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マジェスティア・アエラ ~希望したチートアイテムはレベル1から上がらない異世界でのんびり過ごせるブレスレットひとつだけ~  作者: 園之野希乃路


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32.農薬を売る男と、愛の魔法(4)

ひよこ豆は、形がひよこに似てるからひよこ豆と呼ばれていますが、レンズ豆は、形がレンズに似てるから……じゃなくて、なんとガラスのレンズの方がレンズ豆に似てるからレンズと呼ばれるようになったのだそうです。

お腹が空いてきたので、宿の一階の食堂に戻って、お昼ご飯の注文をした。


小さな村のわりには、食べ物は豊富にあるみたい。


パン工房エルほど種類は豊富じゃないし、見た目は素朴だけれど、パンの味も悪くない。小麦産地の強みなんだろうね。


野菜が新鮮なのは特に驚いた。みずみずしい野菜サラダが、食べきれないほどたくさん盛り付けられて、おかわり自由でいくらでも食べられた。


それと、名前はわからないけれど、芋類や豆類が小皿に入って、それぞれ少しだけ異なるあっさりした味付けになっていた。多分地元ではパンよりもこちらの方が主食みたいな気がする。


ひよこ豆のようなのを包んで焼いたチャパティロールに似たのもあって、これ結構美味しい。ちょっと懐かしい気分だ。あのブラック企業のお昼休み、近所のインド屋台に走って行って、買ってきて良くひとりで食べてたなぁ。味は全く違うけど食感はかなり近い。


牧畜も少しだけやっているみたいで、新鮮なコクのある牛乳が出てきた。夜はお肉を堪能しよう。


少し贅沢感のあるお昼ご飯を食べていたら、リゼッタに案内されて、あのキザなセリフのヴァリオが食堂に入ってきて、ふたりは僕の後ろの席に座った。


お昼ご飯を食べながらだから、立ち聞きじゃないよねと、自分に言い訳しながら、ふたりの話の続きを聞いた。


「私ね、小さい頃に両親が亡くなって、ミルダに育てられたの。ほら村長のヘルデンおじさまのところで会ったでしょう? あの家で下働きしているのがミルダよ。」


へぇ、身の上話ができるほど、こんな短時間で仲良くなったんだね。僕には到底真似のできない技があるみたいだ。


「おお、あの美しいご婦人が、リゼッタのお母様でしたか。礼儀正しい方でしたね。あのような方に育てられたから、リゼッタはこれほど気品のあるお嬢さんに育ったのですね。都会にいっても、その立ち振る舞いは紳士の心を捉えて放さないと思いますよ。」


うっ、歯が浮いて食べ物が噛めない。思わず牛乳で流し込んだ。


「いやだわ、そんな風に褒める人なんていないわよ、この村じゃ。……それでね、親も親戚もいないから、成人の儀式の日はひとりで神殿に行ったわ。」


「ミルダお母様は一緒じゃなかったのかい?」


「ええ、成人の儀式の時に神殿に付き添えるのは肉親だけよ。でもミルダが晴れの服を作ってくれて、村長のヘルデンさんは荷馬車で神殿のあるアルケジ村まで送り迎えしてくれて、村長の家の皆さんは、家族のように祝福してくれて、私はとても幸せだったわ。だけれども、そのとき感じたの。私はこの村に居場所はないって……。」


どうして?


「おやどうしてですか? 心優しい皆さんに囲まれて、リゼッタの居場所はそこにあったのではありませんか?」


心の声がヴァリオの声とかぶった。


「……いろいろ事情があるのよ。それで私ね、そのときに決めたの。いつかきっとこの村を離れて都会で暮らそうって。いつか誰かが、私をこの村から連れ出してくれる時がきっと来るから、その時に村を出ようって。」


「そうですか……。リゼッタも心に秘めた何かを持って暮らしてきたんですね。」

「ヴァリオさんは、生まれた村をいくつの頃に出たの?」

「私ですか……。私が生まれ育ったのは、都会でしたが……」


少しだけ言葉が途切れた。


「実は私も元は孤児でして、孤児院で育ったんですよ。両親のことは何も知りません。」

「えっ、そうなんですか。ごめんなさい、お話しにくいことを聞いてしまいました。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。境遇が似ているリゼッタだから、話してみようと思っただけです。きっと、きちんと聞いてくださると思うから。」


