50.風車の修理(1)
『蒼の誓』クランの明るい雰囲気に安心した僕は、アゼリアに今日冒険者ギルドに行ったときに感じた「場違い感」の事を率直に相談してみた。するとその話を優しい笑顔で聞いていたアゼリアは、みんなを見回してから簡単に答えてくれた。
「それなら、ここにいるみんながそうよ私のテムリオちゃん。みんな自分の居場所がないって思っていた人達ばかりだもの。格好も関係ないわ。剣を持っていなくても、魔法の杖を持っていなくても、ここにいるみんなには、ちゃんとテムリオちゃんは冒険者に見えているわよ。」
周りのみんなも、笑顔で頷いていた。
「格好は関係ないって言ったけど、アジトのなかなのに、どうしてみんなは、今にも戦いに行きそうな格好してるの?」
最初から凄く気になってたことを聞いてみた。
「ああ、これか。全員じゃないけれど、今から領主様のところに行くんだ。これが俺たちの正装だからな。アゼリアも行くけど、テムリオも一緒に行くか?」
トラヴィスは気楽に近所のおじいちゃんのところに遊びにでも行くように話してるけど、僕がトコトコついて行けるような場所じゃないでしょ!
でも、そんな朝の忙しいときに僕はアジトに来てしまったのか。僕は領主を待たせてでも相手にするほど重要人物じゃないんだから、「今はちょっと忙しいから出直してきて」と言って追い返してくれて良かったのに。
僕は慌てて、
「そんな忙しい時間にごめんなさい。これから冒険者ギルドで依頼を受けるので、今日はこのへんで……」
と腰を浮かせた。
「今日はどんな依頼を受けるか決めてあるの?」
アゼリアは、全く気にしていなそうに、相変わらず芋ようかんを僕の口に放り込みながら聞いてきた。
「風車の修理依頼があったので、受けてみようかと思ってるんだ。一度風車を近くで見たかったから。」
「風車の修理? 大丈夫か?」
ええと、誰だろこの人は。まあいいや、堅そうな防具のわりに、あまり役に立たなそうな短剣を腰に下げた男の人が、なにやら心配そうにアゼリアに聞いてきた。
もしかしたら風車の修理って、僕には到底できないほど難しいものなんだろうか。でも、だったらGランクの掲示板には貼りだしていないよね。
「大丈夫なんじゃないの?」
アゼリアは、何も問題ないって顔で、あっさりと答えた。
そんなわけで、僕は、またゆっくり来ますと挨拶してアジトを後にした。
冒険者ギルドに戻って、改めて掲示板の所に行って、掲示板にまだ依頼書が貼られたままなのを確認すると、いつものようにGランク用の窓口がある部屋に依頼書を持って入っていった。
今日も窓口にいたのは、きのうと同じ苦手タイプのほうの受付だった。
「風車修理か。めずらしいな。風車修理依頼が冒険者ギルドに来ることは普通ないんだが……。まあいいか、少し待ってろ。」
依頼書と白色ギルドカードを持って受付は奥の部屋に入っていった。
「承認が取れたぞ、テムリオ。依頼内容はGランククエスト、風車の修理。テムリオは単独冒険者として依頼を受けるので、報酬は400Gで、そのうち冒険者ギルドの備品貸し出し経費が80Gなので、手取り報酬は320Gになる。ここまではいいか?」
「はいわかりました。」
「風車までの地図はこれだ。南外門からでて南西方向に行くと1kmくらいのところにアズミ村がある。その村に入る手前の丘に風車はあると詳細依頼書に書かれてる。これが風車の中に入る合鍵だ。この合鍵は村長のもので、主鍵は風車守が持っている。あとは領主様が持っているだけなので、絶対に紛失しないように。」
えっそんな大切な鍵をポンと僕に渡していいんだろうか。
「状態は入ってすぐの所にあるメモ用紙に書いてあるということだ。書いてなかったら村に行って責任者から聞いて作業するように。」
この受付、説明が面倒なときは早口になる。
「風車修理に必要な一般的な道具は貸出窓口に言えば貸し出してくれるが、冒険者ギルドには風車修理用の専門道具や部材はないので、修理内容によっては道具や部材が足りない可能性もある。その場合は無報酬で依頼を終了するしかない。備品貸し出し経費は自腹になる。」
受けた依頼が完了しなかったとしてペナルティを受けるのかと思ったけれど、無報酬で終わるだけでいいなら、僕には、むしろ優しいシステムとさえ思える。
「修理完了したら、アズミ村に行って村長を探して確認してもらい、サインを受け取って合鍵は返してくること。以上だが何か質問はあるか?」
本当は聞きたい事のオンパレードだけど、そういうときって、むしろ何を質問していいかわからなくなる。それでも頑張って聞けばいいものを、小心者の癖で「ありません」と返事して、貸出窓口で工具一式みたいなのを借りて腰に付けると、風車目指して出発した。
今日の依頼場所は、少し恥ずかしいけれど、中央通りから、うちのお店の前を通って南外門から出て行くルートの先にある。できるだけお店から遠い方の端を通って、みんなに気づかれないようにしながら通り過ぎた。
