45.愛狼のお話
閑話です。
僕が異世界に転生してから二週間を過ぎた。たった二週間のことなのに、めまぐるしかった。
「異世界でのんびり過ごす」という僕の目標が、たった二週間で音を立てて崩れていく実感がある。それこそガラガラという大きな音が耳元で聞こえてきたような気がする二週間だった。
でも元の世界のように、何の楽しみもなくブラック企業で働いていた毎日に比べたら、好きなときに、面白そうな仕事をして過ごすというのは悪くない気がする。
オダルティ村を往復した疲れも取れたことだし、今日は冒険者ギルドにいこう。
お母さんが「軽い依頼ならウエストバッグで行ったら?」といって、どこからか持ってきてくれた。革製のがっしりとしたバッグで、ファッション性は良くなく、良く現場で工事している大工さんとか電気工事の人などがつけていそうなものだった。聞いたら昔お父さんが使っていたのだそうだ。昔のお父さんって、何の仕事をしていたんだろう。
そういうわけで、お母さんが作っておいてくれたお昼ご飯をウエストバッグに入れて家を出た。
エルが友達との「お茶会」に夢中だったおかげで、あの出がけに引き留める強烈な誘惑がなく、スムーズに家を出られた。
アゼリアのクランに入る話は、あのままになってるけれど、まだ続いている話だったら、いつかちゃんと断っておかなきゃね。
でも僕の方から何か言いに行くのも変だから、いつかアゼリアに偶然会ったときにでも話そうかな。これはいつもの僕の性格だ。気が重いことは先延ばしにしたいというだけの理由で、そのいいわけを考えてるだけに過ぎない。ちゃんと自分の分析ができてる僕って、しっかり者だよね。
そんなことを考えながら冒険者ギルドに到着した。
実は、おととい冒険者ギルトで依頼完了報告をしたとき、依頼掲示板に気になる依頼書が貼られているのを見つけていたんだ。ちょっと面白そうな依頼だったので、もし僕にでも受けられそうなら依頼を受けてみたい気がする。
その依頼は日時指定依頼になっていて、確か今日の午前中指定になっていたはずだ。早速掲示板にまだ依頼書が貼られたままなのか確認してみたら、まだ貼ってあったので、もう一度よく内容を読み返してから、いつものようにGランク用の窓口がある部屋に、その依頼書を持って入っていった。
依頼書には『小型愛獣を連れて獣癒魔道師のもとを往復する同行依頼』とあった。
愛獣って、きっと家で飼っているペットの魔獣ということだと思う。どう猛なペットじゃ怖いから、聞いてみて駄目そうだったらやめておくけれど、魔鳴猫くらいなら全く問題ないので受けてもいいと思う。
なんで冒険者に同行を依頼するようなことなのかが気になるけど、無理な依頼をGランクの依頼掲示板に張り出すはずが無いので、きっと心配はいらないだろう。
ペットの飼い主はペットも家族の一員と思っているから、暴漢に襲われたらどうしようとか、逃げ出したらどうしようなんて、可愛い幼子の心配をするみたいに心配するあまり、冒険者の「護衛」を頼もうと思ったのかも知れないね。
やはり今日もこの部屋には手持ち無沙汰の受付がひとりでいるだけだった。
「おお色男か。ひさしぶりだな。今日は愛人は一緒じゃねぇのか?」
今日の受付担当は最初の日にいた、少し苦手なほうの人だった。
「前回はいろいろお世話になりました。この依頼を受けたいのでお願いします。」
できるだけ雑談は避けたいので、要件から先に伝えた。
「おう、わかった。少し待ってろ。」
依頼書をすこしだけ眺めたあとで、僕の白色ギルドカードを持って受付は奥の部屋に入っていった。アゼリアが隣にいたときよりも、さらに横柄な口調になっている気がする。