「はい、きちんと聞きます。」


「ちょうど、いまのリゼッタくらいの頃です。若かったんですよ。身分もわきまえずに、下働きしていたお屋敷のお嬢さんに恋をしましてね。」


「まあ!」


ヴァリオの話って、いつもどこか軽いのに、今はなぜか感じられない。饒舌にしゃべるのが得意な人が、途切れ途切れに話しているからだろうか。


「とっても仲良くお付き合いさせてもらっていたのですが、身分違いですからね。手を握って庭園を散歩していたところを、ご主人にみつかって、お屋敷を追い出されたのですよ。」


身分制度がない元の世界だって、追い出されるだろうね。


「後ろからお嬢様の、『必ず迎えに来て』と泣き叫んでいる声が聞こえたのですが、振り向かずにお屋敷を出ました……」


「振り向かなかったのですか。」


「ええ、怖かったんですよ。『きっと迎えに来る』って、本当は大きな声で叫びたかったんですけれどね。結局、叶うはずのない恋に傷つくのが怖かったんです。卑怯な男だったんですね私は。その苦しさから逃れようと旅に出ました……。」


ああ、わかるな。多分僕も振り向けない。まあ、僕ならお嬢さんと仲良くなることすらできなかったろうけど。


食事の手が止まっていたのを思い出して、パンをちぎって、スープと一緒に口に入れた。


「その街には戻ったことがないの?」


「ええ、二度と戻りませんでした。もうずっと昔の話です。」


そこで会話は途切れ、給仕が料理を運んできたタイミングで隣の席でも食事が始まった。


あまり好きなタイプの男じゃないけど、少なくとも23歳になるまで、誰一人女性に声を掛けられずに過ごしてしまった僕よりはマシな男だな。


食後に、美味しいフルーツを勧められたので食べていると、後ろの席でも食事が一段落したとみえて、リゼッタがまた口をひらいた。


「ヴァリオさんにも、そんな過去があるんですね。」


「もしかして、リゼッタが、この村を出ようと決心したのも、都会に憧れているからじゃなくて、私のような重い物を背負っているからでしょうか。」


「……そうね。そうかもしれないわ。」


「リゼッタのことを、決して振り返って見てはくれない、諦めなければならないような遠い人に恋をしてるということはありませんか?」


「……」


リゼッタは何も返さなかった。


「なら、私のように、誰にも別れを告げることなく、黙って村を去りますか? お手伝いはしますけれど。でも私のように後悔を背負って生きる生き方は、お勧めしたくありませんよ。よく考えて決めてくださいね。」


何だか話が重いな……。

その後、部屋に戻ったので、どんな話になったのかは知らない。


ひとまわりしたら、もうなにも見るようところがない村だったので、午後は部屋でのんびり過ごしていた。


そういえば、あの白い小さな玉が上下に揺れてる、異世界っぽい雑草が、この村にはどこにも生えていなかったな。建物の中の魔灯の灯りがなければ、元の世界の、どこにでもある田舎の風景と、どこも違わない。


ああ、こういう村で暮らすのも、のんびり生活にはいいな……。


次の日の朝早く、食事も早々に迎えに来たサーシンに連れられて、唐辛子畑の方に向かった。みると庭にゴザが敷いてあり、真ん中に存在感のある挽き臼がおいてあった。そばには僕と同じくらいの年格好の男女が二人ずつ座っている。


「これから、こいつらに交代で唐辛子を挽いてもらおうと思う。唐辛子がどういうものかは、みんな一口かじったので知っている。なにか注意することはあるか。」


「ええと、できたら布で口と鼻を覆って作業してほしい。深く息を吸わないで、目が痛くても絶対に手でさわらないように、ときどき目を水で洗うといいと思う。でもこれは食べ物だから毒じゃないよ。」