南外門の門番のひとりは、濃いオレンジ色の髪の毛をしていた。前は毛染めしているものと確信していて、身だしなみ規則違反じゃないのかって心配したけれど、あれは地毛だったんだね。
南外門から南西方向は牧場が点在していて、ところどころには干し草の山ができていて、ヒバリのようだけど、どこか人間が「ぴいぴい」と口まねしてるみたいな変な鳴き方をしている鳥が僕の周りにもたくさん飛んでいる。「ああ、のどかな風景だな」と楽しんで歩いた。
穂先の白い玉が上下に揺れてる、あの不思議な雑草も健在だった。懐かしいね。
やっぱりアゼリアのクランに行って連日厳しくしごかれるより、こういう『のんびり人生計画』のほうが断然いいな。うん、やっぱりクラン入りはやめといたほうがいいかも。
優柔不断の塊みたいな僕が、そんなことを考えながらトボトボと歩いていたら、一時間くらいで遠目にアズミ村らしい家並みがみえてきた。そして村に入る手前の丘の上には、ひとめであれがそうかとわかる大きな風車があった。
全体に木製の年季が入っていそうな風車で、塗装はかなりはげていた。羽には布地が取り付けられていて、今は故障で止めてあるから、まとめて縛られている。
あの上の方が回転して、風車をいつも風の方に向けるようになっているんだ。風見鶏の尻尾のようなのがついているのではと思ってたけど、地上まで長い棒が下がっていて棒の先端に自転車の輪みたいなのが取り付けてあるから、風の方向に羽を自動的に回転させるような仕組みじゃなく、あれをゴロゴロ回して方角を決めているみたいだ。
なるほどと感心しながら、上の方を口を開けてしばらく眺めたあとで、羽の下をくぐり、合鍵でドアを開けて建物の中に入った。
中は真っ暗で、まず最初に窓を開けるところから始めた。異世界の窓は頑丈な木の板がはめられていて、内側からロックを外して外側に向けて下から上に開けると、つっかえ棒で板を支えるというもので、三ヶ所あった窓を全部開けると、埃っぽかった部屋の中に新鮮な空気が入り込んできた。
どうやら製粉小屋らしい。見上げると小屋の中は四層にわかれていて、階段で上り下りできるようになっているけれど、各層にはしっかりした床板はなく、隙間からは天井まで覗けた。
二階と三階に回転する石臼がいくつかあって中央には太い回転軸があり、四階天井付近には歯車がいくつも組み合わさっている。
小麦粉はたぶん貢納に使われてるんじゃないかな。元の世界でも時代劇じゃお米がそういう扱いになってたもの。だったら風車は、こういう小さな村にとってはとても重要な施設だ。
高い金を払ってギルドに修理依頼を出すのはわかる。きっと腕の良い職人を期待して依頼したのだろうけれど、来たのは何の知識も無いただの転生者。そもそも「羽根台」って何のことかも全く知らないのに、どこを修理するのか全く想像が付かない。
確かにテーブルの上には、詳細な依頼内容の書かれた紙が置いてあった。それによると、外にある羽の根元と回転軸をつないでいる羽根台のくさびが緩んでいるらしい。そうか、羽根台って、あのへんの木組みの名前か。
ただし足場が古くて壊れやすいので修理するのは機敏な冒険者の技術が必要と注意書きされている。
なるほど、これが専門の修理業者に依頼せずに冒険者ギルドに依頼した理由か。たぶん専門業者に依頼したら、足場工事から始める高額な見積もりが出たのだろうね。
早速階段を登って風車の歯車がある最上階まで行って、天窓のように斜めになっている窓を開けて外の羽を覗いてみた。
下を見ると足がすくむので、なるべく見ないようにして、プロペラの真ん中の丸い部分をよく見ると、羽根台と軸のつなぎ目に打たれている木のくさびが、片側だけ浮いているのが見えた。
きっと、あのくさびが緩んでいるんだろうね。ギルドから預かってきた道具の中に、予備のくさびと木槌があるので、あれを打ち直して、しっかり固定できれば依頼は終了だ。
足場の問題さえ無ければ、これなら素人でも簡単に直せそうだとわかってホッとした。依頼料が高いのは危険手当が入っているからだね。
早速、腰に下げた道具の中から、予備のくさびと、木槌、それに打ち込み用の細い当て木を取り出して、扱いやすいポケットに移し替えた。
ロープが入ってないな……。
「一人で孤独に低山ハイク」の時でも、低山なのに10mくらいの多少生意気な岩場登りの場所もあって、初心者用に親切なロープがかけてあった。そういう場所を「ロープ場」と呼んでいて、全く危険のないボルダリングモドキを楽しめた。
あの感覚でロープに頼れば怖くはないなと思っていたのだけど、肝心のロープがない。
靴底はよくわからない動物の皮のざらざらしたのでできているから足が滑る心配は少ないけれど、安全ロープなしに窓の外に出るのは怖すぎて無理かもしれない。
代わりになる物がないかなと小屋の中を見渡してみたら、一番下のテーブルの脇に麻縄のような物が置いてあった。なんだ、あるじゃない。たぶん村人が最初は自分たちでなんとかしようと用意したのかもしれないな。
……そうやって、ぶつぶつとひとりごとを呟きながら、慎重に修理の準備を始めた。