カウンターの呼び出しリンちゃんに、そーっと手を伸ばしてみたら、ぎろっと睨まれたので、あわてて手を引っ込めた。
「承認が取れたぞ、えーと、テムリオだったな。依頼内容はGランククエスト、『小型愛獣を連れて獣癒魔道師のもとを往復する同行依頼』。テムリオは単独冒険者として依頼を受けるので報酬は80G。経費はないので全額手取り報酬になる。ここまではいいか?」
「はいわかりました。」
「それにしても、受付がこういうこと言っちゃいけないんだが、冒険者ギルドに持ち込むような依頼じゃないな。結構安い報酬だが、本当にこれでいいのか?」
言っちゃいけないって、言いながら言うのってどうなんだろう。やっぱりこの人苦手だけど、言ってることは正論だろうね。いくら簡単な依頼でも、80Gは安すぎると僕も感じながら、なんとなく面白そうな予感がするので引き受けたんだ。
もしかしたらギルド受付手数料の方が依頼料より高いくらいかも。どのくらい手数料を取られているのか知らないけどね。
それに今日は午前中で依頼を終えて、領都の中を少し遠くまで探検してみようかなって思ってたから、こういう軽めの依頼にしたかったんだ。
「この小型愛獣って、怖いことはないんですか?」
「おいおいGランクでも冒険者だろう。冒険者が依頼を怖がってどうする。大丈夫だ、魔物の狼の一種だけれど、人なつこくて可愛い魔獣だ。だったら領都の外に出るわけでもないのに、護衛なんていらないだろうって誰でも思うよな。」
受付はそう言うと喉を鳴らすように笑った。呼び出しリンちゃんまで、真似たような笑い顔になった。
今までの依頼と変わりなかったけれど、一通りの説明を受け、地図を受け取ると、早速依頼者の家に向かった。
依頼者の家は冒険者ギルドとは反対の西側の平民街の中にあった。
平民の家としてはわりといい家のようだ。
「ごめんください。冒険者ギルドから来た冒険者です」
ペットを飼っている家の場合、いきなり玄関のドアを開けるとペットが脱走する場合があるので、開けないで外から呼びかけるだけにするのが、たぶん正解だと思うので、ドアをノックしながら呼びかけてみた。
「ちょっと待っててくれ。」
中から男の人の声が聞こえて、やがてドアが開けられると、中から小太りした中年のおじさんが顔を覗かせた。
「おお、来てくれたのか。今日は無理かと思ってた所だ。飛びっきり可愛い冒険者だな。ありがとうな。まずは中に入ってくれ。」
優しそうな笑顔で家の中に招き入れてくれた。
「ダンゴオウルだ、よろしく。」
うん、なんとなく名前がしっくりする楽しそうな人だ。
手を差し出してきたので、その手を握って答えた。
「テムリオです。冒険者ギルドで依頼を受けてきました。よろしくお願いします。」
「冒険者なのに武器は持っていないんだな。まあ今日の依頼に武器はいらないから、周りの目を考えたら、そのほうがありがたいくらいだ。」
なんと、お茶まで出してくれた。それも上品なミントの香りのするハーブティだ。他の人の気配はしないから、一人暮らしみたいだね。
「それでな、これから連れてくるけど、一緒に行って欲しいのは、うちのルナリアーナとだ。」
えっ、なにその上品な名前。貴族のお姫様か何か?
ちょっとハーブティを吹き出しそうになって慌てた。
しばらくすると、茶色い毛並みの小さい犬を抱きかかえて戻ってきた。ギルドの受付が、魔物の狼の一種と言ってたけど、どうみても小型犬にしか見えない。……と思ったけれど、次の瞬間、「間違いない、魔物だ」と確信できる出来事が起きた。
小型犬にしか見えないルナリアーナが、発音は確かに「キャンキャン」という小型犬特有の甲高い鳴き方なのに、なぜかその鳴き方が言葉になって聞き取れるのだ!
