24.パン工房はいろいろ忙しい(3)
田舎のガソリンスタンドは、昔は薪や炭や石炭などを販売していた燃料屋さんだった場合が多いようです。
「お父さん、さっきリュミちゃんを混ぜたパン生地がどうなったか見てみたい」
「おっ、ようやくテムリオもパン屋の仕事に興味をもったか?
よしよし、じゃあ一緒に見に行こうか。」
先ほどまで難しい顔だったお父さんが満面の笑みを浮かべて厨房に僕を連れて行った。
「これは、さっきテムリオが取ってきてくれたリュミちゃんを割って、中から白い粉の部分だけ取り出して、砂糖と塩とバターと一緒にパン生地に混ぜて、ぬるま湯でよく練ってから、常温で寝かせておいたものだよ。これでだいたい30分くらい。」
「時間はどうやって計ってるの? こういうのって正確に計らないといけないんでしょ?」
「ああ、それは、そこにある魔時計リンちゃんで計ってる。」
気がつかなかった!
大きな箱の上に、呼び出しリンちゃんに似たようなのが置いてあった。魔時計リンちゃんは自分の事を話題にしているって気づいたみたいに、僕の方をギロッとみた。
どうやって時間設定するのか知らないけれど、設定時間になると「りーん」と叫んで知らせてくれるみたい。そういえば、そんな声が時々厨房のほうから聞こえていたけど、外で変な生き物が鳴いているのかと思ってた。
「いまから始める作業は、この『低温魔導熟成庫』という低温専用の熟成庫に入れて、一晩寝かせる作業だよ。『低温魔導熟成庫』では名前が長いので、普段は『冷蔵ホイロ』って呼んでるけれどね。
作るパンによってやりかたは様々で、あしたの朝から作り始めるパンもある。今作っているのは堅焼きパンだから、冷蔵ホイロに入れたら、明日の朝までやる作業はない。明日の朝になったら、ここから出して、二次発酵というのをやってから、焼き始めるんだ。」
あ、この箱、『低温魔導熟成庫』って言うんだね。冷蔵庫とはちょっと違うみたい。
元の世界のオーブンのイメージがあったので、最初はこれがオーブンかと思ったけど、あっちのレンガ造りの二段の暖炉みたいな大きなのがオーブンだってすぐに気づいた。
そりゃあ、当たり前だよね。木製オーブンなんて燃えちゃうし。
「ふうん。『魔導熟成』って。魔法で熟成させるって意味?」
どうしても魔法に強い関心がある僕は、そちらに質問が行ってしまう。
「まあ原理はそうだけれど、定期的に魔力屋さんが来て魔力を注入していくんだ。
台所の魔玉オーブンとか、魔灯なんかも魔力が少なくなればそのとき一緒に魔力注入してもらう。だからお父さんが魔法を使うわけじゃないよ。」
ガス屋さんみたいなものか。そういえば燃し木屋さんというのもあるから、燃料屋というより電気屋さんみたいなものなのかな。いや違うか、元の世界で電気屋さんは電気を売ってるわけじゃなかった。なんでも元の世界の仕事にあてはめようとするのは無理があるな。
「魔力屋って魔法使いのこと?」
「ははっ、魔法使いって言い方は魔力屋さんの前で使っちゃだめだよ。失礼だからね。登録魔導管理技師って、ちゃんとした領主様の許可証を持った技師さんなんだから。」
すごい肩書きだね。魔法は領主公認資格を持ったプロしか使っちゃいけないのかな。でもたぶん魔術師って仕事の人もいるよね。マダムは自分の事を王立癒術士って言ってたし。そういうのとは、また別なのかな。まあいいか、そのうちこの世界に慣れてくれば自然にわかるだろう。
「ありがとうお父さん、勉強になったよ。朝早く起きるのはきついけど、今度朝早くやってるお仕事も見に来ていい?」
「ああ、いいぞ。興味があるなら、パンをこねる作業もあとで教えてやる。」
夕方の作業は、低温魔導熟成庫にパン生地を入れたら終わりなんだね。もう少しいろいろと見せてもらえるのかと思った。
そんな話をしていたら、魔時計リンちゃんが、「りーん」と叫んだ。厨房にいると結構大きな声で叫んでるように聞こえるんだね。
