28.神殿と日曜学校と図書館と(4)
家庭菜園で唐辛子とピーマンを一緒に栽培すると、ピーマンがシシトウみたいになってしまいますのでご注意。
「う、うん。俺の記憶している植物とそっくりだから、たぶん間違いないと思うが、これを口に入れたことあるか?」
ナス目の男の迫力に、上体をのけぞらせながら答えた。
遠くに心配顔のお母さんとエルの姿が見えた。
「いや、これはきっと魔草だ。口に入れたら、口から火魔法が飛び出したから、食べ物じゃないことは確かだぞ。」
ああ、「口から火が出るほど辛かった」という意味だろうね、多分。
「あのう、テムリオさん。その植物は『トウガラシ』で間違いないのでしょうか。」
相変わらず優しい声のソレイヌさんが、マルグリットの向こうから背伸びして首を出して聞いてきた。
「はい、これと同じ物を栽培してたヤツがいて、そう呼んでました……」
本当の話だから嘘はついていないよ。僕は嘘をつくと目が泳ぐ癖があるから、大抵の嘘は見破られてしまうけれど、いまのはきっと大丈夫。
「それではマルグリット、ここは任せるわ。私は『トウガラシ』の事が書かれた本がないか検索棚のほうに行って調べてきます。」
そう言うと、困惑顔のマルグリットを残して、検索棚と言っていた棚の方に歩いて行った。
「それで、この唐辛子は、どうやって利用する物か、お前、知ってるのか。知ってたら教えてくれ。他にも聞きたいことがある。栽培してたヤツのところにも案内してくれ。」
「いやごめん、俺はパン屋の息子で冒険者だから、野菜のことはからっきしわからない。栽培してたヤツも、今は遠く離れたところにいるので会えない。」
逃げ腰で言ったら、ナス目は明らかに落胆した表情になった。
正直言って、これ面倒事の臭いしかしないからね。
でも落胆した顔を見てたら、つい気の毒になって言葉を継いでしまった。
「この唐辛子の一番の利用法は香辛料だ。」
「な!何だと!こんな恐ろしい物が香辛料に使えるのか!」
あまりに食いつきが激しいので、直後に後悔した。
「おいっ、ここは図書館だ。私語厳禁。話なら二人とも外でしろ。」
マルグリットにタメ口で怒られた。ナス目はゴミ仲間決定だ。
「すまん。田舎者だからどうしても声が大きくなる。気をつけるから、ちゃんと教えてくれ。俺はオダルティ村のサーシンという者だ。」
おお、旧都オダルティ村か!
本人は小声にしたつもりみたいだけれど、まだ結構大きな声で謝ってきた。
「おれは冒険者のテムリオだ。この唐辛子が香辛料だというのは本当だ。俺の知ってる物と本当に同じ物か、少し確認させてもらえるか?」
そう言って許可をもらうと、ナス目……じゃない、サーシンの手の中にある唐辛子の房から、真っ赤な唐辛子をひとつつまんで、その先の方をほんの少し口に入れてみた。
うえっ、辛い! やっぱりこれは「鷹の爪」だ。
「唐辛子で間違いない。これどこで手に入れたんだ? 農業ギルドでも知らなかったって事は、ここら辺の植物じゃないよな。」
口の中をハーハーさせながらしゃべった。
「ああ、知らない行商人から買った。遠い異国から来た植物で、行商人も名前を知らなかったが、栽培が簡単で、村を豊かに潤す高値で取引される実がなるって言われて、高い金をはたいて買ったものだ。」
ああ、それって素朴な農民が騙されて買ったパターンだ。
「高値で取引されるかどうかは知らないけれど、この辛さが癖になるから、一度使ったらみんな欲しがると思うぞ。これを軒先に干して干からびたら、挽いて粉にして、それをほんのわずか料理に振りかけて使うんだ。」
『たぶん』という言葉はいれなかったけど、問題ないだろう。
一味唐辛子として使うのが手っ取り早い。
「そ、そうなのか。詳しいな。確かに収穫してそのままにしておくとすぐに腐るから、うちでも軒先に干して、からからに乾燥させてから、赤い実のところだけ袋詰めにして保存してある。使い方がわからないので、そのままになってるけど、あれを粉にすれば良かったのか。テムリオはこれを食べたことあるのか?」
「ああ、普通に食べた事がある。これをたくさんの香辛料を混ぜて作った具だくさんのスープにいれると、辛いけれどおいしいスープができるから、それをパンに付けるだけで満足できて、毎日続けても飽きがこない。」
スープカレーの事だよ。
でも自慢じゃないけれど、あのどろっとしたカレーだって、インスタントカレールウを使わずに作れる。なにしろボッチ暮らしじゃ食べることくらいしか楽しみ無かったからね。
「お待たせしました。『トウガラシ』についての記述がある本が一冊だけ当図書館にございましたので、お持ちしました。他の図書館に問い合わせれば、他にも見つかるかもしれません。必要でしたら図書カードを作ってお申し込みください。」
