27.神殿と日曜学校と図書館と(3)
山頂でよく見かける三角点の、地中に埋まってる部分が見たくて、国土地理院の博物館に行って、現物を見てきましたが、驚くほど長く、一等三角点は全長で1m弱もありました。
ところで三角点って三角形をしてるって真顔で信じてた友人がいました。
「それで、どういう地図が見たいんだ?」
閉架図書の部屋の中は、他に誰もいないとみえて、すっかりゴミを見る目になったマルグリットさんの口調が突然悪くなった。こっちが素なんだね。
マルグリットさんは、格子窓の向こうのソレイヌさんを見ながら話しかけてきたので、僕も釣られてそちらを見て、つぶやいた。
「優しそうな人だねソレイヌさんって。マルグリットさん、ソレイヌさんのこと好きなの?」
だって、金色の瞳がキラキラしてて、どう見ても憧れの先輩を見ている目だもの。元の世界でも、女性歌劇団の男役に憧れる女子って、いっぱいいたよね。
「えっ、……何を馬鹿なこと!
私はソレイヌお嬢様の護衛騎士だ。そういうテムリオこそ、ソレイヌお嬢様の事をどう思ったんだ。変な事を考えていたらただじゃおかないぞ。」
護衛騎士?
まあ確かに図書館に護衛騎士じゃ利用者が驚くから司書補ってことにしてあるんだね。
「どう思ったのかって、……ああ、エルがさっき変なこと言ったからか。
そうだな、俺はああいう人は少し苦手だな。
それより俺のことテムリオって呼んでくれてありがとう。
俺もマルグリットって呼んでいいかな。」
「うっ、好きに呼べばいい……」
「じゃあマルグリット、見たい地図は、領都の地図と、領土全体の地図と、国全体の地図だ。いいか?」
「……じゃあ、そこのテーブルのところで待ってろ。」
マルグリットは、奥の少し暗い閉架書庫棚の方に入っていった。
なんかかび臭くて、陰気で不安にさせる場所だな。全体に暗いのも雰囲気をだしている。
なぜか部屋中明るいという『魔灯』には、もうすっかり慣れて、それが当たり前のように感じる生活になってしまったけれど、こういうほの暗い所に来ると、一気に灯りの存在を思い出す。本の紫外線焼けを防ぐためかな。でも『魔灯』からも紫外線が出てるんだろうか。
やがてマルグリットが代車に大きな板みたいなのをいくつか乗せて戻ってきた。えっこれが地図?
重たそうにひとつひとつ代車から机の上に乗せるマルグリットに、大変そうだなと手伝おうとして手を出したら、さっと遮られてしまった。
一番大きな木の板にかかったひもを外して左右に開くと、中から少し古びた紙が出てきた。結構しっかりと測量されているカラーの領土全体の地図だ。
手作業で転写したものだろう。かなり貴重なものだとすぐにわかる。
「領内の地図の複写は禁止だからな、見るだけにしろよ。」
そうね、地図はきっと軍事機密だよね。
僕が見たかったのは領土の形と、ここ領都がどの辺にあるのかくらいで、ちょっとみただけで満足したから、丁寧に広げてくれたマルグリットには恐縮してしまった。
「マルグリットも貴族なの?」
「そうだな。騎士爵の家だから、一応貴族だ。」
この貴族の階級というのがそもそもよくわからないんだけどね。
「貴族のマルグリットを平民が呼び捨てにしたら、普通は切り捨てられるんじゃない?」
「そうかもな。テムリオみたいなのを切り捨てたら剣が錆びるからやらないが。」
テムリオみたいなゴミをって聞こえた。
格子窓の外でこちらに背を向けて座っているソレイヌさんのほうが気になるのか、相変わらずチラチラと何度も見ている。
「それで、これが国全体の地図だ。」
頃合いを見てマルグリットがまた別の板の中から地図を出して広げてくれた。
ちいさっ!
領土全体の地図からみたら10分の1くらいのサイズだ。しかも、こちらはざっくりとした絵地図。きっと領地の大きさなんて、領主の中央での力関係を表しているだけで、実際とは極端に違うんだろうな。
僕が確認したいのは、カリオネル領と王都の位置関係くらい。あとはたいして興味ない……とおもったら、レナリオス国と書かれた地図の周囲は、どうみても海。
えっ、もしかして島国?