唐辛子の粉挽きなんて、もちろんやったことないから、想像で言ってるだけなんだけどね。


「それじゃあ、試しに1.2kgまで今から作ってみてくれないか。それだけあれば遅効性農薬の材料としては足りるから。でも1.2kgって結構な量だと思うから、無理して急がなくていいけど。」


どれだけ大変な作業なのか、見てみたい。あまり過酷なようなら、叩き潰す程度でもいいって言おう。僕がブラック企業の雇い主側みたいなことはしたくないからね。


最初なので四人が300gずつ交代で唐辛子を臼に入れて挽いてみることにした。途端にみんな激しいくしゃみをしだしたので、慌ててサーシンが家からぼろ布を持ってきて、マスク代わりにしたけれど、ほとんど効果はなかった。


はっくしょん、へっくしょんと、輪唱しながら、それでも何とか休憩をとりつつ1.2kgの一味唐辛子みたいな粉ができあがった。


鼻水びちゃびちゃ垂らしながら、涙目で笑顔の男が、「なんとかなりそうだよサーシンの兄貴」と言った。


「わかった、それじゃ、くれぐれも無理しないように、長くても1時間交代で残り全部を今日中に仕上げてくれ。」


サーシンが心配そうに伝えると、「まかせとけって」と元気な返事が来た。たぶんここは何とかなりそうだ。僕とサーシンは、できあがった唐辛子の粉を持って村長の家に向かった。


今日は母屋で長老会議が行われているとサーシンが言うので、裏木戸のほうに回ってから中庭に入った。


中庭には、100L用と思われる空の樽がいくつも並べられていて、少し大きめな釜もひとつあった。

作業場に入ると、昨日の打ち合わせた材料は全部そろえられていて、机に脚を載せて何か飲んでいるヘルドがいた。どうだ俺は仕事が早いだろうと言いたそうな目で、僕の方を自慢そうに見た。


「じゃあ、遅効性農薬の材料は全部そろったみたいなので、今日は遅効性農薬を作って、あした即効性農薬を作ろう。」


僕が提案すると、ヘルドが少し考え込むような仕草をしてから口を開いた。


「使う順番は即効性農薬からだろう? なんで遅効性農薬から先に作るんだ?」


「ああそのことか。確かに即効性農薬は最初に畑に撒く予定だ。その効果がはっきりわかるのが次の日。遅効性農薬を使うのはその後だ。でも俺の手順が悪くて申し訳ないんだが、今サーシンのところで作ってもらってる唐辛子の粉はほとんど即効性農薬に使うんだ。だから明日じゃないと作れない。」


「じゃあ、即効性農薬を試すのはあさってで、その効果が確認できるのがその次の日で、遅効性農薬を撒くのはその後ということか?」


即効性農薬の方を先に作って欲しそうな言い方だな。


「被害が拡大してる最中なのに申し訳ないけれど、そういうことになる。そういう予定じゃ間に合わないほど被害が拡大してるのか?」


「……まあそれもあるけどな。……わかった、考えててもしょうがないから、やれるところから始めるか。そういえばサーシンの兄貴、昨日の魔法水の鑑定はどうなった?」


少し口ごもった感じで、ヘルドは話題を変えた。


「ああ、昨日訪ねてみたら、アルケジ村に行って留守だった。今日の夕方に戻るそうだから、もう一度行ってくる。」


「そっちもまだか。上手くいかないな。それで丸腰、遅効性農薬作りは、まずどこから始めればいい?」


気を取り直したようにして聞いてきた。


「そうだな、まずは、にんにく2kgをすりおろすところから始めるか……。」


「げっ!」サーシンが顔をしかめて叫んだのが合図のようになって、僕たちは三つあったおろし金をめいめい手に取って、にんにくのすりおろし作業を開始した。


「ヘルド! ヘルド! 決まったわよ! ……いやあん、くさあい……」


慌てた様子のリゼッタが部屋にいきなり入ってきて叫んだと思ったら、鼻をつまんで艶っぽい悲鳴を上げた。鼻声の女性って艶っぽいよね。


※本作はフィクションです。

登場する農薬の製法・使用法は物語上の演出であり、現実での再現・利用を意図したものではありません。


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