ソレイヌさんが手のひらに収まるほどの小さな、多分10ページもないような本を持ってきてくれた。さすがに「司書」だけあって仕事が早くて正確だ。
「トウガラシ 異国の新奇な植物」
タイトルにはそう書かれていた。
『異国の新奇な植物』というシリーズ物の一冊のようだ。
たしか元の世界でも唐辛子はコロンブスがアメリカから持ち帰ったんだよね。
サーシンとふたりで小さな本を開いてみたら、確かにサーシンが持ってきた唐辛子と全く同じ挿絵があったので、サーシンもこれが唐辛子だと納得したみたい。
中身はたいしたことが書かれておらず、大々的に栽培されていた異国の村では、馬車が村に近づくと、馬も人間もみな激しくくしゃみをした、などと書かれていたのが面白い程度だった。栽培法の部分は、サーシンが、持ってきたメモ用紙に熱心に書き写していた。
「ここにも書かれていなかったか……。」
サーシンが、なぜかがっかりした顔でつぶやいた。
「どうした? 他に知りたいことがあるなら、話してみろよ。俺の知り合いは結構詳しかったから、俺も聞いていたかもしれないぞ。」
これは本当のことだ。大学の寮に住んでいたころ、寮の脇でプランターでいろんな植物を育てている変わったヤツがいて、みんなから「プランター」というあだ名を付けられていた。
話しかけると、一時間も植物の話を始めて止まらなくなるから気をつけろと仲間から注意を受けていたけれど、友達の少ない僕としては、植物と会話しているプランター君に、どこか共感できるところがあったので、全く興味が無いのに時々話を聞くことがあった。
「そ、そうか。実は今年に入ってから、この唐辛子に緑の豆粒くらいの虫がびっしりくっついて栄養を全部吸い取って枯らしてしまうという事が起きててな。それを退治する方法が書いてあるんじゃないかって期待したんだが、何も書いてなかった。」
「ああ、その虫なら、たぶんアブラムシだ。農家なのに知らなかったのか? ナス科のトウガラシにはよく付くと知り合いが話してたことがある。」
「『なすか』って何だ? でも、そうか、あの虫は『アブラムシ』というのか。聞いたことなかった。どうやれば駆除できるか知ってるか?」
アブラムシの駆除の話も一時間みっちり聞かされたから、プランター君からの受け売りでいいなら話せるけど、実際自分でやったわけじゃないからな……。
「農薬は無いのか? 作り方なら少しは知ってるけれど、その知り合いから聞いたことがあるってだけで、自分じゃ作ったことがないので自信はない。」
「『農薬』って何だ? 『農薬』って魔術があるなら農業ギルドに登録してる者が村にいるから、なんとかなると思うが。
聞いたことがあるってだけでいいので、教えてくれ。いや、この際、うちの村に一緒に行って、アブラムシ退治に協力してくれないか。」
それは無理だよ……と、ぼやいていたら、カウンターの向こうから刺さるような視線を感じた。
恐る恐る確認してみれば、「行ってあげて」と言ってる目と、「おまえいいやつだな」と言っている目がそこにあった。
どうしてこういうことになったんだろう。
優柔不断で断れない自分が情けない。
お母さんに話したら、
「まあ、テムリオがサーシンさんを助けてあげるのね。素敵だわ。」
と嬉しそうで、「親が反対してる」という理由で断ろうとしていたのに挫折した。
記憶にある農薬の材料を買うお金と、オダルティ村を往復する旅費宿泊費がないので無理だと、最後の悪あがきをしてみたけれど、サーシンが、それはこちらが用意するのが当然だといって、必要な金をよこした。こういう誰でも簡単に信用するから、こんなことになったんじゃないのかなと、少し心配になった。
お母さんに、そういう事は冒険者ギルドを通してギルドの依頼として受けた方が、相場もわかって公平だから、そうしたほういいと言われ、依頼料くらいのお金は持って来てる様子のサーシンと二人で早速冒険者ギルドに向かった。さすがお母さんはしっかりしてる。あぶなく僕はボランティアするところだった。
正式に冒険者ギルドからの依頼として引き受けた僕は、自分で自分の首を絞めている展開にげんなりしながら、明日の朝、サーシンと一緒に駅馬車でオダルティ村に向かうという約束をして別れた。
同じ転生者の始まりの王が王都に定めたという旧都の話を聞いたその日のうちに、オダルティ村に行けることになったのは少しだけ嬉しいけどね。
それにしても、農薬の材料って、どこで買えばいいんだろう。
お母さん達とは、図書館付近の食堂で落ち合う約束をしていたので、まずはそちらに向かうことにした。
次回、『農薬を売る男と、愛の魔法』がはじまります。




