48.蒼の誓(3)
お店の方を覗いてみたら、アゼリアとトラヴィスと、さっきまで門の前にいた門番の三人が立っていた。
「こんばんは。『蒼の誓』クランのアゼリアと申します。夜分遅くにお邪魔しまして申し訳ございません。」
アゼリアが丁寧な言葉で挨拶をしたら、「私がいくわ」、と出て行こうとしていた僕やお父さんを制して、お母さんが、お店の方に向かった。
「こんばんは。テムリオの母です。わざわざお越し頂きありがとうございます。いまちょうど食事が終わったところで、みんなダイニングにいますから、奥の方にどうぞ。」
いつものやさしい言葉で、アゼリア達をダイニングに誘った。
「ありがとうございます。では無作法ですが、お邪魔させていただきます。」
「あー、俺はリーダーを案内してきただけで、ちょっとこの先用事があるので帰ります。」
トラヴィスは、お母さんが苦手なのかな。ちょっと逃げ腰でそういうと、挨拶もそこそこに、そそくさとお店の外に出て行ってしまった。
「皆様、あらためてご挨拶申し上げます。私は『蒼の誓』クランのリーダーをやっておりますアゼリアです。それで、こっちは見習いのアレックです。」
門番じゃなくて、見習いだったんだね。
「きょうテムリオちゃんに、わざわざアジトまで来て頂いたそうで、アレックがとても失礼な態度を取りましたことを心からお詫びしたいと申しているものですから、一緒に連れてまいりました。ご迷惑でなければ、謝罪を受け入れて頂けないでしょうか。」
そういうアゼリアの横に、今日行った『蒼の誓』クランのアジトで門番をやってたアレックが顔をうなだれている。でもその顔どうしたの。ボコボコなんですけれど。……とりあえず見なかったことにしておこう。
すると、なぜかお父さんやお母さんが口を開くより早く、エルがトコトコとアゼリアの前に出て行って、全然怖くない可愛い剣幕でアゼリアに抗議を始めた。
「あなたがお兄ちゃんにつきまとっているっていうアゼリアね。お兄ちゃんはアゼリアにはあげません。もう二度とお兄ちゃんには近づかないでね。」
「おおいエル。『つきまとってる』なんてお兄ちゃんは言ってないよ。」
あわてて否定したけど、たぶんもう取り返しがつかない気がする。
「ごめんなさいねアゼリアさん。エルシェ、お客様に失礼でしょう。それにお兄ちゃんが冒険者ギルドでいっぱいお世話になった方よ。さあさあ、そんなところに立っていないで座ってね。何もおもてなしできなくて申し訳ないけれど、いまお茶を入れますね。」
お母さんも慌てた様子でエルを制してアゼリアに椅子を勧めた。アゼリアは戸惑った様子を見せながらも、勧められるままに椅子に腰を掛けた。隣には気の毒なほど小さくなっているアレックが座った。
「あのっ、俺、リーダーの大切な彼氏さんと知らずに、本当にすみませんでしたっ!」
頭を机にぶつけて謝ってきた。
「彼氏っ!?」
アゼリアも含めて全員が同時に声を上げた。もちろん僕も。
「いや、あの、リーダーの大切なお客さん……」
もうアレックはしどろもどろになっている。帰った後でボコボコが増えなければいいけど。
「まあ、とにかくそれはもういいですよ。それよりも、こんな時間に来て頂いたのは、謝罪だけじゃないですよね。」
さすがお父さん、冷静に話し始めた。
「はいっ、その通りです。トラヴィスからはクラン入りを断られたと聞いてますので、しつこく勧誘したことのお詫びもしたいと思ってきました。そして勧誘は今はあきらめたいと思っていますが、どうしてテムリオちゃんを勧誘したのか、きちんとお話ししておきたいと思いまして、それを聞いていただきたくてお邪魔しました。」
えっアゼリア。「テムリオちゃんのオンナになったから」なんてジョーク通じないからね、うちのお父さんとお母さんは、たぶんそういうのが苦手だと思うよ。
それに僕に「ちゃん」づけも、アゼリアが僕を幼児扱いしてるとしか受け取らないからねうちのマジメ家族は。
「伺いましょう」
お茶を持ってきたお母さんが椅子に座りながら、なぜかちょっと怖めの笑顔でそういった。エルも同じ怖めのこちらはすまし顔をしている。ふたり並んでそういう顔をしてるときって、ものすごく怖いんですけど。
「まずはテムリオちゃんの気持ちをきちんと確かめることなく、余計なことをしましたことを深くお詫びします。この通りです。」
アゼリアの謝罪はとても誠実そうに見える。いままで、僕に対して、あんなに暴走していたアゼリアとは、とても思えない誠実な話し方だ。
お母さんとエルの、怖めな笑顔とすまし顔が、すこしだけ緩んだかもしれない。
「でもテムリオちゃんにどうしてもクランに入っていただきたいと強く思ったのは真実です。父上様と母上様はテムリオちゃんの属性の事を思って、我々のクランがテムリオちゃんにふさわしい場所ではないと考えて反対されたと感じておりますが、いかがでしょうか。」
「まあ、そうだな。テムリオは我が家の自慢の息子だから、属性の事で引け目を感じるような事は全くないけれど、外では違う目で見られる場合があることは知ってる。」
お父さんの言葉を、お母さんが継いだ。
「ええそうね、そのことでテムリオも当初はとっても苦しんだし、親は冒険者ギルド入りに反対しました。」
「でも本人の決意の強さを知って、仕方なしに冒険者ギルド入りを許したという経緯がある。それなのに、よりによってこの領都で一番と言われている冒険者達が集うクランからの誘いなど信じられないし、危険すぎてとても認められない心境だな。」
「はい、そう思われるのは当然かも知れません。我々のクランは私も含め領都一の乱暴者の集団ですから。でも知っていただきたいのは、我々のことではなくテムリオちゃんの本当の姿です。」
本当の姿?