それを合図に、お父さんは一次発酵を終えたパン生地をひとつひとつ低温魔導熟成庫に入れはじめた。
「お兄ちゃん、今日のギルドのお仕事は楽しかった?」
夕食後に子供部屋に戻ってから、エルはブレスレットを宝物でも手に入れたかのように自分の貴重品入れの箱の中に丁寧にしまいながら聞いてきた。
食事中、ずっとおとなしくエルの膝の上にいたリュミちゃんも一緒にいる。
「うん、楽しかったよ。心配するようなあぶない仕事じゃないからね。」
「そうなの? 前のお兄ちゃんは、冒険者になってティオとバルとラシュの4人パーティでダンジョン探検に行くのが夢だって、ずっと言ってたけど、今のお兄ちゃんも、そういう仕事がいいのかなーって思った。」
うんうん『ダンジョン』ね。はい、わかりませーん。でも蒼龍が出てきたって話だから、危ない場所みたいだな。
「そうだね。どうしてダンジョン探検に憧れていたのか思い出せないけど、俺は今のような安全な依頼のほうが楽しいな。
それに、親友3人も全員冒険者にはならなかったんだよね。卒業した子供の頃の夢だよ。」
エルはちょっとだけ寂しい表情になった。
「エルシェは嫌いじゃなかったけどね。『絶対探検に行くぞ!』って叫んでいたお兄ちゃんも。」
そして驚くような話を続けた。
「エルシェは、お父さんのさっきの話、全部知ってるよ。お兄ちゃんがいつも話してたから。だってお兄ちゃんが冒険者になる夢を持ったのはアゼリアに憧れたからだもの。」
えっ、そうなの?
じゃあ、もしかして僕がアゼリアのクランに入ったら、エルの本当のお兄ちゃんの夢が叶うってこと?
「本当は俺がアゼリアのクランに入るのに、エルは賛成なんだね。」
「ううん。危ないことはしてほしくないから絶対反対。でも本当のお兄ちゃんならエルシェが泣いて止めても絶対に入るって言うと思う。そういうお兄ちゃんも嫌いじゃない。」
だからさっき、お父さんの話をうつむいて聞いていたんだね。
複雑な心理だねーー。と他人事みたいに聞いてる僕がいる。
僕がどんな選択をしても、エルはいつでもお兄ちゃんの味方って決めているんだろうな。
その後もエルとはいろんな話をした。
明日は、冒険者ギルドの依頼にあった果実摘みにいくつもりだと話したら、エルが「だめだよ!」と大きな声を出した。
「明日は日曜日だよ。お店は休みなんだから、みんなで神殿にいこう? お兄ちゃんも日曜日は冒険者ギルドのお仕事はお休みしてよ。」
えっ、この世界にも曜日があるの?
「あの、エル教えて。一週間は七日?」
「そうだよ。日・星・火・水・木・金・土の七曜だよ。」
『月』はないのか。そういえば夜空ってまだみたことないよね。
「うん、わかった。じゃあ明日は家族みんなで神殿だね。」
「嬉しい! 神殿に行ったら日曜学校も行くんだよ。お兄ちゃんはすごく嫌がってたけど、お母さんに睨まれると黙ってついてきてた。
そのあとで、図書館に行きたい。お兄ちゃんに司書のお姉さんを紹介するね。あ、お兄ちゃんには、司書のお姉さんよりマルグリットさんのほうがお似合いかも……。」
エルが、すっかり興奮して、早口で夢中でしゃべっている。
僕もいよいよ「司書のお姉さん」に会えるのかと、少しだけ期待が膨らんだ。
きっとエルをここまでおませな子にしたのは、その「司書のお姉さん」だからね。
どんな人なんだろう。
さていよいよ寝ようかと思って腕を見たら、ブレスレットがついたままなのに気づいた。
エルも「お兄ちゃん、アームレットつけたまま寝ないでね」と、ちょっと不愉快そう。寝返り打ったとき、あたったら怪我しちゃうよね。
でもどうやって外すんだろう。
部屋の外に出て、試しに小声で「消えろ!」と言ってみたけど、消えなかった。
「外れろ!」といってみたら、するすると腕から外れた。おお、音声認識機能付き。




