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マジェスティア・アエラ ~希望したチートアイテムはレベル1から上がらない異世界でのんびり過ごせるブレスレットひとつだけ~  作者: 園之野希乃路


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43.魔鳴猫と、少女と、お母さんのお菓子(4)

それでクリンソウのクリンとは、九輪のことで、お寺の塔のてっぺんにある避雷針みたいなものに、輪っかがついているのが、あれが九輪。クリンソウは、あれに似て、段々に花が咲いているから名前が付けられたそうです。


急いで家に帰って、図書館でのいきさつをお母さんに話したら、慌てるでもなく、愉快そうに聞いていた。


「あらあら、どうしましょう。マルグリットさんは騎士爵のお嬢様って言ったわよね。でも、特別な事はしないで、いつもの我が家の夕食を一緒に食べて頂きましょうね。きっとそのほうが喜んでくれるわ。」


ゆとりがあるんだね、お母さん。


僕のほうが心臓が持つかどうかわからないよ。元の世界の人生も含めて、女子を家に呼んだ経験なんて、一度も無いからね。当然冷たい目で拒否される前提で、冗談半分でマルグリットを誘ったら、まさかの了承だからね。


もっとも、マルグリットなら異性を意識しない友達感覚でいられるから、家に遊びに来てくれるのは素直に嬉しいけど。


「お菓子も、午後はお父さんとエルシェに店番を頼んで作っていたから、たくさんできたわ。手の感覚って忘れないものね。とっても満足いくものができたわ。二割くらいは失敗したけど。

どんなのができたかは、夕飯の後の楽しみってことにしてね。あと、お店で出すベイクドチーズケーキも、いつもよりちょっと見栄えがするようにして、これから焼く予定よ。」


うわっ、お母さん本気で張り切ってるよ。


エルは、ちょっとおかんむりって顔をしてその話を聞いていた。


「どうして司書のお姉さんは来ないの? マルグリットさんを誘ったなら、司書のお姉さんも誘わなきゃかわいそうでしょ、お兄ちゃん。」


ああ、エルはソレイヌさんが大好きだったんだったね。ごめんね。慌ててしまって、全く思いつかなかったよ。


「ねえテムリオ、ちょっと聞きたいんだけど、マルグリットさんて、どんな子? お花のように可憐な子? それともしっかりした子?」


「そうだねー。一本筋が通ったような凜とした子だよ。」


お母さんは、なんとなく楽しそうだ。「そうなのね」と鼻歌を歌いながらベイクドチーズケーキをダイニングテーブルの上で作り始めた。キッチンは狭いからね。


「いつもはできたてを食べてるけれど、『冷蔵ホイロ』で何時間か冷やした後のほうが本当は美味しいのよ。だから今日は今から作って、食べる頃には冷たくなったのを試食してもらうわ。お店で売るときも、冷たくして売るから、同じようにした方がいいでしょう?」


そういうと、料理用のビスケットを麻袋に入れて、棒で叩き始めた。

お母さんの言う『冷蔵ホイロ』って『低温魔導熟成庫』の事だってお父さんから前に聞いたっけ。


「お母さん、みててもいい? 手伝ってほしいときは言ってくれれば手伝うからね。」


僕とエルは、お母さんがベークドチーズケーキを作るところをのぞき込んでいた。


「まずは、この砕いたビスケット100gに、溶かしたバター50gをよく混ぜるのよ。」


えーっ、底が堅いのはビスケットだったの?


そして今度は、オーブンで焼くときのケーキ型を持ってきて、クリーム状の白いものを、そこにたっぷりと塗ってから、小麦粉をまぶすように振りかけた。


「その白いのは何?」


「練った牛の脂肪から作った油よ。チーズケーキが型にくっつかないようにするために塗るのよ。」


ふうん。牛の脂じゃ臭くないのかな。


さっき作ったバターとビスケットの混ぜた物を、その型の底にしっかりと敷き詰めたら、厨房の『低温魔導熟成庫』の中に入れに行った。


「温度と湿度をすこし変えないとだめなの。本当はお菓子専用の冷蔵庫がほしいけれど、『冷蔵ホイロ』があるだけでもありがたいわ。ここで休憩よ。充分冷まさないとだめだからね。」