「あらやだ、お客さんだったのかいダンゴオウル。はずかしいじゃないの、お客さんがいるならいるって、言っておいておくれよ。あんた初めて見る顔だけど、いい男だね。あたしはルナリアーナよ。上品なあたしにぴったりの名前だろ? キャン。
で? どっから来たの? もしかしてあれでしょ、あの荷馬車がいっぱ走ってる通りのほうかい? まさか一人で来たわけじゃないでしょうねぇ、危ないのよあそこ。ひとりできちゃだめよ、キャン、キャン。
それにしても今日は気持ちいいわねぇ、風がさっぱりしてて。こんな日は外をぷらぷら歩くのが一番よ。あんたも散歩付き合いなさいよ、ほらキャン。
あら、その目は……いい目してんじゃないの。あたしの若い頃にそっくりよ。私と一緒に歩けば、恋人同士みたいで似合ってていいねぇ。キャン、キャン。
それはそうとさ、最近ちょっと困っててさ。イエダニ、イエダニよ。もう、寝ても起きても痒くってさ、やんなっちゃう。そっちは平気? キャン。
そうそうお昼だけどねぇ。あたしんとこ、ロクなもん無いけどさ、ダンゴオウルったら、特別にカリカリ出してくれんのよ。あたし専用のね。これが結構いける味なのよ。どう今日のお昼は一緒に並んでポリポリやる? キャン、キャン。」
延々と話し続けている。耳元でキャンキャン言ってるものだからたまらない。
「……こういうわけだよ、テムリオ。わかるだろ? 知らない人に出会うと、こうやってずっとしゃべりづけるんだ。」
ルナリアーナが、相変わらずキャンキャン声でしゃべりつつけているので、ダンゴオウルさんの声が聞き取りにくい。
「はあ、確かに」
なんて返事をするのが正解かよくわからなかったので、曖昧な返事をしておいた。これでも……なんて言い方しちゃ申し訳ないけれど、飼主のダンゴオウルさんにとっては、目に入れても痛くない愛娘なんだから、下手なことは言えない。
「それでな、外に連れ出すと、この調子で出会う人ごとに話しかけるんで、相手の人が無視してくれればいいけど、たいていの人が話相手をしてくれるもんだから、ルナリアーナが益々興奮して、絶好調になってしまうんだ。」
ああ、そういう事ね。確かにそうなりそうだね。
「そうなると、興奮してずっと話し続けるルナリアーナに対して、話をやめるきっかけを無くした相手の人は、困り顔のまま、永遠にルナリアーナの相手をするはめになるから、前に進めなくなってしまう。」
「……それじゃ、獣癒魔道師のところに、たどり着けなくなるんじゃない?」
「……それよ、あの男はだめ。だって私のお尻を突然触ってきて、むにゃむにゃ言って気持ち悪いったらないの。それにお尻のあたりがあったかくなるしね。だからあんたも、あんな男とは付き合っちゃ駄目よ……キャン、キャン……」
「そう、だからテムリオには、ルナリアーナが周りの人に話しかけても、すぐに話し相手を自分に切り替えてもらいたいんだ。俺には慣れてるから、俺が仕向けても全くこっちは向いてくれないから、その役をテムリオに頼みたい。できるか?」
依頼内容がようやく見えてきた。
お茶を飲み終わったころには、少しだけ僕に慣れてきたのか、声のトーンはわずかに下がってきたけれど、相変わらずキャンキャン声でしゃべっているルナリアーナを連れて、ダンゴオウルさんと一緒に獣癒魔道師の所まで出かけていった。
確かにこれは大変だった。ルナリアーナは、通りすがりの人に片っ端からキャンキャン声で話しかけていくものだから、面白がってみんなが集まってきてルナリアーナと話したがる。そのたびにルナリアーナの顔を両手ではさんでこっちに向けて、「ルナリアーナは美人だね。」となどと呼びかけて、強引に話題をこっちに持ってこなければならない。
これをダンゴオウルさんがやっても、全く効果が無いのだそうだ。見知らぬ僕だから効果があるみたいで、そのたびに「当たり前でしょ。でもナンパしたってだめよ。あたしにゃダンゴオウルって男がいるんだから……キャン」と、相手なんか誰でもいいみたいにキャンキャンする相手をこちらに変えてくるので、その間に、ごめんなさいといいながら、先を急ぐ、という繰り返しだ。
ようやく獣癒魔道師の所にたどり着いたら、冷静沈着な獣癒魔道師はルナリアーナに話しかけられても、全く相手にしなかった。それはそれで、家族と思っている飼主のダンゴオウルさんの前でそういう「動物」扱いは失礼なんじゃないかなとは思ったけれど、それで良かったみたい。
「この『よーくしゃべってらあ』という種類の魔狼は、人の言葉をオウム返ししているだけで、考えながらしゃべっているわけじゃないから、相手にする必要はない。」
何で相手にしないのかをダンゴオウルさんに気遣って小声で聞いてみたら、ぴしゃりと一言そう言われた。
確かにオウムと世間話なんてしたって意味ないよね。じゃあ、あのルナリアーナのセリフって、実はダンゴオウルさんが教えた自作自演ってことだったの?
それにしては受け答えがスムーズで、ちゃんと対話になってたね。すっかり信じてしまった。ダンゴオウルさんって、すごいよ。
……いや、その前に、なにかさらっと言わなかった?
この小型魔物狼の種類って『よーくしゃべってらあ』って種類なの?
なんか元の世界に、すごーくよく似た名前の犬種があったような気がするよ。
次回、『蒼洞のアゼリア』のお話がはじまります。




