に報告に行けばいいんだと考えた。
さて窓のほうに戻ろうかと一歩踏み出したところで、折れたくさびをかたづけていなかったことに気づいて意識がそちらに向いた瞬間、横回転軸の棒をつかんでいた手が緩んで、足元がふらつき、足を滑らせてしまった。
おっとっと、と壁伝いに歌舞伎の仕草みたいに片足でトントンと滑っていって、最後ずるっとなった瞬間、腰に巻いた麻縄から体がスポッと抜けてしまった。
ああ、やっぱり、というか後出しでそうなってから、「やっぱり」って言う人結構いるけど、あの麻縄、腰に回したあたりにちょっと油がしみ込んでいたみたいだったんだよね。
あっ、これって、このままでは落ちるんじゃない?
あの元の世界の階段落ちの再現? しかもこっちの方が断然高い場所だし、階段のような斜めの場所でもない。神の国にもう一度行くの?
あと一歩で落下という寸前のところで、つま先で立って止まった。
こういうときどうすればいいんだろう。バランス的に後ろに体を持って行かなければいけないのはわかるけど、どちらかというと重心は前にあって動けない。
ああ、こういう状況で、問題の先送りとか、見て見ぬ振りとか、妄想の世界に入って忘れるとか、僕の得意技が使えればいいのに。
などと考えたけれど、状況が変わるはずもない。何だか微妙にバランスの取れている重心が、少しずつ前にずれてる気がする。
そういえば、こういうときにブレスレットを回したらどうなるんだろう。「のんびり過ごせるブレスレット」というチートアイテムだったはずだよね。こんな切羽詰まった状況でのんびり過ごせるようになるなら、もしかしたら何とかなるんじゃない?
急いで腕のブレスレットの真ん中あたりにある青いリングを手前に回してみた。ホント、溺れる者、藁をもつかむの例えを地で行ってる。
でもそんなことで状況が変えられるはずもなく、かえってそんなことをしたせいで、本格的にバランスを崩してしまい、とうとう何もない空間に一歩踏み出してしまった。
もの凄い早さで僕の体は地面めがけて落ちていく。何も考える暇もない。今回は「おわっ」とさえ言う暇が無かった。頭から落ちていく僕の目に地面が近づいてくる。
うわあ落ちる落ちる……って、実際に落ちてるのに今叫ぶのは遅くない?
こういうときはいつものアレだ。現実逃避で、無かったことにして目をつぶる。それで問題解決だ。
うん?それでいいのか?いや考えるのはやめよう。そもそも考える暇なんてないはずなのに、考えるのをやめるなんてのは矛盾してるし。問題は先送りというのも僕が前世から持っていた最高の「チート能力」だから、とりあえず先送りしよう。「チート能力」の使い方あってるよね?
そうやって目をつぶって脳内で現実逃避していると、頭の中に、あの猫が高いところから落ちるとき、くるっと体をひねって足から見事に着地したシーンが思い浮かんだ。考える暇なんてないはずなのに。それに人間は猫じゃないから無理だろうね。でもできたらいいよね。
イメージであれを想像しながら体を思い切りひねってみた。
「えいっ」
すると目はつぶっているけれど、頭と足が逆転したような感じになったので、こういうときは膝を曲げて着地すれば衝撃吸収になるんじゃない。
足先が地面に届いた感覚があったので、そのまま膝を曲げながら着地のエネルギーを散らすイメージで力を入れて、お尻が地面につくまで膝を曲げていったら、完全に落下速度がゼロになってお尻への衝撃は全くなかった。
「……よっこらしょ」
そのまま両手を振り下ろして立ち上がったら、まるで地上でスクワットしただけみたいに体はなんともなかった。
「おお、できたよ。やってみるもんだ。」
こういうのをソフトランディングって言うんだよね。なぜか関係のない経済学の教授から教えて貰った気がする。あの教授は航空機のファンだったんだろう。
しばらくは何が起きたのか理解できないまま、立ちすくんでいたけれど、あらためて目を開けて見上げたら、かなり高い場所にさっきまでいた風車のてっぺん付近の窓が、開いたままになっていた。
「あそこにいたよね………。」
どうしたっていうんだろう。神の国に舞い戻ったわけでもなさそうだ。
気づけば足元に折れたくさびが落ちていた。
現実に起きたことが受け入れられずに思考停止状態。だから、うん、こういうときは無理に考えるのはやめよう。どうせ考えたって理解できない。現実逃避の続行だ。
それに、やっぱりブレスレットは何の効果も無かったよ。
みっともなく悪あがきして回してしまったブレスレットの青いリングの位置を元に戻してから、折れたくさびを拾って腰の道具箱に片付けると、開けたままのドアから風車小屋の中に入っていった。