まあだいたいわかったということで頷いていると、マルグリットが最後の地図を広げてきた。
最後の地図は領都の地図で、周囲を城壁で囲まれた要塞都市の全体が、さきほどの絵地図よりは少し丁寧に描かれていた。
あらかたエルから聞いていたのと一致したけど、地図にはお城の壁の内側は何も描かれておらず、大きな紋章が中心に描かれているだけだった。
路地名なんかも書かれてるから、実用的な地図みたい。きっとお金持ちの家などには同じ物があるんだろうな。
マルグリットが不意に話しかけてきた。
「テムリオの家はどの辺なんだ?」
「家は中央通りの南外門に近い『パン工房エル』って店だ。ほらここがうちの店。遊びに来てくれるのか?」
「だっ、だれが遊びに行くなんて言った!
ベルティエラ様の今のお屋敷がどこなのか、私は知らなかったから聞いてみただけだ。」
そうか、閉架書庫にいる今ならマルグリットに聞けば教えてくれるかな。
「俺もエルも、お母さんの昔のことを知らないんだ。
マルグリット、友達になったよしみで教えてくれないか?」
「いつ友達になった!」
もう最初の頃の無表情は、何処行ったのとばかり動揺して真っ赤になってる。
結局マルグリットの口は堅く、お母さんは元貴族という事だけは教えてもらえたけれど、それ以上の話は全く聞けなかった。
秘密にするほどのことはないと思うが……と言ってたので、たぶん内容にかかわらず、貴族の話は守秘義務とでも思っているんだろうね。正直言って僕にとっては興味があるという程度で、重要な事じゃないから、お母さんの過去なんてどうでもいいかな。
何か受付カウンターの方で、男が大きな声を出しているのが聞こえてきた。
マルグリットが、腰のサーベルに手を掛けて、慌てて閉架図書の書庫室から飛び出していった。貴重な品であるはずの地図はテーブルに放り出したままだから、マルグリットにはソレイヌさんの優先順位が、何よりも高いんだろうね。
僕は、他人の騒動に巻き込まれるなんて、あの駅の階段事件で懲りているので、外に出て行きたくないけど、護衛騎士とはいえ、同じ歳の女の子が飛び出していったのに、一応冒険者登録してる男の僕が隠れてるというのも後ろめたいな。
しぶしぶ、入り口の隙間から外を覗いてみると、カウンターの前で興奮気味に話す男の声が聞こえてきた。
「……だから、この野菜の名前を知りたいんだよ。できたら栽培法や、利用法が書かれている本が読みたい。」
うん?
なにか野菜の現物でも持ってきているのかな。
男の声は図書館の静寂を破って怒声にも近い大声だ。マルグリットは、ソレイヌさんと男の間に立って、サーベルに手をやったまま、厳しい目で男を睨んでた。
ああ、本当に怖いときのマルグリットは、ああいう顔になるんだ。僕に向けたゴミを見るような目は、あれに比べたら笑顔みたいなもんだな。
「先ほどからお話しましたとおり、そのような事は農業ギルドに行かれてはいかがでしょうか。専門のギルド員もそろっておりますから、きっと解決すると思いますよ。」
「いや、それはもう行ってきたんだ。あそこでも見たことのない野菜だといって、誰も答えてくれなかった。あそこで図書館にでも行って聞いてみれば、と言われたので今ここにいる。」
声は大きいけれど実直そうなしゃべり方の男だ。あの調子で農業ギルドの受付で騒いで、図書館に行けと体よくたらい回しされたんだろうな。気の毒に。
あれなら僕が近くに行っても問題ないだろう。
近くまで、そろそろと近づいていって、カウンターの上を覗きこんだ。
「あれ? これ唐辛子じゃないの?」
「えっこの野菜の名前を知ってるのか?!」
男のナスのような紫色の瞳が僕をロックオンして、僕の方に猛然と近づいてきた。
ああ、デジャブ怖い。
思わず振り返ったけれど階段はなかった。




