26.神殿と日曜学校と図書館と(2)
カウンターバーのカウンターや椅子が高いのは雰囲気を出そうとしているのではなく、長時間座っていると疲れるようにして、居座る客を防ぐためなのだとか。
あの雰囲気を家でもと思って、自宅にカウンターバーを付けると、あっというまに誰も使わない、ただの不便な机と椅子になってしまいます。
日曜学校のあとは、やはり神殿に併設されている図書館に向かった。入り口から入るとエントランスの真ん中に大きな石像があって、僕が見上げていると、これは図書館を寄進した先代の領主の像とエルが得意そうに説明していた。半裸でギリシャ彫刻っぽい。
エルは図書館慣れしていて、まっすぐに受付カウンターに行くと「ソレイヌさん、こんにちは!」と、受付の女性ふたりのうち、胸が少しだけ大きい方の女性に声をかけた。
えーと、女性のことを胸の大きさで比較して表現するのは、間違ってます。はい反省。
たぶんエルの嬉しそうな表情から、このひとがエルにいろいろと教えてくれている司書さんなんだろうなと感じた。確かに知的な雰囲気が全身から漂っているような人だ。
年齢は僕とアゼリアの中間くらいかな。といってもアゼリアの歳は知らないんだけどね。
そしてその隣にいるもう一人の無表情な方は少しだけ幼顔で、たぶん僕と同じくらいに感じる。
「あらエルシェさん、こんにちは。今日は何の本を探しにいらしたの?」
気品のある言葉遣いで挨拶してきた。
「ううん、今日は神殿にお参りにきたついでだから、探し物じゃないけど、お兄ちゃんとお母さんを誘って来たの。」
エルが、子供達にも届くよう工夫された様子の低めのカウンターに手をついて嬉しそうに答えた。
「あ、ベルティエラ様、お久しゅうございます。」
受付カウンターの女性は、近づいてきたお母さんに気づいて、軽く膝を曲げて挨拶してきた。まるで貴族のカテシーみたいな優雅な挨拶だ。これか、エルが覚えた挨拶は。
でも、えっ、いまなんて言った? 「ベルティエラ様」?
間違ってるよ、僕のお母さんだよこの人は。
誰か高貴な人と似ているか何かで勘違いしてるみたい。
みると、もう一人の受付カウンターの女性なんか、もっと丁寧に一歩後ろに下がって、胸に手を当てて、こうべを下げて挨拶してる。
「ソレイヌ。前にも言いましたけど、その呼び方で呼ぶのはやめてちょうだいね。もうとっくに忘れた名前よ。いまは平民のパン工房エルのベルタよ。」
お母さんまで何言ってるの!「いまは平民」って、前はなんだったの??
エルも知らない話らしく、僕と同じで目が点になっている。
「ソレイヌさん? お母さんのこと知ってるの?」
驚いた顔のままエルがソレイヌさんに小さく尋ねた。
「はい、よく存じ上げておりますよ。エルシェさんがベルテ……ベルタ様のお嬢さんということも、前から存じておりました。」
「そうなんだ……。お母さんの本当の名前はベルティエラっていうの?」
混乱が続いている様子のエルは、お母さんとソレイヌさんの両方を見比べながらどちらに聞くともなしに質問した。
「子供の頃にそう呼ばれていたってだけよ。エルシェがお友達にエルって呼ばれているみたいなもの。お母さんの名前はベルタよ。」
あ、お母さんごまかした。確かに「いまは平民」って言ってたの聞こえちゃったから。
でも、お母さんがそういっているのだから、深く追求しちゃいけないとエルも感じたみたいで、「ふうん」といっただけで、それ以上は何も聞かなくなった。
8歳にして相変わらず場の雰囲気を感じ取る力は抜群だねエル。僕の方が思わず質問攻めしそうになったよ。エルがいなかったらお母さんを困らせてた。
ややあって、気を取り直したように、エルは僕の方を向いて、僕の腕をつかむと、ソレイヌさんのほうに近づけた。
「こっちは、テムリオお兄ちゃんだよ。えへへ、素敵なお兄ちゃんでしょう。ソレイヌさんなら、特別に好きになってもいいよ。」
「なっ、何を言ってるエル。このおませが!」
言葉遣いのきれいなソレイヌさんにあわせて、僕も上品で丁寧な挨拶しようと思っていたのに、エルの余計な一言で、頭から全部吹っ飛んで、思わず“お下品”に怒鳴ってしまった。
ソレイヌさんがクスクスと上品に笑い、隣のカウンターの女性は相変わらず無表情だ。
「初めましてテムリオさん。私は司書のソレイヌ。こちらは司書補のマルグリットです。どうぞよろしく。」
司書補って、マルグリットさんは司書の補欠って事なのかな。元の世界では研修中の新入社員という意味で支店長補って名刺に書かれていた人もいたから、よくわからないな。