そういうと、ちょっと出かけてくるねといって、どこかに出かけていった。


「お兄ちゃん、どうして司書のお姉さんを招待しなかったの?」


まだ怒ってる。


「ごめんね。そこまで考えつかなかった。今度の依頼で一杯お金がもらえたから、また市場に行って、司書のお姉さんになにかプレゼントを買っていこうか。」


エルは、しょうがないなぁとぶつぶつ言ってたけど、まんざらでもなさそうだった。


帰ってきたお母さんは、長い茎の先の方に何段かまとまって赤い小さな花がいくつもついている花を持っていた。


「あれ?クリンソウなの?」


多分クリンソウに間違いないと思う。

僕は元の世界では、ひとりで軽登山するのが趣味だったから、湿原でこれにそっくりな花を何度か見たことがある。湿地帯に一面に咲いていて、いつまで眺めていても飽きないほど、とても素敵だった記憶がある。


「あら、どうしてテムリオがクリンソウを知ってるの? そうよクリンソウ。いまの季節にしか咲かないのよ。」


そういうとテーブルの一輪挿しにそっと生けた。ちょっと乱暴に扱っただけで、お花が全部落ちてしまいそうなほど、繊細な感じの花だ。


お母さんは、「さてと」と自分にかけ声を掛けて、青い果実の表面をおろし金でおろし始めた。


「それって、すだち?」


「いいえ、今日は試しにライムを使ってみようと思うの。すこし酸味がつよいけれど、香りがいいのよ。こうやって表面を少しだけおろしたのを使うの。ゼストって言うのよ。」


それが終わると、ボウルに、用意してあったクリームチーズ200gを入れて、木ベラで力を入れて練ってなめらかにしてから、ホイッパーで手早くかき混ぜた。


「こういうのを全部手作業でやるんだ。かなり大変じゃない?」


思わずつぶやいたらお母さんに苦笑された。


「手でやらなければ、なにでやるの? こんなの魔法が使えてもできないわよ。」


そこに、砂糖70gを加え、お母さんは『発酵クリーム』って呼んでいたけれど、たぶんサワークリーム100g、それに生クリーム100ml、卵2個の順に加えて、さらにかき混ぜていった。


結構重労働らしく、時々手を振って、手に溜まった疲労感を解消していた。


あらかた混ぜ終わったところに、ライムのすりおろした皮と果汁を加えて混ぜた後で、薄力粉をスプーン1杯をふるって、軽く混ぜた。


「どうして、今までみたいに強くかき混ぜないの?」


「小麦粉をいれたら、激しく混ぜると堅くなっちゃうから、そっと混ぜるのよ」


ああわかった、強く混ぜると小麦粉のグルテンがつながってパンみたいになっちゃうってことだね。うどんで言えば「コシ」が出ちゃうって意味だ。


これを、20分くらい冷やした型の中に流し込んで上から何回か下に落として、大きな泡を壊すと、魔玉オーブンに入れて焼き始めた。


「あとは待つだけ。だいたい45分くらいね。」


ふうと、息を吐いて、お母さんのベイクドチーズケーキは、焼き上がるのを待つだけになった。魔玉オーブンは、自動温度調節やタイマー機能も付いている、優れものみたいだ。


見ているだけなのに、こっちも何だか疲れちゃった。


元の世界では、何でも手作りが好きな叔母さんが、お土産にベイクドチーズケーキを時々作ってもってきてくれたけど、ハンドミキサーで簡単に作ってたみたいだった。


「きっとマルグリットさんは、約束の時間より少し早く来るわ。まだ少し早いけれど、夕ご飯の準備をはじめるわね。」


休む間もなく、お母さんは、夕ご飯の仕込みをはじめた。何かお手伝いを……と思ったけれど、狭いキッチンで、僕など邪魔にしかならないほど、お母さんの手際はいいので、「用があるときは呼んで」と頼んで、二階に上がって、ベッドの上で一休みした。


「お兄ちゃん、マルグリットさんが来たよ!」


横になったら寝てしまったようで、エルに起こされて、寝ぼけ眼でぼんやりしながら一階に降りていった。


一瞬「マルグリットさんって誰だっけ」状態になったけど、昼寝から起きると、いつもの朝じゃないのに戸惑って、いろんな事が頭から飛ぶよね。


一階に下りていくと、図書館の制服のようだった服を脱いだ、私服のマルグリットが立っていた。えっまさかドレスを着てる?