あきれるほどの小心者で、友達も恋人も作れなくて、できたら現実逃避して隠れて、ひたすらのんびり過ごしていたいのが夢というのが、僕の本当の姿ですけれど?
「自分で言うのは恥ずかしいですが、これでも私は『蒼洞のアゼリア』と領主から冠名をつけていただいている冒険者です。その私が今まで活躍して来られたのは、自分一人の実力ではなく、行動を共にして命を預け合っているパーティ仲間あってのことです。その仲間を集めるのに、資質を見誤ったことが無かったことが活躍できた一番の理由だと自負しております。」
アゼリアは自信にあふれた目をしている。素敵だな。こういう信念を持っている人のことを僕は大好きだ。
「今まで戦った魔物は、私がパーティの仲間の資質を少しでも見誤っていたなら、きっと全滅させられていただろうと思うほど恐ろしく強い魔物でした。」
知ってるよ。お父さんから聞いたもの。
「その私が、命を預け合うクラン仲間を勧誘したときと、全く同じ感覚でテムリオちゃんを『資質がある』と判断しました。『蒼洞のアゼリア』の名にかけて、決して誤っていないと断言します。」
えっと、もしもし、アゼリア? お父さんお母さんには永遠に通じないジョークですよそれ。
「資質というのは表面的な数字では決して測れない物です。わたしはこれを『威圧』の力と呼んでいます。属性でさえその人を表面的に評価するだけに過ぎません。レベルもそうですしスキルもしかり。鑑定魔法であらわれるステータスの全ての数字が表面的なものに過ぎません。」
えっと、難しそうな話で、僕には全く理解できない異世界独特の話だけど、お父さんやお母さんには理解できるんだろうね、きっと。
「ですから、表面に現れた数字でテムリオちゃんの全てを判断しないでいただきたいのです。ご家族の皆さんが信じてくだされば、あとは私が責任を持ってテムリオちゃんが本当に能力の全てを活かせる場を提供します。」
お父さんも、お母さんも、黙って静かに聞いている。
「信じていただけるまでは何度でもご説明に伺いますが、わかっていただくまでは、私の方からテムリオちゃんには、クランへの勧誘は決しておこなわないとお誓いします。でも早計な結論で我々を切り捨てないでいただきたい。今お願いしたいのはそれだけです。」
アゼリアの切々とした訴えが終わって、少しだけ部屋の中に静寂が訪れた。
でも僕は「僕の真実」を知ってるけどね。それこそ神様のお墨付きってくらいの元の世界にいたときの僕の姿を。
だからアゼリア、今打ち明けたのが本気の言葉だったとしても、ごめんよ、それは真実じゃないから、このまま期待させ続けるのはアゼリアを傷つけるだけになる。
僕が、「それでも諦めてほしい」と口にしようとしたら、黙って大人の真似して腕組みして聞いていたエルが唐突に話し始めた。
「アゼリア、さっきはごめんなさい。アゼリアはお兄ちゃんのことがちゃんと見えているんだね。見えてるのはエルシェだけと思って、とっても悲しかったんだよ。」
えっ、エルどうしたの?
「はい、私にはテムリオちゃんの本当の姿がちゃんと見えていますよ。」
「エルシェはアゼリアが嫌いだけど、お兄ちゃんのことを見えている人なら大丈夫だって思う。エルシェにも本当のお兄ちゃんが見えてるから。お兄ちゃんは本当はすごいんだよ。死んだって生き返るくらいすごいんだから。だからクランに入れてあげる。好きにしていいよ。お兄ちゃんを。」
まあ「本当のお兄ちゃんが見えてる」というのは確かに事実だけど……。なにしろこの異世界でただひとり、この体の中に入っているのは別人だって知っているんだから。
でも、お兄ちゃんは、モノじゃないからね。アゼリアの好きにしていいってひどい誤解の元になるような言葉だよ。ほら横にいるボコボコのお兄さんだって困ってる顔をしてるでしょう? ボコボコだから、よくわからないけど。
「あっ、ありがとう。お嬢さん」
「エルシェだよ。アゼリア嫌いだけとエルシェって呼んでいいよ。」
「はい、エルシェちゃん」
ふたりで意気投合してるけど、そういう話じゃないから。ここはお父さんとお母さんにビシッと言ってもらわなきゃ。ふたりはまだなにも感想言ってないよ。
「そうだな。一番信用してあげなければならない家族がどうせ無理みたいな事を言って反対するのは確かに違うな。」
お父さん! それ間違ってるよ。お父さんがただエルにデレデレで、「エルシェがいいならお父さんも賛成でいいか」ってだけのことだよね。
「そうね、エルシェに教えられたわね。」
お母さんも!
「ありがとうございます。一生大切にします。」
結婚じゃないから!
気がついたときには僕の『蒼の誓』クラン入りが決まってしまっていた。僕の意見は誰も聞いていないことにこの人達は誰も気づいていない。こうやって僕は正式な『蒼の誓』クラン員になった。