「あ、はじめましてエルシェの兄のテムリオです。エルシェがいつもお世話になってます。」
しどろもどろで、つい父兄みたいな挨拶をしてしまった。
そもそも図書館のカウンターで自己紹介って普通はやらないよね。
「それでねソレイヌさん。お兄ちゃんはね、地図がみたいんだって。このあいだ冒険者になったんだよ、凄いでしょう。探検に行くには地図で場所を覚えなきゃね。いまのお兄ちゃんは領都内でも迷子になるから。」
自慢してるのか、けなしてるのか、どっちなのエル。
「まあ、そうですか。ということは今年成人の儀式を受けたのかしら。マルグリットも今年でしたよね。」
ソレイヌさんは、おませなエルにからかわれたのに、全く相手にする気がなさそう。それはそれで、ちょっとショックだけど。
せっかく隣のマルグリットさんに話題を振っても、無表情のマルグリットさんは、そのままの顔で「はいっ」と答えるだけだった。
図書館は愛想笑いしなければならないような場所じゃないけれど、それにしてもマルグリットさんの無愛想は、こういう場所向きには見えないな。
「それじゃマルグリット。ここはいいからテムリオさんを閉架書庫に御案内してご希望の地図を見せてさしあげて。」
ソレイヌさんが優しい笑顔でマルグリットさんに指図すると、「はっ」とまるで女騎士でもあるかのような厳しい表情で、この場に似合わない返事をした。
「ではテムリオさん、地図は登録された領民でなければ閲覧できませんので、身分証明になるものをお持ちでしたら提示願います。」
マルグリットさん、しゃべれるんだ!
相変わらず無表情のマルグリットさんが事務的に告げた。
「はいっ」とか「はっ」としか言わなかったから、話をするのも嫌いな人なのかと思っちゃったよ。
でも、ああ、ここで何かと騒がしい白色ギルドカードを提示しなきゃいけないのか。
僕も淡々とした顔で無表情を装って、胸の内ポケットからギルドカードをそっと取り出した。
「ギルドカードです。確かめてください。」
僕のギルドカードを見ても、マルグリットさんの表情は全く変わらなかった。
白色ギルドカードの意味って、そんなに知られているわけじゃないんだね。そもそも千人に一人というし、そういう人はたぶんギルド登録しないだろうから、見たって意味はわからないよね。
「お預かりします」と答えると、ギルドカードをなにやらカウンターの向こう側にある木の枠でできた装置のようなものの上に乗せた。
瞬間的にギルドカードが光って、僕の名前と所属ギルドの『冒険者ギルド』という文字がこちらからも見えるくらいに鮮やかに空中に浮かび上がってきた。その下のほうに何か小さな文字が何行かあったけれど、それは読めない。
ああやって本人確認するんだね。
「確認できましたので、こちらはお返しします。それではこちらにおいでください。地図は閉架書庫にありますので、閉架図書専門の閲覧室に御案内します。」
すると笑顔のソレイヌさんが思い出したように僕に話しかけてきた。
「もしこれからも図書館をご利用でしたら、帰りまでに図書カードをお作りしておきますよテムリオさん。」
うーん、たぶんそれは貸し出し用の図書カードのことだよね。たぶん必要ないかな。
「ありがとうございます。そのときはお願いしますが、今日は作らなくて大丈夫。」
僕が閉架書庫に向かおうとしたら、お母さんからも声を掛けられた。
「じゃあ、お母さんとエルシェは、ご本を読みながら待ってるわね。」
お母さんは地図には興味がないらしく、エルを連れて、本がたくさん棚にあるほうに歩いて行った。
その先には、小さな子供がお母さんらしき人と絵本のようなきれいなカラー表紙の本を持って緑色の絨毯の上に座って一緒に読んでいるような光景が目に入った。
僕はマルグリットさんの後に従って「閉架」と書かれた扉から閉架書庫専用の閲覧室に入った。閉架書庫の閲覧室は受付カウンターのすぐ後ろ側にあって、格子窓で受付カウンターはよく見えるようになっている。
ほっそりとしたマルグリットさんの後ろ姿を追いながら、何気なく、その腰のあたりに目をやった僕は、そこで「えっ」と思わず声を出してしまった。
マルグリットさんの腰には、細身のサーベルのような剣が鞘に収まって下げられていた。
さっきは『まるで女騎士でもあるかのよう』なんて思ったけど、本物の女剣士だったよ。
図書館で剣だなんて、とんでもないほど似合わないなー。
思わず腰の剣に見とれていたら、振り向いたマルグリットさんに、ゴミを見るような目で睨まれた。うう、確かに剣だけじゃなくて、その細身の腰も見とれてました。ごめんなさい。