カクテルドレスとまではいかないけれど、それなりのパステルブルーのドレスで、首元の白いモックネックのアクセントがキュートだ。まるでディナーに招かれて、おめかししてきたかのような上品な装いをしている。


準備なんてできなかったはずだから、これが通勤用の私服なんだろうか。だとしたら、結構いいところのお嬢様スタイルだよ。こうして見ると完全に女の子。サーベルは部屋の隅に立てかけてあった。


「いらっしゃいマルグリット、ようこそ我が家へ。お父さんお母さん、図書館で司書補をしてるマルグリットだよ。……マルグリット、エルシェのお父さんとお母さん。」


「俺のお父さんとお母さん」って紹介するのは、まるで恋人紹介みたいな感じになっちゃうからためらった。


「はじめまして、エラミス騎士爵家のマルグリット・ド・エラミスと申します。このたびはお招きいただき、ありがとうございます。テムリオさんとエルシェさんのお母様にはいつも大変お世話になっております。お父様には、お目にかかれて光栄です。」


おお両手でスカートをつまんで、片足を引いて膝をしっかりと曲げる優雅なカーテシーだ。こういうのが自然にでるんだねマルグリット。まさに本物の貴族のお嬢さんだ!


「あらあらマルグリットさん、ご丁寧なご挨拶ありがとう。でもここでそんな深めのカーテシーをしちゃ駄目よ。ここではあなたが一番上の身分なんですからね。」


お母さんが優しく諭している。さすが元貴族。たぶんマルグリットは、お母さんの元の身分がエラミス騎士爵家よりはるかに上の方だという自覚があるんだろうね。どれだけ凄い家の出なんだろう、お母さんって。


席に座るよう促したけれど、なぜか僕とマルグリットが隣り合わせに並べられて、家族三人がそれを品定めするかのように前に並んで座っている。


「この花は見たことのない花ですけれど、何という花ですか?」


マルグリットが、今日の夕食の前にお母さんがテーブルの中央に飾った一輪挿しの花を眺めながらお母さんに聞いた。


「これはねクリンソウという花よ。とってもデリケートなお花だから、お花屋さんでは売ってないと思うわ。近所のお友達で山野草が好きで家で育てている人がいるの。育てるのはとても難しいって言ってたわ。

ほんの短い期間しか咲かない、とても貴重な花よ。

今日はマルグリットさんが来てくださるって聞いたからテムリオにどんな人って聞いたら、一本筋が通ったような凜とした人って言ったので、すぐにこれを思い浮かべたの。

ね、マルグリットさん、このお花好きでしょう?」


「はい、素敵ですね。でも……テムリオがそんな風に私のことを?」


マルグリットってクリンソウのようにデリケートな人なのかな。


賑やかな、いつもの我が家のスタイルをそのままにした夕食が始まった。マナーなんて気にしないでねと、お母さんに言われて、緊張感がほぐれたのかマルグリットは食事をしながら、盛んに僕に『農薬』の話をねだってきた。


『農薬』の話なんて絶対に面白くないと思うのに、話を進めるたびにマルグリットの目が輝いて質問攻めに遭った。


「アブラムシが油で窒息死することをどこで発見したんだ?」


こういう質問が一番困る。プランター君に教わったって正直には言えないし。


「そういうのにやたら詳しい人がいたんだよ。聞いたわけじゃないけれど、勝手に夢中になって話していたのが、たまたま頭の中に入っていただけ。偶然だよ。」


普通の平民が食べる夕食なんて、絶対に口に合わないと思ったけれど、お母さんの予想通り、マルグリットは、絶対にお世辞じゃないと誰でもわかるほど感嘆の声を上げながら堪能してくれた。


マルグリットは、食事が終わっても、『農薬』の話や、『唐辛子』の知識が豊富な理由など、夢中になって聞いてきた。


そこにお母さんがベイクドチーズケーキと新作お菓子を持ってきた。


その新作お菓子を見た瞬間、……驚いた。


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